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試し読み

鳴りやまぬ驚愕と感涙の声! エンタテインメント小説の最高峰! 伊坂幸太郎 『AX アックス』試し読み⑤

2/21(金)発売、伊坂幸太郎さんの文庫最新刊『AX アックス』より、冒頭試し読みを特別公開。『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる<殺し屋シリーズ>の最新作をお楽しみください。
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 ◆ ◆ ◆

 しまった余計なことを言ってしまった、と克巳は明らかに後悔している様子で、その時点で兜は、どうせ同級生の女子と楽しく寄り添っていたのではないか、と見当をつけた。
「俺たちっていうのは。俺と」克巳は視線をらし、むすっと答える。「親父だよ。ほら、今、俺から聞いて、知ったわけだろ。この件について知ってるのは、俺と親父の二人だけってこと」
「そういうことにしておこう」
「魔性の女っていうのかな、ああいうのは。真面目で熱血教師の山田をたぶらかすなんて」
「男のほうが、手を出したのかもしれない」
「でも、山田は真面目だから、罪の意識とかでまいっちゃっているんじゃないかな」
「まいってる?」
「最近、休んでいるんだ。不登校だよ。ほかの先生たちは、病気で療養が必要とか言ってるけど、たぶん、不登校みたいなもんじゃないの」
「先生が不登校か」
「女って怖いね」
「怖い女もいれば、怖くない女もいる。男も女もいろいろだ」
「でも、そういえば、カマキリの雌って、交尾の最中に雄を食べちゃうって言うけど、あれって本当かな」克巳が訊ねてくる。
「ああ、あれは」
「やっぱり雄は、交尾するのに利用されているだけなんじゃないかな」
「あれは、違うんだ」兜は説明する。以前、同業者の誰かから教わった話だった。「カマキリの視野は広い。加えて、動きも素早いからな、後ろにいる雄を敵だと勘違いして、攻撃するだけなんだ。事故だ」
「それにしても怖い」
とうろうおのって言葉を知ってるか」それも、業者から教わった知識だ。当時、兜は、蟷螂がカマキリのこととも知らず、とうろう流しみたいなものか、と聞き返したところひどく馬鹿にされた。
「灯籠流しみたいな?」と克巳が言う。
 兜は溜め息を吐く。「カマキリのことだ。カマキリが手の斧を振り上げている姿を思い浮かべてみろ。勇ましいけれど、しょせんはカマキリだ」
「負け犬のとおえみたいな意味?」
「似てるが、少し違う。カマキリは勝つつもりだからな。弱いにもかかわらず、必死に立ち向かう姿を、蟷螂の斧という」
「親父も、おふくろにいつも怒られてばかりだから、時にはがつんとやったらどうだろう」
「斧で、がつんと」
「でもそのことわざは、カマキリもその気になれば、一発かませるぞ、という意味合いではないんだろ」
「どちらかといえば、はかない抵抗という意味だ」
 兜の斧があつなく折れた場面を思い浮かべたのか、克巳が同情するように見た。
「ただ、カマキリの斧を甘く見てるなよ、と俺は思うけどな」兜は言う。
「いつか、がつんと」
「そうだ。それにしても、教師が登校拒否とはな」
「最近は多いらしいよ。親父の頃よりも、世の中は生きにくくなってきてるんだよ」
「いつだって生きるのは大変なんだ」
「たとえば?」挑むような、試すような強い口調で言葉をぶつけてくる。息子にとって、父親とは味方なのか敵なのかライバルなのか、と考えずにはいられない。

〈第6回へつづく〉


伊坂幸太郎『AX アックス』(角川文庫)

伊坂幸太郎『AX アックス』(角川文庫)


伊坂幸太郎『AX アックス』特設サイトhttps://promo.kadokawa.co.jp/ax/


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