次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気
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鏡花に恋のライバル登場!?校内一の美少女・藤野に猛アピールされた深見は……『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』試し読み④
「小説家になろう」で今話題沸騰中の異能青春ラブコメ 、ついに書籍化!
3月28日(土)に発売される『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』から、第1章を5回に分けてお届けします!
心の声が聞こえる女子高生・鏡花と、一見完璧な優等生、でも内心は常に鏡花への妄想で溢れている深見先輩の二人が繰り広げる、“笑えるのに泣ける”純愛小説をぜひお楽しみください。
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◆ ◆ ◆
「今年も例年通り、次の生徒総会に向けた校則改定案についてのアンケートを実施します」
教壇に立ち堂々と宣言する深見先輩を見ながら、スカートの裾を握りしめる。今の深見先輩は正常に見えるものの、私が西山先輩に押されながら委員会室を訪れたとき、(羨ましい。俺も鏡花と仲良くしたいのに!)と言い放ったことを私は忘れていない。その時の声の大きさは、委員会が始まった今でも耳に木霊しているほどだ。どうかしている。
(鏡花ちゃん、深見先輩のこと怖いのかなあ……。早く誤解が解けるといいな)
どうやら眉間に皺が寄っていたらしい。私の隣に座る藤野さんが悲しそうに呟く。中岡先輩の誤解が、藤野さんにも感染した。どうやら彼女は今日以降も私のことを迎えにくる気のようだ。本当に、一刻も早く誤解を解きたい。じゃないと逃げられない。
「昨年の流れを踏襲し、アンケートを配布し回収、集計を行い、ポスターで結果を全校生徒に提示してから、委員会内で議論し来月の生徒総会にて委員長が提言します。なお、三年生は活動時期が修学旅行に重なることもあり、今回のアンケートは一年と二年が主導で行います。何か異論がある方はいますか」
どうやら生徒総会に向けて、今の校則について全校生徒にアンケートを取り、その結果をもとに委員会で話し合ってから校則改定案を作成するらしい。深見先輩の問いかけに、皆が無言で賛同の意を示した。
「それでは三年生の先輩方はこれで解散となります、お疲れ様でした。……では、一年と二年の生徒は黒板のほうへ」
深見先輩の言葉に従って一年と二年の生徒が黒板の前へと集まりだした。私も一番後ろをキープしながら教室の前へと向かう。
「今からアンケート調査の流れを説明する。二人一組のペアを作り、帰りのホームルームの時間に各教室でアンケートを配布、そして回収してくれ。各クラスの担任には伝えているから六時間目の授業が終わり次第ここに集まること。今回は一年、二年でペアを組む。一年は二年のサポートをしながら仕事を覚えるように」
「自分のクラスにアンケート届けるのじゃ駄目なんですか?」
深見先輩の説明に、どこからか質問の声が上がる。それは私も思った。
「それだと不正を疑われる可能性がある。アンケートの結果が偶然偏ったとしても、そのクラスに在籍する人間が単独で行なっていたとしたら疑惑の種は芽生える。そして、偶然だったとしても不正を否定するのは難しい。そういった可能性を少しでも潰す為に、学年を越えてペアを組み調査を行う。他に質問は?」
反論は受け付けないと言うように、深見先輩はしんと静まりかえる教室を見渡した。
「回収したアンケートの集計は全員で行う。基本的に全ての統括指揮は俺が取るが、結果を発表するポスターの制作指揮は西山に頼みたいと考えている。いいか西山」
「おうよーい……」
西山先輩はふらふらと手を振りながら気の抜けた返事をした。するとその様子を見守っていた中岡先輩の心の声が聞こえてくる。
(確かに、深見細かい作業下手なんだよな。手とかすげー震えてる時あるし)
なるほど、深見先輩は不器用なのか。まあそんなことはどうでもいい。問題はペアの組み方だ。二年生とペアを組むなら、深見先輩以外がいい。
「ではペアの決定方法だが、いつも通り二年一組の委員は一年一組の委員と……」
ペア決めは自分のクラスの組の番号で組む形式らしい。良かった。私は一年一組で、確か深見先輩は二年八組だったはず。だから一切関係ない。安堵していると、(あ!)と閃く声が中岡先輩から聞こえた。
「待った! たまには逆にしねえ? 一年一組は二年八組とペアにするとかさあ」
中岡先輩が深見先輩の声を遮って手を挙げた。心の中では(深見は八組だし、石崎も最後のほうで自己紹介してたから八組だろ? 危ねえ!)と危機を脱したように安堵している。確かに私は最後に自己紹介をした。でもあれは席順だから、クラスは関係ない。だから中岡先輩は、今まさに私に危機をもたらしてしまっている。
「しかし……」
「不正防止だろ。同じ方法ばっかじゃ、疑われることもあるんじゃねえの? たまには変えなきゃ!」
私が八組だと信じきっている中岡先輩は(今二人でペアはきついだろ)と私への優しさで押し切ろうとする。集団の前で気弱な心の声を発していた中岡先輩はどこへ行ってしまったのだろうか。人のためならば目立つ行動も厭わないということなのかもしれない。きっと中岡先輩はいい人だ。ありがとうございます。でも私、一組です。
「分かった。では一年一組の委員、石崎は、二年八組の俺と、そして一年二組の藤野は、二年七組の……」
もう二度と覆らないだろうペアの結果に、私は悟りを開いた。本当に穏やかな気持ちだ。むしろこの状況を作り出してしまった中岡先輩の方が(は? 石崎何で一組になってんの……?)と真っ青な顔をしている。ありがとうございます。でも私、最初から一組なんです。そう心の中で呟いていると、他の一年生たちは私に対して(厳しそうな先輩にあたって可哀想)と同情の声を上げた。しかし藤野さんだけは(これで二人の誤解が解けて仲良くなれたらいいな!)と、かなり前向きだ。ありがとう藤野さん、心配してくれて。でも無理だよ。
「ペアの振り分けは以上だ。ではこれからアンケート配布を始める」
深見先輩はそう冷たく言い放つと、心の中では浮かれた声で叫びだした。
(どうしよう! 鏡花と二人きりじゃないか! 何から話せばいいんだ? 愛している。永遠に幸せにする。ずっと一緒にいたい。結婚してくれ。いやしかし告白や求婚をする場としてこの場所はあまりに無粋では? 人前だし)
外面はまさに鉄壁で、面識皆無の後輩に妄言を連発しているようには見えない。朝と同じだ。そんな姿に嫌悪を抱く一方で、段々と慣れてきたようにも思う。私は何とも言えない疲れを感じながら、アンケートを配る深見先輩を眺めていた。
無言を貫く深見先輩と並んで廊下を歩く。六時間目の授業が終わり苦々しい気持ちで委員会室に向かうと、先輩は私を一瞥して「行くぞ」と言って廊下に出た。それから担当の教室でアンケートを配布し回収をしたけど、その間、一言も会話をしてない。それはこうして回収したアンケートを委員会室に運んでいる間も同じだった。
(車道側を歩く、さりげなく。歩幅が違うこともしっかり頭に置いておかなければ)
けれど心の中は雄弁で、狂った思考を繰り返している。当然廊下に車は通らない。だから車道側なんてものはない。廊下を車が通るなんて最早大事故だ。次の日のニュースでトップ記事になる。なのに先輩はといえば、真剣に私を架空の乗用車から守ろうとしている。狂ってる。
(家庭科室だ)
唐突に聞こえた比較的真っ当な単語。確かに家庭科室があるけれど、特に用はないはず。実際深見先輩は歩みを止めていない。様子をうかがっていると、先輩の喉仏が上下した。
(家庭……鏡花と、幸せな家庭を築きたい。鏡花の夫として隣に立ち、歩む者として恥じない自分でありたい。……はっ。駄目だにやけるな深見透悟! 俺と鏡花は未婚。今この気持ちを知られたら傷つけ怖がらせてしまう! 鏡花が俺のもとを去ってしまう!)
その通りだ。私は真っ当な単語からそこまで考えだしたその想像力に心底怯えているし、今すぐこの場を立ち去りたいと思っている。ただ、委員会から抜けられないために、出来ていないだけだ。
私はこの春の入試で学年四位、ぎりぎり特待生制度を受けて入学することが出来た。が、言ってしまえば今回出来ただけ。一位二位ならまだしも、四位なんていつ転落するか分からない順位だ。この間張り出された小テストの結果は四位をキープ出来ていたものの、五位とは僅差。定期試験でもっと差をつけなければいずれ抜かれる。
でも勉強時間をこれ以上増やすことは現実的じゃない。バイトもある。特待生制度を受け続けるしか、私には出来る術がないのだ。だから逃げられない。
(はぁ、落ち着いた……。これがいつか景色のいい並木道や公園、家に帰る為の道になると思うと感慨深いな。鏡花といろんな場所に行きたい。そして早く一緒に式場に行きたい)
私は、会って二日の後輩をどこかへと連れまわそうとする深見先輩を、警察署に連れて行きたい。
(……ん、それにしても、二人、志と場所、目的を同じくして出歩くということは、最早夫婦と言っても過言ではない……これは事実婚では)
先輩は、常軌を逸している。そして、この二日で、心の声を発するたびに狂気度と変態度の記録を更新し続けている。止まるところを知らない。そして明日もこの人は、記録を更新するに違いない。少しでもその願望を声に出してくれれば通報出来るのに。そう思いながら、私は廊下を歩いていた。
アンケート配布回収が終わった次の日。私は放課後の委員会室で、他の風紀委員と共にアンケートの集計をしていた。本当は昨日の放課後に集計を行う予定だったけれど、臨時の委員長会議があり、そこに代理として深見先輩が出席したことで集計は延期になったのだ。
委員長は、一体何なのだろう。委員会で集まったのは今回で四度目だけど、未だに会ったことがない。委員長も不在だし、私も今日の委員会をさぼろうとしたけれど、ホームルームを終え教室を出たら既に藤野さんがスタンバイしていて断念した。
そんな彼女は(今日深見先輩いないのかぁ、ちょっと残念だな)と私の隣で、肩を落としながら集計作業をしている。
そう、今日は深見先輩が不在だ。今日も臨時で開かれることになった委員長会議に、代理として出席している。会議へ向かう前(早く帰ってくるからな、鏡花)と心の中で声をかけてきたけど、普通に下校時刻まで長引いてほしい。
しかし、仕事に関して深見先輩は優秀なようで、自分が不在でも円滑に進められるよう黒板には指示が全て書かれ、用具も全て机に出されていた。分担もきちんと決められており、私たちが集計をする傍らで西山先輩がアンケート結果を発表するポスターの制作をしている。中岡先輩はその隣で、手元のアンケートをせわしなくめくっていた。
放課後の活動が少ないと聞いたから風紀委員会に入ったのに、実際に蓋をあけてみればこんなにも放課後に活動があるのは何なんだろう。そのせいでバイトのシフトも減らすことになったし、その分給料も想定していたよりは少ない。
無賃労働に、セクハラ。これが会社なら速攻でやめられるはずだ。なのにやめられない。
深見先輩は心の中で思っているだけで、実行しない。とんでもないことを思っていても、未遂で終わっている。私が心の声を勝手に聞いているとはいえ、本当に性質が悪い。
(そーいえば、今日も委員長って来ないなあ。顔ってかっこいいのかなあ?)
「前から気になってたんですけど、委員長って西山先輩のお兄さんなんですよね?」
ふと藤野さんが思い出したように西山先輩に問いかけた。しかし、ポスターに目を向けたままの西山先輩は「違うよ」と即座に否定する。
「えっ? 西山先輩のお兄さんですよね? 委員長って」
「違うよ。気のせいだよ」
「いや、西山の兄ちゃんだよ。委員長は」
否定を繰り返す西山先輩に、中岡先輩が見かねたようにフォローをする。けれど心の中では(確かに否定したい気持ちは分かるけど……)と困ったようにしていた。
「えー、西山先輩嘘つかないで下さいよー! どんな人なんですかお兄さん。まだ一度も委員会来ていませんよね? かっこいいですか?」
未だに姿を現さない委員長は他の二年、三年の心の声で語られるときはあるけど、どれも(逆に来ないほうがいい)(来られても困る)(深見がキレる)(会いたくねえ)と評判は散々だった。それは妹である西山先輩も同じなのか(ずっと来ないほうがいい……)と考えながら「……兄は、ごみ。兄ごみ」と呟く。
「ごみ!? 西山先輩お兄さんのこと嫌いなんですか?」
「ううん、兄がごみなだけ」
「えぇ~。せっかくの兄妹なのに~」
(私一人っ子だし、兄弟とか姉妹とか憧れるなー……)
藤野さんが一人っ子。それっぽいなとは思う。そういう私にも、家族は父と母だけで、兄弟や姉妹はいないけれど。
「あっ!」
声のするほう、中岡先輩のほうを見ると、アンケートを見つめながら青い顔をしていた。さっき、西山先輩の委員長が兄ごみである話のあたりから唸るような心の声が聞こえていたけれど、アンケートで不手際があったようだ。
「やべえな、一クラス、未回収じゃんか……」
「何組だ」
いつの間にか深見先輩が扉のところに立っていた。声が聞こえなかったのは、ここに来るまで無心だったからだろう。中岡先輩は怯みながら「たしか体育の着替えで遅くなったとかで集められなかったとか、俺聞いてたかも」と机に用紙を並べ、一クラス分あいた空白を指で指し示した。深見先輩は「二年四組か」と呟き、こちらに顔を向ける。
「なら、俺が行こう。すまない石崎、前回一緒に行ったよな。今回も頼まれてくれるか」
未回収分のクラスへ、深見先輩と行く。これで断ったらどうするんだろう。心の中では一択だけど、実際口に出していい答えはその真逆しかない。理不尽が過ぎる。
「分かりました、今行きます」
行きますというより、逝きますだ。何で私が行かなきゃいけないんだろう。前回行ったんだから免除してほしい。そんな私の願いは誰にも届かない。諦めながら立ち上がると、隣に座っていた藤野さんが何故か一緒に立ち上がった。
「あのっ鏡花ちゃんっ、深見先輩っ! 私も一緒にやりたいですっ!」
救世主だ。救世主が見える。深見先輩が多用してからは、本当に気持ち悪くて使いたくない言葉になっていたけど、今私には藤野さんが天使に見える。これなら、私は深見先輩と回収に行かなくて済む。藤野さんは「同じクラスの人間は駄目」というペア組の条件を満たしているし、問題ないはずだ。
「私、深見先輩ともっとお話ししたくて。私もついていっていいですか?」
藤野さんはとびきりの笑顔でそう言って、深見先輩のもとへ可愛らしく駆け寄っていく。心の声を聞くに今好意をはっきり示し意識をさせ、徐々に落としていく戦法、らしい。はつらつと笑い好意を向ける彼女の様子に周囲は色めき、その好意を一身に受ける先輩へ羨望の眼差しを向けていく。
しかし、深見先輩は全く関係ない私へと意識を向け始めた。
(あれ、鏡花薄着すぎないか? ブレザーを着用していない? 身体を冷やしてしまう!)
私を見ないで、目の前の藤野さんを見て、きちんと誠意のある返答をしてほしい。自分が見られていないことを彼女も不満に思ったのか、深見先輩の腕をとり宣言した。
「先輩っ、私先輩と一緒にアンケート回収したいですっ」
「……ああ、別に構わない、好きにすればいい」
深見先輩は腕を揺すられ我に返ると、頷いた。
藤野さんは心の声を聞くまでもなく、かなり分かりやすいアピールをしていると思う。なのにどうしてここまで無関心でいられるのだろう。挙げ句の果てに先輩は(あ、鏡花に勘違いされたくない)と考え始めた。しない。
「では私が藤野さんと交代で、ここで作業してますね」
自分の席に座り作業を再開しようとすると、深見先輩は「いや、石崎はそのままでいい。三人で行こう」と首を横に振り、教室の扉を開く。
(一度仕事を頼んでおいて、やっぱり必要ないなんて無礼なこと、鏡花に出来ない)
どうやら三人で行くことは覆らないらしい。藤野さんは「やった! 一緒に行こう!」と明るく私に笑いかけ、教室から出ていく。全然、やったじゃない。
私は集計していた用紙を静かに片付け、教室を出たのだった。
(第5回へつづく)
▼稲井田そう『次期風紀委員長の深見先輩は間違いなく病気』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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