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試し読み

市川染五郎×杉咲 花の競演が弾ける、劇場オリジナルアニメが7月22日(木・祝)公開!【映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」公開記念試し読み①】

言葉×音楽をキーワードに、少年少女の「ひと夏の青春」を描いたアニメ映画、「サイダーのように言葉が湧き上がる」が7月22日(木・祝)に公開決定!
テレビアニメ「四月は君の嘘」のイシグロキョウヘイ監督による初のオリジナル劇場作品で、歌舞伎界の超新星・市川染五郎と、若手トップ女優・杉咲 花の競演にも注目です!
さらに、フライングドッグ10周年記念作品として、こだわり抜かれた音楽がスクリーンで弾けます。
最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がること間違いなし!
映画公開前に、監督自ら書き下ろしたノベライズの冒頭部分をお見せします。

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』試し読み①

さよならは言わぬものなりさくら舞う

 花火が、いくつも打ち上がる。
 夜の闇をカラフルに打ち消していく。
 八月の田園を、赤に、青に、だいだいに。
 光は、無機質にたたずむ巨大な工場の、その薄灰色の壁を、年に一度この蒸し暑い季節にだけ様々な色に染める。

 花柄の浴衣ゆかたを着た女と、工場の作業着姿の男。
 レジャーシートに隣り合って座っている。
 光が夜空に広がるたび、ふたりもカラフルに照らされる。
 赤に、青に、橙に。

 花火から視線を外して、彼は彼女を見つめる。彼女もそれにこたえる。見つめ合うふたりの距離がゆっくりと縮まっていき、唇が重なる。
 瞬間、カチッという硬い音。
 両手で口元を隠して、真っ赤にほほを染める彼女。
 優しく微笑みながら彼は首を振る。
 口元を隠していた両手がゆっくり下がっていき、ふたりの笑顔が、だんだんと近づいていく。
 カチッという硬い音。


 唇は、離れない。


十七回目の七月君と会う

「空遠し、青田の上を、たゆたう日」
 思いついた句を、僕は小さく声に出してみる。意識して。
 ベランダの窓越しに青空と入道雲。青田は向かいの4号棟に隠れてここからじゃ見えないけど、入道雲をたゆたう日って表現したのは、いい感じかな。
 今日は七月二十日。土曜日。高校最後の夏休みが始まった。
 中途半端にエアコンが効いているこの団地の六畳間──僕の部屋は、外の熱気に負けてちょっと生ぬるい。壁に貼った大量の俳句アイデアメモとか本棚に並んだ月刊『俳句』のバックナンバーも、暑さにやられてうなだれて見える。先週届いた《アラカワ引っ越しセンター》って書かれた段ボールの束だけが、窓際にピンと立って存在をアピールしていた。
 今日は13時からバイトだ。そろそろ出なきゃ。
 最近お気に入りのウエストポーチをたすきがけにした僕は、勉強机の上のスマホケースを手に取った。このまえ《トイボックス》で見つけたバイカラーの手帳型ケース。ミントとバニラの配色がなんとなく自分に合っている気がして衝動買いしたやつだ。
 なによりこのケースは、スマホの反対側に本が仕込める仕様になっている。つまり、
 あともうひとつ机の上に重要なアイテム。ノイズキャンセリング機能付きの密閉型ワイヤレスヘッドホン。それを、いつものように首にかけた。
 ダイニングから響くお母さんの「いってらっしゃーい」に軽くうなずいて、僕は生ぬるい部屋を出た。

 団地を抜けると、地方都市特有のデカい幹線道路が住宅街を貫くように延びている。道路をさらに進むと視界が開けてだだっ広い田んぼが現れる。日陰が無くてアスファルトの熱がそのまま跳ね返ってくる歩道を歩いていた僕は、いつものように田んぼの方へと進んでいった。
 農道のわだちを進んでいくと、聞き慣れた用水路の水音が近づいてきた。
 水田は青々とのびた稲がびっしり。水と葉っぱが混ざった田舎っぽい匂いが濃くなる。毎年、この匂いがすると夏がきたなって感じがする。
 ふと稲の根元に目がいく。雨がふってるみたいに波紋がいっぱい広がる。もちろん、雨なんかふってなくて、
「アメンボ……」
 僕はポケットからスマホを取り出してケースを開いた。右側にはスマホ。で、左側には、歳時記。
 歳時記って、俳句を始めるまで存在すら知らなかった。簡単に言うと季語の辞書。俳句には季語がマストだから、俳人は素人からプロまで誰でも持っている。
 スマホのアプリ版もあるけど、なんとなくアナログな本のほうが使いやすい気がしている。ちなみにこれ、お父さんからの借り物なんだけど。
 総索引のア行からアメンボを調べてみると、

P215 夏・動物
水馬[あめんぼ] 
あめんぼう・かは蜘蛛ぐもみづ蜘蛛ぐもみづすま
〈激流の一隅にゐる水馬 橋本鶏二〉

 ──瞬間、一句ひらめく。
 スマホをタップして《キュリオシティ》を立ち上げた。すばやくフリック入力して《コメント》ボタンを押す。もちろん《#俳句》と付けて。

チェリー@俳句アカ
水馬や
水面みなものこ
波紋かな
#俳句


 チェリーっていうのは僕のあだ名で、みようくらだから誰かがサクラと掛けたんだと思うけど、気づいたら僕はチェリーってことになっていた。
 僕がスマホを持ち始めた中学生のころには、この短文型SNS《CURIOSITY:キュリオシティ》がすでに世界を席巻せつけんしていた。《コメント》っていう短文の投稿でタイムラインはいつもにぎわっていて、そのブームは僕が17歳になったいまでもつづいている。
 タイムラインに表示されたコメントを見て、あらためて思う。キュリオシティって、僕に合ってる。会話とかそんなに好きじゃないし得意でもないから、文字だけで成り立つコミュニケーションのほうがしっくりくる。
 実は俳句と出会ったのもキュリオシティだ。
 たまたまタイムラインに流れてきた有名な俳人の句が想像よりも自由で。
 もともと俳句って古風な文化のイメージがあったし、国語の授業でもぜんぜんピンとこなかった。でも『俳句は写真で瞬間を切り取るような感覚』っていう誰かのコメントはめちゃくちゃわかりやすかった。スマホのカメラに慣れ親しんだ僕たちの世代には、その説明はすごくしっくりくる。試しに何句か作ってみると、自分でも驚くほどすらすらできた。
 それからずっと、キュリオシティに僕の句をコメントしつづけている。
 フォロワー数は……四人。《いいね》も……ぜんぜんつかない。まあ完全に自己満足の世界だし、べつにいいけどさ。
 ふと視線を上げると、田んぼの向こうに巨大な箱型の建物。
 地元民がこぞって集まる場所。で、僕がいままさに向かっている目的地 《ヌーベルモール》。どこにでもある、全国チェーンの巨大なショッピングモールだ。あのなかにある《デイサービス陽だまり》が、僕のバイト先。
 夏休みに入っても、僕の日常は、この巨大なモールのなかに全部そろっている。
 ピロン──通知だ。なんだろ?

【CURIOSITY】
 まりあ☆さんがあなたのコメントにいいねしました


 そういえば一人だけ、毎回必ずいいねをくれるひとがいた。
 まあ、僕のお母さんなんだけどさ……。


続く

『小説 サイダーのように言葉が湧き上がる』作品紹介



小説 サイダーのように言葉が湧き上がる
著者 イシグロ キョウヘイ
定価: 682円(本体620円+税)

恋×音楽×俳句―。少年と少女の甘くはじけるひと夏の青春が走り出す――。
イシグロキョウヘイ監督自らが書き下ろしたノベライズが登場!
ノベライズでは映画にはないシーンも収録!


17回目の夏、地方都市。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、
いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。
彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。

矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。
人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。


俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、
見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、
ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。


――最もエモーショナルなラストシーンに、あなたの感情が湧き上がる!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000698/


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