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試し読み

小栗旬×蜷川実花 映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」公開記念 『人間失格』試し読み

日本史上最大のベストセラー誕生までの、太宰の恋と人生を描く――

主演・小栗旬さん×監督・蜷川実花さんで話題の映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」が、今週末9/13(金)より公開。
それを記念しカドブンでは、『人間失格』の試し読みを実施します。

この機会にぜひ、「自己の生涯を極限までに作品に昇華させた太宰文学の代表作」をお楽しみください。

____________________

   はしがき

 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定されるころの写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、あらしまはかまをはいて立ち、首を三十度ほど左にかたむけ、みにくく笑っている写真である。醜く? けれども、にぶい人たち(つまり、しゆうなどに関心を持たぬ人たち)は、おもしろくも何とも無いような顔をして、
わいぼつちゃんですね。」
 といい加減なお世辞を言っても、まんざらからお世辞に聞えないくらいの、わばつうぞくの「可愛らしさ」みたいなかげもその子供のがおに無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜にいての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ。」
 とすこぶる不快そうにつぶやき、毛虫でもはらいのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。
 まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤなうす悪いものが感ぜられて来る。どだい、それは、笑顔でない。この子は、少しも笑ってはいないのだ。そのしようには、この子は、両方のこぶしを固くにぎって立っている。人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。さるだ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜いしわを寄せているだけなのである。「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことにみような、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。
 第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどくへんぼうしていた。学生の姿である。高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生である。しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチをのぞかせ、とうこしかけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなりたくみなしようになってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやらちがう。血の重さ、とでも言おうか、生命いのちしぶさ、とでも言おうか、そのようなじゆうじつ感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、もうのように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。けいはくと言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこかかいだんじみた気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。
 もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪しらがのようである。それが、ひどくきたない部屋(部屋のかべが三しよほどくずれ落ちているのが、その写真にハッキリ写っている)のかたすみで、小さいばちに両手をかざし、こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、すわって火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、きつなにおいのする写真であった。奇怪なのは、それだけでない。その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額はへいぼん、額の皺も平凡、まゆも平凡、も平凡、鼻も口もあごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。とくちようが無いのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。すでに私はこの顔を忘れている。部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の印象は、すっとしようして、どうしても、何としても思い出せない。にならない顔である。まんにも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。きよくたんな言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、ただもうかい、イライラして、つい眼をそむけたくなる。
 所謂いわゆる「死相」というものにだって、もっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、人間のからだにの首でもくっつけたなら、こんな感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。

>>#2へつづく
○ご購入はこちら▶太宰治『人間失格』|KADOKAWA


映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」
9 月 13 日(金)公開
監督/蜷川実花
出演/小栗旬 宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ
成田 凌 千葉雄大 瀬戸康史 高良健吾 藤原竜也
© 2019 『人間失格』製作委員会
<R15+>
http://ningenshikkaku-movie.com/


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