新型コロナウイルス(COVID-19)が世界中を非常事態に陥らせていますが、緊急事態に心を乱されてはリーダーは正しい判断ができません。「1300年間、読み継がれている帝王学の教科書」といわれる中国の古典『貞観政要』を出口治明さんが解説した『座右の書「貞観政要」』から、「リーダーの感情コントロール」に必要なことを紹介します。
>>第5回「器は『大きく』しようとするより、『中身を捨てる』ほうがいい」
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「思考」と「感情」は、思っている以上に密接
●「過剰な評価」をしてしまう落とし穴
感情と思考は、つながっています。人間は、感情の振れ幅が大きくなると思考の余裕がなくなり、正しい判断ができなくなります。
ですから、自分の心が波立っているときは、波が静まるまで待ったほうがいいと僕は思います。感情のままに動いたり、脊髄反射的に口を開くと、判断を誤ってしまいがちになるのです。
太宗は、世の中が乱れるのは、君主の感情の乱れに起因していると考えていました。喜怒哀楽に駆り立てられて行動を起こすと、必ず「過剰な評価」をしてしまうことにつながると太宗はわかっていたのです。
「古来、多くの帝王は、自分の感情のままに喜んだり怒ったりしてきた。喜んでいるときは、それほど功績をあげていない人間にまで褒美を与え、怒っているときは罪のない人間まで殺してしまう。世の中の乱れというのは、多くの場合、こうした帝王の行いが原因になっている」
(巻第二 求諫第四 第四章)
●「ぐっすり寝る」「しっかり寝かせる」
人間には感情があるので、喜怒哀楽をなくすことはできません。けれども、ほんの少し工夫をすれば、感情が振れたときに、心をフラットな状態に戻すことができます。
もっとも効果的な方法は、「寝る」ことと「寝かせる」ことだと思います。
寝るとは、睡眠を取ること。寝かせるとは、時間をおくことです。
古代の中国では父母の死に際して、子は3年の間、喪に服すべきだと考えられていました。
これは、一定の期間、社交的な行動を避けて身を慎むという風習ですが、儀礼的な意味合いだけではなく、両親やパートナーなど親しい人を亡くした喪失感から抜け出すには、3年ぐらいはかかるという時間軸の観点も含まれている気がします。
深い悲しみを癒やすには、時間の経過が必要です。3年の喪というのは、人が悲しみから立ち直るまでの経験則から生まれた言葉なのかもしれません。
旧聞に属する話ですが、20年ほど前に起きた大企業の集団食中毒事件では、釈明会見の場で、当時の社長が興奮を抑えきれず、「私は寝てないんだ!」と逆上したことがありました。その大企業への不信が強まる中での発言だっただけに、批判はさらに高まりました。
社長が逆上したのは、感情をコントロールできなかったからであり、感情をコントロールできなかったのは、睡眠が足りていなかったからです。
大惨事に見舞われたときなどの緊急事態では、一般にリーダーは「不眠不休で対処する」のが正しいと思われていますが、僕の考えは、まったく違います。
大惨事のときこそ、むしろぐっすり寝て、しっかり食べて、体調を整えるべきです。
人間は、ただでさえ、それほど賢くはありません。賢くない人間が疲れた状態で指揮を執れば、さらに能力が低下しているので、判断を誤ります。それこそ大惨事です。
●感情のコントロールが「難局を乗り越える」コツ
ある大手企業が、自治体に申請するときに虚偽のデータを作成し、問題視されたことがあります。
当時、この会社の経営トップだったA社長は、「リーダーである自分は、なんとしてもこの事件を解決しなければ」と決意しますが、難局を乗り越えるためには、気持ちを平静にかつ強く持たなければなりませんでした。
心が追い詰められたとき、A社長は、「早く帰って、星空を眺めて、天文学の本を読んだ」そうです。
宇宙誕生に思いを巡らせることが、A社長の活力源になっていました。
宇宙のはじまりや終わりは、まだよくわかっていません。この宇宙のスケールの大きさに比べれば、多少のことはどうってことはない、きっと乗り越えられると思えてきたそうです。
おそらくA社長は、137億年という時間と、広い宇宙という空間に思いを巡らせることで、自分の感情をコントロールしていたのだと思います。
(中略)
だからこそ、トラブルに見舞われても、冷静に物事を推し進めることができたのです。
▼『座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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