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試し読み

腐敗した状態で発見されたあるアイドルの死体。「スマホと旅する男」の涙の理由は?/歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』試し読み④

江戸川乱歩の名作がハイテク機器によって現代風に生まれ変わったら……

『葉桜』の鬼才・歌野晶午による翻案ミステリ短編集『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』
10月24日(木)の文庫版発売を記念して、「スマホと旅する男」を全文公開します!
>>前話を読む
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 昨年の夏、マイヨジェンヌのヴィーナスが仕事に向かう途中で行方不明となり、一週間後に死体で発見された。死因は窒息で、頸部に指の跡が認められたことから、扼殺されたものと断定された。
 行方不明になったその日、ヴィーナスは都内のテレビ局で番組収録を行なうことになっており、手配のタクシーが目黒区の自宅に迎えにいった。ところが約束の時間を一時間過ぎてもヴィーナスはマンションから出てこず、入り時間が過ぎてもテレビ局に現われない。彼女が立ち回りそうな場所にあたっても消息は知れず、事務所は事件性があると判断し、警察に届けた。
 警察の捜査により、ヴィーナスが自宅マンション前からタクシーに乗ったことがわかった。ただしこのタクシーは事務所が手配したものではなく、その三分前にマンションの前にやってきた車で、防犯カメラの映像からナンバーを解析したところ、前日荒川区内で盗まれた個人タクシーだと判明した。一週間後、車は埼玉県秩父市の山中で発見され、後部坐席に、腐敗が進行したヴィーナスの死体が放置されていた。
 タクシーには、乗客とのトラブル対策で、車内を撮影するドライブレコーダーがつけられていたが、犯人により持ち去られていた。ヴィーナスの自宅マンションをはじめ、複数の防犯カメラに当該車輛は映っており、運転席に坐る人物の姿をとらえているものもあったが、鍔のある帽子を目深にかぶっていたため、顔つきはわからなかった。
 迎えのタクシーに先んじて偽のタクシーが現われたことから、ヴィーナスのスケジュールを把握している狂信的なファンによる犯行ではないかとの見方が当初よりなされていたが、ヴィーナスにかぎらずマイヨジェンヌにかぎらず、アイドルとファンとのトラブルは頻繁に発生しているため、容疑者を特定できないまま一年が経過し、現在にいたっている。
「あなたが? ヴィーナスを?」
 予感のようなものがなかったわけではないが、とても、ああそうでしたかとうなずけるものではない。
「はい。自宅を突き止め、タクシーを盗み、彼女を連れ去りました。走りながら正体を明かすと、彼女は罵ったりわめいたりで、静かなところに車を停め、こうやってさらってしまいたいほど君のことが好きなのだ、再会したのは神の導きだ、君と僕は結ばれる運命にあるのだ、と心を込めて思いを伝えてもまるで聞いてもらえず、警察警察と叫びながらスマホを取り出したため、それを奪おうとして……、そのあとは憶えていません。どうしても思い出せないのですが、彼女がグンナリしていて、車内にはほかに僕しかいなかったので、僕が殺したのでしょうね」
 男は両方の掌を泣きそうな目で見つめながら言葉を連ね、最後、かすかに笑った。
 電車がトンネルに入り、窓の外が暗くなる。ゴォと音が反響する。ゴォゴォと反響する。ゴォゴォゴォといつまでも続く轟音にあらがいながら、私はなんとか頭を働かせる。
「おかしいじゃないですか。だったら、さっきの女性は何だったのです。テレビ電話の相手ですよ。ヴィーナスはこの世の人ではないのだから、電話の向こうの彼女がヴィーナスであろうはずがない。だから私は、あなたがいくら彼女のことをヴィーナスだと言い、彼女もヴィーナス本人だと認めても、何ふざけたことをと取り合っていなかった。やっぱり、ただのそっくりさんなんでしょう? そっくりであるのをいいことに、ああいう作り話を聞かせてドッキリさせようとした。二人のかけあいにはよどみがなかったから、おそらく今日がはじめてではないな。方々で人をつかまえては芝居を打っている。悪趣味ですね」
「あなたは勘違いしていらっしゃる」
 男は苦しげにかぶりを振る。何が勘違いなのだと私は詰め寄る。
「彼女がいるのは『電話の向こう』ではありません」
 男はスマホを膝から取りあげる。私は眉を寄せる。
「彼女は『電話の中』にいるのです」
 男はスマホの暗い画面を指先でつつく。ますますわけがわからない。
「僕は彼女を殺してしまいました。大変なことをしてしまったという意識はありませんでした。警察に捕まる、刑務所に入れられるという恐れも感じませんでした。
 後悔はありました。しかしそれは、命という尊いものを奪ってしまったことに対してではなく、ああこれからは彼女の笑顔を見られないのか、声を聞けないのか、という喪失感によりもたらされたものでした。泣き明かしたのも、亡骸を抱きしめ続けたのも、悲しみや懺悔の気持ちからではなく、別れがたかったからなのです。
 けれどヴィーナスは、どれだけ口づけを繰り返しても、白雪姫のようにぬくもりを取り戻してはくれず、やがて体が硬くなり、それはまったく人形のようで、すると勝手なもので、こんなのヴィーナスじゃないわいと思うわけです。さらに時間が経つと、彼女はやわらかさを取り戻すのですが、肌の色は悪くなる一方だし、表情もブヨブヨに崩れていき、嫌な臭いもしてきて、僕はどうにももてあまし、山の中に棄ててしまいました。
 その帰り道ですよ、トボトボ山をおりていたところ、頭の中が突然オレンジ色に炸裂したんです。閃きって、色があるんですね。僕の中に超新星が誕生したようでした。いや、それを言うならヴィーナスの誕生ですね。ヴィーナスの体はあんなふうになってしまい、どんな名医をもってしても、もう元に戻すことはできない。けれど心は復活させられるんですよ。僕にでもできる。
 人工知能です。僕は高校の時から人工知能に興味を持ち、その世界での第一人者に師事すべく大学を決め、卒論は、『出会い系チャットサイトでサクラとして機能させるためのAI、清楚系から人妻まで』というものでした。IT土方の時期はとてもそんな余裕はありませんでしたが、魚津に引っ込んでからは卒論で提出したプログラムをブラッシュアップする毎日で、これを手土産にシリコンバレーの企業に入れないものかと夢見ていました。
 そのとき開発していたAIチャットプログラムは、架空の人格に適当な思考ルーチンを組み込んでいたのですが、この人工知能をヴィーナスの個人情報に基づいて再構築したらどうなるでしょう。
 ネット上に存在するヴィーナスのありとあらゆる写真、動画、インタビュー記事、趣味や嗜好の情報をプログラムにインプットする。箕下純子の小学生時代の写真、文集に残っている文章、僕が憶えているかぎりのエピソードも食わせる。すると人工知能は膨大なデータを解析し、ヴィーナスのしゃべり方の癖や思考の特徴を活かした受け答えができるようになる。吐き出すデータの形式をテキストではなく音声にし、その音声をヴィーナスの声をサンプリングして作成すると、ヴィーナスその人がしゃべっているように聞こえる。ヴィーナスの顔写真を基に作った頭部の3Dモデルの表面にテクスチャーを施し、先の音声をリップシンクさせて出力、黙っている時にも状況に応じて表情を動かすようにしてやると、ヴィーナス本人が生きてそこに存在するように見える。
 つまりヴィーナスに生き写しの人工知能――デジタル・クローンを誕生させることができるのです。そしてそのクローン・ヴィーナスが、この中にいるのです」

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〈第5回へつづく〉

ご購入はこちら▶歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』|KADOKAWA


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