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試し読み

通信指令室から電話越しに謎に迫る、かつてない警察ミステリ『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』1話試し読み!#2

空前絶後の警察ミステリ!『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

シリーズ1巻『お電話かわりました名探偵です』に続き、ふたたび〈万里眼〉の活躍が読める新感覚警察ミステリ『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』が12月刊の角川文庫に登場! 
凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作の第一話を特別に公開いたします。



『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』試し読み#2

      2

 まぶたを開くと、景色が濁っていた。
 たけゆうは左手の甲で目もとをこすろうとしたが、どういうわけか、思うように手が動かない。しかたがないので、目を閉じたり開いたりを何度か繰り返した。それでも視界は晴れず、くすんだままだった。
 自分はどこにいるのだろう。もうろうとする意識の中で記憶を辿たどってみる。同じマンションに住むケンちゃんとタクト、ヒマリと遊んだところまでは覚えている。ケンちゃんは一つ年上でタクトは同級生、ヒマリはケンちゃんの妹で、まだ幼稚園児だ。ヒマリは来年から始まる小学校生活に興味津々で、学校の様子についてあれやこれやと悠真にいてくる。そんなのは実の兄にたずねればいいと思うのだが、兄は説明が下手で参考にならないのだという。たしかにケンちゃんは面倒見が良い半面、言葉足らずなところもある。
 それはともかく四人で集まって、それからどうしたっけ。
 思い出せない。なにがどうなって、こういう状況に陥っているのか。どうして身体が動かないのか。自分がどういう体勢なのかすらわからない。横になっているのだと思うが、ふわふわと宙に浮くような感覚もあった。
 宙に浮く……?
 自分は宙に浮いているのだろうか?
 そんなことはありえない。
 いや、ありえる。
 宇宙なら。
 宇宙では無重力状態になって、身体が宙に浮くと聞いたことがある。いまは離れて暮らす父が教えてくれた。たくさん勉強して偉い人になれと、天体望遠鏡も買ってくれた。これで一緒にたくさん星を見よう。そう言ってくれたのに、父は出ていった。
悠真のことが嫌いになったわけじゃないと母は言うが、それならなぜ出ていったのか理解できない。
 ともかく宇宙でなら、身体が宙に浮く。
 ここは宇宙なのか?
 そのときふいに、一週間前のことを思い出した。
 いつものように四人で集まり、マンションの近所の公園で遊んでいたときのことだ。滑り台の階段をのぼりながらタクトが空を指差し、「あれってなんだろう」と言った。
 青空を白い点が横切っていた。悠真は飛行機かなにかじゃないかと言ったが、ヒマリはUFOだと主張した。テレビのバラエティ番組でやっていたUFO特集で見たのと、同じだというのだ。
 そんな馬鹿なと、悠真は鼻で笑った。ただの白い点にしかみえないのに、テレビでやってたのと同じもなにもない。だが影響を受けやすいタクトは、すげーすげーと鼻息を荒くした。そうなると気になるのは、年長者であるケンちゃんの見解だ。
 ケンちゃんは空を横切る物体がUFOかどうかについて、言及しなかった。その代わり、こんな話を披露したのだった。
 ――UFOがなにしに来てるか、知ってるか。人間を観察してるらしいぞ。おれらが虫を捕まえて、虫カゴに入れて観察するみたいな感じで。
 タクトは目を丸くして驚いた。本当に? じゃあ、宇宙人にとって、地球は大きな虫カゴみたいなもの?
 ――違う。おれらにとっての山みたいなもの。おはかやま、あるじゃないか。あそこに虫採りに行ったこと、あるよな。
 お墓山というのは、マンションにほど近い墓地の裏手にある小さな山だ。正式名称ではなく、マンションに暮らす子どもたちの間でそう呼ばれている。うつそうとした雑木林になっており、夜には真っ暗になるので、一人で足を踏み入れたくない場所だった。
 ――じゃあ、宇宙人は人間採りに来てるってこと?
 そういうタクトは、もはや顔面そうはくだった。
 ケンちゃんはみんなの顔を見回してうなずいた。
 ――気づいていないだけで、知らない間にさらわれて、マイクロチップを埋め込まれているやつもたくさんいるらしい。
 そのとき、ヒマリが火が付いたように泣き出した。兄の話を聞いて怖くなったらしい。大丈夫大丈夫、ヒマリのことはお兄ちゃんが守ってやるから、と、ケンちゃんは笑いながら妹のつやつやの髪の毛をでていた。
 ヒマリにはケンちゃんがいる。
 けど僕は……。
 悠真はがくぜんとなった。きょうだいはいない。父は家を出ていった。看護師の母は勤務形態が不規則で、家にいないことも多い。
 誰も守ってくれない。それどころか、さらわれたことに気づく人すらいない。
「助けて」
 大声で誰かに助けを求めようとしたが、断続的なモーター音にすらかき消されるほどの、か細い声が漏れただけだった。そもそもここがUFOの中だとすれば、声をあげたところで誰にも届かない。少なくとも地球人には。
 心細さで胸が詰まる。ふいに視界が曇り、頰を熱い感触が伝った。これからどうなるのだろう。マイクロチップを埋め込まれるのだろうか。ケンちゃんの話だと気づかないうちにさらわれているらしいから、いま経験している不安や恐怖の記憶も、れいさっぱり消し去ってくれるのだろうか。ケンちゃんの話通りにことが進めばいい。けれどそうならなかったら。人間が捕まえた虫を虫カゴに閉じ込めるように、そしてとらわれた虫はそこで生涯を終えるように、宇宙人も捕まえた人間をどこかに閉じ込めるのだとしたら。
 逃げなければ。ここから脱出しなければ。
 だが身体の自由が利かない。声すら出せないし、だいいちむやみに大声を出したら、宇宙人に気づかれてしまう。
 どうしよう。どうしよう。
 そのとき、ベルトポーチで腰にくくりつけられたスマートフォンの存在を思い出した。仕事で留守がちの母が、一人で過ごす時間の多い息子のために買い与えた、子供用のスマートフォンだ。
 もしかしたら宇宙人に奪われているかも、と思ったが、腰のあたりの固い感触に手が触れた。マジックテープのふたを開いてスマートフォンを取り出す。
 顔の前に持ってくると、暗い視界に液晶画面がぼんやりと四角く浮かび上がっている。
 母に電話をかけようかと思ったが、やめた。今日は準夜勤の日なので、いまは仕事中だろう。電話には出られない。準夜勤の日には、悠真が学校から帰宅するのとほぼ入れ替わりで家を出ていく。出勤する母を見送った後で遊びに出かけ、帰宅してから冷蔵庫に作り置きされている夕食を電子レンジで温めて食べる。
 母は仕事中、父の連絡先はわからない。
 だとすれば警察だ。
 交通安全教室で悠真の通う小学校にやってきた警察官に、悪者を捕まえるのは怖くないですかと訊ねたことがある。そのとき、学校の誰よりも肩幅の広い、四角い顔をした男の警察官は言ったのだ。
 ――怖いよ。怖いけど、悪いやつをやっつけてみんなを守るのが、お兄さんの仕事だから。
 その言葉に同級生が「お兄さんというよりおじさんでしょう」と茶々を入れて笑いが起こったのだが、悠真は内心で感動を覚えていた。やっぱり怖いんだ。怖いのに、頑張ってみんなを守ろうとしてくれているんだ。
 警察なら助けてくれるかも。
 宇宙人をやっつけてくれるんじゃないか。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



お電話かわりました名探偵です リダイヤル
著者 佐藤 青南
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年12月21日

「おかけになった謎は、私が承ります」
「<万里眼>を出せ」。Z県警通信指令室に頻繁にかかってくるようになった<出せ出せ男>からの入電。身元を特定する手がかりはまったくない。気味の悪さを感じつつ、今日も市民からの通報に対応していた早乙女廉は、男の子から『宇宙人にさらわれた』という一報を受ける。信じがたい内容に動揺していると、ほかならぬ<万里眼>その人、君野いぶきがいつものように割り込んできて――。電話越しに事件解決、空前絶後の警察ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000286/
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