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試し読み

シリーズ続々重版中! 〈万里眼〉が再び活躍!『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』1話試し読み!#1

空前絶後の警察ミステリ!『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

シリーズ1巻『お電話かわりました名探偵です』に続き、ふたたび〈万里眼〉の活躍が読める新感覚警察ミステリ『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』が12月刊の角川文庫に登場! 
凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作の第一話を特別に公開いたします。



『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』試し読み#1

 CASE1 宇宙人にさらわれた少年

      1

 くしゅん。
 かわいらしいくしゃみに反応して、僕は左に顔を向けた。
「風邪ですか」
 いぶき先輩が人差し指の背で鼻の頭をこすりながら首をひねる。
「いえ。体調はすこぶる良好です。ほこりっぽいからでしょうか」
 顔立ちは整ったクールビューティーなのに、声だけ聞くとまるで小学生だ。ギャップえここに極まれり。僕より四つも年上の先輩なのに。
「アレルギー持ちでしたっけ」
「違うと思うのですが」
 それなら埃が原因じゃないのでは。
 すると僕の右側から、ほそさんの声が飛んできた。
「誰かが噂でもしてるんじゃないの」
 細谷さんは丸い体をさらに丸くするように背を丸め、含みのある横目でいぶき先輩を見つめている。
「違います」
 いぶき先輩はぶんぶんと大きく顔を横に振った。それに合わせてボブスタイルのつややかな髪がふわりふわりと揺れる。
「わからないじゃないの。きみさんのことを見初めた男の人が、どこかで噂してるかもしれないわよ。君野いぶきちゃんっていう、とっても素敵な女の子に出会って……って」
 胸の前で両手を重ねてうっとりと虚空を見つめていた細谷さんが「ねえ。おとくんもそう思わない? だって君野さん、美人だものね」と同意を求めてきた。
 それにたいする僕の返答は「ああ。ええ。まあ」という、なんとも煮え切らないものだった。いぶき先輩が美人であるのに異論を挟む余地などないが、本人を前に美人認定するのは気恥ずかしい。そんなことだから二十四歳にもなって女性との交際経験が皆無なのだ。わかっている。くだらない自意識なんか取っ払って、かわいいものはかわいい、れいなものは綺麗と、思ったままを口にするべきだ。
 けれど頭で理解していても、長年かけて培われた面倒くさい自我の殻を破るのは難しい。
「なによ。はっきりしないわね」
 僕をたたく真似をしたそのとき、細谷さんの指令台の横に設置された警告灯が緑色に光った。すぐさま指令台に向き直った細谷さんは『受信』ボタンを押下して通報に対応する。
「はい。Z県警一一〇番です。事件ですか。事故ですか」
 先ほどまでのリラックスした雰囲気とは打って変わった、きりりと引き締まった話し方で、通報者から情報を聞き出していく。
 ここはZ県警本部八階にある通信指令室。正面の三十六面巨大スクリーンには県の地図が大写しになっていて、各地の天候や交通事故、事件、火災、救急出場などの状況がリアルタイムで更新されている。広大な空間には一一〇番指令台が六台二列、無線指令台六台、総合指令台四台、統合台が軍隊の陣形のように配置され、一日千二百件に及ぶ通報に二十四時間態勢で対応している。
 僕の定位置は最前列の五番台。四番台のいぶき先輩、六番台の細谷さんに挟まれて一日平均百件の通報に対応するようになってから、もう一年が過ぎた。
 ヘッドセットマイクを軽く押さえ、スピーカーから聞こえる細谷さんと通報者の会話に耳をかたむける。
 県内全域から入電する通報はすべてがこの通信指令室に集約され、必要に応じて各所轄署に出動要請が出る。動揺する通報者をいかに落ち着かせ、正確な情報をより早く、より多く引き出せるか。通信指令課は警察の初動対応のかぎを握る、非常に重要な役割を担っている。通報はすべての指令台から傍受可能になっていて、必要に応じて『三者』ボタンを押すことでほかの指令台から介入もできる。
 今回の通報に緊急性はなさそうだ。通報者は年輩の女性で、突然家の照明が消えて暗闇になったとおびえていた。だがよくよく話を聞いてみると電子レンジを使用中だったので、たんにブレーカーが落ちただけのようだ。細谷さんは通報者に配電盤を調べてみるよう案内している。お門違いの通報への対応も慣れたものだ。それもそのはずで、こういった緊急性のない通報は全体の三割にも及ぶ。やれ自転車がパンクした。やれゴキブリを退治して欲しい。やれ嫁にいびられている。いったい市民は一一〇番をなんだと思っているのだと最初はあきれたものだが、最近は慣れた。とはいえ職員が慣れるより、迷惑通報自体が減るのが理想だけれども。
 細谷さんと通報者との会話のモニタリングを中断し、僕は左に顔を向けた。
「風邪じゃないといいですね」
「風邪じゃないです。体調はすこぶる良好だと申し上げました」
 ぴしゃりとねつけるような冷たい口調に面食らった。
 またなにか、いぶき先輩の機嫌を損ねるようなことを口走ってしまったのだろうか。頭の中で先ほどの会話をはんすうしてみるが、思い当たるふしはない。
 でも明らかに不機嫌になっている。
「いぶき先輩。僕、なにか気に障るようなこと、言いました?」
「いいえ。なにも言われていないです。なにも」
 最後の「なにも」をとくに強調する言い方。
 あっ、と思う。「君野さん、美人だものね」という細谷さんの問いかけに、あいまいな返答をしたのが気に食わないらしい。
 まったく女性は難しい。正解があるのなら最初に台本でも渡してくれよ。暗記してその通りにしゃべるから。
「きっと誰かが噂話をしているのだと思います」
 いぶき先輩が言う。
 それ最初に否定してませんでしたっけ。
 なんて指摘したら火に油を注ぐ結果になりそうだ。
「どこかで私のことを見初めた素敵な男の人が、私の噂話をしているに違いありません。早乙女くんは違うかもしれませんけど、こんな私のことを素敵だと感じてくれる男性も、きっと世の中には存在するでしょうから」
 いや、僕だって素敵だと思っていますよ。
 と、即座に返せたらいいのだけど、僕にはそれができない。あのとき、ああいうふうに答えるべきだった、あんなふうに返せばよかった。そんな後悔が積み重なってできたのが、僕、早乙女れんという人間です。
 すると、そんな僕のあこがれを具現化したような男性が近づいてきた。
「ただいま」と当然のように手を上げているが、ここは彼の本来の職場ではない。
 和田てつ巡査部長は、捜査一課に所属する刑事だ。紺色の制服の中に一人だけピンストライプのスーツが紛れていると当然目立つけど、本人も、そして周囲も、まったく気にしていない。
「いぶきちゃん。相変わらずかわいいね。これ、お土産」
 和田さんは僕の言えないせりをさらりと口にしながら、いぶき先輩にドーナツチェーン店のロゴの入った紙箱を差し出した。
「いいんですか」
 いぶき先輩の顔がぱっと明るくなる。
「もちろんだよ。今回もいぶきちゃんのおかげで、犯人の早期逮捕につながったわけだし、こんなんで済むなら安いもんだ。いつもありがとう」
「いいえ。私は自分の仕事しただけですから」
 先輩は大きく手を振ってけんそんするが、たしかにあれがドーナツで済むなら安いものかもしれない。
 先ほど、僕はある強盗未遂事件の通報を受けた。そこに『三者』ボタンでいぶき先輩が介入。通報者から聴取した情報だけで、犯人の逃走経路を予想し、付近のパトカーに指示を出して犯人を誘導しながら、待ち受ける和田さんに逮捕させてしまった。
 まさしく千里眼を上回る〈万里眼〉――。
 これまで隣の指令台でその手腕をつぶさに見てきたし、自分でもその境地に近づこうと努力してきたつもりだけど、いっこうにその背中は見えない。それどころか、知れば知るほど〈万里眼〉のすごみを痛感させられる。高い山を遠くから見ているだけでは、登るときの険しさはわからないということか。
 ともかく捜査一課の和田さんが通信指令室に入り浸っているのは、いぶき先輩の〈万里眼〉をあてにしているからだった。いぶき先輩が通報の時点で事件の真相を見抜いてしまうので、後は現場に向かえばいいという寸法だ。ほとんど刑事部屋に顔を出さない和田さんにたいして当初は風当たりも強かったようだが、立て続けに重大事件を解決してしまうのだから文句は言えない。いまや和田さんは捜査一課のエースとして、誰からも一目置かれている。
「なになに。ドーナツ?」
「たまに無性に食べたくなるよね」
「おれフレンチクルーラー!」
「ずるい。私が狙ってたのに」
 手の空いた同僚たちがぞろぞろと四番台に集まってくる。ドーナツの箱が大きいのは、通信指令課の全員に行き渡るようにという配慮だろう。こういうところ、本当に気が利くなと感心する。
 と、目の前に輪っかが現れた。
 オールドファッションをチョコレートでコーティングしたチョコファッションドーナツを、和田さんが僕に差し出している。
「早乙女くんも一つ、どうだい」
「いいんですか、僕なんかが」
 僕はいぶき先輩に引き継いだだけで、事件解決にはなんの貢献もしていない。
 にもかかわらず、「なに言ってるの。早乙女くんのおかげじゃないか」と言ってくれるのはたんに和田さんがやさしいからではなく、僕の〈引き〉の強さを信じているからだ。
 どうも僕はトラブルを引き寄せてしまう体質らしい。十二の指令台で分担しているのに、奇妙な通報や重大事件はなぜか僕の五番台に集中する。そのたびにいぶき先輩が『三者』ボタンで介入し、たちどころに事件を解決してしまうのだった。
 謎解きが得意な――というより、ほとんど偏愛しているいぶき先輩と、謎を引き寄せてしまう体質の僕の席が隣り合っているのは偶然ではない。いぶき先輩たっての希望により席替えが行われた結果だった。
 引き寄せ体質なんてオカルトだと片付けられたらいいのだけど。
 和田さんなんか、僕の非番日や週休日にはこの部屋に姿を見せないらしい。つねに通信指令室に入り浸っているイメージだったのに。つまりはそういうことだ。
 僕は和田さんからチョコファッションドーナツを受け取り、一口かじった。
 その瞬間、僕の台の警告灯が緑色に光る。
 慌てて口の中のドーナツをみ込み、『受信』ボタンを押下した。
「はい。Z県警一一〇番です。事件ですか。事故ですか」
 ヘッドセット越しに、きゃーっ、と女性の悲鳴が聞こえる。
 僕は椅子に座り直し、目の前に並んだ三台のディスプレイのうち、右側のカーロケータ兼地図システム端末画面に目を向けた。GPS対応のスマートフォンからの発信の場合、即座に発信地が特定され、ディスプレイに表示される。発信地は人口規模県内第三の市であるD市。古くからの戸建てが建ち並ぶ住宅街だ。
「どうしました。大丈夫ですか」
 和田さんといぶき先輩、謎の気配に敏感な二人の視線を感じる。
『大丈夫じゃない! 早く来て!』
「至急向かわせますので、状況を教えてください」
 僕はタブレット式の事案端末にタッチペンをかまえた。通報者から聞き取って事案端末に手書き入力した情報は、室内のどの指令台からも閲覧できる。ここに書き取った情報をもとに、後方の無線指令台、総合指令台から所轄署に臨場指令が飛ぶのだ。
『早く! お願い! いやーっ!』
 切迫した声音に、心臓が早鐘を打ち始める。
 いったいなにが起こっている? 誰かに襲われているのか?
 僕はいったん呼びかけをやめ、聞こえてくる音声に耳を澄ませた。『ああ』『いやだ』『助けて』『なんてこと』。もん混じりの声が聞こえてくるが、通報者以外の第三者がいる気配はない。
 僕は意を決してふたたび話しかけた。
「もしもし。大丈夫ですか」
『早く来てって行ってるじゃない』
「なにが起こっているか教えていただかないと」
 パトカー一台では手に負えない場合だってありえる。
『トイレ!』
「は?」
『トイレの水があふれて大変なことになってるの! 早く来て助けてよ!』
 椅子からずり落ちそうになった。
 興味深そうに聞き耳を立てていた二人はとっくに真相に気づいていたのか、和田さんはほかの指令課員と談笑していて、いぶき先輩は愛読するクロスワードパズルの雑誌を開いていた。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



お電話かわりました名探偵です リダイヤル
著者 佐藤 青南
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年12月21日

「おかけになった謎は、私が承ります」
「<万里眼>を出せ」。Z県警通信指令室に頻繁にかかってくるようになった<出せ出せ男>からの入電。身元を特定する手がかりはまったくない。気味の悪さを感じつつ、今日も市民からの通報に対応していた早乙女廉は、男の子から『宇宙人にさらわれた』という一報を受ける。信じがたい内容に動揺していると、ほかならぬ<万里眼>その人、君野いぶきがいつものように割り込んできて――。電話越しに事件解決、空前絶後の警察ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000286/
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