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試し読み

言葉×音楽×恋——。少年少女の「ひと夏の青春」を描いたオリジナルアニメ公開迫る!【映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み⑤】

言葉×音楽をキーワードに、少年少女の「ひと夏の青春」を描いたアニメ映画、「サイダーのように言葉が湧き上がる」が7月22日(木・祝)に公開決定!
テレビアニメ「四月は君の嘘」のイシグロキョウヘイ監督による初のオリジナル劇場作品で、歌舞伎界の超新星・市川染五郎と、若手トップ女優・杉咲 花の競演にも注目です!
さらに、フライングドッグ10周年記念作品として、こだわり抜かれた音楽がスクリーンで弾けます。
最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がること間違いなし!
映画公開前に、監督自ら書き下ろしたノベライズの冒頭部分をお見せします。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み⑤

 私服に着替えて従業員用の出入口から外に出ると、目の前に広がる搬入口一帯は建物の影に覆われていた。停まってる大型トラックも、すっぽり影のなかに収まっている。まだ明るいけど、すこしずつ夕方に近づいているのがわかる。暑さもだいぶやわらいでくれた。
 ちょっとのどが渇いたな。今日、フジヤマさんを捜す時間が長くて昼からなにも飲んでない。僕は出入口のすぐ近くにある自販機でサイダーを買おうと思い、歩き出した。
 最近は甘くない炭酸水が流行はやっている。でも僕は、あれ、あんま好きじゃない。ちょっとくらい甘さが欲しい。あれってなんか、大人用って感じがする。
 自販機でいつものサイダーを買って、一口飲んだ。ほどよい甘みがのどを潤してくれる。やっぱこれが一番うまいでしょ。
 ふと、自販機のそばにある工事現場のバリケードのようなフェンスに目がいった。オレンジと黒の斜め線がしましまに走った鉄板と、その上の、白い布の目隠し部分に、またもグニャグニャな文字。
「群青に、垂直に立つ、大や……」
 これ、先週くらいにコメントしたやつだ。……またビーバーか。
 アイツ、今日も屋上のだろうな。帰ろうと思ってたけど、タフボーイのこともあるし、いってみるか。

 ショッピングモールの屋上は決まって駐車場があるけど、景色が変わらなすぎて迷子になりそうになる。建物のなかのエスカレーターやエレベーターの位置と、屋上駐車場の出入口が頭のなかで一致してくれない。お父さんと車で買い物にくるときもよくここに停める。で、帰りに自分たちの車を捜しまわる、なんてこともよくある。
 僕は屋上のエレベーターホールから駐車場に出た。屋根が無いので夕陽が一帯にふり注いでいる。エレベーターホール前は陰になっているので、ちょっと助かる。
 振り返って、四角い小屋のようなエレベーターホールの壁を見あげると横長の青い案内看板に《C出入口》と書かれている。これが目印。
 あたりを見まわす。ひとに見られていないことを確認した僕はホールの側面に移動した。胸の高さくらいのフェンスに素早くのぼり、ホールの壁に設置されたタラップに手をかけて、2mくらい先の屋上を目指す。
 のぼりながら、ひとに見られていないかまた確認する。ここからだと駐車場全体がよく見わたせる。車はたくさん停まっているけど、ラッキーなことにひとはぜんぜんいなかった。

 タラップをのぼりきって、エレベーターホールの屋根の上に降り立った。
 屋根の上は平場で広さは陽だまりの半分くらい。で、床一面にグニャグニャな文字。全部ビーバーの落書きだし、……全部僕の句だ。てかこのまえきたときよりも増えてない?
 ビーバーはここを秘密基地と呼んでいる。アイツがモールのお店から備品なんかを持ってきてはここに飾るのを繰り返した結果、おもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃついた場所へと様変わりした。どうやって持ちあげたのかわからないけど、子供用のショッピングカート──小田市のマスコットキャラ《おだ丸》の人形つき──があったり、ビーチパラソルや日よけテントまである。
 ビーバーは昔からいろんなところから物を持ってくる癖があった。ビーバーってあだ名は、アイツのそんな様子を見ていた僕がつけた。本名はたしかパブロだかパウロだったはずだけど、ビーバーのほうがいろんな意味でしっくりくる。
 ある日「秘密基地、見つけたぜぇ」とここに連れてこられたんだけど、そのときは物がなにもなかったのに、いまではドラム式の延長コードにつないだ扇風機すらまわっている。扇風機は日よけテントの方に向かって風を送っていた。
「ジャパンきゅぅ~ん」とヒカルンの声──ビーバーものまねバージョン──が聞こえてくる。日よけテント内ではビーバーがお面のようなものを顔の前にかかげて、くねくね体をくねらせていた。
 向かいには、腕組みしたまま微動だにせず、仏頂面でビーバーをにらみつける小太りの男。天然パーマに大きなメガネ、エプロンの胸元には3階の《ハンドオフ》のロゴ。はまるで大仏だった。
 ビーバーが顔の前にかかげているのはお面かと思ったけど、──ヒカルンの顔だ。さっき僕にぶつかってきたヒカルンと同じ、トイボックスとコラボしたスタンディ、の、頭の部分。
「ジャパンきゅるるぅ~ん。ヒッカルンだよぉ。やっとあえたねぇ~」
 微動だにしなかったジャパンの腕組みがゆっくりほどかれていく。右手がすーっとヒカルンにのびていき、素早く奪い去った。
「あ! ……へへ」ビーバーは頭をかきながら気まずそうな笑み。
「……最低かよ」やっとジャパンが声を出した。普段よりも低いので、めちゃくちゃ怒っているのが伝わってくる。
 ビーバーから奪ったヒカルンの首元は、よく見ると乱暴にちぎられた感じで、下半身はどうしたんだと思ったけど、すぐに見つけた。テントの脇にかわいいポーズで立っている。首なしで。
「取引は無しだな」ジャパンは静かに、でも怒りはひしひしと感じるテンションで言いながら、ヒカルンの首をそっと床に置いた。そのままそばにあった大きめのガラス瓶を手に取って背中側に移した。ガラス瓶のなかにはぺろぺろあめが大量に入っている。見るからに味のバリエーションが多そうな感じのカラフルな包み紙で、ビーバーの好物だ。
「おい! なんでだよ!?」
「首もげてんじゃねぇかバッカ!」
「からだもあるって!」
「そういう問題じゃねぇぇぇ!」ジャパンの悲痛な叫び声に思わずビーバーものけぞる。
 ジャパンはヒカルンの首を手に取ってよろよろとテントを出た。首を失ってホラーチックなスタンディの前で立ち止まって、ちぎれた部分に首をゆっくり重ねたり、離したりした。いや気持ちはわかるけどさ……。
 ジャパンはエプロンに書いてあるハンドオフでバイトをしている。もともとは知り合いじゃなかったけど、ビーバーづてで友達になった。19歳って言ってたから僕の二つ上。
 ハンドオフはリサイクルショップで、家電、ゲーム、服、楽器のほかに、誰が使うんだろうって感じのぼろいジャンク品なんかを大量に扱っている。3階にある店舗はけっこう広くて、それなりに繁盛してそうだった。「たまぁにレアなアイドルグッズとか売りにくるやつがいてさぁ、ホントはいけないんだけど、オレ、キープして自分で買っちゃうんだよね。あ、値段はもちろん店頭価格な。いや、このまえとかヒカルンのライブ会場限定アクキーが流れてきて──」うんぬん、話し出すとジャパンは止まらない。アイドルがすごく好きらしい。ジャパンていうあだ名の由来はよく知らないんだけど、もともと高校球児だったとかで、侍ジャパンの真似事? とかそんなだった気がする。
 一部始終を見ていた僕は腰をかがめてテント内に入り、ジャパンがいなくなって空いたスペースに座った。
「お、チェリー」ビーバーはジャパンがいない隙に飴の瓶を持ち出して、悠々と味わっている。
「ジャパンにあげるために、あのスタンディ持ってきたの?」
「こいつと交換条件でなー」ビーバーは口をチュポンと鳴らして飴を取り出した。
「交換できてないだろ」
「いやだから首もげてたってパーツ全部あんだから」また飴をくわえて満足そうに味わっている。
「そういえば、さっきタフボーイがビーバーのこと捜してた」僕も飴を一つ取る。
「タフボーイさんじょーう!」ビーバーはポケットに手を突っ込んで、リレーのバトンのような黒い棒を取り出した。「アイツの車に書いてやったぜ」それは見たことないくらい極太のマジックペンだった。たぶん油性でしょ。タフボーイも怒るはずだよ。
 僕は手に取った飴をなめないで「」と《下》の字を宙に書いてみせた。
「『下』じゃなくて『上』。あれじゃタフボーイ『さんじょう』じゃなくて、タフボーイ『さんげ』だよ」
「書いたってぇ」とビーバーは不満げだったけど、間違えてたって、ぜったい。

 だんだんと陽が落ちて、あたりはオレンジ色に染まりだしていた。
 僕はテントからパラソルの下に移って、ビーチソファーでくつろいでいた。ここからは田んぼが視界に入らないけど、大量の車と小田山系のりようせんがパノラマを作る。開放感があって、僕はこの景色がちょっとお気に入りだったりする。
 ビーバーはあの極太マジックペンで、床に僕の句を落書きしている。ビーバーとはキュリオシティで相互フォローしあっていて、こいつは僕のコメントを見ては落書きを繰り返している。
「へへへ。けっこううまくなってきたぜ」
「いやお前の落書き、グニャグニャで読めねぇーから。下手くそかよ」ビーバーのそばで見ていたジャパンが馬鹿にした感じで言った。
「落書きじゃねーって、タギングだバッカ」
「んだよタギングって」
「ヒップホップ知らねーのかよ。タギング。グラフィティ。そのへんの壁に文字とか絵がスプレーで描かれてんだろ? あれだよ」たしかに、街中で文字っぽい絵がいっぱい描いてあるの、よく見るな。電柱とか道路沿いの看板に。でもビーバーの落書きとは似ても似つかないっていうか、ビーバーのは本当にただの下手な字だけど。
「ヒップホップとか、興味ねーし」
「オレだってアイドルとか、ぜんっぜん」
「てかこれ全部チェリーの俳句だろ」
「チェリーので日本語の勉強さ」ビーバーは僕の向かい側のビーチソファーにドカッと座った。リクライニングを盛大に倒してベッドのように寝そべる。
「しゃべれんじゃん」とジャパンが不思議そうに聞いた。
「書けねーんだって。とうちゃんもスペイン語しか書けねーし」ビーバーはいま小六だけど、たしかに文字が書けないと困りそう。学校で教えてくれないのかな。
「フーン」とジャパンは納得した様子。
「僕の俳句、モールじゆうにタギングしてるだろ」
「団地にも書いといてやったぜぃ」
「やめろって、恥ずかしいし」テーブルの上のサイダーを手に取って一口飲む。
「なんでだよ。チェリーの、かっけーじゃん」
じゃなくて」なんだよ、ライムって。
「言ったってぇ」
 ふと、視界がまぶしくなる。思わず手に持ったペットボトルで視界をとじた。
 さっきまでビーチパラソルが陰を作ってくれていたのに、気づいたら陽が低くなって西日が僕の目元を照らしていた。
 ペットボトルのサイダー越しに、夕陽の光が射し込んでくる。
 泡と夕陽。ちょっと幻想的。夕陽……、いや、
「……夕暮れ」
 夕暮れのほうが、時間と空間を同時に表現できるかも。色の情報とか──。
「夕暮れの……」声に出してみる。上五はこれでいこっかな。
「なになに新作?」とビーバーが食いついてきたけど、いまは相手をする気になれない。「別に」と適当にかわして、僕はスマホを取り出した。キュリオシティは下書き機能もある。とりあえずメモろう。
 ケースを開いて、いつもみたいにキュリオシティを──。
「えっ!? なにこれ、誰の!?」
 すぐに気がついた。このスマホ、ケースが似てるけど僕のじゃない!
 ミントとバニラのバイカラーは同じだけど、なかのスマホ本体の色が僕のと違う。歳時記を挟むギミックもなくてカード入れになっている。厚さもない。
 なんで? ずっと持っていたのに……。
 ふとフラッシュバックする、アミューズメントコートでの衝突。
 肌色が白を侵食して、口元でキラリと光る──、
「矯正器……」

続く

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』作品紹介



小説 サイダーのように言葉が湧き上がる
著者 イシグロ キョウヘイ
定価: 682円(本体620円+税)

恋×音楽×俳句―。少年と少女の甘くはじけるひと夏の青春が走り出す――。
イシグロキョウヘイ監督自らが書き下ろしたノベライズが登場!
ノベライズでは映画にはないシーンも収録!


17回目の夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、
いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。
彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。

矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。
人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。


俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、
見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、
ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。


――最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000698/


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