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試し読み

『ヒキコモリ漂流記 完全版』(山田ルイ53世/著)電子書籍化記念 序章~第1章全文試し読み〈第1回〉

かつて神童と呼ばれたお笑い芸人は、なぜ突然引きこもりになったのか?

 渾身のルポ『一発屋芸人列伝』も話題の髭男爵・山田ルイ53世の半生を赤裸々につづった衝撃のエッセイ『ヒキコモリ漂流記 完全版』の電子書籍化を記念し、序章と第1章を試し読み全文公開! ヒキコモリ……その暗黒に足を踏み入れる序曲それはまさに“恐怖の胎動”!
 なお、電子版には特典として、ヒキコモリ問題を分かりやすく分析した精神科医・斎藤環さんとの対談も収録。この機会に是非お読みください!
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序章 引きこもりの朝



中学二年の夏

 もしこれから「引きこもろう」と思っている人がいたらぜひ忠告しておきたい。
 夏は、引きこもりを始めるのに適したシーズンとは言えない。もう少し頑張れそうなら、秋まで様子を見た方が断然良い。
 なぜなら夏には、こちらの精神状態などお構いなく、それこそいやおうなしに、楽しいイベントが盛り沢山だからである。
 海に山に花火大会。キャンプにバーベキュー……枚挙にいとまがない。
 男女関係の進展がのぞめそうな何かしらのキッカケも、充実の品揃え。
 人類に繁殖期があるとすれば、それは夏だろう。そういう人間の動物的な部分、本能にダイレクトに訴えかけてくる「ワクワク」に事欠かない季節でもある。
 そんな中、引きこもってしまった日には、自分以外の地球上の全ての人間が、人生をおうし、楽しい思い出をどんどん増やしていくような錯覚に陥り、焦燥感にさいなまれることになる。
 それは、味のなくなったガムを永遠にしがみ続けているような惨めな気分。なんとか「思い出の貯金」をやり繰りし「記憶の自転車操業」で、気を紛らわそうとしても無駄。
 そもそも、十年ちょっとしか生きていない、ガキの思い出の蓄えなどすぐに底を突く。
 ほどなく、焦り、不安、絶望、これらの負の感情が、それこそ毎秒押し寄せて来て、大変しんどい思いをすることになるのである。
 とにかく、夏に始めるのは、冷やし中華だけでいい。

 中学二年の夏休み。
 競技場を埋めつくす大観衆からの拍手のあおりこそなかったが、六年間という引きこもりの大記録に向かって、まさに僕が「助走」を始めたころ。
 と言っても、まさか自分が二十歳はたちまで引きこもるなんて思ってもみなかった。
 そう、「あの事件」による心の傷は浅くはなかったが、それでも、この時はまだ、「登校拒否」とか、「学校自体をやめる」とか、そんな選択肢は僕の頭にはまったくなかった。
 この夏休みが終われば、通学や勉強や部活で大変ではあるが、あの普通の毎日、「優秀なやま君」に「復帰」できる……そう思っていたのである。
 結局のところ、「あの事件」は引き金に過ぎなかったのかもしれない。壊れたパソコンの画面のように、僕の人生が固まって動かなくなった原因は他にあったのである。
 友達との経済的格差、それを埋めるための猛勉強、長距離通学の負担、睡眠不足。それらのことが積もりに積もって、ボディブローのように僕の心にダメージを与えていたのだろう。そして「ああいうこと」になった。
 とにかく、「あの事件」が起こってから夏休みに入るまでの、数日か、数週間か、今となってはもう記憶も断片的で定かではないが、なんとかかんとか学校には通っていた……気がする。
 一体どういう気持ちで電車に乗り、教室で過ごしていたのかは、分からないが、そもそもよほどの高熱でも出ないかぎり、学校を休むなんて発想は、自分の頭にも、我が家の、それはつまり、「父の」ということだが、その父の頭にもなかった。「学校を休む」、それはもうイコール「悪」であった。「あの事件」のことで気まずいとか、恥ずかしいとか、みっともないとかそんな僕の感情よりも、父の絶対のルールが勝っていたのだろう。
 夏休み最終日、学校の宿題は大量に出ていたが、ふと気がつくと僕は一切手を付けていなかった。
 毎日やろうやろうとは思っていた。ちゃんと自覚があった。
 本来の自分は、夏休みの宿題なんてものは、休みが始まって一週間で終わらせるのを良しとする、そういう性格だった。なるべく先に先に、前倒しで終わらせてしまうタイプだった。
 しかし、その時は何もしなかった。というより、何も出来なかったのである。

無駄な段取り

 中学に入る少し前から、つまり、中学受験に臨んでいる最中から、僕はある種の儀式めいた「段取り」にこだわるようになっていた。
 実際その「段取り」を守って、実行することで、中学受験の勉強もしっかりと集中して出来たし、結果として合格したのだから、それはそれで成功、正解だったと言っていいと思う。
 しかし、この頃になると、その段取りが悪い方向に進化し、増大し、宿題とかテスト勉強などの、「本当にやらないと駄目なこと」に辿たどり着く前に、僕を疲れさせてしまう……そんなことがよく起こった。
 例えば、勉強を始めようとする。
 すると、その前に、部屋の掃除をキチッとしなければならない。そうしないと気が済まないからである。
 まず掃除機をかける。ありとあらゆるほこりやゴミ、自分の体毛のたぐい、とにかく「すべて」を吸いとらなければならない。そうしないと、気になって勉強が手につかないので仕方がない。

 まあしかし、これくらいは、「普通」のはんちゆうだろう。お寺さんなんかでも、修行の一環として、清掃が行われる。いわゆる「作務」と言うヤツだが、あれと同じような発想だ。
 勉強に臨む前に掃除をして、心穏やかにペンを走らせる。全然大丈夫だ。
 次に、床や机、家具などをぞうきんく。拭き掃除である。これも大丈夫。普通だ。
 大きなものを拭き終わったら、今度は、目覚まし時計とか、そろばんとか水泳の大会でもらったトロフィーとか、筆箱、さらにはその中の鉛筆、シャーペン、ものさし、コンパスなどの文房具……とにかく、ありとあらゆるものを拭く。拭かなければならない。
 そうしないと、気が済まない。手につかない。集中できない……のだからしょうがない。大丈夫。

 それが終わると、「自分」である。粘着テープがロール状になったヤツで、今度は自分自身を「コロコロ」する。得体のしれないホコリや毛とかそんなものが付着した、汚れた状態ではちゃんとした勉強はできない。
 ズボンにシャツ、露出している腕をコロコロ、足をコロコロ、肩や頭をコロコロ、とにかく全身くまなくコロコロである。
 大人になって、仕事で、例えば食品工場見学のロケなどがあると、厳しい衛生管理の観点から、徹底的に体のゴミをとらされる。
 全身コロコロして、やっとロケを始めることができる。それと同じ理屈である。
 当時の僕の部屋は、オペを行ったり、半導体も作ったりできるくらいの「クリーンルーム」と化していた。全然大丈夫……ではない。

 何度も言うが、中学受験に向けて頑張っている時は、この「ルーティン」が上手うまく機能し、勉強に集中出来たし、結果合格することも出来た。この手法の持つ、何事もキチッキチッとこなしていく、そのめいりようさ、確かさを気にいっていた。
 延々と書き続けても、自分の猟奇性をひけらかすだけになるので、後は手短に書く。
 コロコロが終わると、机の上を整理せいとんし、ノートや教科書の角をキッチリ揃える。
 それが終われば、今度は「気合」を入れる作業だ。
 両手で顔を覆って、大きな声で、「よしっ!!」と叫ぶ。はたから見れば、まったく「よしっ!!」の光景ではない。
 そして、「手の指の関節を10本全部ポキポキ鳴らす」、「ひざ、ひじ、くるぶしなんかの体の各関節を手の平でぐっと包むようにして触る」などの、他人から見れば全く意味をなさない「段取り」を完遂してやっと本題の「勉強」を始めることができる。
 これらの「段取り」は、中学受験の時期から始まり、この中二の夏休みまでの間に、徐々にエスカレートしていった。本当に、最初は机の上の整理整頓くらいの話だったのだ。

 一流のアスリート、例えば野球のイチロー選手などは、打席に入るまでのルーティンワークを大切にすることで知られている。
 毎打席、ぶくろをここではめて、足はこっちからバッターボックスに入って、肩をちょこんと触って、バットを何回振ってと、すべて決まっている。そういうルーティンを大切にすることが、あれだけの偉大な選手になれた要因の一つに数えられる。
 しかし、そんな自己管理、成功にひつの、「ルーティン」も多過ぎるといけない。もうそれは、コントだ。
 しかも僕の場合、それが、日に日に増えていくのだ。イチローも、ルーティンが十個も二十個もあったら、そもそも打席に立つ前に日が暮れてしまうだろう。
 とにかく、宿題もせずに、ルーティンばっかりやっているというおかしな状況になっていた。
「ルーティンで大忙し」みたいなバカげた日々。
 そのルーティンの数々を乗り越え、やっと本当の目的である勉強にたどりついても、まだ試練が待っている。試練と言っても、セルフサービス、つまりは、自業自得なのだが。

「筆圧」、字を書く時の力加減だが、これが異常に強くないと駄目になっていた。とてつもない強さで字を書かないと、ちゃんと勉強した気にならないのだ。勉強した気にならないということは、勉強してないということだ。そうしないと、やったことの成果、効果が自分で信用出来ないのだ。走り書きなど論外。実際、彫刻刀で木の板を彫る時くらいの力で書いていた。
 おかげで、勉強を終えると手首には、ねんした時のようなほてりと痛みが生じていることもしばしばだった。
 そんな力で字を書いていると、よくシャーペンのしんが折れ、どこかへと飛んでいく。
 そうなるともう駄目。
 その細かい小さなシャーペンの芯が発見されるまで、勉強は中断。気になって机に向かっている場合ではなくなる。
 航空会社では整備士が工具を紛失すると、それが見つかるまで飛行機が出発出来ないそうだがそれと同じである。無くなった工具が、どこに紛れ込んでいて、どんな大事故につながるか分からないからだ。
 カーペットの毛と毛の間をかき分けながら捜しているうちに日が暮れていく……なんてこともあった。
 運よく、シャーペンの芯が見つかれば、勉強再開となる。
 極めつけは、「定規で字を書く」。
 漢字だろうが、ひらがなだろうが、カタカナだろうが、はたまたアルファベットだろうが、ありとあらゆる文字を定規を当てながら書く。そうしないと気が済まない。
 まっすぐな線じゃないと駄目だという、抑えがたい衝動。これがまた時間がかかる。なにせ、一本一本の線を全部定規で書いていくのだから。
 見た目も気味が悪い。数学の方程式や、「ジョンがナンシーと遊園地に行った」という何の害もない英文が、筆跡がバレないように苦心した、怪文書、脅迫文のたぐいと化す。
「キチンとしないと駄目だ」という気持ちの、「最終形態」、「ラスボス」……成功のためのルーティンは、暴走し、いつの間にか化け物に変わっていた。
 この時代の残り香として、大人になってから、ゲームなどやっていても、マップ上のつぼや宝箱が気になって気になって、もう何度も確認済みなのに、目にしてしまったが最後、その全てをあけたり割ったりしないと気が済まなくなり、どうくつのモンスターを倒すという村人との約束をほったらかしにして、ストーリーと関係なく、そちらの作業に血道をあげてしまう時がある。
 結果、ゲーム自体がつまらなくなり、疲れ切って途中でやめてしまう。人生も同じである。
 ともかく、もうハッキリ言って、完全に病んでいた。壊れていた。
 バカげているのは自覚していたが、どうしてもやめられない、「ルーティン地獄」。こんなことをしていたら、単純に、しんどい。
 そういうわけで、僕は夏休み最終日になってもまったく宿題に手を付けていなかったのだ。

夏休みが明けた

 そして、いよいよ新学期。学校に行かなければならない。
 しかし先ほどから説明している通り、僕は何にもやっていなかった。より正確な語感で表現するなら、「な~んにも」である。
 両親はまさか、あの優秀な息子が、そんなことになっているとは露ほども知らない。
 そもそも「あの事件」のことも知らなかったはずだ。言ってないから当然だが。
 中学受験はある日突然、ただの思いつきで僕が勝手にやると言いだし、勝手に勉強して、勝手に合格しただけのことだったし、入学後の学校での成績や生活態度もすこぶる良かった。そんなわけで親は安心しきっていたのである。僕のこと、その現状をまったく把握していなかった。
 それが彼らにとってはあだとなった。もっと手のかかる子供なら、何かにつけ知る機会も多かっただろうに……。
 その日の朝、僕はベッドから出られなくなっていた。前の晩からもんもんと、どうしようかと考えていてほとんど寝ていなかった。
 夏休みの宿題にはまったく手をつけていない。それでも、その時点でもまだ、「学校に行かない」という選択肢、考えは頭をよぎりもしなかった。
 もしかしたら、このまま布団から出ずに寝ていれば、とりあえず今日は、今日一日だけは、何事もなく過ぎ去るのではないか……そんなありもしないメルヘンチックなことを考えながら、特に何もせず、ただただ、刻一刻と、本来なら起きて学校に行く準備をしなければならない時間が迫ってくるのを待っていた。
 すると、いつもならすぐに階下に下りて来るはずの息子が、いないことに気付いたのか、父が二階の僕の部屋に声をかけに上がって来た。
じゆんぞう! そろそろ起きやー、時間やで!」
 いたって普通のトーンの父の声。息子の異変には、まだまったく気付いてはいない。
 しかし、今ベッドで寝たふりをしている人間は、もはや夏休み前の従順な優等生ではなかった。

 芋虫はさなぎになり、そしてちようとなる。
 さなぎの状態になると、虫はその体を、いつたんスープ状にまでドロドロに溶かし、そこからまったく違う新しい体をつくりあげる。
 僕の場合は、その逆で、いわば蝶が芋虫に変わっていたというわけだが。以前の自分を自ら「蝶」と言うのも気が引けるが、もはやカフカの『変身』の世界である。
 実際、その時の僕は「なんか俺、今、カフカっぽいな……」などと、チェコの文豪の作品と自分を重ね合わせ、その類似性に、意味不明の高揚感を覚え、さらにはこのたぬき寝入りになんらかの「正当性」があるのではないかと文豪の権威を悪用してそう思い込もうとしていた。
 呼びかけに応じず、寝たふりを続ける僕に、
「順三! おい! 順三!」
 また父が声をかけて来る。少しトーンが変わってきているのが分かった。いつもなら従順にすぐ返事をする息子からの反応がない。彼のいらちがかい見えた。
「遅れるぞ! はよ支度せー!!」
 今度はもう、はっきりと怒っていた。高まる緊張感。夏休み前の僕なら、とっくに起きていただろう。だが今は違う。文豪も僕を応援してくれている。あんたは読んだこともないだろうが。寝たふり続行である。
 そうはいっても、その緊張感に完全に耐えることはできなかったので、僕は中途半端なボリュームで、「う~ん……」と寝ぼけた声を発した。これはボクシングでたとえるなら相手との距離を測る左のジャブである。
 もはや、父の我慢の限界を試す、父とカフカのチキンレースの様相を呈して来た。
「おい! 起きろ! 電車間に合わんぞ!」
 布団の上から、僕の体をゆさゆさ揺さぶってくる。
 何度目かのゆさゆさで僕は、腹を決めて、
「今日は休む……行かへん……」と、布団の中から言ってみた。
 反応はない。自分の声は布団の綿にすべて吸収されてしまって、父の耳には届かなかったのだろうか?
 なんだ、どうした? もしかしてこのパイは「通し」なのか? お正月によく家族でマージヤンをやっていたが、「学校休む」はかなりの危険牌のはず。はっきりと父の意に背く旨を伝えたのだ。
 しばらくの沈黙の後、
「ロ───────ン!!」いや、もとい、
「はよ起きろ───────!!」
 という父の怒号。それと同時に、僕が寝ていた二段ベッドが、「ミシッ」と音を立てた。次の瞬間、脇腹にとてつもない衝撃を感じる。
「起きろ──────ボケ─────────!!」
 父は叫びながら、二段ベッドの上に両手をかけ、体操選手よろしく、鉄棒の要領でぶらんと体を後方の宙に投げだし、勢いをつけて僕をってきたのである。それはもうほとんど、プロレスのドロップキックだった。
「痛いな────────! ダボ───────!!」
 実際は、布団の上からだったので、そんなに痛くはなかったが、僕はあばら骨がすべて砕け散ったかのようなもだえ方をしながら叫んだ。リアクション芸人の素質があったのかもしれない。
 僕は、父に最大限の罪悪感を持ってほしかった。息子に大怪我をさせたかも、とんでもないことをしてしまったかもと思わせたかったのだ。
 昔から厳しい父だったとはいえ、実の息子に、しかももろい脇腹に力任せにドロップキックをかましてくるなんて思ってもみなかったし、何より、その我を忘れた衝動的な行動に、何か純粋で原始的な「憎しみ」のようなものを感じ取った僕は、腹も立てていたし、引いていたのだ。
 大人になった今、冷静に考えれば、僕は、それまでまったく両親、特に父には反抗したことなどない優等生。親の機嫌をとるのも非常に上手うまかった。
 それがある朝、何の予兆もなく、急に反抗しだした。父も正直どうしてよいか分からなかっただけなのだろう。
 怒り方のバリエーション、引き出しが少なかったのである。これは、ある意味親に対する無茶ぶり。申し訳ないことをしたとつくづく思う。
 しかし、当時の僕には、そんな殊勝な考えなど一切浮かばない。おまけに後述するように、ひねたものの考え方をしていたので、
「そもそも、これ、高熱出してて体調悪いとかってまず考えへんかね? いきなり蹴って来てるけども!」とか、「にしても下手過ぎるわ……言葉でアカンかったら、二手目でそれ? もう出してくる? 蹴りを?」などと思っていた。
『北風と太陽』というぐうがある。
 旅人の上着を脱がすのに、北風がビュービューするより、太陽がじんわりゆっくりポカポカさせた方が有効……みたいな話である。
 父は、小さな頃、税関の仕事で取り調べをする時のコツを自慢げに披露していた。その際に、この『北風と太陽』の寓話を好んで引用した。
 もちろん、「太陽の方がいいんだよ!」という文脈でである。
 その、太陽太陽とあれだけ言っていた男が、いきなりのドロップキック。
「あれは何やったんや!? あんた、めっちゃ北風やないか!」
 これに関しては父が悪い。このことを教訓として僕は常々、娘に何か語りかける時、自分が実践できないことは口にすまいと心がけている。
 その後、猟師がしとめた獲物のはらわたを引きずり出すように、無理矢理布団の中から引っぱり出され正座させられた僕は、ここで初めて正直に、夏休みの宿題を全くやっていないのでこのままでは学校に行けないこと、そして、まさに数十秒前、父のドロップキックを受けた瞬間、はっきりと自覚したこと、
「学校行くのがしんどい。もういやや」という気持ちをぶつけてみたのである。
 せきを切ったようにすべてを話すと、意外にも気持ちが随分と楽になり、スッキリした。ただ、その分学校に行く気力は完全になくなっていた。
 どこまで自分の考えが父に伝わったか分からなかったが、父は父で、もう役所に出勤する時間が迫っていたので、そこはとりあえず一旦終わりとなった。
 僕の部屋を出がけに、
「お前みたいな、親の言うこと聞かんやつは、もう知らんからな!」という、なんともありがたい言葉を残して。親から子への捨て台詞ぜりふである。


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