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試し読み

コミュニケーションが苦手な少年と、マスクで素顔を隠す少女の、ひと夏の青春が走り出す――。【映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み②】

言葉×音楽をキーワードに、少年少女の「ひと夏の青春」を描いたアニメ映画、「サイダーのように言葉が湧き上がる」が7月22日(木・祝)に公開決定!
テレビアニメ「四月は君の嘘」のイシグロキョウヘイ監督による初のオリジナル劇場作品で、歌舞伎界の超新星・市川染五郎と、若手トップ女優・杉咲 花の競演にも注目です!
さらに、フライングドッグ10周年記念作品として、こだわり抜かれた音楽がスクリーンで弾けます。
最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がること間違いなし!
映画公開前に、監督自ら書き下ろしたノベライズの冒頭部分をお見せします。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み②

 更衣室でバイト着に着替えた僕は、快適に冷えたモールのなかを通って1階のセントラルコートに向かった。
 その奥に、デイサービス陽だまりはある。
 ここはいわゆる通所介護の施設。老人ホームに入るほどじゃないひとたちが日中やってきて、食事や入浴をしたり、機能訓練──体の機能を維持する運動──をする。僕はバイトスタッフとして先月から働いていて、通ってくる老人たちの相手をしている。といっても基本は社員さんたちのサポートばかりだけど。

「おはようございます」と店内に入っていくと、ケアマネージャーのナミさんが勢いよくこちらを振り向いた。八の字にゆがんだまゆが「すげぇ困ってます!」とアピールしている。ああ、またいつものやつかな。
「チェリィ~」手を振りながらナミさんがやってくる。「入った早々で悪いんだけどさぁ」と申し訳なさそうに──なんだけど妙に軽い感じで手を合わせて体をくねらせると、ふわふわの金髪ツインテールもくねくね揺れた。僕より6、7歳上だったはずだけど、なんか若いなって思う。
「フジヤマちゃんさ、また、探しにいっちゃったみたいで。たぶんまたモールのなかじゃねーかな」
 ほら、やっぱり。
「ナミさーん」部屋の奥からスタッフのあき子さんもやってきた。あき子さんはナミさんの後輩で、ショートカットがさわやか──なのに耳にはピアスがいっぱい。ギャップがスゴイ。ちなみにふたりとも、元ヤンなんだって。でもぜんぜん怖くないし、僕や陽だまりの老人たちにも優しく気さくに接してくれる。軽いノリがちょっとムリなときもあるけど、表面上のコミュニケーションというか、あまり僕に深入りしてこないところが逆に助かった。
「フジヤマちゃんて、いっつもなに探してんですか?」
「なんかー、レコード探してんだって」
「レコード? ……って、こんなの?」あき子さんは両手で大きな輪っかを作った。
「それそれー。でっかいCDみたいな? たぶんだけど」
「たぶんて」
「あんま詳しく教えてくんないんだよねぇ」
「そーなんだ」
 ふたりの会話をだまって聞いていた僕は「じゃ、捜してきます」ときびすを返して陽だまりを出た。

 フジヤマさん──。陽だまりに通う物静かなおじいさん。たんぽぽの綿毛みたいなぼさぼさ頭と鼻からずり落ちそうな老眼鏡が特徴。
 フジヤマさんは僕の、俳句の師匠だったりする。といってもテクニックを教えてもらうとかじゃなくて、俳句談義をするくらいだけど。
 フジヤマさんの趣味が俳句だって知ったのはつい最近のこと。
『初明けや老いてこそ人生爆発』陽だまりに飾ってあったフジヤマさんの掛け軸のインパクト、いまでも忘れられない。
 人生が爆発? 老いてこその《こそ》はフジヤマさんの実感? どういう感覚なの? 疑問やら興味やらがぶわっと湧いた。
 勇気を出して僕から話しかけたのが、僕たちの始まり。フジヤマさんも口数が少なかったし、気が合ったっていうか、僕たちは自然といっしょにいることが多くなった。

 そのフジヤマさんが最近、レコードを探しにモールのなかを一人ではいかい──するようになった。

 エスカレーターで上にのぼりながらセントラルコートを見おろして、フジヤマさんを捜す。……いないな。
 かわりに目につくのは僕と同年代の学生集団や小学生っぽい子供たち。いつも老人や主婦のグループが座っておしゃべりしている通路の常設ソファーは、ヤンチャなキッズたちに占拠されてゲーム会場と化している。
 こういう光景を見ると、夏休みだなって思う。
 ゲームセンター、フードコート、カフェ、映画館、洋服屋、雑貨屋、無料Wi‐Fi、冷房で快適な空間に、ソファー。そりゃみんな暇ならここに集まるよね。

 3階のフードコートへつくと、お昼過ぎとは思えないほどすごいにぎわいだった。
 楽しげなしゃべり声や食器がぶつかりあう音が暴力的に襲いかかってくる。
 うるさいな……。
 フードコート中を捜しまわったけどフジヤマさんは見あたらなかった。このまえはここにいたのに。
 隣接の野外テラスに出てみたけど、ここにもフジヤマさんはいない。かわりにいるのはけだるげなオッサンや行儀の悪い学生グループだけ。
 このテラスは金属製のテーブルがいくつか並んでいて、屋根で日陰になっている。開放感があって景色も良い。けど基本的には屋外だし、夏の蒸し暑さがちよくでまとわりついてくる。だからこの季節は利用客が少ない。
 ふとテラスから望む田園風景に目がいく。
 いつも僕が通っている農道が、用水路の反射光をまとってキラキラしている。その近くから、白い点々の塊が、うねうねと形を変えながら空に飛んでいった。
 シラサギの群れだ。
 目で追いながら、フォーカスを段々遠くに送ってみる。どこまでもつづく緑の平地。空をジグザグに切り取る小田山のりようせん。真っ青な空に、巨大空中ようさいのような入道雲。高いところから見渡すと、あらためてその広大さがわかる。
 ──僕は来月、この街を引っ越す。
 お父さんの転勤に伴って……ってやつ。極々ありふれた理由。この街に未練も執着もないし、別に構わないけどさ。
 子供のころから見慣れたこの景色を前にしても、センチメンタルな気持ちは、ぜんぜん湧かなかった。
 フジヤマさん、もしかしたらモールの外に出ちゃったのかもな、と田んぼを見ながらふと思った。

 2階の通路を捜していると、上の方から「チェリーきゅ~ん!」と気持ち悪いイントネーションで僕を呼ぶ声がした。ふり向いて見あげると、吹き抜けの手すりから顔をのぞかせていたのは、最近大人気のアイドル《ヒカルン》ことあまがわヒカル──が印刷された等身大スタンディ。かわいらしくポーズを取ったヒカルンの笑顔が「こっちみてぇ~」と小刻みに揺れている。
「ぜんぜん似てないよ、その声真似」
「え? まじ?」と看板の奥から顔を覗かせた少年。メキシコと日本のハーフでっすら小麦色の肌に青いひとみ、ナミさんと同じく金髪──まあコイツは刈り上げてるけど──いかにもイタズラ好きそうなニヤけた口元。
「……ビーバー」
 年は離れているけど、ビーバーとは幼稚園に入るまえからの知り合いだ。いつも落ち着きがなくてウザいときもあるけど、嫌いじゃない。ちなみにビーバーの家は向かいの4号棟だ。
「そのヒカルン、|《トイボックス》のポップだろ?」
「あったりぃ!」トイボックスはモールの2階にあるちょっとオシャレな雑貨屋。僕がスマホケースを買ったお店だけど、アイドルグッズからマニアックな本まで無秩序に陳列された店内が特徴で、そのトイボックスとヒカルンがコラボした等身大スタンディが最近店先に飾られていた。
「勝手に持ち出すとまた怒られるぞ」
が欲しがってんだよ。これ店の前でずっと置きっぱだったろ? アイツビビりだから自分じゃパクれねーんだ」パクるって、盗んでるって意識はあるんだな、一応。
「ビーバァァ!」不意に怒声が響いた。この声も知っている。
「やべっ、元プリ!」ビーバーはヒカルンを抱えたまま怒声と反対方向へ逃げていった。そのあとをみんなに元プリと呼ばれているモールのフロアマネージャーが鬼の形相で追っていった。
「アイツたしか、まえはなえのプリンセスホテルで働いてたとかで、だから元プリって呼ばれてんの」とはナミさん談。「元プリって! クソだせぇ」とゲラゲラ笑ってもいた。
 元プリは──このひとも金髪だけど──スーツ姿がビシッと決まっているのに、本気で怒ってビーバーを追いかける姿はちょっとこつけいだった。
 ビーバーと元プリを見送ったあと、陽だまりがある1階までフジヤマさんを捜しながらおりてきたけど、結局見つからなかった。
 僕はそのまま出入口に向かった。

 外に出るとそこは500台は停められそうな広い駐車場なんだけど、アスファルトと排ガスのせいで野外テラスよりも熱気がすごい……。
 駐車された車の列を縫いながらフジヤマさんを捜したけど、やっぱりいない。フジヤマさんの綿毛頭はけっこう目立つから見つけやすいんだけどな。
 幹線道路沿いの駐車場出入口近くまでくると、スッと気温が低くなった気がした。足元を見て、自分が大きな影のなかに入っていたことに気づく。視線を上げるとそこには高さ5mほどの縦長な立体看板。これが陰を作って涼を生んでいた。看板中央にはヌーベルモール小田のロゴがデカデカと飾られて存在を主張している。
 そこで気づく。そのロゴの真下、スプレーで書かれたグニャグニャの文字。一字一字のサイズがバラバラだし、そもそも書き順があやしそうなその文字を、なんとか読み取る。
「上を向くものの多さよ、夏来る……」これ、僕の句だ。
 この文字、もしかして……。

 フジヤマさんを捜しながらモールのまわりを歩きまわってビックリした。
 よく見ると店の壁、鉄柱、看板、いたるところに僕の句が落書きされていた。もちろん僕が書いたんじゃない、全部ビーバーだ。アイツ……だけじゃなくてこんなとこにも。恥ずかしいって!
 不意に、額の汗がまぶたを伝って目に入った。
 空を見あげると、カンカン照りの太陽。最近は猛暑つづきで「観測史上最高の気温が──」「熱中症患者が過去最高を記録し──」みたいなニュースキャスターのコメントがインフレを起こしていた。
 今日の暑さ、ちょっとヤバいかも。いつもはすぐ見つかるのにこんな暑い日に限って……。はやく見つけなきゃ。
 僕は捜索範囲を広げて幹線道路沿いの田んぼに向かった。

 幹線道路と並走した広めの歩道をゆっくり歩きながら、僕はあたりを見まわしてフジヤマさんを捜した。歩道は人通りが極端に少なくて、その広さを持て余していた。
 バサバサ──。と不意に羽音のかたまりが聞こえた。田んぼの方からだ。
 見てみると、シラサギの群れが低空を飛んでいた。テラスから見たときは白い点だったけど、この距離から見ると羽を広げたシルエットまではっきりわかる。
 群れが農道の上を通過していく。群れの真下、農道にポツンとたたずむ、たんぽぽ頭。
 ……カカシじゃない! フジヤマさんだ!
 体調が悪そうには……見えないな。遠くからだけどしっかり立っているのがわかる。よかった、見つかって。
 幹線道路を小走りで横断して、僕はフジヤマさんのもとへ向かった。

 駆け寄るにつれてシルエットがはっきりしてくる。フジヤマさんは農道の真ん中に立って、両手で持った四角い30㎝角の紙板──レコードジャケットをじっと見つめていた。
 フジヤマさんが探しまわっている例のとは、このレコジャケの中身、レコードの円盤だ。
 さっきナミさんがあき子さんに話していたけど、どんなレコードなのか、どんな曲が入っているのか、そもそも曲が収録されたものなのか、僕も知らない。
 フジヤマさんが以前、レコジャケを見つめながら「もう一度、聴きたい」とつぶやいていたのは見たことがある。探しまわるくらいだから大切なものなんだろうけど、すごいレアなレコードとかかな。
 駆けつけた僕は、すこし中腰になり背の小さなフジヤマさんの耳元に顔を近づけて「フジヤマさーん」と声をかけた。……無反応。目の前に立った僕には目もくれないで、レコジャケに印刷された写真──桜並木と鉄塔のようなものが写っている──をじっと見つめている。いつものことだから慣れてるけどさ。
 フジヤマさんは極端に耳が遠い。なのに補聴器をつけていないから、話しかけてもこんな感じなのはざら。僕の声が小さいのが原因……とは思いたくない。
 そういえば、フジヤマさんに顔を近づけて気づいたけど、ぜんぜん汗をかいてない。
 しわくちゃな顔には一滴の汗もついていないし、シャツの襟もカラカラに乾いて見える。こんなカンカン照りなのに。
 僕はフジヤマさんの耳元にもっと近づいて、自分的最大音量で呼んだ。
 フジヤマさんがゆっくり顔を上げて僕を見た。やっと気づいてくれた。
「見つかった? レコ──」
「おぉぉチェリーィぉかぁ!」
 気づいたら僕はヘッドホンで耳をふさいでいた。フジヤマさん急に大声出すの、ホントやめて……。
 僕はヘッドホンを着けたままフジヤマさんの大声を警戒しつつ「見つかった? レコード」とあらためて聞いた。
 フジヤマさんは「ほうほう」と首を振った。今日も見つからなかったんだ。
「そっか。じゃ、もどりましょう」フジヤマさんに手を差しのべると、フジヤマさんも僕の手を取った。
 フジヤマさんの歩幅に合わせていっしょに歩き、僕たちはモールへ引き返した。

続く

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』作品紹介



小説 サイダーのように言葉が湧き上がる
著者 イシグロ キョウヘイ
定価: 682円(本体620円+税)

恋×音楽×俳句―。少年と少女の甘くはじけるひと夏の青春が走り出す――。
イシグロキョウヘイ監督自らが書き下ろしたノベライズが登場!
ノベライズでは映画にはないシーンも収録!


17回目の夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、
いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。
彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。

矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。
人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。


俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、
見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、
ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。


――最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000698/


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