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試し読み

護送された友人と、父の過去との関係は。『校閲ガール』著者が描く、キャビンアテンダントボーイ!【試し読み 宮木あや子「CAボーイ」第5話・連載最終回】


前回までのあらすじ

CAとなった治真の父はパイロットだったが、治真が中学の時、機長を務めた「96便」が墜落事故を起こしかけて薬物摂取疑惑が報道され、前途を絶たれていた。その「高橋機長」の息子とは隠していた治真だったが、小学生の時に96便に乗っていたという、保安検査場に勤める小野寺茅乃と出会う。また、以前に助けたCAの唐木紫絵とも再会する。犯罪被疑者として友人の篤弘が護送される便を担当した治真は、彼から、父は無実だというメッセージを受け取る。

 これまでシドニー⇔ロンドン間に直行便は飛んでいなかった。何故か。遠いからだ。そしてその長距離を旅客を乗せて「安全に」飛べると判断された機体がなかったからだ。航空機を飛ばすためには燃料が必要で、飛距離が長くなれば大量の燃油とそれを積載するためのタンクが必要になる。機体の重量が増せば燃費は悪くなりコストの面でバランスが取れない。一万三千キロ以上、時間にして二十時間弱を途中給油なしでコストパフォーマンスよく飛ぶ、その条件をクリアする機体を、旅客機シェア九割以上を占めるメーカー二社が製造できなかった。二〇一八年十月にシンガポール航空が就航させた、シンガポール⇔ニューアーク便が現在の世界最長の直行便であり、そこが限界かと思われていたが(実際に二〇一三年版の資料ではシドニー⇔ロンドン便は「悲願でありこの先も不可能」と明記されていた)、カンタス航空は現在、それを上回る距離の、悲願でもあったシドニー⇔ロンドン直行便、飛距離にして一万七千キロを二〇二三年に就航させる予定でA社とB社から機材の選定を行っている。
 キャリア(航空会社)が旅客機を新たに導入する際、通常は長期にわたる機材計画を行う。航空機の値段は最近各キャリアが採用を始めたA社の二階建て大型機が一機約四億四千万ドルで、昔からある小型機でも最低一億ドル。企業にとって決して安くはない買い物だ。ただし丁寧にメンテナンスを行っていれば五十年飛ぶ。昭和四十二年に初就航、そして現在も各メガキャリアで使用されつづけているB社の小型機は、世界的に大ヒットしたおかげで製造数一万機を超え、後継機の登場によりそろそろNALでは引退させるらしいが、今のところ各社バリバリ現役である。訓練センターの当該機のモックアップは歴代の訓練生たちに酷使されたおかげかボロボロで、何故かそこだけ薄暗く、付近にはなんとなく酸っぱいにおいが漂っていた。しかも幽霊が出るという噂まであった。
 そんな昔の機体のモックアップはあるのに、NALの訓練センターにはZ162のモックアップもドアも存在しない。CAが当該機の訓練を受けた話も(はるが自分から訊いていないからだが)耳にしていなかった。機体の導入に当たってどのような計画が行われたのかも、治真の立場ではそうした資料を見つけることはできなかった。
れいめい期はパイロットが航空機を買っていた」。これは航空マニアや関係者の間では地味に浸透しているジョークである。何がどう、どこらへんがジョークとして面白いのかみのない人にはぜんぜん判らないであろうこの言葉は、航空技術が発達し規制緩和が行われ、ただ「国の威信をかけて飛行機を飛ばす」「人や貨物を遠くに輸送する」だけではなくなった各航空会社の、機材計画の複雑さをするものだ。航空会社が新たな機材計画を行う際、二〇一九年現在、多くのキャリアにおいて決定権を持つのは財務担当である。高度成長期~バブルの時代はエンジニアが決定権をしようあくしていたが、時代と共にそれは事務方や更に上のほう、経営陣へと移行していった。
 ……もし今でもエンジニアに決定権があったら、NALのフリート(機団)の顔ぶれは違ったのだろうか。日本における過去最悪のしゆうわい事件として世間をにぎわせたR社も、A社やB社と肩を並べて世界中の空港に旅客を運んでいたのだろうか。

「いや、アーノルド・シュワルツェネッガーとシルヴェスター・スタローンは別人よ」
「両方ダイ・ハードのオッサンやろ」
「それはブルース・ウィリス。まさすごいたくさん映画観てんのになんでそこの区別はつかないの。そもそもブルース・ウィリスは頭だけで区別できるだろ」
 恐ろしいことに雅樹はロッキード事件を「ロッキーの事件簿」だと思っていたらしい。じっちゃんの名にかけて様々な事件をロッキーさんが殴って一発解決する映画だと、ある意味非常に興味深い勘違いをしていた。
「俺が好きなのはベネックス、ベッソン、カラックスの路線やねん。男がムキムキのオッサンの肉弾戦見て何が楽しいねん」
「ミッションインポッシブルは全部観てたよな?」
「あれは毎回ヒロインのセレクトが最高やし、エマニュエル・ベアールおったし。あと音楽もアガるやろ」
 雅樹の出身高校は兵庫県の中でも一、二を争う私立の進学校である。治真たちの出身大学は合コン人気ナンバーワンの、医師、弁護士、政治家を量産する歴史ある私立大学だ。
「おまえ、意外とバカだったんだな……」
 しみじみとけいすけが言い、さとれんびんの表情を浮かべうなずいた。
「否定はせんけど、おまえらと得意分野がちごてるだけや。おまえらだってルージュとグロスとティントの区別つかへんやろ」
 ぜんとした面持ちで雅樹は言い返す。彼の理想の女はメルシー・ラ・ヴィに限定したシャルロット・ゲンズブールである。貫いてるなと思う。
 ロッキード事件に関してはちょっとネットで調べればわんさか情報が出てくるので記述を省くが、事件の名前が独り歩きをしているため知らない人も多いと思うので、念のため、ロッキード社、現ロッキード・マーティン社は航空機を作っていた/いる会社である。
 ──人民新党政権の時代にやまむらいちろうが国交相だったってのが気にかかって。
 そんな悟志の言葉をきっかけに、別々の会社に勤める社会人の男同士が集まるにはそれほど久しぶりでもなく四人で集まった。既に季節は秋も深まり、冬の気配が漂う。国内線で一ヶ月実績を積み、とくに大きなミスもなく、班長のすずからの推薦も出たので、近いうちに治真は国際線の訓練に入る予定だ。治真の所属する海老名班はフランクフルトとシヤンハイを担当しているため、初フライトはおそらくそのどちらかになる。
 保安面を無視してサービス面だけ考えれば、CAの業務は治真が勤めていたホテルに比べるとキツくない。ただ、女性社員にはキツいだろうなと思う場面が多々ある。ヒールのついた靴や、保安業務、肉体労働には不向きな制服(ホテルも同じだが、少なくともロータスではトランスジェンダーの従業員を考慮し、そうでない人もパンツかスカートかを選べた)、若い女だと思って不必要に難癖をつけてきたり馴れ馴れしく話しかけてくる中年~高齢の男性客。何度か彼女たちを助けた。男なら若くてもあまり難癖はつけられないし、食い下がってくる客をにこやかに黙らせるスキルも治真にはある。お客様からもCAたちからも、ありがとう、と言われると悪い気はしなかった。もっと男のCAを採用すればいいのになあ、などと考えもした。が、今日、四人で集まり我に返った。所属する箱は、切望していた箱だ。しかしその箱の中で、自分は壁に阻まれて行きたいところに行けないでいる。ほかの三人は少なくとも自分で望んだ仕事をしているのに、治真だけ周回どころではないおくれを取っていることに焦りを感じた。なにCAにやりがい感じちゃってるの自分。パイロットになるために転職したんじゃなかったの自分。
「話戻そうや。人民新党が政権とってた時代ってもう十年以上前やろ。なんであつひろそんなとこにおった人んとこで働いてたんや。将来性あるか?」
 理不尽にでもなくディスられていた雅樹は軽くテーブルを叩き言った。
「それは、たぶん親とのつながりとかだと思うけど。あいつの父親もどっかの雇われ社長だったし」
「あーせやな。なんだかんだ言うてボンやしな、篤弘」
「でも親とのつながりで拾ってもらったならSNSやら電話番号やらを捨てる必要なくない? そもそも親つながりなら息子の身代わりに逮捕させなくない?」
「そこが解せないんだけど、ひとまず今は篤弘のことは置いといて良い? 問題ふたつに分けよう」
 唯一、篤弘と連絡を取っていた悟志が「置いといて良い?」と言うのはちょっと薄情な気もするが、どんな予想をしてもどうにもならないことなので、三人は頷いた。

(このつづきは「カドブンノベル」2020年5月号でお楽しみください!)


「カドブンノベル」2020年5月号

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