デビュー作『化け者心中』で文学賞三冠達成!
最注目の気鋭が描く、いびつな夫婦の恋物語。
デビュー作『化け者心中』で小説野性時代新人賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。いま最も注目を集める歴史時代作家小説家・蝉谷めぐ実の第2作『おんなの女房』は1月28日に発売されました。
歌舞伎を知らぬ女房と、女より美しい“女形”の夫。やがて惹かれ合う夫婦を描くエモーショナルな時代小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『おんなの女房』試し読み#4
縁談のお話が父親の舌の上に乗せられてから、己が畳に手をつくまでのその時間の短さを、志乃は今でも誇りに思っている。
そうだ、それでこそ
祝言は挙げず、顔も見ぬまま
なぜってこの人が、常に女子の姿でいるからだ。
道すがらすれ違う
「お志乃ちゃん」と声がかかった。
振り向けば、表に店を構える煮売り屋から男が手を振っている。
「芋の煮っ転ばし、今日はいくつ持ってくんだい」
男が差し出した丼鉢の中の里芋は目一杯煮汁を吸っていて、てらてらと春の日差しを
かかあは
「すみません、煮っ転ばしはもう」
志乃が
「あれ、あのお人はこいつが好物じゃあなかったかい」
そうなのだ。そこが難しいところなのだ。
「いえ、その、前のお人はたしかにお好きだったんですけれど」
尻すぼみになる志乃の言葉に「ああ」と木曾屋は声を上げ、ぽんと手を打ち鳴らす。
「そういや、如月狂言は終わっていたね」
燕弥は常から女子の格好をしている。燕弥が一生のお
「新しい芝居に入るたび、演じる役に成り代わっちまうってのは、何度聞いてもどうにも飲み込めやしねえなあ」
言いながら、木曽屋は丼鉢の中身を
「そのお芋と同じなんです」
(つづく)
作品紹介・あらすじ
おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日
『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
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