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試し読み

世界は、反転する。衝撃のフィニッシング・ストローク!【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#10】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#10

「現場には自転車が残されていて、錠はなくなっていた──笠井満も、浜中さんの友人も、そう証言しています。犯人の狙いは自転車本体ではなく、錠のほうだった」
 奥野さんは困惑した様子だったが、わたしは続けた。
「犯人は錠を壊したあと、現場から持ち去っていました。満は現場に〈青いビニールの破片しか残っていなかった〉と言ってましたよね。ただ、錠だけを壊して盗むと、そちらが目的だと悟られかねない。だから、自転車を移動させたり、パンクさせたりしていたんです。事件の出っ張りは、真の目的を隠すための、カモフラージュだった」
「錠を持ち帰る? 何のために?」
使ですよ」
 わたしは続けた。
「奥野さんが講演したときのことを思いだして、ひらめきました。あのとき、前半でセキュリティの専門家が言っていましたね。九十パーセントの人間が、使って」
「ええ。私も、そういう統計は見たことがあります」
「あれはネットのパスワードの話でしたが、ほかの番号も同じでしょう。人間は覚えやすい番号や文字列を使い回してしまうものです。例えば、四けたの暗証番号も」
 わたしは切断されたダイヤル錠を、指先でつつく。
「日常生活で四桁の暗証番号が求められる場面って、結構ありますよね。わたしも、ケータイを契約するときに四桁の数字を設定しましたし、ログインのパスワードが四桁というサービスもあります。実はわたしも、同じ番号をいくつかで使い回してます。犯人は、満が普段使っている番号を知りたかったんですよ」
「そのために、ダイヤル錠を盗んだ?」
「そうです。ダイヤルの組み合わせをすべて試すには、最大で五十分くらいかかります。駐輪場でそんな時間を使うわけにはいきません。だから犯人は、錠を壊して持ち帰り、家で解錠して番号を調べたんです。じゃあ、犯人はその番号を何に使ったのか? ここまできたら、自明ですよね。ですよ」
 奥野さんの目が、闇の奥で見開かれた。
「笠井満は、スキミング被害にあっていたんです。保釈された彼に電話をして〈あなたのキャッシュカードやクレジットカードが不正利用されたんじゃないか?〉と聞いたら、〈預金口座から身に覚えのない出金があった〉と教えてくれました。満はそれを真美の仕業だと思い、うちのオフィスに怒鳴り込んできたんです」
「スキミング……どういうことですか。犯人は、誰なんですか」
「恐らく、プロの空き巣です」
「空き巣?」
「はい。空き巣は笠井満の家に忍び込むために、彼の周囲を調査していたんです。自宅の様子、出退勤の時刻、交友関係……満が〈道端から僕の部屋をじっと見つめていた〉〈郵便物を物色されたことが何度かあった〉と言っていたのは、空き巣の仕業だったんです。自転車の錠を盗み、満が使っている四桁の番号を得るのも、準備の一環です。空き巣は綿密に満のことを調べてから、家に忍び込んだ。そこで家にあったカード類を見つけ、スキミングをしたんです」
「なるほど。スキマーがあれば、スキミング自体は誰でもできる……」
「はい。たぶん空き巣にとってはものを盗るのが主目的で、スキミングはカード類があったらやる、程度のものなんだと思います。侵入した家にカードがない場合も多いでしょうしね。ただ、上手くいけば大きいです。クレジットカードのキャッシング枠や、銀行の預金を自由にできますから」
 ただし、とわたしは言った。
「スキマーで複製できるのはカードの情報だけで、それを使うには暗証番号が必要になります。去年このあたりで起きたスキミング事件では、犯行グループは暗証番号を得るために、手元を撮影するカメラをATMに設置していました。自転車の錠は、その代わりだったんです。キャッシュカードやクレジットカードの番号も、普通は四桁ですからね」
「確かに。そう言われると私も、自転車のダイヤル番号とカードの番号を、使い回していますね……」
「笠井満に関しては、空き巣の作戦はかんぺきにハマりました。キャッシュカードのスキミングに成功した上、満は暗証番号を使い回していた。空き巣はそれをもとに、まんまと口座から大金を引きだしたというわけです」
「それを満は、真美の仕業だと勘違いしたのか……」
「はい。空き巣に入られたのではないかと聞いてみたら、バッグや時計などの小物類がなくなっていることに、ようやく気づいたそうです。一方、同じ自転車の悪戯にあった人ひとりに話を聞けましたが、彼はスキミングこそされなかったものの、悪戯があったあとに空き巣に入られ、大量にものを盗られています。入ったあとの状況に応じて、空き巣も手口を変えているんでしょうね」
「これが真相、か……」
 奥野さんが感心したようにため息をつく。一気に話したので、喉が砂を詰めたようになっている。麦茶が美味しい。
「警察には、このことは?」
「何もなければ、浜中さんと一緒に行こうと思ってます。あとは、もちは餅屋に任せます。犯人を逮捕してほしいですね」
「よかった。実は、少し心配してたんですよ」
 奥野さんはウィスキーを飲み、ほっとしたように笑った。
「ひとりで調査を続けるあなたを見て、また悪い虫が騒ぎだしたんじゃないかと不安だったんです。仕事でもない調査をプライベートでやってるなんて、普通じゃない。無事に終わってよかったです」
「わたしもよかったと思います」
「みどりさん、あなたには能力がある。これからはあまり心配させないでください。あなたなら、多くの依頼人に利益をもたらす、優れた探偵になれます。もう、危険地帯に足を突っ込むようなことは、やめてください」
 その問いかけに、わたしは答えなかった。
 真剣に心配してくれる人に対して、噓はつきたくない。
「奥野さん、ごめんなさい」
「何がですか」
「ひとつ、謝らないといけないことがあって」
 わたしは、周囲を見回した。
「ここ、父の家じゃないんです」
「は?」
 目が暗闇に慣れてきて、部屋にあるものの輪郭がくっきりと見えている。広いリビング。壁にかけられた大きな絵。巨大な水槽の中を彩る、熱帯魚や水草。ワインセラーに並ぶ滑らかなボトルたち。
「ここは、でらさんの家です」
「小野寺……表札に名前が出ていた人ですか?」
「そうです。小野寺さんは、浜中さんのお友達です。会社を経営されているかたで……一週間前、自転車に悪戯をされたと言っていた人です」
 闇の中で、奥野さんの目が怪しく光った。
「オフィスで奥野さんと一緒に錠を壊していたとき、浜中さんから電話がありました。彼の友人の小野寺さんが、笠井満と全く同じ悪戯をされたという内容です。小野寺さんは独身で、今日から一泊二日の旅行に行かれています。その間は、この家を自由に使っていいと言われています」
「自由に? なぜですか」
「浜中さんたちは、高齢者をターゲットにする犯罪者たちに怒っていました。定期的にセミナーを開いていたのもそのためです。相談したところ、使っていいよと言ってくれました」
「相談? 何をですか」
 奥野さんが不安そうに言う。
「あなたは、何を相談したんですか」
「ひとり暮らしの男性が、旅行に出かけた。調
「空き巣?」奥野さんは少し考えてから、呆然としたように呟いた。
「みどりさん、あなたは、まさか……」
「ごめんなさい、奥野さん。わたし、どうしても見てみたかったんです」
 この機会を逃したら、二度とは見られないだろう。
 プロの空き巣が、忍び込んでくるときの顔なんて。
「奥野さん、助けてくださいね」
 わたしは微笑んで、デジカメを取りだした。ウィスキーを飲んでリラックスしていた奥野さんに、獣のような緊張感がみなぎった。
 静寂の中──不意に、玄関のほうからカチャカチャと音が聞こえだした。
 カチャリ。
 解錠の音が、響いた。

(他の章は本書でお楽しみください)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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