「1300年間、読み継がれている帝王学の教科書」といわれる『貞観政要』。稀代の読書家であり、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長である出口治明さんも座右の書にする中国の古典です。新刊『座右の書「貞観政要」』から、出口さん流の「読み方・活かし方」を、試し読みしてみましょう。
>>試し読み第1回「部下に権限を与えたら、後から取り返してはならない」
____________________
上司を諫める部下がいなければ、
組織は滅びる
●我慢をするという「上司の能力」について
上に立つ人は、人事権に象徴される強い権限を持っています。最上位の皇帝ともなれば、その権限を振りかざせば、欲しいものは何でも手に入れることができます。
ですが、権限を使えば使うほど、人民や臣下を苦しめることになります。
上に立ったら、わがままをいってはいけません。我慢しなければいけません。そして節度を持って、権限を正しく使わなければいけません。
太宗は、自分が持つ権限の威力を自覚していました。そして、欲をかくことが、人としての道理から外れることだとわかっていました。
指導者は、自分が好むものに対して、慎重にならなければいけない。自分が望めば、狩猟に使う鷹も、犬も、名馬も、あるいは自分の好きな音楽も、女性も、ごちそうも、すぐに目の前に揃(そろ)えることができる。しかし、それをすることは人としての正道を破るものである。さらに、君主がそれをすれば、自分の顔色をうかがうような部下ばかりになってしまう。もし任用する家臣に賢者がいなければ、国家は滅亡してしまうだろう
(巻第一 政体第二 第十四章)
この太宗の発言には、2つの意味が含まれています。
ひとつは、「むやみに権限を振るわず、我慢をする」という太宗の決意。
そしてもうひとつは、「自分がわがままをいったら、『それは間違っていますよ』とおまえたちが諫めてほしい」という部下への要請です。
太宗は、部下を集め、「自分も、わがままをいわないように努力をする。だからおまえたちも、オレの間違いを指摘してくれ」と頼んだのです。
じつは、部下に対して「間違いがあれば指摘してほしい」と頼むリーダーは、それほどめずらしくはありません。
ですが、その前段として、「自分も我慢する」と自制している点に、太宗のリーダーとしての優れた資質がうかがえます。
間違いの指摘を部下に依頼しておきながら、いざ何か厳しいことをいわれれば、それに我慢できずに「君はわかっていない」などといってしまう上司が実はほとんどではないでしょうか。しかし太宗は違いました。君主と臣下を対等に考えていて、部下に直言させる以上は、自分も我慢するのは当然だと考えていたのです。
上司と部下は、その「機能」が違うだけです。上司が偉いのではありません。太宗は、自分と臣下を、機能の差はあるが上下の差はないと考えた。だからこそ、人に命令するだけではなく、自分にも同レベルでの責任を課したのです。
●「組織を治める」と「病気を治す」の共通点
風邪は治りかけが肝心、といいます。風邪の治りかけは、まだ体の免疫力が低下しているので、新たなウイルスが侵入したりすると、結果的に風邪がぶり返してしまうのです。
太宗は、「病気は治りかけこそ気をつけるべきであり、それは国家も同じ」だと語っています。
国家を治めるのも、病気を治すのも、違いはない。病気は治ったと思ったときこそ、ますます安静にしなければならない。もし治り際に無理をすると、それが原因で命を落とすことになりかねない。国家を治めるのも同じだ。天下が少しばかり安らかに治まっているからといって、気を抜いてはいけない。むしろ、そのときこそ油断をせずに気を引き締めるべきである。平安が訪れたことをいいことに、君主が威張ったり、わがままな振る舞いをすれば、国家は必ず滅亡するだろう
(巻第一 政体第二 第六章)
物事が上手くいかないときは、みんなが「このままではいけない。なんとかしないといけない」と思って必死に考え、努力を重ねるので、気が緩むことはありません。
トラブルや不祥事を抱えたときに組織が一致団結するのも、メンバー全員が危機感を持つからです。
反対に、物事が順調なときは、どうしてもたがが緩みがちになるものです。
苦しいときには緊張を保っていたのに、順調に行きだしたとたんに、気が緩んでしまいます。そして、その気の緩みが、事態の悪化を引き寄せる火種になることがあります。
太宗は、「いくら立派だと賞賛されても、自分はまだまだ立派だとは考えない」と臣下に言明していながら、その一方で、自分を含めて人間はアホだから、つい調子に乗ってしまうことがあるかもしれないと考えていました。
だからこそ、
「これは危ないと思うことがあったら、遠慮せずにいいなさい。思っていることをいってくれないと、国家を治めることはできない」
と常に臣下に要請していたのです。
▶第3回「良い意思決定ができるようになる『3つの鏡』とは?」