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【ブックガイド】ひとり旅でも、ふたり旅でも最高のお楽しみ♪ 旅の極上ごはん7選
秋川滝美さんの<ひとり旅日和>シリーズも早いもので7冊。引っ込み思案の主人公ひよりは、ひとりだけじゃなく、ふたり旅も楽しめるようになりました。めでたい。
そして、このシリーズのお楽しみといえば、なんといっても旅先のごはん! 数ある嬉しいメニューのなかから、厳選した7つをお送りします。
夏のおでかけシーズン、気の向くままに本を抱えて聖地巡礼&ごはんの旅もいいですね。
(イラスト:鳶田ハジメ)
ひとり旅でも、ふたり旅でも最高のお楽しみ♪
旅の極上ごはん7選
メニュー1:仙台の牛タン
目の前に置いてあった品書きから、牛タン四枚の定食を選んで注文した。
店に入るまではビールぐらい吞んでもいいかなと思っていたが、網の上で焼かれている牛タンを見たとたん、ご飯と一緒に搔き込むことしか考えられなくなってしまった。
日和の分らしき牛タンが四枚、焼き網に載せられた。
牛タン、ご飯、テールスープ、合間に白菜の漬け物。頭の中でその四品がぐるぐる回る。あーもう我慢できなーい! となったところで、ご飯と牛タンが載った皿が出された。すぐに女将さんらしき人がカウンターの向こうからテールスープの器を渡してくれる。
いただきます、と手を合わせたのはほんの一瞬。いつもならもう少し長く手を合わせるが、挨拶すらすっ飛ばしたくなるほど牛タンの焼け具合が見事だった。
──塩加減が絶妙! ふんわり炭の香りがついてるし、このしっかりした食感ときたら! スープの葱と白菜のお漬け物はしゃりしゃり。あ、そうだ……七味を振ってみよう。
牛タンに七味を振る食べ方は、父が教えてくれた。そのままでも十分美味しいのだが、ぴりっとした七味の刺激は、牛タンの味をさらに引き立てる。父曰く、最初に鰻の蒲焼きに山椒をかけた人と、牛タンに七味をかけた人は、国民栄誉賞に値する、とのことだった。
角川文庫『ひとり旅日和』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000292/
メニュー2:大阪のたこ焼き
竹串をたこ焼きに刺す。ところが、持ち上げようとしても上手くいかない。あまりにも柔らかくて、重さでちぎれそうになるのだ。
どうしよう……と困りつつ隣を見た日和は、竹串が二本添えてある意味を悟った。隣のテーブルでたこ焼きを食べていた女性は、二本の竹串を箸のように使っている。てっきりふたりで食べるためかと思っていたが、そうではなかったらしい。試しに二本使ってみると、なんとか持ち上げることに成功、そして口に運んだ次の瞬間、声にならない声を上げた。
──あっっっっっっつううううう!!
慌ててサイダーを流し込む。たこ焼きを買ったとき、焼き置きが回ってくることがある。待たせてはいけないと考えるからか、鉄板から移してすぐのものにあたることが少ないのだ。おかげで、すっかり焼きたての暴力的な熱さを忘れていた。しかも、生地が柔らかい分、余計に熱さが舌にまとわりつく。これでは、あのお兄さんが気をつけるように言うはずである。
大阪までやってきた目的は、少し冷めかけ、しぼみかけのたこ焼きを食べることだった。
だが、この熱々のたこ焼きが冷めるのにどれほど時間がかかるのだろう。とてもじゃないが、食べ終わるまでに『しぼみかけ』になるとは思えない。かといって、たこ焼き屋のイートインスペースに長居するのは気が引ける。現に周りの人たちは、あっという間に食べ終えて去って行く。面の皮が厚いという表現はよく聞くが、舌の皮が厚いというのもあるのだろうか……
それでもちょうど昼ご飯時だったせいか、空席はゼロにはならない。席が空くのを待っている人が出てくるまでは勘弁してもらおう、と少しずつたこ焼きを口に運ぶ。
こんがり焼けた生地にフルーティなソース、嚙んでいるうちにとろとろの小麦粉と削り節から染みだした出汁が入りまじって絶妙だ。ソースだけのほうを食べて大いに満足し、これはマヨネーズはいらなかったかな、と思ったが、マヨネーズはマヨネーズでまた別な味わいがあった。
ほのかな酸味がとろとろのソースの芳醇さを引き立てる。ソースとマヨネーズの量の配分も素晴らしく、どちらかが少しでも多ければこの味わいは生まれない。さすがは大阪屈指のたこ焼き屋さん、焼き方だけでなくソースやマヨネーズのかけ方にもこだわっているのか、と唸ってしまった。
ソースだけをひとつ、マヨネーズをひとつ、もうひとつマヨネーズ……とちょっとずつ食べていく。
半分ほどを食べ終わっても、たこ焼きはまだまだ熱く、皮もピンとしている。それでも一個だけ残してサイダーをちびちび飲んでいるうちに、少しだけ皮の元気がなくなってきた。
──もう、一息! 頑張れ、頑張れ!
普通なら熱いうちに食べ終わろうとするだろうに、冷めるのを待っているばかりか、応援までし始める。その馬鹿馬鹿しさに、噴き出しそうになりながらも、ようやく『しぼみかけ』の状態になったたこ焼きを口に運ぶ。もちろん一口で……
角川文庫『ひとり旅日和 縁結び!』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000830/
メニュー3:和歌山のマグロ丼
重なるマグロを一枚口に入れ、そっと嚙んでみた日和は、思わず目を見張った。
──ねっとりーーーー!
嚙んだだけでわかる。これこそが美味しいマグロの食感だ。
獲れたばかりの魚とは異なり、歯を跳ね返すような固さはない。ほどよく熟成されたからこそ生まれるねっとりとした食感は、すぐにマグロ特有の甘みと磯の香りを連れて来てくれるだろう。
大トロや中トロにはない赤身の旨さ。マグロの真骨頂と言うべき味にフードコートで出会えるとは思わなかった。写真もそれを上回るほどの実物を見てもなお、まあフードコートだし……と心のどこかで思っていたのだ。まさに、恐るべしアドベンチャーワールドだった。
ゆっくり味わいたいのに、箸がどんどん動いてあっという間に食べ終わる。これまで何度となく経験してきた『空腹に旨いもの』の法則どおり、食事にかかった時間は十分足らず……添えられた味噌汁や漬け物もきれいに平らげてこの時間なんて、食べ盛りの高校生みたいだ。
──もしかしたら本当に美味しいものは、究極の空腹で食べてはいけないのかもしれない。少なくとも私の場合は……
そんなちょっと悲しい結論とともに、絶品マグロ丼ランチタイムは終了した。
角川文庫『ひとり旅日和 運開き!』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322301000203/
メニュー4:鹿児島のかき氷
立て続けにシャッターを切った。いろいろな角度から写真に撮りたいと思うほど『白熊』が絵になったからだ。
──前から見ても『白熊』、上から見ても『白熊』、後ろからでもやっぱり『白熊』! ああもう、なんてかわいいの! 食べるのがもったいない! でも食べなきゃ溶けちゃうだけだし!
断腸の思いとはこのことだが、相手はただのかき氷だ。食べるために作られたものを食べないのは一番の罪、とスマホをスプーンに持ち変える。
まずは一口、とてっぺんの氷を掬って食べてみる。体温であっという間に氷が溶け、練乳のすっきりした甘さが広がる。掬っては食べ、食べては掬い……そのたび氷は瞬時に消える。『白熊』はまるで雲みたいな食べ物だった。
──練乳ってもっとべったり甘いと思ってた。それにこのかき氷、全然頭が痛くならない!
目はレーズン、鼻はサクランボ、周りにはみかんやパイナップル、洋なし、小さいながらも生のメロンも飾られている。真ん中あたりに置かれた丸いクッキーはシロクマのおへそを表しているらしい。
動物園や水族館にいるシロクマは白くて長い毛で覆われている。こんなふうに外から見えるとしたら相当な出べそだな、と思いながら齧ってみると予想外に硬くて、ふわふわのかき氷ばかり食べていた歯がびっくりした。これはシロクマの反撃かしら? なんて苦笑しながら食べ進み、気付いたときには器はすっかり空になっていた。
角川文庫『ひとり旅日和 福招き!』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000781/
メニュー5:山口の瓦そば
思ったより遥かに大きな瓦で、見るからに熱そうだ。瓦が載せられている木の板はあちこち黒ずんでいる。汚れではなく、瓦の熱で焦げているのだ。本当に注意しないとひどい火傷をしかねない。
だからこそ美味しいのよね、と頷きながら、てっぺんのレモンに載せられた紅葉おろしを掬って麵つゆに溶かす。さらに、瓦に触れないよう注意しつつ、そばを一箸……
食べたとたん、声にならない声が漏れた。
──なにこれ、お母さんが作ってくれた瓦そばと全然違う!
そもそも麵の太さから違う。母は一生懸命調べて作ってくれたが、レシピは茶そばの太さまで言及していなかった。たとえ書かれていたとしても、東京で手に入ったかどうかはわからない。なにせ、茶そばすらスーパーを何軒も回って見つけたと言っていた。こんなに細い茶そばは店ですら食べたことがないのだから、東京で普通に売られているとは思えなかった。
麵は瓦に触れた端からパリパリになっていく。揚げ焼きそばや皿うどんが大好きな日和は、箸が止まらなくなってしまった。
──瓦そばって、この食感が持ち味だったのね! これだけ麵が細ければ、あっという間にパリパリになる。これはホットプレートでなんとかなるレベルじゃない。『百聞は一見にしかず』って言葉があるけど、一見も一箸には勝てないってことよ!
ねじ曲げまくった諺で謎の得意顔になりながら、どんどん食べていく。
レモンの風味が爽やかで、紅葉おろしがぴりりと辛い。甘辛く味付けされた牛肉は柔らかく、パリパリの茶そばとの対比が面白い。ずいぶん大きな瓦で食べきれるか心配だったけれど、ほぼ瞬殺といえる食事時間だった。
『ひとり旅日和 幸来る!』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322304000755/
メニュー6:長崎のレモンステーキ
そうこうしているうちに、鉄板を持った男性従業員が歩いてきた。ついさっき注文したばかりだから、隣のテーブルだろうと思っていたのに、鉄板は日和の目の前に置かれた。
もう来たの!? と目を見張っていると、男性従業員が早口に言う。
「すぐにお肉をひっくり返してくださいね!」
え、ひっくり返すの? セルフで? と戸惑いつつも、大急ぎでお肉をひっくり返す。鉄板にはたっぷり流し込まれたタレがグツグツ沸いている。運ばれてきたときはまだ赤かった肉の表面が、ひっくり返してタレに触れたとたんに色を変えた。
──うわあっ、たまらない! めちゃくちゃ美味しそう! それにお箸も嬉しい!
老舗レストランでレトロなテーブルセット、タレが沸き立つ鉄板、ご飯だって平皿で供されたというのに、添えられているのはナイフとフォークではなく割り箸である。
ステーキとはいえ、肉はそれほど厚くないし切る必要がない大きさだから、お箸のほうが断然食べやすい。さらに秀逸なのは、メニューの記載内容だった。
──すごーい。メニューにお肉をご飯にのっけて食べろって書いてある! しかも、ご飯が残ったら鉄板に入れてタレと混ぜて食べろって!
焼き肉をご飯にのせて食べるのはとても美味しい。家では当たり前の食べ方だが、お店ではためらうことが多い。行儀が悪いかも、とか、ご飯がタレで汚れるのは……とか思って、それでもお肉とご飯のコラボの魅力にあらがえなくてこっそりのせては大急ぎで搔き込む。残った焼き肉のタレをご飯に回しかけたらどんなに美味しいだろう、と思いつつも、恥ずかしくてできなくてため息を吐く。
だが、この店ではそんなため息は一切吐かなくていい。なにせ、こうやって食べなさい、とメニューにでかでかと書かれているのだから……
神だ、神! と感動しながら最初の一切れをご飯にのせる。箸でくるりと巻いて口に運び、肉とタレの熱さに舌を焼かれそうになりながら、モグモグと咀嚼。甘塩っぱい醬油ダレとレモンの爽やかさが口の中いっぱいに広がる。お肉は柔らかいし、と思いつつ吞み下し、また一切れご飯にのっけて食べる。合間に生野菜のサラダを食べて口の中をさっぱりさせてもう一切れ……鉄板の上のお肉はあっという間になくなってしまった。
お箸をスプーンに持ち替えて、お皿に三分の一ほど残ったご飯を鉄板に移し、ぐいぐいとかきまぜる。ご飯はたっぷりのタレを吸ってもびくともしない。お肉と一緒に食べても硬いとは感じなかったのに、なんて頼もしいお米だろう。
肉をすごいスピードで食べ終わったせいか、鉄板はまだ熱を持っている。タレを絡めた後もご飯が冷めることはなかったし、最後のほうはちょっと炒飯みたいになった。大急ぎで肉を平らげていたら、もっと鉄板に熱が残ってご飯に焦げ目が付いたりしたんだろうか、とは思ったけれど、せっかくの美味しい肉をそんなに急いで食べたくない。炒飯『みたい』で十分だった。
『レモンステーキ』もサラダもご飯も最高。スープすら、子どものころに給食に出てきたものみたいで懐かしい。長崎から一時間もかかったけれど、思いきって来てよかった。
『ひとり旅日和 道続く!』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402001506/
メニュー7:盛岡の冷麺
盛岡では冷麵の辛さを選べる店が多く、この店も例外ではない。メニューにも『小辛』から『特辛』まで段階別の辛さの記載があった。これはカレーやラーメンの店でも用いられる方法ではあるが、独特なのは『別辛』があることだ。
冷麵の辛さは入れるキムチの量で加減するが、『辛味抜き』はその名のとおり、丼の中にキムチは入れられておらず、希望すれば別の器で提供される。様子を見ながらキムチを入れ、自分の好みの辛さにできるので、盛岡では『別辛』と呼ばれ、通の注文方法だとも言われている。
加世が『別辛』にしたのは通だからでなく、単に辛さに惑わされずもともとのスープの味を知りたいという理由だったし、『別辛』の存在自体も動画で知ったにすぎない。それでも、キャリーケースを持った客同士の『どれぐらい辛いのかな?』『辛すぎたら食べられないから、とりあえず一辛にする?』なんてやりとりを聞くと、ちょっと得意になる。
メニューにも『別辛』の文字があるのだから、おしゃべりしてないでしっかり見ればいいのに……なんて、余計なことを思ったりするのである。
「はーい、お待たせしました! 冷麵『辛味抜き』です!」
待つこと十分、待望の盛岡冷麵が運ばれてきた。
白い陶器の丼にキムチの小鉢が添えられている。小皿ではなく小鉢なのは、キムチの漬け汁がたっぷり入れられているからだ。
丼にも小鉢にもいっさいロゴはない。店名ぐらい入れればいいのに、と思わないではないが、そんなところに気を遣うよりも冷麵そのものの味を上げることに注力した結果なのかもしれない。
まずは一口……とスープをスプーンで掬う。口に入れた瞬間、濃い牛骨の味とほのかな甘みが広がる。色だけを見れば、牛タン定食に添えられるテールスープによく似ているが、この甘みはテールスープにはない。おそらくなにか甘みを引き出すための調味料が用いられているのだろう。
続いて麵を食べてみる。こちらはある意味予想どおり、どうかしたら歯を押し返すような嚙み応えと、ツルツルの食感が堪らなかった。
二、三口食べたあと、キムチと漬け汁を少し入れてみた。ほんのり赤く染まったスープを飲んでみて、味の変わりように驚かされる。ほんのちょっとしか入れなかったのに、別の料理みたいに思える。スープのほのかな甘みと、キムチの辛さや酸味が見事に調和、箸が止まらなくなってしまった。
──キムチを入れなくても十分美味しいと思ったけど、やっぱりぜんぜん違う。辛みを足してこんなに爽やかになるなんて反則よ。もっと足したらどうなるのかしら……
少し食べてはキムチを足し、また啜っては漬け汁を入れる。そうこうしているうちに、キムチも漬け汁もすべてなくなってしまった。
なるほど、これが『別辛』の本領か。まったく辛みのない冷麵から『五辛』まで段階的に楽しめる。最初から辛さを決められているよりも、このほうが楽しいのは間違いなかった。
トッピングのキュウリ、チャーシュー、茹で卵まではいつも同じだが、果物だけは季節によって替わる。メニューの写真は真っ赤なスイカだし、今日提供されたのもスイカだったが、秋はナシ、冬はリンゴと変化する。岩手は農業王国だから、リンゴやナシもきっと美味しいだろう。違う季節にまた来てみたいな、と思いながら、スープを掬い続ける。
もうこれ以上は掬えない、となったところで食事終了。麵や具は言うまでもなく、丼を抱えてスープまで飲み干したいと思うほど美味しい一杯だった。
『ふたり旅日和』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411000292/
シリーズ情報まとめはこちら!
https://note.com/kadobun_note/n/n54499e571d8b