2019年に刊行された『教室が、ひとりになるまで』で、推理作家協会賞と本格ミステリ大賞にWノミネートされた浅倉秋成さんの最新作『六人の噓つきな大学生』が3月2日に発売となります。
発売に先駆けて、前半143Pまでの大ボリューム試し読みを公開!
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に持ち込まれた六通の封筒。
個人名が書かれたその封筒を開けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
最終選考に残った六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。是非お楽しみください!
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■インタビュー一人目:(株)スピラリンクス元人事部長――鴻上 達章(56歳)
二〇一九年五月十二日(日)14時06分~
中野駅近くの喫茶店にて①
あの最終選考の日、エントランスで開口一番にあなたが口にした台詞、未だに覚えていますよ。なぜって、なぜですかね……なぜなんでしょう。いいこと言うなって感動していただけかもしれないですし、あるいはこれから何かよくないことが起こりそうだという一種の予感を覚えていた――というのはたぶん後づけの理由ですね。まさかあんなことをする学生がいるとはこれっぽっちも想像していませんでしたから。本当に驚きましたよ。
何年前になりますかね、あの採用は……八年前? そんなに経ちますか。私がスピラを辞めて今の会社を立ち上げたのが一五年だから、そうだ、そうですね。八年前だ。震災の年ですもんね。あっという間です。
――ありがたいことに順調ですよ。採用活動を中心にしたコンサル業ですけど、やっぱりどこの企業も人材難ですからね。立ち上げてしばらくは中小がメインでしたけど、今は少しずつ上場企業からも声がかかるようになって……そうですね。順調すぎるくらいです。スピラでの経験が今の私の土台を作ってくれています。
でも、順調と言ったらそれこそ、あなたのほうなんじゃないですか? ペイメント事業で八面六臂の活躍だという噂を……えぇ、そうですそうです。小耳に挟みましたよ。ははは。それは退社したって人間関係がぷっつりと切れるわけではないですからね、噂はどこにでも飛んできますよ。いい噂も千里を走るんです。名実ともに、あなたは今やスピラリンクスのエースです。誇らしいですよ、私としても。えぇ、もちろん。
やっぱり自分が採用に携わった社員というのは、少なからず自分の「子供」のような愛着が芽生えるものですよ。芳しくない成績をあげれば落ち込みますし、いい仕事をしてくれれば我が事のように誇りたくもなります。何と言っても自分で選んだわけですからね。
だからあの年の内定を、あなたがとってくれて本当によかった。
こうやって長いこと採用にかかわっていると、やっぱり「事件」と呼べそうな出来事には何度か遭遇しますよ。たとえば呼んでない学生が無理矢理選考の日に押しかけてきて面接をして欲しいと粘ってみせたり、きっちり落としたはずの学生が選考に不正があったと騒いで警察沙汰にまで発展したりね――でも、ああいった種類の「事件」に遭遇したのは初めてでしたよ。今だからお話ししますけどね、当時、隣の会議室でモニターしていた我々は結構なパニックになったんです。会議室に割って入ってグループディスカッションを中断させるべきなんじゃないかと訴えた部員もいました。結局は皆さんとの約束を守って、ディスカッションの行く末を見守り続けることにしましたけどね。
最低な話ですけれども、確信があったわけです。これはきっと表沙汰にはならないって。何せ我々も皆さんも、全員が平等に恥部を握り合うような構図だったわけですからね。誰もあんな「事件」のことを、どこかに口外しようとはしません。正直なところ、ディスカッションが終わって数週間は誰かが就活掲示板に暴露投稿でもするんじゃないかとほんの少しだけヒヤヒヤもしましたけど、まあ、心の底の部分では安心してましたよ。漏らしたところで全員にデメリットしかないわけですから。全員が被害者だったがゆえに、最終的には全員が共犯者になることで落ち着いたわけです。
……えぇ、そうですね。あなたの言うとおり、実に「切実な」事件でした。もちろんスピラに入社したいと強く願ってくれたことはありがたいことでした。でもまさか、あんなやり方をする学生が出てくるとは。おかげで二度とあのような方式の選考はしないようにと上からきつく怒られましたよ。懐かしいですね。楠見さんですよ、役員の――そうです。今となっては笑い話ですけどね。楠見さんってまだスピラにいるんでしたっけ? そうか、そうでしたね。
――映像って? あぁ、ディスカッションの映像ですか。おそらく人事が保管していると思いますよ。社外秘だとは思いますが、あなたが見る分にはたぶん制限もないでしょう。言えばすぐに出してくれると思います。三時間弱ですかね、三台のカメラで撮影した映像がきっちり残ってますよ。もっとも、途中から二台分の映像に切り替わっていますけどね。
ところで、どうして今さらあの事件に興味を持たれたんです? もう八年も前の、それこそ「大昔」の出来事じゃないですか。
え、お亡くなりになったんですか? あのときの「犯人」が? それはまた、なんと言ったらいいか。あなたと同学年だからまだ三十前後ですよね。死因は? へぇ、ちなみにどんな病気で? いやはやそれは、本当に何と言ったらいいのか。
悲しい言い方になってしまいますが、ディスカッションの最後に「犯人」が見つかったのは、まさしく不幸中の幸いでした。あのまま「犯人」がわからなかったら、それこそ大変なことになっていましたからね。あんな人間を最終選考まで残してしまったのは、まさしく我々の失態です。優秀な学生に見えたんですけどね、当時は。
……え? それはまた面白い質問ですね。でも非常に単純ですよ。笑ってしまうほどに単純です。ちょっとその前に、甘いものを追加で頼んでもいいですかね? 私、生クリームに目がなくて……意外ですか? ま、人間そんなものですよね。「犯人」の正体だって、まさしく意外そのものだったんですから。