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試し読み

「このホテル、『死にたくても死ねないホテル』って言われてるの」――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#7

累計300万部突破! 伊坂幸太郎屈指の人気を誇る〈殺し屋シリーズ〉の最新長篇小説『777 トリプルセブン』が、2023年9月21日(木)に発売となりました。
刊行を記念し、冒頭部分約40ページが読める大ボリューム試し読みを掲載! 全11回の連載形式で毎日公開します。
気になる物語の冒頭をぜひお楽しみください!

★シリーズ特設サイトはこちら:https://kadobun.jp/special/isaka-kotaro/koroshiya/



「このホテル、『死にたくても死ねないホテル』って言われてるの」――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』大ボリューム試し読み#7



1914号室

「このウィントンパレス、立派なホテルだよね。建物自体は大きくないけど、中は立派だし。部屋の中で歩くのも少し緊張しちゃう」
 そう言ってくるココを見ながら紙野は、ずっと前に亡くなった母を思い出した。人当たりがよく、れ馴れしいものの嫌みはなく、どこか親しみが持てるタイプだ。六十代だとは思うが、五十代と言っても通用するかもしれない。
 紙野結花は昨日から宿泊しており、そこにココが来たところだった。
「部屋数はそんなに多くなくて、こぢんまりしたホテルだけれど、高級感があってぜいたくだよね」
「今までの人生で貯めてきたお金、全部使うつもりで予約を取ったんです」
 あらあ、とココが感嘆とあきれの入りまじった声を出した。
「知ってる? このホテル、『死にたくても死ねないホテル』って言われてるの」
「え」物騒な表現だったものだから、紙野結花はびくっとしてしまう。
「怖い意味じゃなくてね、ここに来ると幸せな気持ちになるから、死にたかった人も死にたくなくなる、って意味らしいんだよね。人生に嫌気が差した時は、死んだと思って泊まってみるといいってことかも」
「ああ、そういう意味ですか」
 ココはリュックサックからタブレット端末を取り出し、目の前の丸テーブルの上に置いた。簡易キーボードも広げ、何やら操作をはじめる。
「あの、本当に、できるんですか」
「できるって、あなたを逃がすこと? もちろんそのために来たんじゃないの。あなただって、そのつもりで依頼してきたんでしょ。もしかすると、わたしがこんな年寄りだと知らなくて、後悔しているの?」
 とんでもないです、と紙野結花は首を左右に振る。「乾さんが前に言ってました。人生をリセットするならココさんに頼るのが一番いい、って」
 紙野結花に対して喋ったのではなく、別の人間との電話での会話の中でそう言っていたのだ。
「今の人生をやめたいなら、おまかせ」ココが芝居がかった言い方をした。「連絡先は乾から聞いたわけ?」
「乾さんの仕事関係の人の連絡先はすべて頭に入っているので」
「頭に全部? 記憶力いいの?」
 質問ばかりしてくるココが、さらに母親に見えてくる。「はい」
「あら。ずいぶん、あっさり認めるのね。けんそんしそうなのに」
「記憶力がいいのは、否定できません。全部そのせいなんです」と続けた。胃がぎゅっと締まる。自分の頭を右手でつかむようにした。つかんで、脳を取り外したい気持ちに駆られる。
「全部って、どの全部?」
「人生がこんなことになっているのが、です。乾さんのところで働くことになったのも。そこから逃げることになったのも」
 たぶん、わたしが友達一人いない人生を生きてきたのも。
「記憶力がいいなんて、良いことじゃないの。トランプの神経衰弱とか強そうだし」
「強かったです」紙野結花の声が強くなってしまったのは、実感がこもっていたからだ。子供のころは無邪気に、トランプのカードをひっくり返し、「当たった」「また当たった」「どうしてみんな外れるの?」と優越感を覚えて気分が良かった。が、だんだんと他の人たちは自分ほど物事を記憶していないことを知るようになり、それと同時に、「忘れる」能力がいかに必要かに気づくことになった。
 嫌なことなんて忘れればいいじゃないの。誰かが言えば、紙野結花が口にする答えは決まっている。
 忘れるなんて、どうやって?
「どんなこともずっと、覚えているんです。何でもかんでも。見たものも聞いたことも。ぼんやり眺めている時はまだマシなんですけど、一回意識すると」
「記憶に刻まれちゃうわけ?」

(つづく)

作品紹介



777 トリプルセブン
著者 伊坂 幸太郎
発売日:2023年09月21日

そのホテルを訪れたのは、逃走中の不幸な彼女と、不運な殺し屋。そして――
累計300万部突破、殺し屋シリーズ書き下ろし最新作
『マリアビートル』から数年後、物騒な奴らは何度でも!

やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。

そのホテルには、物騒な奴らが群れをなす!

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000745/
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