小説 サイダーのように言葉が湧き上がる

市川染五郎×杉咲 花の競演が弾ける、ボーイ・ミーツ・ガールStory【映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み⑥】
言葉×音楽をキーワードに、少年少女の「ひと夏の青春」を描いたアニメ映画、「サイダーのように言葉が湧き上がる」が7月22日(木・祝)に公開決定!
テレビアニメ「四月は君の嘘」のイシグロキョウヘイ監督による初のオリジナル劇場作品で、歌舞伎界の超新星・市川染五郎と、若手トップ女優・杉咲 花の競演にも注目です!
さらに、フライングドッグ10周年記念作品として、こだわり抜かれた音楽がスクリーンで弾けます。
最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がること間違いなし!
映画公開前に、監督自ら書き下ろしたノベライズの冒頭部分をお見せします。
映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み⑥
「どうしよう……」あの子のスマホケースを見つめながら僕はひどく動揺していた。スマホを無くしただけじゃなくて、よりによって他人に見られるなんてキツすぎる……。いや、パスコードは解除できないか。でも歳時記仕込んでるし、変に思われるかも。なんか自分の部屋を
隠れるように日よけテントのなかにもどると、ビーバーとジャパンが僕の異変に気がついたのか、ふたりともテントのなかに入ってきて両脇に座った。ただでさえせまいテントが三人いっぺんに座ったせいで、ギュウギュウづめ感はマックスだった。
あの子のケースは同じブランドのもので、配色も同じだけど、このケースはミント地のところに同系色の星マークがあしらわれている。
──知ってる。これ春先に出てた限定品だ。普通のラインナップよりもちょっと高かったけど、すぐに売り切れてた気がする。
「どーしたんだよ?」とビーバーが聞いてくる。
「スマホ、取り違えたみたい」僕じゃなくて、あの子が。
「取り違えた?」
「たぶん、ぶつかったときに……」
「え、オレのせい?」ビーバーはまたも悪びれない態度。
ピリリリ──。不意の着信。
「かかってきた」とジャパンが冷静に言う。
「え? どうする!? どうしよ!?」
「でればいいじゃん」
そんな簡単に言うなって! 「オレ……無理……」僕は声を振り絞った。……オレ? 完全にテンパってる!
「ロック解除できなくても通話は受けられるって」ジャパンはこういうガジェット系の知識がすごい。
スマホの画面には《ジュリちゃん》の文字と、メガネをかけたマスコットっぽいアイコン。あの子の友達? てかこれに出てもジュリちゃんと話せるようになるだけであの子と通じるわけじゃ──。あ!
ビーバーが僕から無理やりスマホを取りあげたので「おい!」と叫んでしまった。ビーバーはスマホ画面の通話ボタンを
『もしもし?』
しかもわざわざスピーカーモードにしやがった! テント内に女の子の声が響く。あれ? この声、ぶつかったときの「きゃ」に似てるかも。
『もしもーし?』
「あ……う……」やっぱりテンパって声が出ない!
『……あの、聞こえてる?』
「ん……?」とジャパンが顔を寄せてきた、というかスマホの画面を凝視し始めた。「いまの……『聞こえてる?』って」と小さく声真似をしてなにか考えている様子。ジャパンの人差し指がおもむろにスマホへと向かっていって、ディスプレイに表示されたなにかのボタンを押した。
『ちょ!! なによ急に!!』
電話の声が極端にあわてた様子になった。『マスクどこ!? マリちゃん!!』あわてふためく声がスマホから聞こえる。マリちゃん? ジュリちゃんじゃなくて?
ジャパンがボタンを押したけどこちらがわにはそれほど変化がなくて、メガネキャラのアイコンが全画面表示になっただけだった。
「な、なに? どういうこと?」ジャパンに聞いても無反応で、さっきからずっと画面を凝視したまま。「どーしたんだよ」とビーバーも顔を近づけて画面をのぞき込んできた。
と、画面が急に切り替わって、女の子三人組が映し出された。
「あ」
真ん中にいるのは、あの子だ。あれ? マスクしてる。
「あの……」『あの!』同時に話してしまい、会話が
『そのスマホ、私のなんですけど……』マスクで口元が隠れているけど、困ってますって感じはビンビン伝わってくる。
「スマイル・フォー・ミー!」突然ジャパンの気持ち悪い
「あ、切れた」ビーバーの言うとおり、ジャパンが迫ったすぐあと、通話終了画面に切り替わってしまった。「えぇぇぇぇ!?」ジャパンの悲痛な叫び声。
「んだよいきなり。きもちわりーな」ビーバーがジャパンにさげすみの視線をぶつける。しかしジャパンは体をおこしてもビーバーに目もくれず「まじか……!! おいまじかよ、いまのスマイルだろ……!! ジュリ姉とマリちゃんも……!! もしかして、オレンジ・サンシャイン復活キタ……!?」興奮が抑えられないのか、ひとりごとをブツブツとつぶやきながら、体をふるわせた。
「なにブツブツいってんだよ。おい。ジャパンってば! なんだよスマイルとかオレンジ・サンシャインとか」
「現役JKキュリオスだよ! ……チェリーは知ってるだろ?」
僕は首をふった。知らないよそんなの。なに?
「バッカ! 《キュリオ・ライブ》ですげー人気の動画主だぞ! 超かわいい三姉妹でさ、昔はキッズキュリオスって感じでおもちゃのレビュー動画とか配信してたんだよ。最近ジュリ姉とマリちゃんが、あ、ジュリ姉は上の子でマリちゃんが末っ子な。スマイルは真ん中。んでなんだっけ……最近! ジュリ姉とマリちゃんがぜんぜん配信に出てこなくなってさ、スマイルだけでやってたんだけど不仲説とかネットでまわってよぉ、いやオレは信じないよ? オレンジ・サンシャインの仲の良さは異常」
言ってることの半分も理解できないんだけど。
「スマイルだけになってけっこうたつけどやっぱすげー人気なの! トータル100万アクセスは──」
ピリリリ──。
「出ろ出ろ出ろ!」と興奮するジャパンがなんどもスマホを指さす。
「いや無理だって……!!」
僕があたふたしている間に、またビーバーが勝手に通話ボタンを押した。
「おいっ!」『きゃっ!』
しまった! つい大声で、
「いやあの……! いまのは違くて……その!」
ビーバーはビデオ通話のボタンを押したんだろう、さっきと違ってもうすでに画面にはスマイルさんたちが映ってこちらを見ている。尋常じゃない引きかたをして……。
「あ、の……すみません……」
大声を出さなくていいときに限って、出てしまう。
キュリオシティならこんな失敗はぜったいしないな。文字ベースだし。
非難の視線を浴びながら、そんなことを思った。
この続きは本編でお楽しみください
『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』作品紹介
小説 サイダーのように言葉が湧き上がる
著者 イシグロ キョウヘイ
定価: 682円(本体620円+税)
恋×音楽×俳句―。少年と少女の甘くはじけるひと夏の青春が走り出す――。
イシグロキョウヘイ監督自らが書き下ろしたノベライズが登場!
ノベライズでは映画にはないシーンも収録!
17回目の夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、
いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。
彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。
矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。
人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。
俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、
見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、
ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。
――最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000698/