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試し読み

『宇宙人にさらわれた……』不可解な通報の真相は?『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』1話試し読み!#3

空前絶後の警察ミステリ!『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

シリーズ1巻『お電話かわりました名探偵です』に続き、ふたたび〈万里眼〉の活躍が読める新感覚警察ミステリ『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』が12月刊の角川文庫に登場! 
凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作の第一話を特別に公開いたします。



『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』試し読み#3

      3

『いいじゃないの。減るもんじゃあるまいし』
 少なくともあなたの通報への対応で、僕のライフゲージはすり減っていますけどね。
 僕は内心でそんなことを考えながら、相手に聞こえないように薄いため息をついた。
 ディスプレイの向こうから、和田さんが愉快そうにのぞき込んでくる。声を発せずに「またナンパされてるの?」と口が動いた。
 僕は肯定の意と、こんなのちっともうれしくありませんという不本意さを、鼻にしわを寄せる表情で表した。
 左からのこめかみに突き刺さるような視線には、気づかないふりをして。
「よくありません。私の個人情報をお教えすることはできません」
『どうして?』
「どうしてもです」
『じゃあ、お兄さんの声を聞くためにまた電話しちゃおっかな』
「駄目です。みだりに一一〇番にイタズラ電話をすると、罪に問われる可能性があります」
『えーっ。どうやったらお兄さんの電話番号教えてもらえるわけ?』
「だから――」
 本当に勘弁して欲しい。
 僕が電話で話している女性は、突然パソコンが動かなくなったと電話してきた。もちろん緊急性はないし、そもそも警察に相談するような内容ではない。だが公衆の奉仕者たる僕は、頭ごなしに市民を?しかったりしない。アダプターがコンセントにきちんと接続されているかを確認しつつ、そういった相談は一一〇番通報するには不適当であること、緊急性のないものは#九一一〇の警察相談専用電話で受け付けていること、緊急性のない通報が回線を埋めるせいで、もしかしたら急を要する通報にたいし即座に対応できなくなる恐れがあることを、丁寧に説明した。
 パソコンはアダプターがパソコン本体から抜けているだけだった。お役に立ててよかった。しかし今後、家電の故障については警察でなく電器店に相談して欲しい。そう念押しをし、電話を切ろうとした。
 そこで通報者が唐突に、お礼をしたいから名前と電話番号を教えて欲しいと言い出したのだった。
 本来の用件の倍以上の時間をかけて連絡先の交換を断り、通話を終えたときには、ぐったりと疲労困憊していた。
「相変わらずモテモテだねえ」と和田さんがからかってくる。
「疲れました。イタズラ電話よりよほど迷惑です」
 僕は苦笑しながら左に視線を滑らせた。
 顔を真っ赤にし、ふぐのように頰を膨らませたいぶき先輩から、ぷいと顔を背けられた。いつものことだけど理不尽だ。緊急性のない迷惑通報とはいえ、こちらから一方的に電話を切ることなんかできない。どうしろって言うんだ。
「女性にモテて迷惑だなんて、おれも一度言ってみたいもんだ」
 腕組みをした和田さんが、口笛を吹く真似をしてひやかしてくる。いやいや、どう考えてもあなたのほうがモテてるでしょう。僕なんか女性と交際した経験すらないんだから。
「モテてるわけじゃないです」
「モテてるさ。通報者にナンパされる指令課員なんて、県警始まって以来、後にも先にも早乙女くんだけらしいよ」
 僕はよく女性の通報者から連絡先をかれたり、食事に誘われたりする。彼女たちは僕の声にかれるらしい。たしかに昔から声がよく通るとか、アナウンサーや声優さんみたいな滑舌だと褒められる機会が多かった。それでもリアルでモテた経験など一度もなかったのに、通信指令課に異動になってからは、日に一度は顔も知らない通報者に連絡先を訊かれたり、ときにはいきなり告白されることもある。
「でも嬉しくなんかないです」
「どうして」
 和田さんはさも不思議そうに首をかしげる。
「だって、相手は僕の声しか知らないんです」
 そう。通報者は僕の声しか知らない。僕の容姿や性格や経済力や好きな音楽や苦手な食べ物や性的指向やどうしても許せない相手の癖など、僕についてなに一つ知らない。どうしてそんな相手を好きになれるのか。好きって、もっとこう……時間をかけて育んでいく感情じゃないのか。
「最初は誰だってそうじゃない。普通は声じゃなくて顔だけど、とにかく相手の一面が気になって、興味を持って、相手のことをよく知ろうとする。その過程で、もっと好きになるかもしれないし、逆に嫌な一面を見て興味が薄れるかもしれない。相手に興味を持つとっかかりとして、早乙女くんの声が好き、だからもっと話してみたい、実際に会ってみたいと思うのは、ごく自然な欲求だと思うけど」
 ぐうの音も出ない正論。正論を真っ直ぐに主張できる和田さんは、やっぱりかっこいい。男の僕でもそう思うのだから、女性から見てもさぞ魅力的だろう。
 つまるところ、僕は自分に自信がないのだ。声をきっかけに興味を持ってくれた人が、本当の僕を知って失望するのを恐れている。第一印象以上に好感を強められるなにかが自分にあるとは、到底思えない。
「早乙女くんは、もっと自分に自信持ったほうがいいと思うけどな」
「自信を持てるような人間じゃないですし」
「そんなことないよ。早乙女くんはじゅうぶんに魅力的だよね、いぶきちゃん」
 唐突に話を振られたいぶき先輩が、はじかれたように顔を上げる。
「え?」と目をしばたたかせる彼女に、和田さんはにっこりと微笑みかけた。
「早乙女くんは自己評価が低すぎるって話。自分に自信を持てるような人間じゃないって、彼は言うんだ。そんなことないよね」
「え、ええ。そうですね。いいところもいっぱいあります」
「たとえば?」
 具体例を求められ、いぶき先輩が難しい顔になる。
「たとえば、ですか」
「そう。自分に自信を持ってもらうためにも、女性から見た早乙女くんの良いところを教えてあげてくれないかな」
 いぶき先輩の顔はなぜか真っ赤になっていた。ちらりと横目で僕をうかがい、えっと、えっと、と言葉を探す。
 そんなに考えなきゃいけないなら、無理して挙げなくてもいいですよ。
 そう思ったけど、いぶき先輩が僕にたいしてどういう評価を下すのか、少し興味がある。
 訂正。すごく興味がある。
 僕は言葉をみ込み、彼女が口を開くのを待った。
「えっと……早乙女くんは引きが強くて、おもしろい通報を受けてくれます」
 全身が脱力した。そうだよな、いぶき先輩にとって僕は、興味深い謎を引き寄せるためのに過ぎないんだよな。
 そのとき、僕の指令台の警告灯が緑色に点滅した。
 僕は椅子のキャスターを転がして三台のディスプレイに向かい、『受信』ボタンを押す。
「はい。Z県警一一〇番です。事件ですか。事故ですか」
 応答はない。なにやら機械の作動音のようなモーターの音が、沈黙を埋めている。
 イタズラ電話? それとも、間違えて発信したか。
 地図システム端末画面で発信地を確認して、僕はまゆをひそめた。
 発信地が表示されていない。どういうことだ。GPS機能のついていない携帯電話? いまどきかなり珍しいけど。
「もしもし。もしもし。どうかしましたか」
 何度か呼びかけていると、か細いうめき声が聞こえた。声が高いので女性かと思ったが、違う。子どもだ。子どもの身になにかが起こっている。
「どうしたの? 大丈夫?」
 十秒ほど呼びかけを続けて、ようやく言葉らしい言葉が聞こえてきた。
『助けて……』
 全身の皮膚があわった。いくつぐらいだろう。男の子だ。男の子が助けを求めている。
「どうしたの?」
『さら……われ、た』
 途切れ途切れの言葉を頭の中でつなげ、僕は息を吞んだ。
 さらわれた。何者かに誘拐されたということだろうか。
 こちらを見るいぶき先輩の目が、真剣な光を帯びている。いつものように、ヘッドセットで僕の通話をモニタリングしているのだろう。
「話していて大丈夫? きみをさらったやつが近くにいたりしない?」
『う……うちゅ、う、じん』
 今度は言葉の切れ端をくつなげることができない。男の子はなんと言ったんだ。
 本当に誘拐されているのなら、男の子は犯人の目を盗んで電話している。あまり長くしゃべらせるのは危険だが、状況が理解できないのでは動きようもない。
「ごめん。よく聞き取れなかった。もう一度言ってくれないかな」
 しばらくモーター音が続き、声が聞こえてきた。
『うちゅうじん』
 今度は鮮明に聞き取れた。だが意味がわからない。何度かはんすうして、ようやく答えを導き出した。
「宇宙人?」
 たしかにそう聞こえた。宇宙人。
 宇宙人……?
 思わず声を上げそうになるのをぐっとこらえ、確認する。
「宇宙人がどうしたの」
 監禁された部屋にそういうぬいぐるみが置いてあるとか、おとなしく過ごさせるために宇宙人が登場するゲームを与えられたとか、あるいは監禁部屋の窓から見える看板に宇宙人が描かれているとか。パチンコ店の看板などに、そういうのもありそうだ。
 けれど、どれも違った。
『宇宙人に、さらわれた……いまUFOの中にいる』
 あまりに予想外の展開に、すぐに反応することができなかった。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



お電話かわりました名探偵です リダイヤル
著者 佐藤 青南
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年12月21日

「おかけになった謎は、私が承ります」
「<万里眼>を出せ」。Z県警通信指令室に頻繁にかかってくるようになった<出せ出せ男>からの入電。身元を特定する手がかりはまったくない。気味の悪さを感じつつ、今日も市民からの通報に対応していた早乙女廉は、男の子から『宇宙人にさらわれた』という一報を受ける。信じがたい内容に動揺していると、ほかならぬ<万里眼>その人、君野いぶきがいつものように割り込んできて――。電話越しに事件解決、空前絶後の警察ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000286/
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