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試し読み

<殺し屋シリーズ>最新作、待望の文庫化! 伊坂幸太郎 『AX アックス』試し読み⑥

2/21(金)発売、伊坂幸太郎さんの文庫最新刊『AX アックス』より、冒頭試し読みを特別公開。『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる<殺し屋シリーズ>の最新作をお楽しみください。
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 ◆ ◆ ◆

「たとえば、ほら、ピラミッドを作るのにでっかい石を運べとか言われたら、きついぞ。三千年くらい前には、そういう人生もあったんだろうしな。青銅器とか彩文土器とか作ったりな」
「メソポタミアまでさかのぼっちゃうのか。というか、親父は土器が好きだね」
「そういうわけでは」
「あ、親父、今度、進路相談に来るの」克巳が視線はテレビに向けたまま、言った。
「進路相談?」兜はまゆをひそめる。「それは、親が行くのか」
「俺は、おふくろが来ればいいと思ってるけど」
「いや、俺ももちろん行く」兜は即答した。
「え、いいよ。平日だし、会社でしょ」
「あのな、俺が一番やりたいことは何なのか分かるのか」
「知らないよ」
「息子の進路を心配することだ。学校でも何でも、ああでもないこうでもない、とおまえの人生のことで頭を悩ませるのが、俺のやりたいことなんだ」
 息子が不愉快を顔に浮かべた。兜は気にも留めない。



「あなたには、この手術をおすすめします」兜の前に座る、白衣を着て丸眼鏡をかけた男が言った。感情のこもらぬ、のっぺりとした表情で、この医師自身がスキャンやレントゲンの機能を備えた医療器具の一つではないかと思いたくなる。
 都内のオフィス街の一角、ビルの中層階にある内科診療所だ。待合室にはぽつりぽつりと患者が待っている。診断の手際の良さや、よく効く薬を処方することを考えれば、もっと混み合ってもおかしくはない。が、医師の冷淡な態度と温かみを欠いた院内の雰囲気が、その良い点を相殺しているのだろう。人気はそこそこ、といったところだった。
「いやあ、遠慮しておく。どうせ悪性なんだろう?」兜は、医師が開いているカルテを指差す。
 医師はうなずく。
「俺はもう、悪性の手術はやめると言ったじゃないか。悪性相手の手術でこっちが死ぬ、なんてこともありえる」
「そんな年ではないでしょうに」
 無表情の医師は肌のつやが良く、しわも少なく、年齢不詳だ。ただ、兜が二十代の頃から、仕事の仲介をし、その時もすでに似たようなふうぼうであったことを考えると、かなりの高齢の可能性もある。丁寧な言葉遣いながら、当時から業界内に精通するかんろくを浮かべていた。
「いや、もう無茶はできない」兜は答える。
「どんな手術も、冷静に手際良く、あなたのように対応できる人は多くありません」
 医師はお世辞を言わない。カーナビが、「大丈夫ですよ。少し道に迷っていますが、かなり指示通りに運転できていますよ」とお世辞を言わぬのと同じだ。だから、その評価も噓ではない。
「できるだけ早く、業界から抜け出したいんだ」
「退院するには、お金が必要です」
 この男は本当に俺を業界から引退させるつもりがあるのだろうか。兜は考えてしまう。この二十年近くの間、仕事はすべて、医師が仲介してきた。あの男を殺害するように、この男を始末するように、と指示を出してきた。おそらく兜だけでなく、医師はほかにもいくにんかの業者を「患者」として、抱えているはずだ。
 開いているカルテには、標的の情報が記されている。「手術」すべき相手の氏名や住所、それが分からなければ、特定するための情報、依頼主の求める条件が、一般の人間では分からぬような、医療専門用語ともドイツ語ともつかぬ言葉で書かれている。標的の顔写真も貼られているが、専用のフィルターをかぶせなければ、陰影だらけのレントゲン写真にしか見えない。


〈第7回へつづく〉


伊坂幸太郎『AX アックス』(角川文庫)

伊坂幸太郎『AX アックス』(角川文庫)


伊坂幸太郎『AX アックス』特設サイトhttps://promo.kadokawa.co.jp/ax/


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