■インタビュー二人目:グループディスカッション参加者――袴田 亮(30歳)
二〇一九年五月十八日(土)12時08分~
神奈川県厚木市内、某公園にて
すごい。本当に来てくれた。懐かしいなぁ……当時とあんま変わんないね。え? そりゃ覚えてるさ。もちろん一回だけ一緒に面接受けた人間なんて一人残らず忘れたけど、あの五人は特別でしょ。忘れるわけない。最後はあんな感じになりはしたけど、まぁ、そういうとこも含めて忘れられないメンバーになったよ。いやぁ……懐かし。俺は太ったでしょ。いいよ、遠慮すんなって。入社したての頃の写真見ると我ながら別人だなって笑えるんだから。元々太りやすい体質だったんだけど、ちょっと気を抜いたらあっという間だな。一瞬でボン、よ。
あ、そこのベンチに座ろう。この公園での俺の定位置なんだ。最初の頃はなんだか知らねぇオッサンと席のとり合いになってたんだけど、俺が来る日も来る日もここに座り続けたら、折れたね、向こうが。大勝利よ、ははは。今ではここで缶コーヒーにおにぎりっていうのが、俺の定番になっちゃったね。というわけで悪いけど俺はメシ、失礼するよ。
作業着で悪いね。総務でも経理でも、倉庫勤務の人間はみんな着てなくちゃいけない決まりなんだ。現に管理側でも現場に入ることは多いから、しゃあないっちゃしゃあないわな。ん? そうそう、土曜日も仕事――っていうか、夜勤もあるから四勤二休体制――つまり、四日出勤したら二日休みの連続って感じだな。だから土日も祝日も関係なし。最初は慣れなかったけど、まあ、慣れちゃえばどうってことないよ。むしろ土日に外出するのが億劫になったね。人混みがすごくて。特にガキがうるさいでしょ。ほら、ああいう感じの……ね? たまにここの公園にも来んのよ、ガキが。そこに団地があってさ。毎度ガキがここにぞろぞろ集結してんの見てからようやく気づくわけよ、「あ、今日土曜日だった」って。ま、どうでもいいんだけど。
今日はここまで電車で来たの? 車? ……え、タクシー? 都内からタクシー! すごいな……やっぱ金持ちだなぁ。スピラの正社員は収入が違うよ。ははは、冗談冗談。からかってるわけじゃないんだ。本当に尊敬してんのよ。やっぱ内定に相応しいのは、間違いなくお前だったよ。他の奴らは、まぁ、色々――問題があったわな。
俺? 俺は、新卒からずっとこの会社。ずっと物流ですよ。最初は営業だったけど。新橋の本社で始まって、数年したら辰巳のほうにある事務所勤務になって、今の厚木は一、二――四年前からだな。今は倉庫総務。自分で希望出して総務に回してもらったんだ。営業時代はそれなりに大変で折れかけてたけど、今はだいぶ落ち着いてきたよ、気持ちが。
思い返せばそういうのも就活のせいだったのかもしれないな……何というか、自分でもよくわからない上昇志向が芽生えるっていうか、変に意識が高い状態に調整されるっていうか。いい言い方をすれば「成長しすぎる」んだな。就活のせいで。どんな大人になりたいですか、どんなビジネスパーソンになりたいですか。何もわからないのにやたらと急かされた感じがあって、こっちも根は体育会系だからさ、やってやるぜって燃えちゃうんだな。だから仕事が忙しそうな、やり甲斐たっぷりを標榜するような大手とか有名どころばっかり受けてたなぁ……業種とかあんまり気にせず。当時、ちょっと家がごたごたしてたから余計に気負ってたんだよ。まあ、おかげでそれなりに大きな会社に入れたからよかったんだけどさ。でも実際、定時上がりでそこそこの収入がもらえればそれで満足だったはずなんだよな。当時はスピラにだってめちゃくちゃ入りたかったはずなんだけど、いざ月の残業が百時間超えますよ、やり甲斐たっぷりでしょ――みたいな話になったら、段々と心が腐っていってたとは思うんだよな。ただ大変なのがカッコイイと思い込んでたんだ。
この会社に入ってからも「営業以外は男のやる仕事じゃない」みたいな変なプライドが生まれてさ、なんか謎だったね。普通に奥さんとの時間大切にして、子供でもつくってゆっくりしたいなって思えたのはここ数年の話だな。あぁ……結婚は五年前かな。そう、普通に、社内恋愛で。ちょっと煙草いいかな? いつも食後は一服がルーティンになってて。悪いね。
あれ、俺当時吸ってなかったっけ? 違う違う、みんなの前で吸わないように気をつけてただけ。十六から吸ってるもん。はは、今の内緒な。本当、噓ばっかりついてたよ、あの当時は。
どこまで噓つけるかって勝負してるとこあったよな、正直。居酒屋でバイトリーダーやってますってのと、ボランティアサークルで代表やってますって噓ツートップで乗り切ってたのは覚えてるわ。……え、そうそう、全部噓よ。居酒屋で働いてたのは本当だけど、別にリーダーではなかったな。そもそもリーダーなんていなかったし、ははは。大学二年のときだったかな。一回だけ岐阜のほうに友達五人くらい連れて旅行に行ったんだけど、そこで旅館の人たちと一緒に地域のゴミ拾いを手伝ったんだわ。それを就活中にふと思い出して、「あれは完全にボランティアだった」って自分に言い聞かせて、ボランティアサークルの代表というエピソードが誕生。最高でしょ? でもそんなもんだよな、みんな。間違いないって。
いやほんと面白いもんでさ、どっかの面接でボランティアサークルのメンバーは何名ですか? なんて訊かれるとテキトーに「三十七名です」とかって即興で答えるでしょ? するとね、もう忘れないのよ。自分の中に「俺が代表を務めているボランティアサークルはメンバー数三十七名」ってデータがインプットされるわけ。そんなふうにして選考を重ねるにつれて、段々と設定が仕上がっていって、噓をついている自覚すら消し飛んで、妙なディテールまで淀みなく答えられるようになっていくのよ。あれは見事だったな。平気な顔して噓つく天才よ、就活生は……ってごめん、わかんない。俺だけかもしんないわ。ははは。それで――って。
マジか、あのガキども、野球やるつもりなんかよ……。ダリぃなぁ。あり得ねぇだろ。うるせぇのは目ぇつぶれるとしても……腹立つわぁ。
あぁ悪い、それで……あれだわな。お前が気にしてんのは――封筒の中身だよな。
まあ、そうだな。全部本当だよ。頭からお尻まで、全部本当。いじめがあって、そんで自殺者が出た。正直なこと言っちゃえば、あんな根性のないやつだとは思わなかったわな。……え? 誰って、佐藤だよ。佐藤勇也。「この地獄ノックを毎日毎日欠かさずに食らわしてやるから覚悟しとけよ。青アザが何個できようが手加減なんてしねぇからな」――俺がそう言った翌日に、実にあっさり、ぽっくり。ガッカリだよな。根性なしの極みだよ、あのクズ。あれ……俺ひどいこと言ってる? 言ってるな。はは。今のなしにして。わりぃ。
当然、部活はすぐに休止になったよ。遺書もあったから自殺は全部俺たちのせい――いや、名指しで書かれてたからほぼ俺のせいってことになって。別に甲子園を目指せるほどの強豪じゃなかったけど、最後の大会とり上げられたら消化不良だわな。未だに心の中になんかくすぶってるものはあるよ。青春の総決算とり上げられたんだ、あの自己中クズの自殺のせいで――ダメだ。口を開くとあいつの悪口が止まらん。はは。もうやめていい? あのバカの話。
え? あぁそうね……それは俺も気になってさ、グループディスカッションが終わってから自分で調べたよ。チクったやつをとっちめてやろうとは思わなかったけど、どういう経路で佐藤の話が漏れたのかはやっぱり気になるじゃん? 普通に怖かったし。そんで調べた結果――いや実際、俺はかなりビビったよ。
どうやら「犯人」はさ、SNS――当時は mixi だな――使って、俺の友達の友達あたりに手当たり次第メッセージを送ってたみたいなんだわ。いわゆるマイミクのマイミクだな。懐かしいな「マイミク」って響き……まあ、いいや。メッセージの内容は「袴田亮ってやつの悪い噂を教えてくれたら五万円プレゼントする」って感じのものだったらしくて、そんで俺のことは知ってるけど、俺とマイミクになるほどの仲じゃない距離のあるやつが、佐藤の件を「犯人」に教えちまった――という構図だったみたいだな。
肝心の五万円、どうやって渡したと思う? 今だったら「Pay Pay 」とか「スピラPay 」とかで送金すれば済む話だけど、当時はそんなのないわけよ。
駅のコインロッカー使ったんだってさ。ガチかよって思うだろ? 佐藤の件チクったやつが先に情報――野球部の集合写真と、地方新聞の記事だな――をコインロッカーに入れてその場を離れる。「犯人」がコインロッカーを確認すると、謝礼の五万円を入れてその場を去る――完全にヤクザの取引だよな。どんだけ内定欲しかったんだよって震えたよ。
「犯人」――まさか、あんなことするやつだとは思わなかったよな。別に嫌なやつって感じでもなかったし、嫌いじゃなかったよ……え? 亡くなったの? そっか……病気? へぇ……あれだな。最後があんなことになったとはいえ、やっぱり寂しいことには寂しいな。
いずれにしても――あっぶな! おいコラ、いい加減にしろクソガキども、並べ! 逃げるな! この野郎……もしもボールが当たってたらどうするつもりだったんだ? オイ、何とか言えよ。オイ! 怪我させてたらどうするつもりだったんだ、あぁ? 骨だって簡単に折れるんだぞ? 試しに折ってやろうか? おぉ? 泣いてねぇでちゃんと聞けよ、コラ。ちょっとそこのお前、最初に逃げ出した二人か三人、すぐに連れ戻してこい。そのまま逃げようなんて思うなよ? お前が逃げたら、ここに残ったやつら全員地獄のような目に遭わせてやるから、きっちり覚悟しとけよ。わかったら、ほら、行け! すぐ行くんだよ!
(つづく)
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