次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気
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「この人は、器用な変態だ」初めての風紀委員活動、そのとき深見の内心は……?『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』試し読み③
「小説家になろう」で今話題沸騰中の異能青春ラブコメ 、ついに書籍化!
3月28日(土)に発売される『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』から、第1章を5回に分けてお届けします!
心の声が聞こえる女子高生・鏡花と、一見完璧な優等生、でも内心は常に鏡花への妄想で溢れている深見先輩の二人が繰り広げる、“笑えるのに泣ける”純愛小説をぜひお楽しみください。
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◆ ◆ ◆
風紀委員の説明会の翌朝、私は昨夜の雨に濡れた通学路を憂鬱な気分で歩いていた。
今朝は、最悪だった。家を出ると、分別を間違っていたのか昨日私の出したゴミがゴミ捨て場でそのまま発見されたのだ。結果、雨露に濡れた重たいゴミ袋を持ち、部屋との往復を余儀なくされた。
そして私の憂鬱をさらに加速させるのが、深見先輩の存在だ。
昨日、どこかで会ったかとずっと接点を考えていたけれど、結局答えは出なかった。
つまり私と深見先輩は、風紀委員会の、昨日のあの場が初対面のはずなのだ。初めて会った相手に対して、あの思いの強さはまさしく異常だ。情熱的という綺麗事で片付けられるレベルを超えているし、犯罪という枠組みの中に片足……いや片膝までつけている。
それなのに今日は、あの人の指導のもと、風紀委員会の挨拶運動をしなくてはいけない。挨拶運動とは、校門前で挨拶をしながら生徒の服装の乱れをチェックし、違反者を見つけたら注意と記録をして先生に提出するものだ。校則違反者は一年生に注意されたところで気にしないから、私たちは挨拶をするだけでいいと聞いて、昨日は簡単だと思っていたけど、今は全くそうは思わない。頭のおかしい人の心の声を聞きながら校門前に立つなんて苦行だ。行きたくない。学校自体に行きたくない。
学校に行くということは、私にとって多くの心の声を聞きに行くことと同じ。授業だって、先生の声を聞きとるのも大変だし、テストに至っては生徒たちの心の声が叫び、暴れ、騒音を散らかす中で受けなくてはいけない。だから一人アパートで勉強しているほうがよほど身につくだろうし、テストの点だって良くなる可能性がある。本当なら、学校自体通いたくない。けれど、通わなければ生きていけないことも分かっている。
気分が重いまま歩いていると、校門の前で背筋をぴんと伸ばす佇まいが見えた。近付いていくと(あ)と、今世紀最も聞きたくない声が聞こえてくる。眉間に皺を寄せた深見先輩が、中岡先輩と藤野さんに挟まれる形で立っていた。
「おはようございます」
委員の人たちに向け挨拶をすると、藤野さんが笑顔で「おはよー」と手を振って来た。それに続くようにまばらな挨拶が発されると、深見先輩は「おはよう」と無関心な瞳で私を見た。昨日はあれだけこちらを凝視していたのに、先輩は私の服装チェックをして(違反はないな)とすぐに視線を逸らす。
叫ばれるのではと警戒していたけど、今日はすごく静かだ。戸惑っていると、深見先輩は「……君」と低い声でこちらに呼びかけ、校門の少し横へ向かっていった。そこにはかなり大きめの袋が置かれていて、口のところに南京錠が付けられている。
「朝の挨拶運動の際はここに鞄を入れるんだ」
淡白な口調だ。言う通りに袋に鞄を入れると、深見先輩は南京錠を取り付け、さっきまで自分が立っていた場所へ戻っていった。心の中も(連続違反者のチェックリストは……)と真剣で、横に立つ中岡先輩と業務連絡を始めた。
(深見すげえ機嫌悪いな。昨日からだし、疲れてんのかな)
中岡先輩の焦った心の声が聞こえる。昨日の深見先輩はいつも通りではなかったらしい。あれは疲れて頭がおかしくなっていた、なんて度合じゃなかった。でも今は本当に冷静で、不審な点は見当たらない。
「一年」
観察していると、深見先輩はこちらに振り返った。何を言う気かと疑ってしまったけれど、私にだけ呼びかけたのではなく、私や自分の隣に立つ藤野さんを含め、後方の風紀委員会の一年生全員に対してだった。
「一年の活動は、挨拶運動だけでいい。まずは他人に声をかけることに慣れるんだ。何か分からないことがあればすぐに聞いてくれて構わない」
言い終えると、深見先輩はまた前を向き、姿勢を正した。さっきと変わらず気持ち悪いことを言って来る気配はない。昨日の声は、幻聴だったのだろうか。まぁ、その方がいい。委員会もわざわざ変えずに済むし。私が安堵から来る溜息をついたのと同時に、
(……も、もう無理だ、耐えられない)
それは始まった。
(ああ…、天使が、鏡花が俺の背後にいる。吐息が聞こえる。確かに今、俺は鏡花と何の隔たりもなく同じ空間で生きている! ああ、時間が止まって、このまま俺と鏡花の空間だけ切り取られればいいのに。閉じた世界で永遠に、こうして鏡花と一緒にいたい……)
怒濤のごとく流れる言葉たちに、唖然とした。何が起きた? 悪霊か何かが取り憑いている? 原因を探していると、深見先輩は心の中で、ひとりでに笑いはじめた。
(昨日は相当興奮してしまったから、今日は心を乱すまいと思っていたが、実物を前にしてしまえばもう無理だ! ああ、好きだ……。鏡花の香りがする……鏡花の香りだ……! これが鏡花の体臭、髪から香るシャンプー、僅かな汗、衣服の洗剤と身体を洗う石鹸が混ざり合った、鏡花の、鏡花だけの香り……! ああ、鼻腔から浄化されていく)
前方から流れてくる、犯行予告にも似た声。今すぐ逃げてしまいたいけど、深見先輩の狂言はあくまで心の内だけで発されているものだ。ここで逃げだしたとしても、傍目には私が悪霊に取り憑かれているようにしか映らない。悪霊は今、目の前にいるのに。
やめたい。まだ委員として一時間も活動してないけど、やっぱり風紀委員をやめたい。
私が俯く一方で、深見先輩は心の中で狂気を爆発させながらも、淡々と校則違反の生徒に注意をはじめた。その姿を見て、周りの生徒たちは感心している。先生に至っては、生徒の手本のようだと心の中で賞賛している。むしろ今最優先で取り締まられるべきは深見先輩なのに、生徒じゃなくて変態の手本なのに。
この人は、器用な変態だ。捕まらない、巧妙なタイプの、それも極めて悪質なやつ。
私は、無表情でいるように努めつつ、悪質なほどに外装が完璧な変態の後ろで、これから先委員会をどうやめるか考えていた。
朝の挨拶運動が終わった私は、これまでにない疲労感を覚えながら階段を上がっていた。
その先では、同じクラスの女子生徒三人が通路を塞ぐように話をしている。
「ねぇ高校入学してから痩せた? めっちゃ可愛くなったよね!」
「そんなことないよ~、何もしてないし!」
(当たり前じゃん。ダイエットめっちゃしたし)
「本当。超可愛くなったよね~」
(定期的に機嫌とらなきゃいけないのマジで面倒くさい)
誰がどんなふうに友情を形成しようが関係ないし、誰を嫌おうがどうでもいい。でも人が通る場所を占拠しないでほしい。
……なんて、勝手に心の声を聞いている私に言う権利は無い。思考は個人の自由だ。
彼女たちの前を通り過ぎると、後ろからひそひそと悪意のこもった声が聞こえてきた。
「陰キャぼっちの……名前なんだっけ」
「忘れちゃった。っていうか聞こえるって」
「聞こえても文句なんて言ってこないでしょ? ずっと黙ってるんだし。ちょっと気持ち悪いよね」
そんなこと、言われなくてもわかっている。それに勝手に人の心の声を盗み聞くのだから、余計に気持ち悪い。泥棒の能力。ろくでもない力だ。
小学生の頃には、もう自分が普通じゃないことをわかっていたから、私は能力についてだけではなく、常に黙っていた。
そうして人と距離を置いて過ごしていたけれど、ある時いつも私が輪に入らないことを気にした心の優しい女の子が声をかけてきた。初めは拒絶していたけれど、段々と仲良くなった私はその女の子に隠し事をしているのが苦しくなって、自分の能力を打ち明けた。
心の優しい女の子はそんな私を受け入れたけれど、馬鹿な私はそこで調子に乗ったのだ。教室である生徒の筆箱が無くなったとき、私は学級委員長の嘘を指摘した。
委員長は、一生懸命筆箱を探していたけれど、嘘をついていたのだ。元は委員長が間違って筆箱を壊してしまい、怒られたり、持ち主の子との友情が壊れたりすることを心配して、自分のランドセルの中に隠していた。隠し場所も経緯も、私は何もかもを皆の前で話した。
でも、元々クラスで浮いている私が何を言ったところで、誰も聞き入れはしない。クラスのリーダーでもあった委員長と私、皆がどちらを信じるかなんて明白だった。私の友達になってくれていた子も、委員長の味方をした。私は筆箱を壊して、さらに人のせいにした意地悪な子となり、それはクラスが替わっても変わることはなかった。
今思えば、私はその時、自分の異常性を根底では理解していなかったのだろう。私はひたすらに異常で、馬鹿で、誰かに自分の能力について理解を求めることがどれほど愚かなことかを理解できていなかったのだ。
今の高校には小学校や、中学校の知り合いもいない。皆、私を知らない。だから今度こそ、私は一人で、誰とも関わらず生きていくことができるはずだ。
このまま高校を卒業して、大学に入って、就職をして、適当に生きて、死ぬ。大学に行きたいわけではないけど、高卒の求人を見ると接客や介護など不特定多数の人間に会う仕事が多い。他人との接触は最低限に抑えたいから、大学には行く。そして就職したら、給料を貯めて墓を買う。孤独死したとしても、勝手に処理をしてもらえるような契約も一緒にして。
だから、クラスメイトに何を思われようと言われようとどうでもいい。ぼっちだと馬鹿にされても構わない。
友達なんて、ずっといらない。
朝のホームルーム前、私は担任教師に委員会について相談した。その結果、学期内での変更は減点になる可能性があると言われた。しかしまだ、望みはある。やめられないならば、サボればいい。毎回は問題になるだろうけど、今日の昼休みの委員会は無視しようと決意を固め、私は四時間目に臨んだ。でも、授業を終えると、
(お昼の委員会、鏡花ちゃんと一緒に行きたいなー!)
藤野さんが私を迎えにきていた。
「きょーうーかーちゃんっ! 授業早く終わったから来ちゃった! 委員会行こ!」
ぱたぱたと彼女は私の机を楽しそうに指で叩く。教室中の視線が集まっていることを感じ、今日の授業中考えていた逃亡計画の終焉を悟った。早く逃げられるようにと出しかけていたコンビニ弁当を、鞄の中にしまう。
「鏡花ちゃん、お弁当買ってきたやつなの?」
「いや、これは、バイト先で貰ったやつ」
「そういうのがあるんだぁ」
そんな会話をしている合間にも、周囲の視線は注がれ続けていて(なんであんな奴が藤野さんと?)と、私への疑念が高まるばかりだ。それから逃れるように鞄を掴むと、中から書店の社割カードがすべり落ちた。
素早く拾い上げて鞄に押し込み、速やかに教室を出ていく。出来る限りの早歩きをしているのに、藤野さんは楽しそうに並走してくる。そしてふと、重大なことに気づいたかのように叫んだ。
「ねえ大変! 私たち、一緒にお弁当食べたことなくない?」
「うん」
だって、会ったのはつい昨日だし。昨日が初対面だし。それに一回目は放課後だ。しかし藤野さんにとっては由々しき事態らしく(まだ食べてないよ! びっくり!)と、驚愕の声を発し続けている。
「今度、一緒に食べておかずの交換しよっ、鏡花ちゃんの好きなお弁当のおかず教えてよ!」
視界に昔の記憶がちらついた。適当な嘘を考えるにも、随分と間が空いてしまった。このままだと、不審がられてしまう。咄嗟に「……りんご」と答えると、彼女は愕然とした。
「鏡花ちゃんりんごでご飯食べるんだ……」
「あ、いや、デザートとして」
「そっか、私もりんごっていうか、果物大好きだよ! 一番好きなのは桃!」
(桃はピンクだし~、形もハートで可愛いから大好き!)
藤野さんは顎に手をあて、目を輝かせるように桃の可愛いところをあげていく。思考が果物へと完全に向けられていて、私への関心はほとんどなく、足も止まっている。もしかしたら、今が好機かもしれない。彼女をここに置いて、逃げよう。
そう決めて藤野さんから離れようとした瞬間、最悪のタイミングで声がかかった。
「何してんだ? 一年。委員会始まるぞ~?」
中岡先輩が怪訝な目でこちらを見ている。そしてその後ろから西山先輩が欠伸をしながら歩いてきた。中岡先輩は私たちのことを覚えていたらしく、(えっと、こっちが藤野でこっちが石崎だよな)と名前を認識し、さらに私の様子がおかしいことに気づいた。
(石崎の顔色悪い? そういや朝の挨拶運動、深見に呼ばれてたっけ……? 怒られたか)
あの時の深見先輩は、注意をしてきたわけじゃない。あんな不気味すぎる想いを向けられるくらいなら意味もなく怒られた方がましだ。私の顔色が悪いのは、あの人がとんでもない変態だからだ。しかし中岡先輩は「安心しろよ、そんなビビらなくても、ちゃんとやってれば深見は怖くねえから」とこちらを気遣ってくる。
「えっと、私は別に、深見先輩が怖いわけでは……」
言いかけると藤野さんが「え、鏡花ちゃん深見先輩のこと怖いの? 大丈夫だよ! 私がついてるから!」と中岡先輩に同意するように私を励ましてくる。そして、その様子をじっと見ていた西山先輩が、無言で私の背中を押し始めた。
「よく分かんないけど、頑張れ。深見は変だけど、ごみじゃないよ……」
西山先輩は、(委員会室まで運んであげよう)と私を押していく。
会って間もない私を心配し、励まし、背中を押す。皆はきっと、いい人だ。そして傍から見れば、深見先輩は厳しくも真っ当な人なのだろう。私の心境は今まさに、処刑台へと向かって行くようなものなのに。
私は複雑な思いを抱きながら、風紀委員会室へと運ばれていった。
(第4回へつづく)
▼稲井田そう『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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