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試し読み

謎は解けた。頭の中のワイヤーロックが、ぱちんと弾ける音がする。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#9】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#9

     9

 暗がりの中、わたしと奥野さんは、テーブルを挟んで向かい合っていた。
 家中のカーテンを閉じ、すべての電灯を落としている。リビングの隅にある巨大な熱帯魚の水槽が、暗闇の中に赤や青などの、多彩な色を描きだしている。
「しかし、広いんですね、お父様の家は」
 奥野さんはウィスキーを傾けながら、感心したようにリビングを見回す。
「広いですよね。買ったのは最近なんですよ。表札が別人のものだったでしょう?」
「ああ、そういえばそうでしたね。こんな戸建てを買えるなんて、儲かってるんだなあ」
「奥野さんも、いずれは独立して起業ですか?」
「はは、私は別に、いまくらいの生活で充分です」
 父の別宅で熱帯魚でも見ながら、飲みませんか。セミナーのお礼もしたいですし。
 すべての謎が判ったと伝えたら、さすがに奥野さんも食いついてきた。そこでわたしは、ここに彼を誘ったのだ。冷蔵庫にあるものは好きに飲み食いしていいと言われていて、ワインセラーには高級ワインも並んでいるが、お酒の味はよく判らない。結局わたしは、冷蔵庫にあった麦茶を飲んでいる。
「そろそろ説明してくださいよ、みどりさん」
 ねだるような口調だった。お酒が入っていることもあるのだろうが、彼もやはり、探偵なのだ。未知のことを知りたいという本能を、ちゃんと抱えている。
「判らなかったことが、ふたつあったんです」
 あまりらすつもりはない。わたしは口を開いた。
「ひとつは、笠井満のことでした。調査を終えたあと、彼はなぜか〈赤田真美はストーカーだ〉と言って怒鳴り込んできた。あれは、なぜなんでしょう」
「満はプライドの高い性格だった。真美に相手にすらされていないという調査報告を、受け入れたくなかったのでは?」
「ただ、満がきた日は、調査を終えてから一週間が経っていました。調査報告を聞いたときの彼は、どちらかというとがっかりしたような、神妙な顔つきをしていましたよね」
「まあ、それは確かに」
「一週間の間に、何かがあった。そう考えるのが自然です」
「確か、〈また金がられた〉とか言ってましたね」
「ええ。財布でも落としたのかと思っていたんですが」
「違うんですか」
 話の先を聞きたそうな奥野さんを一旦制止し、わたしはお茶でのどを湿らせる。
「同棲中、満と真美の間でトラブルになっていたことが、いくつかありましたよね」
「仕事を勝手にやめてしまった、でしたっけ?」
「それもあります。あとは、財布の中身を見られる、キャッシュカードや通帳を触られる──要するに、お金のトラブルです。笠井満はあまり自分に自信がないのか、真美が付き合ってくれているのは、自分にお金があるからだと思っていました。でも、口ではそう言っていますが、本当はそう信じたくなかったのでしょう。だから、お金周りの揉めごとがあったときに異様に攻撃的になった。今回も同じなんじゃないですか。何か、もっとはっきりとしたお金の問題が起きたから、あそこまで激高したんです」
 奥野さんはまだ理解できていないようだった。悠長にしている時間は、あまりない。
「そこで、もうひとつの謎、自転車の話が出てきます。この半年、越谷周辺で四件ほど、おかしな自転車への悪戯が起きていました。一連の犯罪には共通点があります。錠が破壊されていること、自転車が別のスタンドに移動させられていること、前輪と後輪がパンクさせられていることです。錠を壊したのに、自転車は盗まない──犯人はなぜ、そんなことをしたのか」
「理由が判ったんですか?」
 わたしはうなずき、鞄からあるものを取りだした。
 以前、サカキ・エージェンシーで切断したダイヤル錠だった。
「この錠、ダイヤルを回して開けるまで、何分かかると思いますか?」
「さあ。見当もつかない」
「三十五分です。この錠のナンバーは〈7554〉で、〈0000〉からひとつずつ合わせていくとそのくらいかかりました。つまり、五十分くらいあれば、〈0000〉から〈9999〉まで、すべての組み合わせを試して確実に開けることができます」
「みどりさん、何が言いたいんですか?」
「犯人の目的は、こっちだったんじゃないでしょうか」
 つまり、とわたしは言った。
「犯人は自転車などどうでもよかった。が、目的だったんですよ」

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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