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試し読み

好きだった彼女は結婚していた。そして別れていた/渡邊璃生が衝撃の小説家デビュー。『愛の言い換え』発売前特別試し読み!#17

元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生さん初の小説集『愛の言い換え』が5月2日に発売となります。発売に先駆けて、選りすぐりの傑作書き下ろし3篇を30日間連続で全文特別公開します。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

「パーティー、どうだった?」
 帰宅後、夕食の席で母親が聞いた。
「うん、楽しかったよ。先生、集合写真撮ったら泣いちゃってさ。……そういえば、ひかりちゃんにも会ったよ。『神坂ひかり』ちゃん。」
「ああ、春海くんが昔好きだった子ね。」
「し、知ってたの?」
 手に持った味噌汁が揺れ、春海の指が濡れる。ティッシュに手を伸ばすと、母親が一枚取って春海に手渡し、焼き鮭に箸を向けて続けた。
「わかりやすかったもの。あの子も大変だったね。結婚してたんだけど、」
「結婚してたの⁉」
 思わず声を荒らげる春海。だが母親は動じないどころか、小さくため息をついた。
「あんたが上京してすぐよー。式は挙げなかったみたい。すぐに離婚しちゃったんだけどね……、元旦那さんが浮気したみたいで。」
 それを聞き、春海のこわばった表情から力が抜けた。既婚者と安易に連絡先を交換したわけではないとわかった安心感からか、それとも……。
「そういえば明日、近くの石井川でお祭りあるでしょ、一緒に行ったら?」
「え? でも……。」
「いいじゃん、チャンスだって。慰めていいところ見せな!」
「でも、傷ついてるところ狙ってるとか思われたら嫌だし……。」
「『でもでも』ばっかり! そんなんだからどこのだれとも知れない男に先越されるの!」
「な、なんだと!」
 煽る母親に怒りを覚えた春海は、白米を味噌汁と共に流し込み、「ご馳走様!」と自室へ行って、勢いのままチャットアプリを開いた。
 ひかりとのトーク画面には、メッセージが二件。「今日はありがとう。」、そしてお辞儀している猫のスタンプだ。
「こちらこそ、ありがとう。」
 一先ず返信した春海だが、続きの文章がまったく浮かばない様子だった。当たり前だ。春海は人を遊びに誘ったことがない。小学生時代、ひかりと遊ぶときだって、いつも彼女から誘われるか、クラスメイトについて回っていた。
 それでも数分悩んで、ようやく「今平気?」と送信することができた。すると、三分後、
「平気だよ、どうしたの?」
 と短いメッセージ。春海は震える手で続きを入力した。
「明日って暇かな? よかったら一緒にお祭り行かない?」
「石井川の? いいよ。」
 スタンプ付きの快諾だった。
「(やった!)」
 心の中でガッツポーズした。だが自分のそんな浅ましさに、少しだけ嫌悪感を抱いた。

 翌日。春海が目を覚ますと、スマートフォンのロック画面には九時と表示されていた。普段なら遅くとも七時に目を覚ましているのだが、昨夜は遠足前日の小学生のように眠れなかった。身支度を済ませキッチンを漁ると、そうめんが残っていたため茹でて食べた。
「(これじゃ、朝ご飯か昼ご飯かわかんないな……。)」
 腹をそこそこ満たし、伸びをしてベランダに出ると、晴天が広がっていた。
「(わーっ、晴れてよかった。久しぶりにその辺歩こうかな……。)」
 財布とスマートフォンだけを持って、春海は散歩へ出た。
 三分ほど歩くと、春海はとても思い出深い公園を目にした。
 南石井川公園。ひかりが転んで泣いた公園だった。
「(懐かしい……! ハンカチ貸してあげたよな、たしか……。)」
 あれから十年経ったせいか、古い遊具は撤去され、新しいものが設置されている。立ち止まって思い出に耽ると、数メートル先のベンチに、長い黒髪の揺れをとらえた。すぐにひかりだとわかった。
 目が合う。ぎこちなく手を振ると、ひかりも振り返した。受け入れられた嬉しさに思わず走り出し、目の前で足を止めると、昨日のように彼女から切り出した。
「おはよう、春海くん。なにしてるの?」
「さ、散歩。ひかりちゃんこそなにしてたの?」
「わたしも散歩!」
「そ、そっか……。」
 ひとり分のスペースを空け、隣に座ったはいいものの、言葉に詰る春海だったが、子供たちの笑い声が沈黙を破り、同時に話題をひとつ思いついた。
「子供好き?」
 我ながら下手な話題だと思ったのだろう、春海の表情には焦りが浮かんでいた。
「ううん、そんなに。」
「そうなんだ。」
「……あのさ、なんで今日お祭り誘ってくれたの?」
 ひかりからこの話題を出されるとは思いもよらなかったのだろう、春海はつい咄嗟に誤魔化してしまった。
「え? な、なんとなく……。」
「ほんとにぃ?」
 いたずらな視線を向ける彼女。嘘をつけないと判断したのか、春海は正直な言葉を口にした。
「……ううん、嘘。ほんとは、」
 視線がひかりとぶつかる。高鳴る鼓動。黒い瞳の中に揺れるサファイア色に、春海は言葉を失った。
「そ、そういえばさ、」
 また、話を逸らす。だけれど春海に話題など思い浮かぶはずもなく……。
「あ、話逸らしたなー。」
「いいじゃん。……あ、あのさ、今もやってるの?」
「なにを?」
「『蹲踞あ』……。」
 春海は失敗した。
 だけれど、一度浮かんだ疑問を口に出すのを、やめることはできなかった。
「やってるよ?」
 なんでもなさそうに言い放つひかり。
「そうなんだ……。しんどくないの?」
「ううん。……でもさ、」
 珍しく視線を外すひかり。
 春海は、表情だけで察してしまった。彼女はきっと元夫のことを思い浮かべている。
 ひかりが選ぶのだ、元夫はさぞかし魅力的な人間だったのだろう。優しい顔立ちで、仕事もでき、人当たりもよく、本音で話し合うことのできる男かも知れない。ならば豊かな暮らしぶりであったことは想像に難くない。愛し合っていたはずだ。離婚という選択肢を取ることに、苦悩したはずだ。
 それでも。
 将来を誓った相手が自身の習慣を理解してくれなかったら。
 将来を誓った相手が理解できない習慣に執心していたら。
 共に生活することは不可能だと思うだろう。
 お互いを尊重し、その末の選択が離婚だったとして、そこに悲しみはあれど恨みつらみは存在しないはずだ。

(つづく)



渡邊璃生愛の言い換え』詳細はこちら(KAODOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000345/


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