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試し読み

好きな人の大切なことを、理解できないとしても/渡邊璃生のデビュー小説『愛の言い換え』発売前に傑作3篇を全ページ試し読み!#20

元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生さん初の小説集『愛の言い換え』が5月2日に発売となります。発売に先駆けて、選りすぐりの傑作書き下ろし3篇を30日間連続で全文特別公開します。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 カラスの鳴く南石井川公園。空には薄い雲がかかり、隙間から紫がかった夕焼けが見え隠れする。そんな中、数組の家族が花火をしていた。走り回る子供たちと火花の間に、春海はようやく焦がれた彼女の姿を目にした。
「ひかりちゃん!」
「わ! び、びっくりした……、どうしたの?」
 汗だくで息を切らした春海を視界にとらえ、ひかりは目を見開いた。
「ご、ご、ごめんっ……、昼間ここ来たときいなくて、他のとこ探してて、」
「そうなんだ……。でも、なんでそんなこと……。」
 不安げに眉を寄せるひかりに、春海は背に隠した手持ち花火を見せた。
「こ、これ一緒にやりたくて! 昨日花火見れなかったし、……あ! バケツ忘れた!」
 ひかりを探すのに夢中だったせいか、単なるミスか……、ともかくこれではせっかくの花火で遊べない。すると、先に花火で遊んでいた家族が春海に言った。
「このバケツ使っていいですよー。」
「ほ、本当ですか? すみません、すみません、ありがとうございます!」
 余分に持ってきていたのであろう、水色の小さなバケツ。受け取って何度も頭を下げる春海を見て、ひかりはくすりと笑った。
「いいよ。やろっか!」
 ふたりで水を汲み、ふたりで遊ぶには十分過ぎる量の花火を開けた。
 春海がひかりのススキ花火に火をつけると、ぱちぱちと色を変えながら辺りを照らし、影を緑に染めた。
「こういうのやるの久しぶりだなー。」
「僕も全然やってないや。」
「ライター、春海くんの? 煙草吸う感じ?」
「ううん、花火と一緒に買ったんだ。」
「そっか、ありがとう。」
「ううん。」
 春海は笑った。数時間分の苦労が報われたようだ。
 それからふたりは花火を存分に楽しんだ。スマートフォンで写真を撮って、ピンク色の火花で空に文字を書いて、気がつけば最後の線香花火だった。
「僕、こういうのは上手いんだよー。」
「……ねえ、春海くん。」
「ん?」
 しゃがみながら手で風除けを作る春海に、ひかりは疑問を投げかけた。
「なんでわたしを探してくれたの?」
 春海が線香花火からひかりに視線を移す。だが視線は交わらず、彼女の瞳には小さな火の玉がとらえられていた。それでも、春海は彼女を見ながら口を開いた。
「……直接謝りたかったのと、びっくりさせたかったから……。でも、一番はチャットで連絡して、断られるのが怖かったんだ。……『蹲踞あ』のこと、一回くらいしなくてもいいって言ってごめん。」
「……ううん。」
 散る火花と、子供たちの笑い声。風に負けないよう、春海は声を張った。
「……あのさ。僕、誤解してたんだ。」
「なにを?」
「ひかりちゃんはさ、自分がやりたくてやってるんだもんね。『蹲踞あ』。」
「……うん、そうだよ。」
「僕、ひかりちゃんの、自分が決めたことをやり通すところが好きだったんだ。」
 ようやくひかりが、春海の姿をとらえた。春海は続けた。
「これから意見が食い違うことがあっても、今日みたいに僕がお互いを尊重できる方法考えるよ。だからさ、ひかりちゃん。」
「う、うん……?」
「僕と、」
 付き合ってください。
 そう口にしようとした瞬間、小さな影がひかりにぶつかり、彼女が「あっ!」と体勢を崩した。
「だ、大丈夫⁉」
「あ~~~~!」
 ひかりの線香花火から、赤い雫がぽとりと落ちた。
「すみません! こら、危ないでしょ!」
「いいえ~。」
 母親と思しき女性が、子供を叱る。ひかりは笑顔を向けたが、
「消えちゃったあ……。」
 春海に向き直ると輝きの消えた線香花火を切なげに見つめた。
「火傷とかしてない? 平気?」
「うん、大丈夫。」
 ほ、と胸をなでおろす春海。
「……で、さっきなに言いかけたの?」
「……ううん、なんでもない。(昨日のデジャビュだなあ……。)」
 完全に勢い任せだったのだろう、告白に覚悟がなかったわけではないが、言い直すのはこそばゆい。
 下手な作り笑いを浮かべると、ひかりがしゃがんだまま身を乗り出した。
「じゃあわたしから言っちゃうよ。さっきの続き。」
「え⁉ い、嫌だ! 僕が言う!」
「じゃあ早く言ってよ。」
 ひかりの笑顔。完全にすべてを見透かしている。
「(参った、降参です。)」
 再び覚悟を決め、春海は言った。
「……こ、神坂ひかりさん、僕と……付き合ってください!」
「……うん、喜んで!」
 即答だった。
「ほほほほ、本当に⁉ う、う、嬉しい、やったあぁ~~! あ、ありが、」
 続きは唇によって奪われた。
 線香花火の赤い雫が、ぽとりと落ちて消えた。

「ほら、春海くん! 時間だよ!」
「はい、はい。」
 あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ。
 三年後、寝室の前で響く、ふたり分の「蹲踞あ」。

(了)
※次回からは「ダイバー」をお届けします。



渡邊璃生愛の言い換え』詳細はこちら(KAODOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000345/



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