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試し読み

<『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念> 晴香が拉致された―――!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み#2 

『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念!!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』全11回大ボリューム試し読み

最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』文庫発売日はいつ? 待ちきれないあなたへ!
『心霊探偵八雲11 魂の代償』で起きた事件はまだ終わっていない――。

累計700万部突破の怪物シリーズ「心霊探偵八雲」。『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)の発売を記念し、続きとなる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の増量試し読み版を11日間連続にて配信! 
一足先に続きを味わい、12巻を楽しみにお待ちください。

「心霊探偵八雲」シリーズ最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』2022年5月角川文庫より発売予定

角川文庫にて、本編の完結である『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の刊行が、2022年5月に迫ります。
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』と『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』、2022年5月に文庫版として発売です!

『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み #2

     二

 ──どうしてこうなった?
 病院の待合室のベンチに座った後藤和利の脳裏には、同じ疑問が幾度となく繰り返されていた。
 七瀬美雪に拉致された小沢晴香を救う為に奔走した。救えるはずだった。そう信じていた。だが、完全に裏をかかれてしまった。
 八雲の推理から、七瀬美雪と晴香は、旧木下医院にいると思われた。
 だが、そこに二人の姿はなく、同時期に行方不明になっていた少女が、ベッドに寝かされていた。
 七瀬美雪は、離れた場所からタブレット端末を通じて、自分たちを嘲笑った挙げ句、とんでもない条件を八雲に突きつけた。
 晴香を助けたければ、ナイフを使って、ベッドに眠っている無関係な少女を殺せと命じたのだ。
 命を天秤にかけるなど、悪魔の所業だ。
 八雲は、晴香を救う為に、少女を殺そうとした。それを責めることはできない。どちらか片方が失われるという条件下であれば、自分にとって大切な人を選ぶのは、普通のことだ。
 しかし──。
 選択したことで、背負うことになる業は、とてつもなく重い。
 他人の命を奪うという罪悪感は、一生付きまとい、八雲を苦しめ続けることになるだろう。
 これまで数多の死者の魂を目にして、命の重さを人一倍分かっている八雲が感じるそれは、想像をはるかに超えていたはずだ。
 八雲を殺人犯にしてはならない。後藤は、その思いに駆られ、あのとき八雲を止めた。晴香を見捨てたのではない。八雲を止めながらも、晴香を救おうとしたのだ。
 だが、あと一歩のところで届かなかった。
 七瀬美雪は、容赦なく両手足を拘束した晴香を川に突き落とした。
 後藤と石井とで、何とか川に沈んだ晴香を見つけ出し、岸に引き揚げたが、そのときには、もう彼女の呼吸は止まっていた。
「くそっ!」
 後藤は、自らの太腿を拳で殴りつける。
 痛みはほとんど感じなかった。心に負った衝撃が強すぎて、肉体の感覚が麻痺している。
 ふと視線を上げると、壁に寄りかかるようにして、八雲が立っていた。
 置物のように微動だにしない。顔に生気がなく、目も虚ろだった。まるで、空っぽの人形のように。
 ──すまない。
 心の内で、何度詫びたか分からない。
 もし、後藤と石井がもっと早く、あの水門に駆けつけることができたら、晴香を救うことができたかもしれない。
 いや──。
 それよりも前に分岐はあった。
 後藤が八雲を止めずに、少女を殺していれば、晴香は川に落とされることはなかったかもしれない。
 間違った考えであることは分かっている。それでも、思考がそこに囚われる。こうした迷路に追い込むことこそが、七瀬美雪の目的だったのではないかとすら感じる。
「後藤さん。今は、余計なことを考えるのは止めましょう」
 そう声をかけてきたのは、向かいのベンチに座る真琴だった。
 彼女も、晴香を救う為に奔走した一人だ。
 後悔もあるだろうし、後藤と同じようなことを考えもしただろう。だが、そうした感情に流されることなく、自我を保っている。
「そうだな……」
 後藤は、ふうっと大きく息を吐いてから立ち上がった。
 座って俯いていては、考えが悪い方に流されていくような気がした。
 窓から差し込む朝陽が眩しかった。心が暗く沈んでいるせいか、それが疎ましく感じられる。
「お待たせしました」
 医者に晴香の容態を訊きに行っていた石井が、息を切らしながら、駆け足で戻ってきた。
 すぐにでも、状況を問い質したいところだが、一瞬それを躊躇った。最悪の報告を聞くかもしれないと思うと、声が出なかった。
 後藤だけではなく、八雲も同じだったようで、石井に目を向けたものの、何も言わずにただじっとしている。
「それで、晴香ちゃんの容態は?」
 促したのは真琴だった。
 こういうとき、女性の方がしっかりしているものだ。
「あ、はい。一命を取り留めたそうです」
 石井の発した言葉で、安堵の波が一気に広がった。
 ──良かった。
 ため息を漏らすのと同時に、身体の力まで抜けてしまった。そのまま頽れそうになるのを、辛うじて堪えた。
「一命は取り留めたのですが……その……」
 石井の声がみるみる小さくなり、顔色も別人のように悪くなっていく。
 広がったばかりの安堵が一気に消失し、変わって言い様のない不安に満ちた空気が充満していく。
「何だ? 何があった?」
 後藤が詰め寄ると、石井は頼りなく眉を下げつつも口を開く。
「意識が戻らない状態です。今は、人工呼吸器の助けを借りて呼吸をしていますが、予断を許さない状態だそうです」
 石井の声は、いかにも苦しそうだった。
「生きているんだよな。だったら大丈夫だ。きっと目を覚ます」
 後藤は声を張った。
 結果の出ていないことに対して不安に身を捩っても仕方ない。今は、目を覚ますと信じることこそが大事だ。
「私も、そうであって欲しいです。しかし……」
 石井の目が落ち着きなく左右に揺れている。
 腹を決めたはずなのに、そんな顔をされては、後藤の意志まで揺らいでしまう。
「…………」
「お医者様の話では、脳死の可能性がある──と」
 石井が放った言葉が、信じようとする後藤の心を打ち砕いた。
「脳死……」
 その言葉は──あまりに重い。
 脳死とは、脳にダメージを負ったことにより、機能が回復不能になった状態のことだ。心臓は動いているが、自発呼吸ができず、意識が回復する見込みはない。治療法はなく、機械の助けがなければ、呼吸すらままらない。
 否が応でも、八雲の叔父である一心のことが思い返される。
 一心は、ある事件に巻き込まれた際、ナイフで刺されて意識不明の重体に陥った。一命は取り留めたものの、意識が回復せず脳死と判定された。
 一心は、一度も意識を回復することなく、そのまま逝ってしまった──。
 今の晴香が、同じ状態だというのか?
「冗談じゃねぇ! 晴香ちゃんが脳死だっていうのか!」
 後藤は、湧き上がる怒りに任せて石井の胸倉を掴み上げた。
 何にそんなに怒っているのか、自分でも分からなかった。ただ、どうしても抑えることができなかった。
「私だって信じたくありません! こんなの、あまりに残酷です!」
 石井が、後藤の腕を振り払いながら叫んだ。
 ビビってばかりの石井が、ここまで感情を露わにするのは珍しい。石井にとっても、信じ難い事実なのだろう。
「ここで、私たちが言い合っていても、何も始まりません。今は、信じて待ちましょう」
 真琴が仲裁に入る。
 指摘されるまでもなく、後藤自身分かっている。いがみ合ったところで、現状は何も変わらない。
「すまない……」
 後藤は、石井に詫びながら逃げるように視線を逸らした。
 視界に八雲の姿が映った。
 額に脂汗を浮かべ、左手で赤い眼を覆うようにして、苦悶の表情を浮かべている。叫び出したい衝動を、必死に抑え込んでいるようにも見えた。
 何か声をかけようとしたが、かけるべき言葉が見つからなかった。
 重苦しい沈黙が続く中、病院の待合室に駆け込んでくる二人の男女の姿が見えた。
 以前に、長野で起きた事件に巻き込まれたときに顔を合わせている。晴香の両親の恵子と一裕だ。
 晴香が救急搬送されたあと、石井が状況を連絡していた。それを受けて、長野県から駆けつけたのだろう。
 晴香の母の恵子が、こちらの姿を認めて足を止めると、沈痛な表情を浮かべつつも、深々と頭を下げてきた。
 後藤もそれに倣ったが、こんなとき何と言えばいいのか分からない。
「晴香さんのご両親ですよね。ご連絡した世田町署の石井です。お医者様のところまでご案内します」
 石井が、真琴に促されて声をかける。
 恵子は「はい」と応じて、石井のあとについて行こうとしたが、父親である一裕は違った。
 鬼の形相で睨みをきかせている。
 その視線の先にいるのは──八雲だった。
 父親が娘の恋人に嫉妬し、嫌悪するといった類いの生易しい感情ではない。どういう説明がなされたのかは分からないが、八雲を元凶のように考えているのだろう。
 八雲は、その視線を正面から受け止め、一裕と恵子の前に歩み出て、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません……全て、ぼくが……」
 その先は、言葉にならなかった。
 八雲の身体が、震えていた。溢れ出る感情に翻弄されているのだろう。
「君は、帰ってくれ」
 一裕が言った。
 叫んだのでも、怒鳴ったのでもない。抑制された口調で告げただけだったが、それでも、いや、それだからこそ、切実なる想いが込められていた。
「…………」
 八雲が顔を上げる。
「今すぐ、ここを出て行ってくれ。そして、金輪際、娘の前に姿を現さないで欲しい」
 改めて一裕が口にした。
「待ってくれ。八雲は晴香ちゃんを守ろうとしたんだ。こいつのせいじゃ……」
 擁護しようとした後藤の言葉を遮るように、一裕が真っ直ぐな視線を向けてきた。
 充血したその目は、あまりに哀しげだった。
 後藤は気付いてしまった。一裕が抱いているのは、八雲に対する怒りや憎しみではない。親として、娘を守りたいという切実な願いだ。
「あなたが私の立場でも、同じことが言えますか?」
 一裕が訊ねてくる。
 反論しようとした後藤の脳裏に、養女である奈緒の顔が浮かんだ。
 血は繋がっていないが、奈緒は紛れもなく後藤の子どもだ。なにものにも替え難い存在。その奈緒が、同じ目に遭ったとき、後藤は受け容れることができるだろうか?
 一裕と同じように、八雲を拒絶したかもしれない。
 だが──。
 それでも、八雲は晴香を守る為に、身を削って奔走した。あまつさえ、彼女の為に人まで殺そうとしたのだ。
「八雲は、晴香ちゃんを……」
 言いかけた後藤の腕を、八雲が掴んだ。
 口に出さなくても、何も言うな──とその目が語っている。
 八雲は、今回の一件の責任を全て一人で背負い込む気だ。いや、違う。今回の一件だけじゃない。
 これまで、大事には至らなかったが、晴香は散々危険な目に遭ってきた。そうなったのは、自分とかかわったせいだと強く思い込んでいるに違いない。
「違う。お前は……」
「もう、いいんです」
 後藤の言葉は、はっきりと八雲に遮られた。
 八雲はそれ以上、何も語らずに、ただ一裕に向かって深々と頭を下げると、無言のままその場を立ち去った。
 去り際に見た八雲の目は、とてつもなく暗かった。
 自らの存在を嫌悪し、絶望に打ちひしがれた危うい目──。
 このままにしてはいけない。分かっていたのに、後藤は歩き去る八雲の背中を追いかけることができなかった──。

つづく
(本試し読みは『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(四六判単行本)を底本にしました)

10/21発売!『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)



心霊探偵八雲11 魂の代償
著者 神永 学
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2021年10月21日

宿敵・七瀬美雪に晴香が拉致!?  大人気シリーズ、物語は最高潮へ!
八雲の宿敵・七瀬美雪の手により、晴香が拉致されてしまう。晴香の居場所を探す鍵は、四つの心霊現象のどこかに隠されているというのだが……タイムリミットが迫る中、八雲は重大な決断を迫られる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000375/
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ついに完結!!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川書店)



心霊探偵八雲12 魂の深淵
著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ
定価: 1,540円(本体1,400円+税)
発売日:2020年06月25日

大人気「心霊探偵八雲」シリーズ、ついに完結!!
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詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000191/
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「心霊探偵八雲」あらすじ、シリーズ全巻はこちら!
【神永学シリーズ特設サイト】



「心霊探偵八雲」シリーズ詳細https://promo.kadokawa.co.jp/kaminagamanabu/yakumo/


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