次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気
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「永遠に君を幸せにするからな……!」イケメン優等生・深見先輩の真の姿は?『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』試し読み②
「小説家になろう」で今話題沸騰中の異能青春ラブコメ 、ついに書籍化!
3月28日(土)に発売される『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』から、第1章を5回に分けてお届けします!
心の声が聞こえる女子高生・鏡花と、一見完璧な優等生、でも内心は常に鏡花への妄想で溢れている深見先輩の二人が繰り広げる、“笑えるのに泣ける”純愛小説をぜひお楽しみください。
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◆ ◆ ◆
「深見遅いぞマジで、あとちょっとで俺が始めちゃうところだったんだぞ!」
さて、噂の深見先輩とはどんな人なのか。そう思って視線を動かせば、確かに整った顔立ちに眼鏡をかけた男子生徒が立っていた。
「すまない。俺を呼び出した教師が会議に入り、会議終了まで待機していた」
(十五分の遅刻か、遅れた分を取り戻さなければ)
やや眉をひそめながら、深見先輩は腕時計を確認する。
癖のない黒髪は整えられ、切れ長の瞳からは神経質な印象を受ける。鼻筋も通っていて、まさに眉目秀麗という言葉が相応しい。隣の藤野さんに至っては「やっぱりイケメン……」と心からも唇からも本音がだだ洩れていた。けれど、(顔はいいけど厳しすぎる)(これでもう少し真面目じゃない感じだったら)とぽつぽつ二年生や三年生らしき生徒の声が混ざっているのがやや気になる。
「委員長はどうした。姿が見えないが?」
「ああ、西山曰くいつものだってよ~。もう来ねえな今日は」
中岡先輩の返答に、深見先輩はやや憤るそぶりを見せ教壇に立った。その姿は堂々としていて、人前に立つことに一切の躊躇いが感じられない。心の声も同様だ。
「お待たせしました。二年の深見透悟です。早速ですが風紀委員会を始めますので席についてください」
機械のように淡々と話をしながら教室を見渡すその瞳は怜悧というより温度を感じないほどで、先輩がさっと周りを見据えるだけで教室の雰囲気が引き締まった。その中で凜とした声が響く。
「では、今から委員会の活動内容に関するプリントを配るので、説明を聞きながら目を通してください」
(ちゃんと集合しているな。寝ている西山は後で叩き起こそう。委員長には厳重注意をしなければ。説明を簡略化して、省けるものは省く。よし、遅れは取り戻せる)
深見先輩はプリントの束を持ち、廊下側から配り始めた。その動作すら洗練されてかっこいいと心の声が教室中から湧く。どうやらまともな人ではあるらしい。観察していると、こちらを見た先輩はなぜだか停止した。
(あ)
目が、合った気がする。恐らく気のせいだと思いつつも、俯くのも感じが悪いかと顔を上げたままでいると、深見先輩はプリントを配ることもせず、時間が止められたかのように停止していた。様子がおかしい。他の人たちも同じことを思ったのか、周囲の心の声がざわめいていく。しかし瞬時にそれをかき消す、地鳴りのような声が聞こえた。
(あぁ、あぁああ……)
やっぱり、深見先輩は少し変かもしれない。思わず首を傾げると、それを見た先輩の目がかっと開かれた次の瞬間。
(つ、ついに見つけた……! 俺の……俺の、天使だっ!!)
拡声器を使ったような大声が教室に響き渡る。思わず耳を塞ぎたくなるのを、ぐっと手を握りしめ全力で堪えた。耳を塞いだら私が不審者になってしまう。けれど、一瞬、先輩の心の声以外の音が世界から消えた気がした。
(間違いない天使だ。絶対に俺の天使だ。天使が俺のもとに舞い降りた! 俺に会いに来てくれたんだ! 俺の! ために! 自ら! 会いに来てくれたんだ!)
深見先輩の視線の向きを考えるに、私の隣の藤野さんについて言っているのだろう。全ての動きを止め仏頂面でこちらを凝視しながら、心の中で天使に会えたと歓喜している。一方藤野さんは(なんで深見先輩止まってるんだろ? でもどんな顔してても綺麗! 私と同じ!)と先輩の奇行を前向きに捉えていた。
「おい、深見? おーい? 何で止まってんの」
「……すまない。話を続けよう」
中岡先輩の声により我に返った深見先輩は、プリント配りを再開し、何食わぬ顔で委員会の説明をはじめた。その説明は理路整然としている。しかし、心は浮かれきっていた。
……深見先輩、とんでもなく変な人だ。今までにも変態とか、危ない人の心の声を聞いたことがあるけれど、そことまた方向が違う気持ち悪さを感じる。相思相愛といえど、こんな人に好かれてしまって可哀想だ。藤野さんに一瞬だけ同情の視線を送り、私はプリントに目をやる。
風紀委員会は聞いていた通り、放課後の活動はほとんどないようだった。これでバイトに専念できる。スケジュール帳に委員会の予定を記入していると、説明が終わって自己紹介が始まっていた。前の席から順番に、一人ずつ学年とクラス、名前を言っている。
(あ! 私の番だ! 深見先輩に名前覚えてもらえるように頑張ろーっと!)
隣の席の藤野さんが立ち上がると、教室中から沸き立つような心の声が聞こえた。深見先輩も(もうすぐだ……! もうすぐ天使の名前が分かる)と期待に声を震わせている。しかし天使だと騒いでおきながら、視線は落とされたままで一向に藤野さんを見ない。
「一年二組、藤野未来です! よろしくお願いします!」
彼女はぺこりとお辞儀をして、椅子に座った。男子生徒たちは声には出さないものの大盛り上がりで、(目が合った! 運命だ!)なんて声もいくつか上がっている。けれど藤野さんの心も視線も深見先輩に向けられているから、完全な気のせいだ。
なのに、当の深見先輩はといえば、今もなお手元のプリントを見ている。目を合わせるなんて恥ずかしくて出来ないタイプの人なのだろうか。想いの向け方がちょっと、いやだいぶ危ういけど、なんていうか難儀な人だ。
そう納得しかけたとき、勝利を確信するような声が響き始めた。
(はぁ……もうすぐだ! あと数分、いや数十秒後に俺は天使の名前を耳にし、海馬を通しこの大脳皮質に刻み込めるんだ!)
……おかしい。天使は既に名乗っているはずなのに。言ってみれば、もう深見先輩は勝利している。完全勝利だ。なのに何故藤野さんの名前を認識しない?
酷く、嫌な予感がする。そんなはずないと思いたい。でも、藤野さんは自己紹介をした。そしてまだ自己紹介をしていないのは教室の端の席に座っている、私だけ。
「鏡花ちゃんの番だよ?」
いつまでも立ち上がらない私を心配して、藤野さんが指でつんと突いてくる。立ち上がると、深見先輩の声はさらに大きくなった。挙句、ずっと落としていたはずの視線は、完全にこちらに向けられていた。
(天使が立ち上がったぞ! 机に隠されていた分の姿が見える! 俺は天使の名前をとうとう知ることが出来る。名簿から大体の見当はつけているが……万が一にでも間違えていたら天使に失礼だ。ああ、俺は今世界が変わる瞬間に、天使が自ら俺に名前を教えてくれる瞬間に立ち会っているんだな……!)
恍惚とした声に反して、冷たく見下すような眼差し。それから逃れるように私は俯いた。
「……一年一組、石崎鏡花です……よろしくお願いします」
動揺を悟られるわけにはいかない。何とか声を出して椅子に座ると、藤野さんが笑いかけてくる。その笑みに会釈で返していると、しみじみとした声が聞こえてきた。
(天使の声だ……鼓膜から俺の醜い内側が浄化されていく。い、し、ざ、き、きょ、う、か。たとえ俺が明日全ての言語を忘れてもこの名前だけは憶え続けている。そうだ今日から名前を呼ぶ練習をしよう。石崎鏡花と美しく記す練習もだ。……深見鏡花も……石崎透悟と書く練習も必要だな、うん)
深見先輩は納得しているようだけど、私は何一つ納得できない。何であの人は、私のことを天使と言っているんだ。面識なんてないはずなのに。
もしかしたら私に全然覚えがないだけで、バイト先のコンビニか書店のどちらかにいたのだろうか。いや、こんな歩く拡声器みたいな客がいたら、すぐに分かる。
(同じ委員会だなんてもはや運命じゃないか? 俺の指、いや違うな。俺の手首と、いや違う。俺の心臓と天使の薬指が赤く、そして太い糸で繋がっているに違いない。これは天使を幸せにする権利が俺に与えられたも同然では?)
俯いていても、深見先輩の視線が突き刺さるのを感じる。目には見えないけど、確実に私の頭に矢が何本も刺さってる。こんな人と私はこの一年同じ空間にいなければならないのだろうか。何の罰ゲームだ。何だここは、地獄か。
(愛してる……愛してる……永遠に君を幸せにするからな……!)
深見先輩の昏さを纏った声が木霊する。私は絶対に視線が合わないよう俯き、ひたすら委員会が早く終わることを祈っていた。
街灯を頼りに真っ暗な住宅街を歩く。前後に人は歩いていないけど、建ち並ぶ家々からは、帰宅した子供や出迎える家族の声がさざめくように聞こえてきて煩わしい。
結局あれから委員会が終わるまで深見先輩は私に常軌を逸した心の声を発し続け、解散後には(天使の住処はどこにあるんだろう……知りたい。ついていきたい。同じ家に帰りたい。連れて帰りたい……)などと、脅迫をして去っていった。
特待生制度のためにと入ったけれど、風紀委員会はもうやめよう。
あんな人とずっと一緒に過ごすなんて、時間的な負担は少なくても精神的負担が大きすぎる。体育祭や文化祭委員の忙しさは一時期だけだし、保健委員や図書委員の放課後の活動だって、実際は大したことはないかもしれない。少なくとも風紀委員会にいるよりましだ。入りなおせないか明日先生に聞いてみよう。
黙々と足を動かしていると、景色が綺麗な住宅街から廃れたものへと変わってきた。私の住んでいるアパートは、もうすぐそこだ。
さっさと帰って勉強をしよう。ただでさえ成績はギリギリ上位五人に食い込めるかどうかなのだから、無駄にできる時間なんてない。バイトへ向かうまでに明日の予習と、今日の復習。そして次の定期試験に向けた勉強をしなければいけない。
(……きみを守るから、だからきみも、きちんと愛して……)
粘ついた声がして立ち止まりそうになる。その気持ち悪さに、深見先輩の顔が思い浮かんだ。
委員会室を出てから、跡をつけてきているような様子は見られない。
普通出会って間もない人間に対して、そこまでしない。そう思っても、一歩一歩進むたび、ありえないという考えが曖昧になっていく。早歩きで道の途中にあるカーブミラーに目を向けると、後ろに大学生らしき女の人が見えた。その姿を見て、肩の力が抜けていく。
……気のせいか。
思い直して、歩く速度を緩める。けれどすぐに住んでいるアパートに辿り着いた。
念のため後ろを確認するものの、誰かがいる気配はしない。安堵して自宅を見上げれば、ちょうどアパートの二階の廊下で子供がはしゃいでいた。その後方には、子供の両親が買い物袋をさげ穏やかに笑っている。角部屋に住む家族が買い物から帰ってきたらしい。じっと気配を殺して立ち止まっていると、親子たちは部屋の中へと入っていった。
吐きだすような呼吸をしてから、自分のポストへと向かう。中はチラシなど、どうでもいいもので溢れていた。そろそろ光熱費の請求明細書が来てもいい頃だけど、四月だから遅れが発生しているらしい。ポストを閉じて、自分の部屋へと帰っていく。
部屋の中は、外の街灯が照らすだけだ。そこは朝出た時とまったく同じ。古く湿った臭いがして、畳は何度掃除をしても埃っぽさが抜けない。汚れが目立つ壁、流し台と、換気口だけのキッチン、風呂とトイレの付いたこの四畳間が、今の私の、私だけの家だ。
バイトの面接で、一人暮らしをしていることを言うと必ず驚かれた。無理もない反応だと思う。高校卒業を期に一人暮らしを始める人は珍しくないけど、中学卒業後は、思い立つことはあっても実行する人間は中々いない。私自身、自分が普通であったならこうした生活はしていない。もしも人の心の声が聞こえず、普通であったなら。
でも、私は生まれつき普通ではなかった。
そして「他人の心の声が聞こえない」ことが普通とも知らなかった。気づいたときには家族との溝は修復不可能なほどに深まり、母は私を全身全霊で拒絶し、父は私をいないものとして扱った。
普通は、家族のいる場所が安らぎの場所になるらしい。でも、家族が揃って暮らすことは、私にとっても、家族にとっても、安らぎにはならない。私にとって家族と暮らし続けるということは、自分を嫌がっている相手の声を近くで聞き続けることだった。
だから私は、高校入学を機に家を出た。仕送りがあるとはいえその金額は多くはない。自分の生活を守るためには、バイトをこなさなければいけない。勉強だってしなければならない。けれど、あの家で暮らしていた時より、一人でいる今のほうが気楽だ。
それは多分、お互いそうなのだろう。
(第3回へつづく)
▼稲井田そう『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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