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【話題作再掲】地べたでドッグフードを貪る少女を見ると、奇妙なざわめきが心に訪れた。怒濤のどんでん返しミステリー!櫛木理宇『虜囚の犬』#21

カドブンで好評をいただいている、ミステリー『虜囚の犬』。
7月9日の書籍発売にあたり、公開期間が終了した物語冒頭を「もう一度読みたい!」、「ためし読みしてみたい」という声にお応えして、集中再掲載を実施します!
※作品の感想をツイートしていただいた方に、サイン本のプレゼント企画実施中。
(応募要項は記事末尾をご覧ください)

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※リンクはページ下の「おすすめ記事」にもあります。

 ◆ ◆ ◆

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      6

 週明けから、雨がつづいていた。

 午後の教室は湿気がこもり、肌がべとついて不快だった。エアコンは全教室に設置されているものの、『夏場は三十℃以上の日のみ使用可』と定められていて、湿度の高低には頓着してもらえない。

 休み時間ともなれば、女子生徒の文句がやかましかった。

「湿気やばい。髪うねるー」

「あんたなんて、まだいいじゃん。うち天パだからシャレなんないわ」

「汗っかきにはつらい季節よねぇ」

 やいのやいのとうるさい声を背に、海斗はほおづえを突き、スマートフォンで電子書籍を読んでいた。G・ウィロー・ウィルソンの『無限の書』である。

 海斗は本が好きだ。ジャンルの区別なく、面白ければミステリだろうと時代小説だろうと純文学だろうと読む。

 しかし小学生の頃は、図書館から本を借りることすらむずかしかった。本を家に持ち帰ると、後妻が隙を見ては捨ててしまったからだ。

 弁償は、そのたび父がした。だが破損や紛失がたび重なれば、司書は海斗を目のかたきにする。やさしかった司書に睨まれるのが悲しくて、いつしか海斗は図書館通いをやめた。あの頃の後妻は、彼を孤独へ追いやっていくのがうまかった。

 ──でもいまは、スマホがある。

 父が買い与えてくれたスマートフォンだった。通信料金は父の個人口座から引き落としで、電子書籍や動画配信サービスの料金も同様だ。

 自宅にいる間、海斗はかたときもスマートフォンと鍵一式を手ばなさない。浴室にまで、ジップロックに密閉して持ちこんでいた。

 ──金と情報さえ、確保していればなんとでもなる。

 金は力だ。情報も同じくらい力だ。このふたつを手放さなければ、後妻を出し抜くくらいはたやすい。

 海斗は液晶をフリックした。瞬間、かるい衝撃とともに体がずれた。

 いぶかしく思い顔を上げる。

 クラスメイトのさぎたにが、にやつきながら離れていくところだった。

 椅子にわざとぶつかられたのだ。そう海斗が気づいたのは、スマートフォンに目を戻して数秒後であった。

 海斗と同じく、鷺谷もあぶれ者の生徒だ。しかし遠巻きにされている海斗とは違い、鷺谷はクラスの〝いじられキャラ〟だとされていた。からかわれ、小突きまわされ、なにかというとネタにされながら、

「だってあいつ、そういうキャラじゃん」

「遊んでやってんだよ」

 で済まされてしまう生徒だ。そういえば愚痴る女子生徒の後ろで、鷺谷はさっきまで男子たちに突つきまわされていた。

 ──ああ。つまり、八つ当たりか。

 ようやく納得がいって、海斗は首を縦に振った。同じくクラスのあぶれ者で、おとなしい國広海斗なら八つ当たりにちょうどいいと認定したのだろう。

 さすがに心外だな。海斗は唇を曲げた。

 鷺谷と比べ、自分がヒエラルキーで下だとは思わない。成績はこっちがはるかに上だ。背だって海斗のほうが高いし、体格もまさる。それにそう、なにより──。

 ──なによりおれには、親友がいる。

 この教室に居並ぶ不細工なカボチャどもとは格違いの、美しく傲岸な親友。なにものにも縛られない、自由で特別な存在が。

 ──おまえらごときが、あの三橋未尋に相手にしてもらえるか?

 内心でつぶやき、海斗はうっそり笑った。

 湿気で髪がうねるだの、いじられキャラが不満だの、そんなまつでうだうだ言っているおまえらのそばには、いったい誰がいる? 愚鈍な級友。スノッブ臭ふんぷんの両親。さかしらな顔をして、時代遅れの良識を説く教師。何百人たばになったところで、未尋一人の価値もない。

 未尋の声が、鼓膜の奥でリフレインする。

 ──犬だよ。

 ──人間なんて、堕ちればすぐ犬になるのさ。

 海斗はちいさく笑いを洩らした。

 気づけば、鷺谷のことなど頭から消え去っていた。海斗は椅子に背を預け、『無限の書』のつづきを読みはじめた。

 帰宅して自室へ入る。

 足を踏み入れた途端、海斗は違和感に気づいた。

 朝出たときと、チェストの角度が微妙に違う。電気スタンドの位置も、枕の位置も変わっている。

 後妻のやつ、さがししたな。海斗は舌打ちした。

 部屋に貴重品は置いていないが、不快なことに変わりはない。早く貸金庫が借りられる歳になりたい──と思ったそばから、いやその頃にはとっくに家を出ているか、と苦笑する。

 後妻がなにを目当てに部屋をあさったかは知らない。なかば以上はいやがらせだろう。彼が自室に貴重品を置かないことを、あの女はとうに知っている。

 ──ま、好きにすりゃいいさ。

 海斗は制服を着替え、ベッドに腰かけてスマートフォンをいじった。

 保存しておいた動画を観る。未尋からもらった動画だ。ネットで拾ったという、完全無修整のポルノであった。

 画面はひどく暗い。女を騙して誘いこみ、監禁して犯すというストーリイのポルノだ。作りものに決まっているが、女の悲鳴がやけに真に迫っていた。カメラの揺れが大きいせいか、モキュメンタリー系のホラー映画のようでちょっと笑ってしまう。

 佳境に差しかかったところで、LINEの通知が届いた。

 未尋だ。海斗は動画を小窓に縮小した。

 ──やったぜ、お祝いだ!

 未尋のメッセージは、やけにテンションが高かった。

 ──森屋さんが、今週からうちに住み込みになった! これで夜中も早朝も、あのチビにうるさくされずに済む!

 チビとは弟の睦月のことだろう。未尋は上機嫌で、矢継ぎ早にメッセージを送ってきた。

 ──海斗、今晩暇か?

 ──お祝いにパーティしようぜ。

 ──いつものコンビニで待ち合わせしよう。そっからタクシーで、俺ん家に招待するよ。

(つづく)

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https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000319/


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