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試し読み

「最高」のクラスで、なぜ「最悪」の事件が起こったのか。 青春ミステリの大傑作 『教室が、ひとりになるまで』 大ボリューム試し読み第4回!

「2020本格ミステリ・ベスト10」13位に入るなど
2019年2月に刊行された『教室が、ひとりになるまで』が話題の浅倉秋成さん。
本作は第20回本格ミステリ大賞と、第73回日本推理作家協会賞
長編および連作短編集部門の候補作にも選ばれています。
本格ミステリとしてはもちろんですが、青春小説としても傑作の本作。
今回は特別に第一章を全文試し読みとして公開いたします。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 4

 突然だった。
 あまりに突然のことだったので、僕はしばらく事態を正確に把握できなかった。
 そのときの僕は、担任が去った後の教室で果たしてこのまま帰宅してもいいのだろうかと、荷物をつかんだまま周囲の様子をうかがっているところだった。それは僕──そして僕らにとって──非常に重要で、非常に繊細な問題をはらんでいたのだ。
 すでに触れたが、僕たちA組と隣のB組は二年進級時から合同でレクリエーション企画というものを実施していた。A組の一部の人間が発起人となり『全員が本当に仲のいい最高のクラス、最高の学年』を標語として掲げ、B組を巻き込んで始めた企画だった。
 最初はカラオケのパーティルームを借り切ってののど自慢大会だった。その後すぐに形に残るものも作ろうと自己紹介を兼ねた文集が作成され、続いて誰かが体を動かそうと言いだし水鉄砲を撃ち合うサバゲー大会もどきが立案された。校庭の使用を許可してもらえるよう依頼したところから、活動が多くの教師にも認知されるようになった。授業をしにくる教師たちが代わる代わるレクリエーション企画の話題を持ち出し、多くの教師が面白いことをやるもんだと僕らのことを褒めた。
 レクリエーション企画本番はもちろん、基本的にはその前段階の企画会議からAB組の生徒は全員参加が義務づけられていた(全員で決めることに意義があるとされていたのだ)。企画会議も、レクリエーション企画本番も、必ず金曜日の放課後に行うというのがルールで、部活がある生徒も顧問と相談しながらうまく会議に参加できるよう調整していたようだった。一度だけ大会があると言って午前中から公欠扱いだった吹奏楽部員がごっそり会議を欠席したことはあったが、それ以外で欠席者らしい欠席者の姿は見たことがない。さほど部活に熱心な学校というわけでもないので、この辺は部活側も割合簡単に調整ができたのかもしれない。帰宅部の僕にはもちろん詳細はわからないが。
 さて、仮装パーティに続く次の企画はどうするのだろう。
 それを決める会議こそが、他でもない、この金曜日の放課後に開催されるはずであった。いつもはレク委員の「では、多目的室に移動します」の一言でぞろぞろと移動を始めるのだが、今日は心のどこかでそうはならないのではないかと──おそらくは僕以外の多くの生徒も──予感していた。理由は単純で、この合同レクリエーション企画を立ち上げた発起人たちが、相次いで自殺してしまったからだ。
 バスケができなくなり新たに打ち込めるイベントを探した村嶋竜也。彼に声をかけられ彼の恋人とともにB組をとりまとめていた小早川燈花。率先してアイデアをひねり出し、いつも場を盛り上げていた高井健友。彼ら三人がいなければ、レクリエーション企画は成立しなかった。先週は高井のほうから間もないこともあって明確に『今日は中止』という号令が出されたが、今のところ今日の会議についてのアナウンスはない。
 さすがに、やらないのではないか。そう判断したのだろう。何人かの生徒がゆっくりと荷物を鞄に詰め、遠慮がちに一人、また一人と席を立ち始めた。準備を整えた二、三人の生徒が僕の前を通って教室の外へと出て行き、これは僕も荷物をまとめるべきだろうかと考え始めたところで、稲妻のような怒号が飛んだ。
「ちょっと!」
 山霧こずえが化粧で強調された大きな目で、廊下へと抜けだした生徒たちをにらみつけていた。
「なんで帰ろうとしてるわけ?」
 誰もが表情を凍らせて硬直する。はなから返答を期待していなかった山霧こずえは大きなため息をついてから更に、
「信じらんない。みんなでやろうって決めたことじゃん」悲しい記憶がよみがえったのだろう。少し泣きそうになると一呼吸置いてから「え、本当に信じらんない。みんないなくなっちゃった今だからこそ、私たちが団結しなくちゃいけないの、わかるじゃん普通に」
 彼女の一言にすぐに林しなもえが同調の意を示し、荷物をまとめようとしていた生徒たちは静かに筆箱やらノートやらをまた机に広げ始めた。山霧こずえは、廊下に出て行った生徒が全員教室に戻ってくるまでしばし仁王のように立ち尽くした。
 僕は彼女たちの意見に納得したように小さく頷きながら、ふと机の上にたまっていた消しゴムのカスが気になった。かき集めて教室の前方にあるゴミ箱に捨ててしまおうと、本当にたったそれだけのことが頭をよぎった。こぼさないよう慎重に手に包んで、立ち上がって──
 最初は何が起きたのか、まったくわからなかった。僕はカスを床にばらまいて、とんでもない痛みが走ったつま先を瞬間的に押さえていた。しゃがみ込んですぐ、床にこうえんが転がっているのを見つけ、なるほどこれが黒板の横の棚から足下に落ちてきたのだと気づき、じゃあ誰がこれを落としたのだろうと視線を移動させると、廊下から戻ってきた男子生徒の鞄が引っかかってしまったのだと理解できた。涙が浮かんでしまうほどの激痛だったが、彼が僕に気づいていないことも含めて、そこまでは何らおかしなことはなかった。異変が起きたのは、山霧こずえが教室全体に向かって大きな声を出したときだった。
「一人でも欠けたら本当に困るんだから、みんな自覚持ってよ」
 驚きで痛みも忘れる。
 声が、
 それ以外に表現の方法が見つからなかった。
 間違いなく声が、のだ。
 僕は初め、彼女が何か小型の拡声器かボイスチェンジャーみたいなものを使用したのではないかと疑った。しかしそんなものは影も形も見当たらなかったし、普通に考えてそういったものを使用する必要性はまったく感じられない場面だった。山霧こずえは先ほどから変わらず不快感をあらわにしており、とてもではないが何かしらのジョークを挟みそうな雰囲気ではない。ならばあれは何だったのだ。誰かに助言を求めたかったが、僕以外の誰一人として彼女の声に異変を感じている様子でなかったのも不可解だった。
 ひょっとして、僕にしか聞こえていないのか。
 そこまで考えてようやく、僕は昨日の手紙の存在に思い当たった。そんな万に一つの可能性を真剣に検討し始めている自分が自分で愚かしくて、でもそれ以外に考えられるものもなくて──心をミキサーにかけられたような複雑な思いを抱えながら、昨日から鞄に入れたままにしていた手紙をこっそりと開いた。

■あなたの能力について
1.あなたに与えられた能力は『噓を見破る能力』です。
2.発動条件は体に瞬間的に強い痛みを与えることです。
3.痛みを覚えてまもなく耳にした他人の台詞について、あなたはその発言が噓であるのかどうかが判定できるようになります。
4.仮に発言が噓であった場合、あなたには言葉が震えたように感じます。

 冗談だろ。
 誰にも聞こえない声でつぶやくと、僕は隠すように手紙を鞄の奥に突っ込んだ。まだ信じられない。簡単に信じられるわけがない。
 山霧こずえに促されて二階の多目的室に移動する。多目的室は通常の教室に比べれば明らかに広かったが、それでもふたクラス分の生徒が集まればそれなりの人口密度になる。机や椅子はなくタイルカーペットが敷いてある。僕は一緒に座ろうよと言ってきた園川とともに、レク委員たちの声がぎりぎり届く最後方に腰を下ろした。
 山霧こずえはホワイトボードに大きく『7月5日(金)のバーベキューについて + 8月の予定について』と書き、五日のバーベキューは当初の予定どおり開催することを明言すると、今からアンケート用紙を配るので夏休み中のイベントについてアイデアを出して欲しいと言った。前方からまわってきたアンケート用紙には山霧こずえのアドレスが記載されており、いいアイデアがあればメールで送って欲しい、LINEを知っている人はLINEでもいいし、直接言ってくれてもかまわないと書かれていた。
「あれさ、二日のよしがわの花火大会を、プールで見せてもらおうって話はどうなったの? あれでいいじゃん夏休みのイベント」
「プールの使用は危ないからダメだと言われました。別の案をお願いします」
「マジかよ~、花火めっちゃいいのに~」
「ならさ、校庭で宴会やるのはどうよ? お酒はダメだけど、飲み物いっぱい用意してさ」
「いっそ浴衣ゆかたでダンスコンテストとかやろうよ。うちマジで頑張るよ」
「せこっ。そんなの絶対萌香とミクの独壇場じゃん」
 多目的室前方で繰り広げられるあらゆるやりとりは、言うまでもなく今の僕にとって何一つ意味をなさなかった。動画サイトでインサートされる興味のない宣伝広告のように、心の浅い部分をでただけで通り過ぎていく。
 僕は筆箱につけていたキーホルダーに安全ピンがついているのに気づいて外し、それをひとまずポケットにしまった。続いて配られたアンケート用紙を裏返して、白紙部分を睨みながらペンの先を嚙む。やがて懸命に知恵を絞って三つの文章を書き上げると、さっきから何やってるのと小声で尋ねてきた園川にそれを見せた。
「これ、一つずつ読み上げて。一つ読み上げたら少し間を開けてからまた次のを読んで」
「これを、いま?」
 僕は頷くと、アンケート用紙を園川に手渡した。園川が文を読み上げる前に素早くポケットの中に手を伸ばし、気取られないように安全ピンを太ももに刺した。ピンの先は想像していたよりもずっと太く、思わず声が漏れそうになった。しかしどうにか喉の奥でこらえ、園川の声に耳を澄ませる。
「私の名前は垣内友弘です」
 疑いようもなく、声は震えた。
 やはり気のせいではなかった。とんでもない現実が、水平線の向こうから顔を覗かせようとしていた。心臓が早鐘を打ち始める。本当にこれでいいのかという様子でこちらに視線を送ってきた園川に頷いてやると、次の文を読み上げるよう目で合図を送った。もう一度、ポケットの中で安全ピンを太ももに突き刺す。
「私の名前は園川はるよしです」
 口にしたことが噓でなければ声は震えない。手紙のとおりだった。
 これはいったい何のテストなんだ早く種明かしをしてくれよと楽しそうに頰をほころばせ始めた園川を制し、最後の一文を読み上げてもらう。こちらから頼んでおきながら理不尽なことを考えているのは百も承知だったが、それでも僕は園川がへらへらとしていることに言いようのない不満を覚えていた。とんでもないことがいま明らかになっている。笑っている場合じゃないんだよ。
 痛みが中途半端だと能力が発動しないのではないかと不安になり、僕は先ほどとは少しずれた場所を安全ピンで刺した。すぐに園川が最後の一文を読み上げる。
「楽器メーカー、マーチンの創業者はアメリカ人です」
 僕は痛みを逃がすようにゆっくりと息を吐くと、礼を言ってから小さく頷いた。
 最後の文を読み上げたとき園川の声は震えなかった──が、これは情報としては誤ったものであった。マーチンの創業者であるクリスチャン・フレデリック・マーティンはドイツ人で、アメリカ人ではない。よって客観的に言えば園川は噓をついたということになるのだが、
「楽器メーカーなんて知らないよ。ヤマハくらいしかわかんない。で、これなんなの?」
 園川自身はその事実を知らなかった。つまり彼の中では『噓をついた』という自覚がなかったということになる。よって園川は誤った情報を口にしたが、噓はついていないということだ。声が震えないのは、判定として極めて正しい。
 更に新たな質問で実験をしようと思わなかったのは、検証はすでに十分だと判断していたということもあったが、それ以上に自分でもあきれるほどきちんと手紙に書いてあったルールを覚えていたからだ。

5.ただし能力は同一人物に対して三回までしか使用できません。能力の使用は計画的に、慎重に行うことを推奨します。

 あの手紙は美月が作った小道具などではなかった。すべて、本物だったのだ。ならばドミノが倒れていくように、必然的に明らかになっていく事実がいくつかある。ドミノのスピードはあまりにも速すぎて、なめらかで、僕の思考はすぐには追いついていけない。それでも一つ一つ整理していく必要があった。一つとして事実の確認を、踏み違えてはいけない。

1.校内には常時、あなたを含めて四人のが存在しています。すべて生徒です。
2.彼らは、それぞれ異なる能力を有しており、その発動条件も異なります。
3.能力の内容と発動条件を他人に知られたり、言い当てられたりすると、力は瞬く間に失効してしまいます。

 僕の他にも、この学校には三人の能力者──が存在している。そして彼らは互いの能力を明かし合わずに、ひっそりと息を潜めるようにして校内に潜伏している。
 三人の自殺について美月と話をする前から、個人的にずっと疑問だったことがある。そういうものなのだろうと思って無関心を貫いていたからこそ無視し続けることができたが、ここまで条件が整うと、その事実はあまりにも強烈な違和感を発し、もはや看過することなど到底できない。
 どうして三人は、そろって死ぬことにしたのだろう。
 自殺する人の気持ちなどかんぺきにはわからない。それでもいざ自分が死のうと決めたとき、わざわざ死に場所として学校を選ぶだろうか。首を吊る勇気があるのなら入念に準備のできる自宅を選ぶし、それができないなら電車に飛び込むことを選びそうなものだ。でも彼らがそうしなかったのは──

4.すべての能力は私立北楓高校の敷地内でしか発動しません。

『三人とも自殺なんかじゃない。燈花も、竜也くんも、健くんも、みんなに殺されたの』
 美月の声が頭の中でリフレインしたとき、僕は自分がおうしそうになっていることに気づいた。慌てて口元を強く押さえ、多目的室に集まったAB組七十人の生徒たちの背中を見渡す。垣内くんどうしたの、という園川の言葉は聞こえていたが返事をする余裕はなかった。小柄な女子生徒、大柄な男子生徒、げらげらと笑う細身のバスケ部員、ホワイトボードをじっと見つめる吹奏楽部員、背筋を伸ばす生徒、あぐらをかく生徒、制服を着崩した生徒──見れば見るほど誰もが疑わしく、誰もが危険人物に思えてきた。
「おい大丈夫かよ、垣内」
 教室中に響く大声でそう言ってきたのは、僕のすぐ前に座っていたサッカー部の八重樫だった。いつもはもっと前のほうに陣取る彼がこんなにも近くにいたということに驚きながらも、それ以上に僕はみんなの視線がこちらに向いたことにおびえていた。何も言えない僕をからかうように、八重樫はまたも大きな声で言う。
「ヤバいでしょこれ。完全に幽霊でも見つけた顔じゃん」
 教室中がどっと笑いに包まれる中、僕は声には出せず、心の中で反論した。
 幽霊なんかいるものか。
 いるのは、

(このつづきは本書でお楽しみください)



浅倉秋成教室が、ひとりになるまで』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000178/


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