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試し読み

近付く破滅の足音。伏線の狙撃手が放つ、青春ミステリ! 浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』試し読み③

2019年に刊行された『教室が、ひとりになるまで』で、推理作家協会賞と本格ミステリ大賞にWノミネートされた浅倉秋成さんの最新作『六人の噓つきな大学生』が3月2日に発売となります。
発売に先駆けて、前半143Pまでの大ボリューム試し読みを公開!
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に持ち込まれた六通の封筒。
個人名が書かれたその封筒を開けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
最終選考に残った六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。是非お楽しみください!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

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「皆さん、改めましてスピラリンクス最終選考に向けた準備、お疲れ様です。今日は軽くお食事をしましょうという話でしたが、あれは噓でした。今日は飲み放題です。お酒を飲まないやつにはかなり厳しい罰則がありますので、しこたま飲むように! ではでは乾杯!」
 面接があるので遅れてくると言っていた九賀くんを除き、店に集まった全員が私服であった。
 リクルートスーツを脱げば就活生はただの大学生で、大学生が居酒屋に集まればそれなりに騒がしい飲み会が始まるのはよくある話だ。開会の言葉を述べた袴田くんが体育会系らしくものの数秒でジョッキを空けると、まるで吸い込むように矢代さんがグラスの白ワインを飲み干した。森久保くんは酔うと卑屈になる質のようで、反省の弁らしきものを誰にともなくぶつぶつと唱えていた。ほろ酔いの僕はそんな森久保くんを見て笑った。袴田くんも笑った。やがて自分で自分が可笑しくなったのか、森久保くんも笑い始めた。
 打ち合わせ続きだと息も詰まるし、どこかのタイミングで懇親会をやろう。九賀くんが提案したところ、ならオススメのお店がと言って手を挙げたのが矢代さんだった。「ピザとクラフトビールが美味しいお店があるんだけど、どうかな? あそこなら座敷席じゃなくてテーブル席だし、何よりお料理が本当に美味しいから」しかし彼女のプレゼンとは裏腹に、テーブルに並んだピザをはじめとする料理の売れ行きは芳しくなかった。断じて味が悪かったわけではない。みんな、飲むことに忙しかったのだ。
 下戸なのでお酒は日頃一滴も飲まないと言っていた嶌さんの前には、まもなく大きなデキャンタがやってくる。まるで誕生日ケーキの登場かと紛うような拍手が沸き起こる中で、
「お酒飲まないんだろ? 無茶はいけない……俺のせいなんだから。俺のために無茶をするな」と森久保くんが真剣な表情で言うと、また場はいっそうの笑いに包まれた。どうでもいい話だが、僕は笑い上戸だ。お酒が入ると平生なら微塵も笑えないものに大笑いしてしまう。
「今日だけは酒豪だから、衣織ちゃん」と矢代さんがどこか自信ありげに頷くと、ね、と嶌さんに対して念を押した。「ジャスミンティーばっかりじゃグループディスカッションを乗り切る体力もつかないから、今日は私が責任を持って飲ませます! このデキャンタはたった今から衣織ちゃん専用になったので、最後まで飲みきるように!」
 嶌さんはグラスに移した最初の一杯をどうにか飲みきると、弱々しいVサインを見せた。
 闘争心に火がついたのか袴田くんもビールをもりもりと食べるようにして飲み込み、口元の泡を乱暴に拭う。
「袴田……明日、面接って言ってなかったか? いいのかそんなに飲んで?」
 心配そうな森久保くんの肩を力強く抱き、袴田くんは、
「気にするな! どうせみんなでスピラに行くんだから、他の面接はどうでもいいんだよ! こんな楽しい日に酒を飲まないやつは死刑だ、死刑」
「よっ色男!」矢代さんが景気のいい合いの手とともにおしぼりを差し出す。
 拭い切れていなかった泡を拭った袴田くんは、興が乗ったのか大きな声で歌い始めた。それが数カ月前に薬物使用で逮捕されたばかりの相楽ハルキという歌手の曲だったので、笑い上戸の僕は反射的に笑い転げてしまう。
「よりにもよってそんな歌やめろ、やめてくれ」と森久保くんが笑いながらも釘を刺すのは当然の話で、相楽ハルキは今や嫌われ者の代名詞であった。何年か前に運転中の不注意で交通事故を起こした――という話がニュースになったときから怪しげな雰囲気が漂っていたのだが、先日の薬物使用でとうとう完全にとどめを刺された。バラードを歌いこなす実力派であったのは間違いないのだが、甘いマスクを前面に打ち出したアイドルまがいのプロモーションをされていたことも手伝い、イメージダウンに伴う世間の失望は大きかった。
 試したことはないが、おそらく Googleの検索ボックスに相楽ハルキと打ってスペースをひとつ入れれば、ネガティブなワードのみがずらりとサジェストされるに違いない。
 袴田くんの相楽ハルキがサビを迎えたとき、嶌さんがぐいっと勢いをつけて二杯目のグラスを空けた。彼女の飲みっぷりを称える僕らの拍手が消え去らぬうちに、さらにもう一杯。四杯目を煽るコールが響こうとしたところで、スーツ姿の九賀くんが店員に案内されてやってきた。
 僕らが想像以上に砕けた様子で騒いでいたことに驚いたのだろう。九賀くんはジャケットを脱ぐのも忘れてしばらく呆然としていたが、やがて調子をあわせるように笑みを浮かべると嶌さんの前に置かれたデキャンタを見つめ、
「……嶌さんって飲めないんじゃなかったっけ? 大丈夫?」
 四杯目が喉につかえて小さくむせてしまった嶌さんに代わって矢代さんが頷き、
「今日は衣織ちゃんといえども飲まなくちゃいけない日だからこれで大丈夫なの。九賀くんもたくさん飲んで」
 くれぐれも無理だけはしないようにねと気遣いながら九賀くんは席につき、矢代さんからメニューを受け取る。ろくに目も通さずにとりあえずコーラでの一言に袴田くんは少々突っかかったが、九賀くんは申しわけなさそうに笑って許しを求めた。
「家帰ってから普通に大学の課題やらなきゃいけないから今日は勘弁……ところで森久保、この間の本ありがとう」
「本?」酩酊していた森久保くんはとろんとした目つきで、「……本って何だった?」
「マッキンゼーのあれだよ。貸して欲しいって言ってる人が一杯いるって……そろそろ読み終わると思うから、もし暇なら二十日あたりには返せると思うんだけど、会えるか?」
「あぁ……」森久保くんはずれた眼鏡を直してから手帳をとり出し、「あれだな……十五時から神奈川のほうで面接が入ってるから、そうだな……十七時以降なら」
「じゃあ、どっかで会おう」
 どうせ二人が会うなら、打ち合わせの日を二十日にずらしてはどうかと僕は提案する。僕自身は二十日に関しては終日これといった予定もないし、もしみんなの予定が合うならそちらのほうが勝手もいいはず。しかし手帳に視線を落とした袴田くんが二十日はNGだとつぶやき、その他のみんなも軒並み予定が埋まっていたためスケジュールの変更は見送られた。
 九賀くんのコーラが到着する。みんなが乾杯をし直そうと言ってパタパタと手帳を閉じる中、袴田くんだけはそのまま手帳を感慨深げに見つめ、ひとつ洟をすすった。酒のせいで頰が赤いゆえの錯覚かと思ったのだが、どうやら本当に涙腺が刺激されているらしかった。
「いやぁ……真っ黒だ、手帳」
 袴田くんは手帳を閉じてから労るように表紙を二度ほど叩くと、
「俺たち、結構いいチーム作れてるよな」
 急に真面目なトーンに転調したことにそこはかとない滑稽さはあった。しかし笑い上戸の僕とて、それを指摘してからかうほど野暮ではなかった。誰もが照れ笑いを隠しつつ頷き、それぞれが胸の中で今日までを振り返る。
「内定、とれるよ、全員」
 最もそういった台詞を吐きそうにない森久保くんが言ったのがまた妙に感動的で、先ほどまで笑いの方向にばかり作用していた酔いが急激に目頭を熱くし始める。まだ本番まで一週間以上あるのに何やら総決算の気配が漂い始め、僕も少しばかり舌が回ってしまう。
 嶌さんは勤勉で、袴田くんはいつも明るく、矢代さんは誰よりも視野が広く、森久保くんは本当に優秀、そして九賀くんのリーダーシップは類い稀なるものがある。絶対にみんなで同期社員になろう、いやなれる。少々熱のこもった演説をしながらいささか恥ずかしい真似をしているなという自覚はあったのだが、結局、誰一人として僕の演説を笑うことはなかった。誰もが深く頷き、それを見届けると袴田くんが、
「では、全員の内定を祈念して改めて乾杯を」
 九賀くんがコーラを掲げると、再び僕らは先ほどまでの楽しい飲み会の空気へと戻っていった。酔いが加速した袴田くんは先ほどの僕のように全員のことを褒めちぎり、褒めちぎり、それでも足りないといった様子で褒めちぎった。褒められた僕らも謙遜が追いつかなくなってくると、今度は揃って袴田くんのことを褒めちぎる。照れ隠しなのか、褒められた袴田くんは褒められた分だけ周囲に酒を勧める。
 嶌さんが押し込むようにして何杯目かの赤い液体を喉に流し込んだとき、拍手の中で九賀くんが僕の肩を叩いた。
「……波多野、ちょっといいか」
 何か大事な用事を思い出したのだろう。神妙な面持ちでトイレの方向に促されたので立ち上がると、それを見た袴田くんが僕らを指差した。
「あれを見ろ――」みんなの注目をこちらに集めてから、「自然に連れションにつき合う、これこそが本物の絆だよ」
 さほど面白くなかったが、けたけたと笑ってしまったのは、僕がやっぱり笑い上戸だったからだ。


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