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試し読み

犯罪被疑者の護送便で再会したのは……。『校閲ガール』著者が描く、キャビンアテンダントボーイ!【試し読み 宮木あや子「CAボーイ」第4話】

電子エンタメ小説誌「カドブンノベル」2020年2月号では、『校閲ガール』の著者・宮木あや子さんが描くお仕事ストーリー「CAボーイ」が連載中!
その冒頭を公開します!



前回までのあらすじ

外資系ホテルからNAL(ニッポンエアライン)の客室乗務員に転職した高橋治真。父は同社のパイロットだったが、治真が中学のとき、機長を務めた「96便」が墜落事故を起こしかけて薬物摂取疑惑が報道され、前途を絶たれていた。その「高橋機長」が身内なのを隠していた治真だったが、小学生時に96便に乗っていたという、保安検査場勤務の小野寺茅乃と出会う。また、以前に治真が乗客でありながらトラブルを解決した便を担当していたCAの唐木紫絵とも研修中に再会する。

 今日は鹿児島東京便で護送があります、ほかのお客様のケアに充分注意を払うように。
 朝一の、卓を囲んだプリブリ(Pre-Briefing)でそんな物騒な注意事項を聞いたのは、はるがCAとして独り立ちして一発目だった。護送。いわゆる「護送車」の「護送」と同じだ。要するに、罪を犯した容疑のかかっている人が警察官と共に乗る。なぜその便にまだぺーぺーの俺をアテンドしたのだ、スケジューラーよ。いや、フライトの予定は通常通り一ヶ月前から組まれていただろうが、教育係がつかなくなってしょっぱなのフライトで護送とか。
「えー、じゃあ私、R5イヤですー。せっかくダンキヤクさんいるんだから男客さんうしろにしたらよくないですか?」
 なんとなくそえじまみを感じる、顔だけは激烈にわいいが腰掛感あふれるいたモカという年下の先輩CAが、今日のチーフパーサーであるくれと治真の顔を交互に見て言った。今日の治真のポジションはL3だった。独り立ちしたとはいえまだ新人の治真をCPの目の届くところに置いておくための配慮である。そして今日の機体はB社製の大型機なので、通路が二本、扉は左右に五つずつある。
たかはしくん今日からソロなのにいきなりそんなうしろ担当させられないでしょう」
 CPにもいろいろな種類がいるな、と思う。呉は声を荒らげることもなく、ニコニコしながら板谷に言った。そして言葉をつづける。
「もしR6っていう扉があったら板谷さんにはそっちに下がってもらいたいわね」
「そんな大きい機体飛ばしても赤字になるだけじゃないですかー?」
 やはりこのスルースキルとあおりスキルの高さ、めっちゃ添島みを感じる。
 護送の際、通路が二列ある機体の場合は一番うしろの真ん中のブロックに座ると聞いている。通路が一列の場合は一番うしろの右側ブロック。なるべくほかの客の目に触れさせないための配慮だ。
「……代わります、自分」
 しばししゆんじゆんしたあと、治真は自ら申し出た。呉は笑顔の貼りついた顔で治真を見て首をかしげる。
「護送って、あんまりないことですよね。経験しておきたいです。変更していただけませんか?」
 治真の申し出に呉は、二秒くらいののちR4担当のひしづきというCAに向かって「何かあったらお願いね」と言い、ポジションの変更を受け入れた。

 以上が三時間と少し前の話である。何事も経験だ。どんな知識も、どんな経験も人生の無駄にはならない。しかし治真はこの時ばかりは後悔、というか、後悔もあるが状況を把握するまでだいぶ時間がかかった。
 会社から全CAに配布され、勤務中は携帯が義務付けられているタブレットには、担当する座席表のデータが本部から都度送信される。それぞれの座席に座るお客様の名前、チケット購入時に本人が「男・女」の二択から選んだ性別(トイレは男女共同なのになんでだろう)、過去にトラブルを起こした要注意客であるとか、障害があってヘルプが必要だとか、お子様の一人旅でドアを出たところで地上係員への引き渡しが必要だとかの注意事項も記されている。上顧客の場合はその顧客ランク(ゴールドとかプラチナとか)も記載される。「○○様いつもありがとうございます」みたいな挨拶をしないと不機嫌になる人もいるから、らしい。わかる。これはホテルにもいる、というかどこのかいわいにも「特別扱い」を気持ちよく思う人はいる。
 鹿児島での機内チェック中、護送もある意味特別扱いだよな、と軽い気持ちで名前を確認した治真はその文字列を観た途端、息が止まった。
あいざわあつひろ
 二年近く前に姿を消した大学の同級生の名前がそこにあった。
 以前、篤弘にきたいことがあり、LINEのアカウントを探したら消えていた。機種変更したときに引き継ぎに失敗すると消えるよな、と思い電話をかけたがつながらず、長らく使っていなかったフェイスブックにログインしたらそちらのアカウントも消えていたのだった。インスタはやってないので、まさに訊いたらしばらくしてから「ない!」と返事が来た。
 今の時代、何かしらのSNSに登録していれば、長いこと会っていない人でもなんとなく消息を知ることができる。けいすけは毎日ツイッターに食ったものの写真をアップしているし、さとも頻繁にではないが、出張で行った国の風景写真などをポエムめいた短文と共にフェイスブックにぽつぽつとアップしている。雅樹は一緒に住んでいるので消息もクソもないが、自分のところの新商品をよくインスタにあげている。ほかにも十年以上会っていない元同級生が結婚したり子供を産んでいたりなど、実際の距離は遠いのに、近くにいるかのように状況が判る。逆に身近だった人がSNSから姿を消したら、何事かと思う。ただ、自分も以前、父に掛けられた嫌疑のせいで当時住んでいた地域から姿を消した経験があるため、なんとなく「逃亡」の二文字は浮かんでいた。
 治真は千葉から兵庫へ引っ越し、大学進学時には地元の国立に落ちたため、滑り止めで受けた東京の大学に入学した。しばらくは中学高校の知り合いに会ったりしないかヒヤヒヤしたが、幸いにして四年間、誰にも会わなかった。
 篤弘がなんらかの事件に巻き込まれたのかとネット検索をしたものの、以前経営していた会社の倒産の記録しか見つからず、そこから彼が事件に巻き込まれた可能性は薄かった。
「どうしたの? ラバトリーのチェック終わった?」
 タブレットを凝視したままかたまっていた治真に、R4担当の菱田が声をかけてくる。
「まだです、すみません」
 慌ててタブレットをジャンプシートのポケットに納め、治真は軽く頭を下げた。
「しっかりしてよー。高橋さん前評判めちゃくちゃ良いんだから、ガッカリさせないでよ」
「え、マジですか?」
「OJT担当が太鼓判押してたって聞いたけど、私はただのラッキーだと思ってるから。失敗しない新人なんていないから」
 働く大人なら一度でいいから「私、失敗しないので」って言ってみたいものだと思う。
「それなら、失敗する前にお伺いしたいんですけど、護送のお客様ってどう扱えば良いんですか? 普通に会話とかして良いんですか?」
「普段どおり。ほかのお客様が動揺しないように極力普段通り。ただ、たぶん左右か、少なくともどっちかには警察の方がいらっしゃるから、ドリンクサービスで何にするか聞くくらいでマンツーでの会話はできないんじゃないかな。トイレも同行するし」
 でもちょっと興味はあるよね、と菱田は含み笑いをし、前方へ戻っていった。

〈このつづきは「カドブンノベル」2020年2月号でお楽しみください!〉


「カドブンノベル」2020年2月号

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