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試し読み

<『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念> 死者の魂を見る八雲の後悔とは。『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み#4

『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念!!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』全11回大ボリューム試し読み

最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』文庫発売日はいつ? 待ちきれないあなたへ!
『心霊探偵八雲11 魂の代償』で起きた事件はまだ終わっていない――。

累計700万部突破の怪物シリーズ「心霊探偵八雲」。『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)の発売を記念し、続きとなる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の増量試し読み版を11日間連続にて配信! 
一足先に続きを味わい、12巻を楽しみにお待ちください。

「心霊探偵八雲」シリーズ最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』2022年5月角川文庫より発売予定

角川文庫にて、本編の完結である『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の刊行が、2022年5月に迫ります。
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』と『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』、2022年5月に文庫版として発売です!

『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み #4

     二

 空が高い──。
 雲が一つもない。抜けるような青が広がっている。
 肌に当たる光は熱を持っているのに、空気は冷たいままだ。
 斉藤八雲は、ふうっと白い息を吐いたあと、視線を空から正面にある墓石に向けた。
 黒い御影石で作られたその墓石は、僅かに八雲の顔を反射していた。
「どうしてこうなった?」
 八雲は、墓石に向かって問い掛ける。
 だが、返事はなかった。
 八雲の左眼は、生まれつき赤い。ただ赤いだけではなく、特異な性質を持っていた。死者の魂──つまり幽霊が見えるのだ。
 これまで、自分の意思とは関係なく、数多の幽霊を目にしてきた。
 見たくないとき、見たくないものが目に映る。聞きたくないのに、聞きたくないことが耳に入ってくる。
 それなのに──。
 肝心なときに、見えない、聞こえない。誰も何も答えてはくれない。
 ただ、答えなどなくても、八雲には分かっていた。
「全てぼくのせいだ……」
 水門での事件から、間もなく一週間が経つ。
 時間は、記憶を薄れさせるという。忘れることは、心を守る為に備わった防衛本能らしい。
 だが──日が経つにつれて、八雲の中にあるあの日の記憶は、より鮮明になっていくような気がした。
 瞼を閉じると最後の瞬間の晴香の顔が脳裏に浮かぶ。
 モニター越しであったはずなのに、すぐ目の前にいると錯覚するほど鮮明に──。
 あのとき、七瀬美雪は、晴香の命を助ける代わりに、無関係な少女を殺すことを八雲に要求してきた。
 七瀬美雪に、どうしても、その少女を殺さなければならない事情があったわけではない。彼女は、八雲に人を殺させることで、自分と同じところに堕とそうとした。
 あの状況下では、七瀬美雪の指示通りに少女を殺すしか、晴香を助ける方法はなかった。
 だから、あの瞬間、八雲は少女を殺す覚悟をした。
 八雲の右手には、未だにナイフを握ったときの感触が残っている。
 とてつもなく重かった。
 あれは、命の重さだったのかもしれない。
 その重さを全てを背負い込み、人の道を外れてでも、晴香を助けるのだと強い想いでナイフを手にしたはずだった。
「殺せなかった……」
 苦い思いとともに口にした。
 後藤に止められたというのもある。モニター越しに対面した晴香もまた、八雲が人を殺すことを拒否した。
 しかし──あのとき殺さなかったのは、他ならぬ八雲自身の決断だった。
 晴香が死ぬと分かっていながら、最後の一線を踏み越えることができなかったのだ。自分の命なら、いくらでも差し出すが、誰かのそれを奪うことに、躊躇いが生まれた。
 結果として、晴香を見捨てることになった。
 自分の意志の弱さがつくづく嫌になる。
 それは、一週間前のあの瞬間に限ったことではない。
 もっと前──晴香と出会ったとき、彼女の優しさに触れ、それに甘えた。
 晴香と出会った頃の八雲は、他者と深くかかわらないように意識して生活していた。自分の赤い左眼は呪われている。かかわれば、その人が不幸になる。それが分かっていたからだ。
 だから、初めて晴香が心霊現象を持ち込んで来たときも、適当にあしらって終わりにするつもりだった。
 ところが、晴香は、これまで八雲が忌み嫌っていた赤い左眼を「綺麗──」と言った。
 それは、八雲の価値観を根底から覆す言葉だった。
 おそらく、晴香は何の意図もなく、思ったままを口にしたのだろう。だが、だからこそ八雲の心を揺さぶった。
 赤い左眼のせいで、八雲は自らの母親に殺されかけた。
 実際は、複雑な事情があったのだが、そのときは、まだそれを知らなかった。だから、心のどこかで、自分のような人間は、生きていてはいけないのだと思っているところがあった。
 それなのに──。
 恐怖でも、同情でも、憐れみでもなく、八雲の最大のコンプレックスを「綺麗」と表現されたことで、自分が生きていていいのだと言われた気がした。
 自分のような人間は、誰ともかかわってはいけないと思っていたはずなのに、晴香が差し出してくれた優しい手を握ってしまった。
 孤独は苦ではないと思っていたが、そうではなかった。本当は、心の奥底で他人との繋がりを求めていたのだろう。
 それが間違いだった。
 晴香の差し伸べる手を振り払い、それまでと同じように孤独に過ごしていれば、こんなことにはならなかった。
 一人でいるべきだったのに、それができなかった──。
 突き放す機会は幾らでもあった。かかわりを絶つことができたはずなのに、晴香といる時間を心地いいと感じてしまった。
 そのまま、何の決断をすることもなく、ずるずると一緒に時間を過ごしてしまった。
 孤独に耐えることができなかった自分の弱さが、全ての元凶に他ならない。
 ──それは違う。
 ふっと声が耳を掠めた。
 それは、叔父である一心の声だった気がする。
 だが、その姿は赤い左眼には映らなかった。きっと、未だに繋がりを捨てきれない、自分の弱さが生み出した幻聴なのだろう。
 ため息を吐いたところで、携帯電話が着信の鳴動をした。
 モニターには、後藤の名前が表示されていた。だが、八雲は電話に出ることなく、ポケットの奥に仕舞い込んだ。
 後藤からは、あれから、毎日のように電話がかかってきている。
 時折、〈映画研究同好会〉の部屋にも顔を出していることも知っている。だが、八雲は意図的に会わないようにしていた。
 お節介で、情に厚い後藤のことだ。会えば何を言うかは、だいたい想像がつく。
 電話をしてきているのは、後藤だけではない。石井からも、真琴からも、同じように連絡が来ていたが、八雲は電話に出るつもりはなかった。
 ──もう誰も巻き込みたくない。
 後藤たちの優しさに甘えれば、今度は、彼らを危険に晒すことになる。
 雲海と七瀬美雪のことは、誰かの手を借りてどうにかできる問題ではない。自分一人で決着を付けなければならないことだ。
 じわっと熱を持った感情が腹の底から湧き上がる。
 その感情は、血管を駆け巡り、瞬く間に全身に広がっていく。
 脳の奥が痺れるような、強い感情──。
 全てを失ったかもしれないが、それでも、まだやるべきことが残っている。
 過去はもう変えられない。今さら足掻いたところで、どうにもならない。ただ、未来を造ることはできる。
 自分と同じ悲しみを、これ以上増やさない為に、何をすべきかは分かっている。
 それは、おそらく自分にしかできないこと。
 自分がやるべきこと。
 もう迷わない。躊躇えば、また同じことが繰り返される。目的を果たす為なら、いくらでも冷酷になれる。
 人としての感情を全て捨ててでも、やり遂げなければならない。
 そして、全てが終わったときは──。
「もう行くよ」
 八雲は、墓石に向かって告げると、踵を返して歩き出した。
 一陣の冷たい風が駆け抜ける。
 それと同時に、誰かに名を呼ばれた気がした。
 慈しむような優しい響きをもった声。もう、聞くことがないと思っていたその声に反応して、八雲は振り返る。
 だが、そこに人の姿はなかった。
 声の主が眠っている墓石が、そこに佇んでいるだけだった──。
 再び歩き出そうとしたところで、進路に立ち塞がる影があった。黒い上下のスーツにサングラスをかけた男──。
 八雲の血縁上の父親である雲海だ。
 雲海は、すでに死んでいる。今、八雲の目の前に立っているのは、魂だけの存在──幽霊だ。
 生に執着した雲海は、これまで幾度となく七瀬美雪と共謀し、様々な事件を引き起こしてきた。
 八雲を、自らの魂の器にしようとしていたからだ。
 血縁関係のある八雲の身体であれば、魂を移し替えることができると本気で信じていたのだ。
 そのせいで、多くの人が傷付いてきた。晴香の一件も、雲海の生に対する執着が生み出したものであることは間違いない。
 だが──。
 臓器の移植のように、魂を入れ替えることなどできない。肉体を失った段階で、魂は現世とは異なる次元にいる。
 たとえ見ることができるとしても、同じ空間に存在しているわけではない。
 雲海も、そのことを悟り始めている。
 それが証拠に、これまで、普通の人にも視認できるほど濃密だった雲海の姿は、半分消えかけている。
「もう、あなたに用はない」
 八雲が告げると、雲海はゆっくりとサングラスを外した。
 真っ赤に染まった両眼を見ると、この男と血が繋がっているということを、改めて思い知らされ、愕然とする。
「お前はどこに行く?」
 雲海が問い掛けてくる。
「あなたに言う必要はない」
 もし、雲海が生きた人間であったなら、この手で殺してやりたいが、死んでいるのではそれもできない。
 このまま放っておけば、いずれ消えていくだろう。
 八雲は、雲海の身体を擦り抜け、力強く歩みを進めた──。

つづく
(本試し読みは『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(四六判単行本)を底本にしました)

10/21発売!『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)



心霊探偵八雲11 魂の代償
著者 神永 学
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2021年10月21日

宿敵・七瀬美雪に晴香が拉致!?  大人気シリーズ、物語は最高潮へ!
八雲の宿敵・七瀬美雪の手により、晴香が拉致されてしまう。晴香の居場所を探す鍵は、四つの心霊現象のどこかに隠されているというのだが……タイムリミットが迫る中、八雲は重大な決断を迫られる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000375/
amazonページはこちら

ついに完結!!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川書店)



心霊探偵八雲12 魂の深淵
著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ
定価: 1,540円(本体1,400円+税)
発売日:2020年06月25日

大人気「心霊探偵八雲」シリーズ、ついに完結!!
シリーズ累計700万部突破、16年間に渡って読者に愛されてきた「心霊探偵八雲」。そのフィナーレを飾る、待望の完結作がついに発売!!堂々たるラストを見逃すな!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000191/
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「心霊探偵八雲」あらすじ、シリーズ全巻はこちら!
【神永学シリーズ特設サイト】



「心霊探偵八雲」シリーズ詳細https://promo.kadokawa.co.jp/kaminagamanabu/yakumo/


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