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【話題作再掲】中性的な美少年との深夜の出会い。怒濤のどんでん返しミステリー!櫛木理宇『虜囚の犬』#16

カドブンで好評をいただいている、ミステリー『虜囚の犬』。
公開期間が終了した物語冒頭を「もう一度読みたい!」、「7月9日の書籍刊行まで待てない!」という声にお応えして、集中再掲載を実施します!
※作品の感想をツイートしていただいた方に、サイン本のプレゼント企画実施中。
(応募要項は記事末尾をご覧ください)

 ◆ ◆ ◆

>>前話を読む

 たったいま聞かされた話を脳内で整理しつつ、白石は帰宅した。

 ──あの噂がほんとうなら、伊知郎さんは恨まれて当然だ。

 認知症や失火は薩摩伊知郎のせいではない。しかしドミノ倒しのような不幸の連鎖は、大須賀家が土地家屋を騙しとられたことにはじまる。その一件がなければ、大須賀の老母は健やかな老後を送れたかもしれない。彼女が認知症でなければ、真夜中の大規模火災も起こらなかったはずだ。

 ──伊知郎さんはなぜ、そんな残酷なことを。

 薩摩伊知郎は富裕な生まれだ。クルーザーにマージヤンにと金を費やしても、なおうなるほどの資産があった。詐欺まがいのなど、はたらく必要はなかった。

 ではなぜだ。大須賀に個人的な恨みでもあったのか。それとも子供が遊びで虫の羽をちぎるような、無邪気なたわむれだったのか。

 ──伊知郎さんの人物像が、どんどんいびつになっていく。

 リヴィングに戻ると、時計の針は午前十時をまわっていた。

 固定電話の留守電ランプが点滅している。再生ボタンを押した。

 流れだしたのは、の声であった。

「おい、おれだ。──殺された家出少女こと、いななつの義父が一昨日おとといから行方不明だそうだ」

 白石は息をんだ。

 急いで留守電のヴォリュームを上げる。

「義父の稲葉ひろしは数日前から、薩摩治郎の母、にいやがらせの電話をしつこくかけていた。『おまえが息子を管理できなかったせいで、千夏は死んだ。慰謝料を寄越せ。誠意を見せろ』という内容だ。録音データがあり、通話履歴の確認も取れている。うちの捜査員が薩摩志津に相談され、稲葉弘に電話で口頭注意したところ、やつはその晩に失踪した」

 和井田の声は冷静だった。

「なおニンチヤクは以下のとおり。身長百六十八センチ、瘦せ形。現在四十一歳。眼鏡なし。黒髪短髪。失踪当時、黄褐色のフード付きナイロンジャケットを着用。左袖にゴアテックスのロゴ入り。下は黒のズボンに、同じく黒のスニーカー。……わかるか? 〝身長百七十センチを切るくらいで瘦せ形。言葉になまりなし〟だ」

 ああわかる、と白石は胸中でうなずいた。

 薩摩治郎を刺し、ホテルから去った男の風体とほぼ同一である。

 ──でももし、稲葉千夏の義父が犯人だとしたら。

 どうやってやつは治郎くんをホテルまでおびき出した? 離れ家に電話はなく、義父が治郎のメールアドレスを知っていたとも思えない。よしんば知っていたとしても、パソコンに履歴が残るはずだ。

 ──第一あの治郎くんが、見知らぬ男の呼び出しに応じて、ホテルまで出向くなんてあり得るだろうか。

 人見知りで、過度に用心深かったあの治郎が。

 考えこむ白石をよそに、和井田の声がつづく。

「志津への脅迫電話からして、やつはこの街へ来る可能性が大だ。けい隊に巡回を強化させるが、おまえも気をつけろよ。いいか、稲葉弘らしき男を見つけても絶対に一人でどうにかしようとするな。ただちに警察に通報しろ。それに果子ちゃんは毎晩帰りが遅いからな。重々注意するよう、あの子にも言い聞かせておけ」

 言うだけ言って、留守電の声は途切れた。

 メッセージを消去するか否か、と尋ねる音声が流れ出す。

 白石は一時保存を選択した。そして、口の中でちいさく唸った。

 第三章

      1

 夜八時の駅前通りは、どこか脂じみたわいざつな空気に満ちている。

 レゴブロックかと見まごうほど無機質なデザインの駅ビル。家路を急ぐスーツ姿のサラリーマン。タクシー待ちの列に並ぶ、のっぺりと無表情な人びと。

 路上で下手くそなギターを鳴らすストリートミュージシャン。早くも千鳥足の大学生たち。ベンチに片手をかけて、伝線したストッキングに舌打ちする女性。だるそうにホストクラブのチラシを配る男。

 空は曇りで、月も星も見えない。だがあかりは充分だった。駅ビルのイルミネーションが光り、街灯がともり、家電量販店やファストフードや居酒屋の看板ネオンが、下品なほど派手にまたたく。

 視界のあちこちで赤に緑に切り替わる信号。行きかう人びとが手にするスマートフォンの灯り。ヘッドライトの金、テイルライトの赤。

 光の洪水の中を、塾帰りのくにひろかいは歩いていた。

 青信号の横断歩道を渡って、さて今夜の夕飯はどこにしよう、と考える。

 ロイヤルホストかサイゼリヤかすき家か。ちょっと足を延ばしてモスバーガーかロッテリアか。はたまたラーメンかカレーか回転寿司か。

 熟考の末、「やっぱり長居できる店がいいな」といつもの結論に落ちついた。

 小遣いには困っていなかった。しかし中学生が夜遅くまでいられる店は限られる。海斗はしばしば高校生に間違われるが、それでもコーヒー一杯かドリンクバーで粘れる場所は多くない。

 すべては継母──内心で海斗は〝父のサイ〟と呼んでいる──が、彼が家にいるのをいやがるせいだ。

 彼女は何年か前まで、海斗のために使う金は一銭でも惜しいといったふうだった。食事の用意どころか、洗濯機から継息子の服だけ取りのぞき、彼が入る前に風呂の栓を抜き、給湯器の電源を切った。

 しかし彼の背が伸び、体格でまさるようになると態度を変えた。海斗を高い塾へ通わせ、小遣いを潤沢に与え、「その代わり、家にいないでちょうだい」と無言でアピールするようになった。

 継母の望みに、海斗は無言でこたえた。おとなしく週のうち六日は外で夕飯をとり、夜の十時過ぎまでファミレスかファストフード店で時間をつぶした。ちなみに週七日でないのは、父が日曜だけは自宅で食事をとるからだ。

 とはいえその生活に不満はなかった。家にいて〝ゴサイ〟と気づまりな時間を過ごすくらいなら、外にいたほうが何十倍もましだった。

 歩道橋を越え、海斗はガストに足を向けた。

 いつも見る無愛想な店員に奥まで案内してもらい、席に着く。

「ミックスグリル。ドリンクバー付きで」と注文する。メニューをひらく必要はなかった。とっくに暗記してしまっているからだ。

 ミックスグリルセットは、届いて十分足らずで食べ終えた。

 さて、あとは十時までスマートフォンでゲームをするか、電子書籍のミステリを読むか、動画をるかSNSのタイムラインをチェックするかだ。

 退屈だった。さりとて家にいたところで、やることはたいして変わらない。

 海斗は中学三年生。つまり受験生である。

 だが焦りはなかった。成績はつねに上位五パーセント内をキープしていた。塾に通おうが通うまいが、成績にさしたる影響はないと思っていた。

 義務教育の授業なんて、教科書の内容さえ理解していれば点は取れる。高校からは苦労するかもしれないが、そのときはそのときだと割り切っていた。

 席を立ち、グラスにアイスティーを補充して戻る。

 スマートフォンを手に、海斗はゲームをはじめた。

 彼は基本的にRPG系しかやらない。最近はなるべく煩雑さのすくない、放置育成型ゲームを選ぶようになっていた。

 時間経過とともにひとりでに進んでいく放置型ゲームは、たまに起動して眺めるだけでもそれなりに楽しめる。アイテムも勝手にまっていってくれる。課金するほどゲームに熱中できない海斗にとって、放置ゲーは最適な〝そこそこの娯楽〟であった。

 あくびをみころし、画面を眺める。アイスティーを一口飲む。

 液晶の中で、キャラクターが豪剣をいつせんさせた瞬間──。

「それ、どんくらいでもらえるアイテム?」

 頭上から声がした。

 海斗は反射的に顔をあげた。そして、目をまるくした。

 ──女?

 声の調子から、てっきり同年代の男だと思ったのだ。

 しかし目の前に立つ人物は、透きとおるように色が白かった。やや伏し目にしたまつが長い。頰は陶器のように滑らかで、毛穴が存在するか疑わしいほどだ。かたちのいいあかい唇が眼前でひらき、

「なあ、どんくらいやってたらもらえるアイテムなんだ?」

 と、いま一度く。

 その声と口調で、ようやく海斗は「ああ、やっぱり男だ」と確信した。

 ひどく中性的な美少年である。だが、よくよく見れば喉ぼとけがある。手もこうに静脈が浮いた、ごつい男の手だ。なにより声が、変声期を終えた少年の声であった。

「あ……」

 声を発しかけ、海斗はいったん言葉を吞んだ。

 脳内で言葉を組み立てながら、ゆっくりと、余裕を持って言葉を押し出す。

「ああ、これは、えっと──わからない。放置ゲーだから、いつの間にか装着してたアイテムで……」

「長くやってんだ?」

「んーと、八箇月くらい」

「マジで? やっべえ」

 少年は歯を見せて笑った。真っ白い、完璧な歯並びであった。

 その瞬間、なぜか海斗の心臓がどくりと跳ねた。

 少年がつづける。

「辛抱強いんだな、うらやましい。おれなら絶対無理だ。がんがん課金して、欲しいもんはなにをしても手に入れたくなっちまう」
 それが國広海斗と、少年──はしひろとの出会いであった。

(つづく)

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