次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気
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テレパス女子×未遂系ストーカー男子!?「小説家になろう」で話題の純愛小説『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』試し読み①
「小説家になろう」で今話題沸騰中の異能青春ラブコメ 、ついに書籍化!
3月28日(土)に発売される『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』から、第1章を5回に分けてお届けします!
心の声が聞こえる女子高生・鏡花と、一見完璧な優等生、でも内心は常に鏡花への妄想で溢れている深見先輩の二人が繰り広げる、“笑えるのに泣ける”純愛小説をぜひお楽しみください。
◆ ◆ ◆
早朝、生徒が登校してくる校門前に、風紀委員長の深見先輩と並んで立つ。雲一つない青空の下、先輩は一人一人に挨拶をしながらも機敏に身だしなみの注意をしていた。その双眸は鋭くも涼やかで、大抵の女子生徒は頬を染めながら校門を通りすぎて行く。
深見先輩は、どこからどう見ても立派な風紀委員だ。けれど、今この場で最も心を乱しているのが彼であることは、私しか知らない。
(はぁ……澄み渡る空、舞い降りてくる花びらの中、俺の隣に立つ鏡花のなんと尊いことか! 神が鏡花と今すぐこの場で結婚式を挙げろと用意したシチュエーションに違いない。俺と鏡花を繋ぐ運命がそう言っている。ああ……)
近隣一帯に常軌を逸した大声が響く。隣に視線を送ると、先輩は前を向いたまま淡々と注意を続けている。本当に、どの口が言っているんだろうか。
横目で見て呆れつつ、今日も私は思う。
深見先輩は、間違いなく、病気であると。
* * *
高校に入学して今日で一週間。花が葉へと変わりゆく窓辺を横目に、私は指定された教室へ向かっていく。廊下の景色は入学案内のパンフレットで見たとおり。唯一異なるのは、私の前を二組のカップルが歩いていることだけだ。
そのうち一組は、一見穏やかそうで初々しい二人。恥ずかしそうに手を繋ぎ、ぽつぽつと会話を交わす。だけど、そこに青春の甘酸っぱさはない。
(サッカー部だからって付き合ったけど、全然部長に近づけないし……もういいやそろそろ別れよ)
(そろそろ付き合って三か月記念、でも何か冷めてきたんだよな……)
もう一組は、いかにも不良な男子生徒と真面目そうな女子生徒だ。何かを威嚇するように歩く男子生徒と彼に一方的に腕を引かれる女子生徒の姿は、どう見ても誘拐や拉致を疑う。けれど実際は、ただの重い彼氏とおっとりした彼女のカップルだった。
(何でこいつ昨日既読無視したんだよ。一分間に百件送るのはやめろって言われたのに送っちまったからか? 死にたい)
(引っ張ってもらうと楽だなあ。ああ、スマホの修理行くのやだなぁ……)
私は小さく溜息を吐き、二組のカップルの横を足早に通り過ぎる。
私─石崎鏡花は、他人の心の声が聞こえる。より正確に言うと、他人の心の声が聞こえてしまう。と言っても、それ以外は際立った容姿でもなければ趣味もない、普通の高校一年生だ。
他人の心の声が聞こえるようになったきっかけは、ない。生まれつきだった。
心の声はごく当たり前に、世界に溢れる音と同じように聞こえてくる。日常的な生活音や、自分の呼吸音よりも大きく聞こえ、聞く聞かないを自ら選ぶことはできない。だから私は、風の音や何かを軽く動かす音は、ほとんど聞いたことが無い。
そしてその声は、発信者の思いの強さによって、大きさが変動する。思いが強いほどに大きく、弱ければ小さい。建物や壁で遮られるようなこともないため、今、私がいる廊下の向こう、壁を隔てた会議室にいる先生たちの心の声もよく聞こえ、おおよその会議内容は把握できる。
こうして相手の姿が見えない状態で心の声を聞くことは、まだ平気だ。問題は先ほどのカップルのように、見た目や実際に話していることと心の声にギャップがありすぎる場合だ。そういう時、違和感が顔に出ていると不審な目で見られるのは私。突然聞こえるはずのない声に反応していたら、おかしな目で見られてしまうのも無理はない。だから私は、たくさん人がいる場所ではできるだけ下を向き、俯いてすごしている。
目的地─風紀委員の集合場所に辿り着くと、既に半分以上の生徒が着席していた。
黒板には『深見呼び出しにつき遅刻、座席は自由』とお手本のような几帳面な字が記されている。その前には、短めの髪を遊ばせ、いかにも軽そうな男子生徒が立っていた。退屈そうに眉を曲げ、せわしなく髪をいじる姿は、風紀委員会とは不釣り合いにも見える。
(深見早く来い……深見早く来い……! つうかまじで委員会始まるまでに深見来なかったらどうしよ。俺が進めるのか? いや普通に無理だわ)
聞こえてきたのは震えるような弱々しい声だ。見た目と心の声がだいぶ違う。よく見ると軽そうに見えるのは雰囲気だけで、髪形も服装もしっかり校則を守っていた。変な人だなと思いつつ、私はなるべくほかの人の視界に入らないように廊下側、一番後ろの席に座った。すると、前に立つ男子生徒が誰に言うでもなく口を開いた。
「わっりーな、一年。委員長は多分いつも通り来ないけど、うちは委員長みたいな二年がいて、そいつが仕切るから! そいつが来るまでちょっと待っててくれな~!」
作ったような笑顔が胡散臭い。心の声が聞こえていなかったら、絶対に関わりたくない人だ。ただ、私以外の新入生の緊張をほぐすには十分で、教室の空気が少しだけ緩んでいった。しかし対照的に、(間が持たねえ。勝手に説明始めるか……無理だわそんなん出来ねえってこの空気で……)と、当人の焦りと苦しみの声は増大していく。
「つまんないよなーこうしてても。俺の紹介でもしとく? 俺は二年の中岡。あ、おかは岡山のほうの岡ね。下の名前は新しいって書いて新。ちょー分かり易いっしょ? 趣味はベースいじり。よろしく~」
(何で俺自己紹介なんて始めちゃってんの? バカなの? 何で俺の知り合いはいないの? 教室間違ってるってことないよな? マジで今集まってんの風紀委員?)
どうやら黒板の前で焦っている男子生徒が中岡先輩で、委員長代理を務めるのが深見先輩という人らしい。
深見先輩とやらはどれくらい遅刻してくるのだろう。早く帰りたいし、さっさと来て委員会を終わらせてほしい。そう考えていると、中岡先輩は何かに気づいたようで、(あ! 西山さんだ!)と心の中で叫んだ。
視線を追うと、かなり小柄な女子生徒が教室に入って来た。彼女は寝癖のついた髪や背負ったリュックを揺らしながら、ゆったりとした動作で欠伸をしている。
「おー! 西山じゃーん!」
(西山さん来た。良かった~助かった、もう一人じゃない!)
中岡先輩の声は心の声とともに甲高く、喜びが隠しきれていない。そんな中岡先輩を気に留めるそぶりもなく、西山……多分、先輩は、半分目を閉じた状態で軽く頭を下げた。
「おはよ、中岡。あれ……何で委員会始まってないの……?」
「今深見待ってて……つうかお前の兄ちゃんどうしたよ、今日委員会って知ってるよな?」
「いつものー、おさぼり……?」
「まじかよ今日が初回だぞ?」
「深見来れば……だいじょーぶっ」
親指をぐっと立てた後、西山先輩は一番前の窓際に腰かけた。
中岡先輩も相当だけど、この人もすごい。気付かれないよう注意しつつ、私は西山先輩をちらちらと盗み見る。その心の声は曖昧で、言葉というより唸り声に近い。睡魔に襲われて、心の中もぼんやりしているのだろう。
「西山は何か一年たちに言うことある?」
「……え~。なんだろ……。しんどい時は、休もう……?」
「そういうのじゃなくて、もっとこう、新しく入ってきた一年にする挨拶的なやつで!」
「じゃあ……。深見が来るまで寝てていいよ、おやすー……」
言いながら西山先輩は、そのまま机に覆いかぶさった。中岡先輩が「西山!?」と、慌てて駆け寄るけれど既に遅く、西山先輩は眠り始める。
(え!? ちょっと西山さん起きて!? 俺を一人にしないで!? 寝てていいって何? 俺が深見に殺されるっしょ! 西山さん?)
中岡先輩は眠る西山先輩の机を叩くけれど、彼女は顔をあげようとしない。中岡先輩はこれ以上何をしても無駄だと悟り、手を止めてみんなに顔を向けた。
「……ま、まぁ自由な委員、的な?……うん。そういう場所だから、あんまり気負わないで、まあ適当にしてていーからさ」
はつらつと笑う中岡先輩の焦りに気づいているのは、私だけだ。自分にものすごく自信がありそうなのに、実は人目をものすごく気にする中岡先輩と、振る舞い通り他人に興味がなく心の内も穏やかな西山先輩、対照的な二人だ。
それにしても、深見先輩とやらはまだ来ないのか。時計を見たら委員会の開始時刻から十分が過ぎていて、溜息が出そうになった。
(よし、この子にしよーっ!)
明るい声が響いて、同時に軽く机を叩かれる。視線を向けると、隣に座る女子生徒が私に向かって微笑んでいた。
「こんにちは! 一年だよね、同じ!」
「……うん」
「やっぱり! 私も一年! 藤野未来! よろしく」
弧を描く唇は綺麗な形をしていて、小首を傾けたことで揺れた髪はさらさらと艶めき、瞳は大きく輝いている。初めて見る子だけど、この名前には聞き覚えがあった。藤野さんは、毎日必ず男子生徒から聞く名前だ。普通の声でも呼ばれているけど、心の声の場合は大抵名前の後に(可愛い)か(ああいう彼女が欲しい)と続く。だから一切会ったことがないものの、名前だけは強く印象に残っていた。確かに噂どおり、アイドルみたいだ。
ここが空席だったのは彼女の隣をめぐって争奪戦が繰り広げられていたからか。高校生活を送る上で、なるべく人と関わらないと決めていたのに、座席選びを失敗した。
「ねえ、なんて名前? 教えてよ~」
私の後悔など関係なく、藤野さんはこちらに興味津々だ。その心は(お友達になれるかな、なりたいな~)というご期待に沿えない言葉に占められている。
「石崎鏡花です、よろしくお願いします」
きっとこれから先、話すことはない。けれど彼女は「同い年なんだから敬語じゃなくていいよ~!」と私の肩に触れ、こちらに身を乗り出して来た。
「ねえ! 鏡花ちゃんは何で風紀委員会に入ったの? やっぱり深見先輩狙い?」
また深見先輩の名前が出て来た。そんなに有名な人なのだろうか。
(深見先輩、お金持ちらしいし~、絶対に私とお似合いだよ! スペック高いし!)
聞こえてくる心の声に反応しないようぐっと堪える。内心で自分の容姿を高く評価する人間は沢山いるし、そもそも藤野さんの自己評価は正しいものだ。でも内心であっても、ここまでストレートな人は中々見ない。
彼女の心の声曰く、深見先輩は学年でトップの成績を誇り、冷静沈着、常に礼節を重んじる模範的な生徒として校内でも有名らしい。そしていわゆるイケメンでファンまでいるようだ。でも、入学からまだ間もないというのに先輩目当てで委員会に入るとは……。
「私、その深見先輩って人、知らない」
「じゃあ私が教えてあげる! 深見先輩はねえ、超かっこいい先輩だよ! 完璧超人って感じ! 私入学したときにこの学校の良さげな男子全員調べたけどさあ、深見先輩がダントツ! 見たらすぐ分かるよ! 国宝だから! 私眼鏡男子に興味も無かったんだけどね、眼鏡最高! みたいな? すっごくかっこいいの!」
「へぇ……」
「……あれ。鏡花ちゃんは深見先輩目当てじゃないのに、何で委員会に入ったの?」
私が風紀委員会に入った理由。
それは、学費の為。お金だ。それ以外にない。
本来委員会活動はお金が支給されるものではないけれど、この学校は違う。ここでは独自の特待生制度があって、学年で成績上位者五名までは、授業料から交通費に至るまで学生生活に関わる全ての費用を学校側が負担してくれる。
そしてこの制度は、同等の成績を挙げた者がいた場合、学校への貢献度が査定対象に入る。委員会への参加、スポーツや芸術面での功績、学外での奉仕活動などを比較して、より貢献度が高い者が選ばれるのだ。高校入学後に一人暮らしを始めた私は、この特待生制度の特典を失うわけにはいかない。だから、勉強の時間が減るリスクをとってでも委員会に入ることにした。風紀委員を選んだのは、単純に消去法だ。
学級委員はやることが多いから論外、そもそもこの能力のせいで「クラスで浮いた暗い子」の地位を確立し続けてきた私には、誰かを率いるような役職は無理。体育祭や文化祭委員は同じ理由で難しいし、保健委員や図書委員は放課後の活動がメイン。放課後は勉強と書店、コンビニのアルバイトに勤しむ予定の私には、厳しい。
そうして残ったのが、風紀委員会だった。ポスター作製と朝の挨拶運動、昼休みの校内パトロールと、大体の活動は早い時間に設定され、放課後に残る仕事が極めて少ない。だから私は風紀委員会に入っただけで、何か志があるわけでは決してないし、学校を正したいとも思ってない。
ただ、お金の為に私はここに入った。
「委員会には入ろうと思ってて……。それであとは、流れで……」
「わあ! 鏡花ちゃんは真面目だねえ! えらい子だ! でも風紀委員にして絶対正解だよ! 深見先輩顔綺麗だから見てるだけで幸せになれるよ!」
(私と同じくらい顔綺麗だった。隣に並んだら超いいと思う! 私と並んで全然平気!)
「そうなんだ」
相槌を打ちながら思う。藤野さんの心の声は、すごい。全てに勢いがあるし、ここまで自分を肯定し続けることが出来たなら、きっと毎日楽しいだろう。ただ、彼女には申し訳ないけど、深見先輩の顔はどうでもいい。やたら仕事を増やしてきたり、放課後残るようにさえしてこなければ、性格だってどうでもいい。
でも、何だか不安になってきた。今のところ中岡先輩に、西山先輩、そして藤野さんと、これまで会ったことのないタイプが渋滞している。その深見先輩も、変な人だったりしないだろうか。
そう考えていると、(きた! 深見! 俺助かった!!)と中岡先輩の大きな声が響いた。
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