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試し読み

「エヴァ」のシンジ役、庵野監督のオファーを断っていた!? 緒方恵美『再生(仮)』試し読み#3

『エヴァンゲリオン』など大ヒットアニメで活躍!大人気声優・緒方恵美初の自伝エッセイ

『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジ、『幽☆遊☆白書』蔵馬、『美少女戦士セーラームーン』天王はるか/セーラーウラヌス、『カードキャプターさくら』月城雪兎/ユエ、『遊☆戯☆王』武藤遊戯、『ダンガンロンパ』苗木誠/狛枝凪斗、『地縛少年花子くん』花子くん/つかさ、etc.
数々の人気作/役を演じてきた大人気声優・緒方恵美さん。
初の自伝エッセイ『再生(仮)』(さいせい かっこかり)が2021年4月28日、発売となります。
本書で初めて明かされるエピソードもたっぷり。
発売に先駆けて、試し読みを公開いたします。

3日目の試し読みは、社会現象になった『新世紀エヴァンゲリオン』、シンジ役を緒方さんはできなかったかもしれなかった!?

『再生(仮)』書誌情報はこちら。予約はお早めに!
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000423/

緒方恵美『再生(仮)』試し読み#3

(「第2章 人と作品に育てられて」より)

「逃げちゃダメだ!」~運命から、この流れから。『新世紀エヴァンゲリオン』

◆「僕を……乗せてください!」

 95年、私はテレビシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』で碇シンジ役を演じることになりました。ピースがひとつでもずれていれば出会えなかった、奇跡のような運の中で。
 94年の夏、私は『セーラームーンS』の番組旅行に参加していました。番組旅行としては大規模で、スタッフさんが100人くらい、対して役者は10人いるかいないかですが、みんなで箱根の温泉へ。大広間での大宴会から2次会に、そして3次会では30人くらいになり、移動途中のエレベーターの中で、背の高い男性に声をかけられました。
「初めまして、庵野秀明と言います」
「あ、初めまして」
「僕は、あなたが演じたウラヌス役の変身シーンを演出していました」
「え、そうだったんですか! ありがとうございます!」
「あと劇場版Rの地場衛も良かった」
「え、観てくださったんですか! ありがとうございます!」
 そんな会話をしながら3次会会場につき、隣に座って乾杯をすると、男性はゆっくりと続けました。
「ところで僕は、このあとテレビシリーズの監督をやる予定なんですが、その主役のオーディションをぜひあなたに受けて欲しいと思っていました。ですが、あなたが断ったとスタッフから聞きました。なぜ断られたのかを教えて欲しい」
「えっ……」
 あまりの驚きで一瞬、言葉が出ませんでした。
「私、全然知りませんでした……」
「それは……たとえば、僕を嫌いだと思っている、とか。スタッフの誰かと仲が悪い、とか。何か原因がありますか」
「いえ、そんなはずはなくて、本当に知らなかったんです」
 そうお答えすると、「じゃあなんでだろう」と言いながら、本題に入りました。
「主人公の一次オーディションをしたのですが、やっぱり思った通りの人が見つからなかった。それで二次オーディションをすることになったので、もう一度だけお声がけさせてください。どうか緒方さんからも、マネージャーさんにオーディションを断らないようお願いしていただけますか」
「わかりました。ありがとうございます」
 答えつつ、内心は動揺していました。

 旅行から帰った私は、週明けの月曜日、朝一で事務所に電話して問い合わせました。すると第三営業部(アニメーション・外画)の、当該案件を担当したマネージャーが、怒り出しました。
「僕らも戦略を考えて仕事を受けるかどうかを決めているのに、直接、役者に言うなんてルール違反だ。だから絶対にその監督の作品は受けさせません」
 かえって態度を硬化させてしまったのです。めまいがしました。その瞬間、私は強い口調でマネージャーに言ってしまいました。
「考えてくださってのことだというのはありがたいと思いますが……おかしいじゃないですか、どのような理由があるにしても、監督が『あなたに主役になって欲しい』とまで言ってくださったんですよ。そんな役者冥利につきることはないのに、どうしてその申し出を断らなければならないんですか!?」
 私はそれまで事務所の指示に反論することはありませんでした。新人だったので、えっ、と思うようなことがあっても「わかりました」と答えて仕事をしてきた。だけど、ここはどうしても食い下がらなければいけない。本能で思ったんだと思います。
「スタッフさんと接触があるとわかっている旅行に、マネージャーさんは誰もついてきてくれなかった。行くなとも言わなかった。なのに、接触してくるなというのはおかしいです。とにかく私は受けたいので、お願いします!」
 私が初めて反抗したことにマネージャーも驚いて、「わかった、そんなにやりたい仕事であれば、本当にもう一度オーディションの話が来たら受けていいよ。本当に来たらね」と渋々承諾をもらいました。
 果たして、オーディション依頼はやってきました。今まで見たことのないような、分厚い資料とともに。ごく普通の、中学生の男の子。読み込み、私なりに臨み。合格したのです。

 のちにマネージャーから、オーディションを断った理由を聞きました。その時期、私はアニメのレギュラーが週に9本、ラジオのレギュラーが3本あり、休日はイベントで埋まっている。もうスケジュールは入れられない状態にあったこと。当初は『エヴァ』は企画段階ではテレビシリーズではなく、OVAシリーズとしてオファーが来ていたとのこと。それでマネージャーが、テレビではなくOVAであれば今回は見送ろうという判断があったということでした。
 でも、あのときもし私が『セーラームーン』の番組旅行に行っていなければ、庵野さんがあきらめずに声をかけてくださらなければ、『エヴァ』に参加することもなかった。そして、あのときマネージャーに初めて反抗してまでオーディションに行こうとしていなければ、やはりシンジは演じていなかった。
 不思議です。まるで何かに動かされているかのよう。
 まさか『エヴァ』が、社会現象として語られるくらい大きな作品になり、そしてまさか、今もなお続く長いお付き合いになるなんて――このときにはもちろん、想像もついていませんでした。


◆声を張らないナチュラル芝居、その源流。

 庵野監督は、劇場版『セーラームーンR』で、私が演じたタキシード仮面の少年時代の泣くシーンを聴いて、シンジが演れると思ってくださったんだそう。ですが、他のスタッフの方にとっては、美形の男子高校生的な役柄のイメージが強かった。第壱話のアフレコが終わったあと、打ち入り的飲み会があり、そこで当時副監督だった摩砂雪さんと鶴巻和哉さんが教えてくれました。
「Aパートあたりまでは、僕らの間にはやっぱりちょっと違うんじゃ、という意見もあった。だけどBパートで『逃げちゃダメだ』あたりの芝居を聴いて、『シンジだ!』と思いました。すごく良いです。どうぞよろしくお願いします」。ほっとしました。心底(笑)。
『エヴァ』はもちろん私の転機でもありましたが、「アニメーションの声の芝居」としても、ひとつの転換点になった作品ではないかと思います。
 今に続く「ナチュラル芝居」の原点として。

「この子は内気な少年だから、もっとボソボソ喋って。セリフがはっきり聞こえるかはどうでもいい。本当に君の心から出たもので、心が動いて出る音がほしい。もっと聞こえなくて、もっとボソボソで」
 庵野監督に初めてそうディレクションされたとき、え、こんなに何言ってるか分からなくていいの、と驚くと同時に、こんなにナチュラルな芝居でいいんだ、と、肩の力が抜けていくのに気づきました。
 それまで私が関わってきたアニメ作品では声が張り気味の芝居が求められており、滑舌良く声を大きくというのがスタンダードでした。理由は幾つかあると思いますが、声優という仕事が舞台役者出身の方から始まったことも大きいと思います。要は舞台芝居の延長的な感じだったんですね。
 もちろん張るような役柄は当たり前ですし、いわゆる漫画的な、デフォルメされたキャラクターにはそれが合っていると思います。でも私は、初めてこの業界に来たときに、優秀なマイクがあるのだから、そんなに声を張らなくても、映像芝居のように自然な感じでも成立するのではないかと少しだけ思っていた。それを庵野さんが初めて求めてくれたのです。スッ、と心に落ちてきました。
 さらに勉強になったのは、綾波レイ役を演じる林原めぐみさん。元気な女の子役が多かった林原さんが、消え入りそうな声でしゃべるのも初めて聞いたのですが、それだけではありません。林原さんは、庵野監督に「この子は感情がないんでしょうか、それとも?」と質問をされていて、その結果、「感情を持っているけど表現する手段を知らない」ことを踏まえた淡々と深みがある芝居に。その後アニメ界で「綾波っぽい役」はたくさん量産されるようになりましたが、棒読みのような芝居は多くても、そこに「深み」を感じさせる演技はなかなか出てきませんでした。やはり林原さんはすごい。
『エヴァ』をきっかけに、アニメでの演じ方が広がったと思います。同時期にはマイクの性能も向上して、深夜アニメも増えて、声を張る芝居についてももしかしたら業界的に変わるタイミングだったのかもしれません。けれど、庵野監督が『エヴァ』でナチュラルな芝居にGOサインを出さなかったら、この時代に大きな変化は起きなかったのかもと思います。


◆共感してもらえる主人公とは。

『エヴァ』の放送当時は、シンジはヘタレだなんて言われていました。ですが演じている私には、シンジはごく真っ当な普通の中学生に見えた。第壱話だけでも、ずっと離れて暮らしていたお父さんから突然呼び出されてもちゃんと会社に向かって、迎えに来た会社のお姉さんにも丁寧にご挨拶する。むしろ普通の子よりもしっかりした少年だなと思いました。
 そんな普通の少年の前にいきなり使徒が現われて、めちゃめちゃ怖い思いをした後、お父さんからお前がロボットに乗って戦えと言われたら、無理だと答えるのは当たり前で、それでも、隣にいる戦いでボロボロになっている女の子に行かせるわけにいかないと、無理を承知でエヴァに乗ろうとするシンジは健気で偉いなって。旧『エヴァ』のシンジは、周りの大人がふがいなかったために普通の少年が振り回されて、怖い思いをしすぎたせいで、次第に精神が追い詰められていってしまったのでは? と。つまりは彼がダメなんじゃなく、ダメな大人のせい(笑)。
 けれども主人公の演じ手としては、「さてどうしようか」というところではありました。台本を字面だけで読んでいくと、「できない」とか「やりたくない」などのネガティブなセリフが多い。もちろん彼なりに迷っていたり、葛藤していたりするからこそ出る言葉ではあるのですが、台本から受ける印象のまま演じてしまうと、観ているお客さんが主人公に共感しにくくなってしまうのではないかと思ったんです。
 だから、演じる時は極力素直に、〝相手の人にゆだねてしまう〟ようにしました。
 たとえば台本には「(嫌そうに)それってどういうこと?」と書いてあったとすると、「それってどういうことですか……?」と、自分自身が〝まだ子供だからわからない〟というニュアンスも出して、次のセリフをしゃべる人物に渡してしまう。シンジは、周りのみんなからたくさんの情報や感情を投げかけられるんだけど、それをテニスのヒッティングパートナーのように、打ち込まれたボールを丁寧に拾っては、ただ素直に返していく。そんなイメージで演じると、観ているお客さんも〝シンジも目の前のことでいっぱいいっぱいなんだ〟とわかり、共感してもらいやすくなるのではないかなと思いました。
 のちに聞いた話では、10代の子たちが「シンジは自分だと思うくらいシンクロしました」と共感してくれた人が多かったそうで、ほっとしました。ごく普通の反応を素直に返すだけでいいと思えたのは、心の動きを優先したナチュラルな芝居を求めてくれた庵野監督のディレクションのおかげです。


◆史上最恐で最強の最終話アフレコ!

 演じ手としては役者冥利につきる作品でしたが、これだけ振り回された作品も他にはない……というくらい、アフレコは……皆さまご想像の通り、もちろん楽しくて、大変でした(笑)。

(この続きは、4月28日発売の『再生(仮)』書籍でお楽しみください)

作品情報 『再生(仮)』緒方恵美



再生(仮)
著者 緒方 恵美
定価: 1,870円(本体1,700円+税)

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詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000423/
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