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試し読み

ヒューマンエラー研究の第一人者が、行き詰まりを迎えつつある安全対策に警鐘を鳴らす『失敗ゼロからの脱却』を試し読み!

労働災害、交通事故、航空機の墜落、鉄道の脱線や衝突、医療事故など、ヒューマンエラーの最前線を研究し続けてきた芳賀繁教授が提唱する、新時代の安全マネジメントとは。
行き詰まりを迎えつつある「現場の疲弊」に斬り込む一節を、本書から紹介します。

 ◆ ◆ ◆

 増えるルールに疲弊する現場

 セーフティマネジメントシステム(SMS)を導入した事業者は、毎年度安全目標を立て、その目標達成に必要と考えられる安全対策(掛け声だけの対策もあるが)を施行し、年度毎にレビュー(振り返り)をして、反省すべきは反省し、新たな目標に向けて次年度の活動を開始する。このプロセスにはトップマネジメントがコミットすることが制度化されている。形だけでも社長が出席する会議で、安全活動の振り返りと次期目標が決定される。トップは自社の安全に無関心ではいられなくなった。運輸安全マネジメント制度などでは、国土交通省による外部評価の際に、社長も調査官から面接を受ける。おかげで、組織を挙げて熱心に安全活動に取り組む会社が増えたように思われる。
 一方、組織のSMS活動を支える安全スタッフは大変である。会議が多くなり、用意したり保管したりする書類が増え、現場に行くより事務所でパソコンに向かっている時間が長くなった。QMS(品質管理システム)が品質のバラツキを小さくすることを目標にするように、SMSでは人間のパフォーマンスのバラツキを小さくすることが目標になる。そのため、作業手順が細かく規定され、皆が同じやり方で同じように作業することが強制されるようになった。エラーを減らすには、エラーが起きにくい作業方法を決めて、それを皆が守るのが手っ取り早いからである。
 安全管理体制が整っていないところ、安全のためのルールがちゃんと決められていないところ、事故や労働災害が頻発しているところではSMS導入は絶大な効果を発揮するに違いない。しかし、現在のわが国の事業者の状況はそうではない。事故の件数が既に少なくなっている中で、SMSを推進した結果、既に十分すぎるくらいにある作業ルールがさらに増えた。ルールを守ることが安全目標を達成するために最重要なこととみなされ、現場は決められたとおりに作業を行うこと、決められたこと以外はやらないよう命じられる。ルールに決められていないことに直面したときは、自分勝手に判断せず、必ず上の判断を仰いで、その指示に従うよう指導される。これでは仕事に誇りが持てるわけがない。仕事の質も低下するだろう。
 とりわけ事故リスクの高い職場では、仕事をうまく進めるための工夫、よりよい品質のものを効率的に作る工夫、よりよいサービスを効果的に提供する工夫は抑制され、決められたことを決められただけ、何も考えずに実行するよう求められることが多くなった。その結果、現場第一線はいざという時に自分で判断することができず、細かいことまでいちいち上にお伺いを立てる。
 また、数値目標を立てて達成度を評価するため、件数の多いインシデントやエラーの削減が目標になりやすく、数年、数十年に一度起きるかもしれないような大事故の予防対策は忘れられがちである。
 書類や書類に書かれた数字だけをチェックする監査にも問題がある。現場で実際にどのような作業が行われているかの監査は、ほとんど行われないのだ。そのため、文書上の作業方法と、実際に現場で行われている作業実態が異なっていても監査に通ってしまう。たとえば、JR北海道のはこだて本線で二〇一三年に発生した貨物列車の脱線をきっかけに、レールの幅の補修が必要な箇所が何百箇所も放置されていたことが明らかになった。経営難のために資金が不足していて、直すべき線路が直せないでいたのだ。しかし、監査があるので、そのことを隠すためにデータを改ざんしていた。国土交通省による監査ではそれを見抜くことはできなかった。

 エラー対策の悪循環

 子どもが怪我をしないよう、児童公園から箱ブランコ、回転塔、遊動木などが次々と撤去されている。子どもの周りから危険なものを遠ざけることによって事故を防ぐという方法は、子どものリスク感覚を鈍らせるのではないかと懸念する声がある。しかし、似たようなことは大人の職場でも行われている。
 ある会社では、カッターナイフでこんぽうを解いたり、封筒を開封したりする際に手指を切って怪我をすることを防ぐため、仕事でどうしても必要な人以外はカッターナイフを使うことを禁止した。そして、机の引き出しにあったカッターナイフを提出させて取り上げたのである。この会社の社員はこの措置を「刀狩り」と呼んだ。
 別の会社では、ちゆうぼうで働くアルバイトやパートタイマーが包丁で手を切る事故があってから、包丁を使う際にケブラー繊維でできた耐切創手袋の着用を義務づけた。そうすれば確かに怪我は防げるだろうが、厚手の手袋をして食材を切ったり盛りつけたりした料理を食べたくないなと思うのは筆者だけではないだろう。
 こんな笑い話のような対策が大まじめに行われる背景には、どんな軽微なものであっても決して労働災害を起こしてはならない、なんとしても事故の数を減らさなければならないというプレッシャーが強いからである。仕事のやりやすさなど考えている余裕がないのだろう。
 事故が起きると再発予防対策が立てられる。事故要因にヒューマンエラーが含まれていれば、必ずと言っていいほどマニュアルが改訂される。たいていは手順が増える方向に、である。
 手順が増えれば仕事に手間がかかる。その方が安全なのは分かっていても、つい手抜きをしてしまいたくなるだろう。人手が不足していたり、納期・工期が迫っていたりすれば一つや二つの手順をとばしたくなる。意欲を持てる仕事ならまだしも、決められたことだけを決められたとおりにやるしかない作業では、面倒なルールを疎ましく感じてもしかたない。そのルールが上から押しつけられたものと感じているのならなおさらである。作業意欲が低いと、うっかりミスも起きやすくなる。
 こうして、また誰かが違反をしたりミスをしたりして事故が起き、さらにルールが増え、ヒューマンエラー対策の悪循環が止まらない(図1・10)。現場も安全管理者も疲弊し、安全へのモチベーションを維持できなくなっている。


図

ヒューマンエラー対策の悪循環


 現在のエラーマネジメントの問題はどこに由来するのだろう。それは、失敗にだけ着目して、失敗の数を減らすことに注力し、普段ほとんどの仕事は成功している(うまく成し遂げられている)という事実を見ていないからではないのか。
 安全を「事故の数が少ないこと」で測るならば、事故の主な要因であるヒューマンエラーの低減が目標となるのは自然の流れである。確かに人間は、時にエラーをおかして事故の引き金を引くこともあるが、たいていは無難に、時には見事に仕事を成し遂げている。
 仕事をする目的は、よい製品を作ること、よいサービスを提供することであって、事故を起こさないこと、仕事で失敗をしないことではない。ならば、安全を「よい仕事を続けること」で評価し、これからもよい仕事を続けることを目標に安全マネジメントを行えば、現場第一線の手足をマニュアルでがんじがらめに縛ることなく、創意工夫と臨機応変な対応が奨励され、皆が仕事に誇りを持って働けるようになるはずである。
 では、「失敗を防ぐマネジメント」から「よい仕事を続けるマネジメント」へ移行するにはどのようなことを考えればよいのか、次章から考えていこう。

(このつづきは本書でお楽しみください)



芳賀繁『失敗ゼロからの脱却 レジリエンスエンジニアリングのすすめ』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321811001066/


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