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試し読み

先読み不可能! あなたは「究極の動機」を見破れるか――浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』試し読み②

2019年に刊行された『教室が、ひとりになるまで』で、推理作家協会賞と本格ミステリ大賞にWノミネートされた浅倉秋成さんの最新作『六人の噓つきな大学生』が3月2日に発売となります。
発売に先駆けて、前半143Pまでの大ボリューム試し読みを公開!
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に持ち込まれた六通の封筒。
個人名が書かれたその封筒を開けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
最終選考に残った六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。是非お楽しみください!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

第1回から読む

 最初の集まりの日、誰よりも多くの資料を持ってきたのは、誰よりも言葉数が少なく、ともするとスピラへの入社意欲はさほどではないのかなと思われた森久保さんだった。
「基本的にスピラの収益の大部分は有料会員である『スピラプレミア』の会費です。次に多いのが広告費。バナーとして表示される簡易的な広告から、コミュニティ機能を生かした集客系の広告まで多岐にわたっているみたいです。調べられる限り調べて印刷してきました」
 時間がなくて一覧などにはできていないのですが――とつけ加えたが、この短時間でここまで情報を揃えただけでも表彰ものだった。A4用紙五枚分しか情報を用意できなかった僕は、森久保さんが用意した厚さ三センチに及ぼうかという紙の束にただただ驚嘆した。
 上野に一時間五百円で借りられるレンタル会議室があるという情報を持ってきてくれたのは九賀さんだった。大きなホワイトボードが一つ、照明とコンセントがあり、机と椅子が置いてあるだけの十畳もないスペースだったが、僕らには十分すぎる設備だった。
「私はスピラについてはそんなに情報を手に入れられなかったんですけど、代わりに――」そう言って矢代さんも鞄から資料の束をとり出した。「海外のSNS事情を調べてみたんです。実際に現地の知り合いから情報をもらったりもしました。役に立つかどうかはわからないんですけど、一応、和訳してきたんで読みやすくはなってると思います」
「すごいなぁ」と袴田さんが心からの驚きの声を上げ、
「こう見えて真面目なんで」と矢代さんが笑顔で返す。
「普通に真面目に見えますけど、実は真面目じゃないんですか?」と僕が笑うと、
「さては私、余計なこと言っちゃったな」
 笑い声が温かく会議室を満たすが、すぐに緊張感のある空気が戻ってくる。団欒が目的ではないことは誰もが自覚していた。九賀さんは机の上に並んだ六人分の資料の束をしげしげと眺め、考えるように顎先を指でつまんで、
「持ち寄った資料を一旦まとめたいですね。矢代さんの海外の資料は最後のプラスアルファとしてかなり有用そうな情報ですが、ひとまずはスピラの受注案件に的を絞って整理したい。となると……」
「一時間くらい資料を読み込む時間をとりましょうか」僕は提案をする。「分担して読み込んで、概要を抽出してホワイトボードに箇条書きにしていく。案件を網羅できたら、今度は見えてきた傾向に沿ってカテゴリわけをして対策を練っていく。どうでしょう?」
 九賀さんは力強く頷くと、反対意見がないことを確認。僕らはスターターピストルの音を耳にしたように、迅速に作業にとりかかった。まずは自分が持ってきた資料の概要をそれぞれホワイトボードに書き記し、続いて森久保さんが持ってきた資料を六人で分担して精読していく。手に取って数枚めくったところで思わず膝を打った。株主総会の資料、会社四季報のほんの小さな記述、創業者と親交の深い人物の著書、一見無関係に思えたエンタメ系雑誌の記事――情報の源泉は至るところに存在していたのだ。何とも言えぬ敗北感を抱きつつも、それ以上に森久保さんの手際とスピラリンクスに対する秘めたる情熱、執着に胸を打たれてしまった。一朝一夕で集められる情報量ではない。以前から地道に収集していたのだろう。
 負けていられないなと勢い込んで資料をめくったところで、
「波多野さん、少し資料もらいましょうか?」
 嶌さんの声に思わず顔を上げる。驚いた。まだ読み始めてから二十分も経っていないというのに、嶌さんはすでに自分にあてがわれていた資料すべてに目を通し終えていたのだ。焦って少々雑な仕事をしたのでは――そんな失礼な疑念を吹き飛ばすように、ホワイトボードに並んでいる要約は見事にわかりやすい大見出しに続いて、丁寧な詳細まで端的に綴られている。
「……すごいスピードですね。速読ができるんですか?」
「いえいえ、そういうのじゃないんですけど、昔からこういうのは割と得意なんです。情報の見極めというか、本質を抜き出すような作業というか。洞察力があるんです――なんて言うと、ちょっと偉そうですけどね」
 提案に甘えることにし、僕は手持ちの資料のいくらかを嶌さんに回した。結局嶌さんは他の四人からも少しずつ資料を引き受け、一時間を予定していた作業時間を四十分に短縮させた。さらにホワイトボードに無秩序に並んでいた情報に補助線を引くようにささやかな手を加え、見事にスピラリンクスが受注した案件を「商品販促型」「大規模イベント型」「情報収集型」「簡易バナー型」の四種類に分類してみせる。
 あまりにも手つきが鮮やかだったため、さすがにまだ考える余地があるだろうと腕を組んでみたのだが、
「『大規模イベント型』をさらに細かく分類してあげてもいいかもしれないですね」というのが僕にできる精一杯の提案だった。
「確かに、ボリュームを考えたら、そこはもう少し丁寧にわけてあげたほうがよさそうですね」九賀さんが僕の意見に同意し、「こうやって見ると、グループディスカッションのネタになりにくそうな『簡易バナー型』の情報は多少軽視して、他のジャンルに対する情報を厚めに収集しておいたほうがいいかもしれないですね」
「ですね」森久保さんが話を引き取る。「ちょっと足りないジャンルの情報をまたしっかり集めてきます。特に『商品販促型』は明らかに薄い」
「『大規模イベント型』については力になれるかもしれません」と矢代さんが綺麗な瞳を大きくして微笑み、「イベンター系のお仕事をしている知り合いの方なら何人かいるんで、たぶん生の声が聞けます。なるべく早くコンタクトをとってSNSとタイアップした実績があるかどうかヒアリングしてみますね」
 皆が頷き、それぞれの手帳の上に忙しなくペンを走らせる。ホワイトボードには新たな文字がいくつも書き加えられ、誰かの提案がまた別の誰かの画期的なアイデアを誘う。ひとつ、またひとつと新たな指針が固まっていく中、冗談だろと思うほどあっという間に会議室の返却時刻がやってきた。
「おいおい、まずいだろ」
 資料から顔を上げると、袴田さんが厚い胸板の前で腕を組んでいた。時計を見つめていたのでてっきり時間の話をしているのかと思ったが、急におどけたように苦々しい顔を作って、
「……今日の俺、何の活躍もしてねぇぞ」
 慰めより笑いを欲している表情だったので、誰もが遠慮なく笑った。
 確かに初日の袴田さんの活躍度合いは、他のメンバーに比べるといくらか控えめなものだったかもしれない。しかし三回目の集まりの日、彼の真価が遺憾なく発揮されることになる。
 トラブルや、揉めごとと呼ぶほど大げさなものではない。ただグループディスカッションの課題として提示されそうな「商品販促型」と「大規模イベント型」の二つのジャンルに絞って対策を進めていくべきだとする森久保さんと、それ以外のジャンルについてもしっかりカバーしておくべきだとする矢代さんの間で少しばかり意見が対立する瞬間があった。さすがに取っ組み合いの喧嘩が始まることはなかったが、互いに一歩も譲らずに尖った言葉をぶつけ合う展開が続くと、何とも言えない崩壊の予感が漂い始めた。誰かがブレーキをかけなくてはいけない。しかし九賀さんが冷静に冷静にと促しても二人の議論は熱を帯びていくばかり。僕が額の冷や汗を拭った、そんなときだった。
「まとまらないなら、力業で解決するしかねぇか」
 焦れた様子の袴田さんが首の骨をぱきりと鳴らしてから立ち上がった。大柄の男性が勢いよく立ち上がればそれだけでとんでもない威圧感がある。侃侃諤諤の議論を続けていた二人も、思わず瞬間的に黙り込んだ。喧嘩両成敗、ともすると鉄拳制裁があるのではないか――失礼ながらそんな予感を抱いてしまったのは、たぶん僕だけではないはずだ。
 袴田さんは会議室の端に置いてあった自身の鞄の中をまさぐり始める。中から出てきたのはしかし棘のついた銀色のメリケンサックではなく、可愛らしい包装紙でくるまれたプレゼントらしき細長い物体だった。数にして一、二――合計五つある。
「突然だけど、袴田賞の発表を始めさせてもらいますよ」
「……袴田賞?」
 僕の言葉に頷くと、袴田さんは賞の詳細もろくに説明しないまま、
「まずは九賀さん」袴田さんは持っていた包装紙にくるまれた謎のそれを九賀さんの前に差し出すと、「袴田賞『リーダー部門』の受賞、おめでとうございます。これは抜群のリーダーシップを発揮し、チームをうまくまとめている人物に与えられる賞です。おめでとうございます」
 九賀さんは状況が把握できていないまま、小さく会釈して賞品を受け取る。
「続いて波多野さん。袴田賞『参謀部門』の受賞、おめでとうございます。これは常に全体を俯瞰し、チームの指針を巧みに見定めている人物に与えられる賞です。おめでとうございます」
 手渡された賞品は想像していたよりもずっと軽かった。その後、袴田さんは『最優秀選手部門』の嶌さん、『データ収集部門』の森久保さん、『グローバル部門&人脈部門』の矢代さんにそれぞれ賞品を恭しく進呈した。
「本当は今日の終わりに賞の発表をしようと思ってたんですけど、ちょっと繰り上げさせてもらいました。賞品は皆さんのことをそれぞれイメージしながら、日本橋髙島屋で買ってきたものです……まあ、そんなに高価なものでもないですけど、よかったら開けてみてください」
 誰もが袴田賞の意味合いを把握しかねていたが、開けた包装紙の中からうまい棒が出てきたとき、全員が呆れたような笑い声をあげた。それぞれに違う味を用意している芸の細かさもあっていよいよ会議室は脱力し、気づくと先ほどまでのぴりついたムードは一掃されていた。
「何なんですかこれ?」笑いながら僕が尋ねると、
「普通にみんなで食おうと思って持ってきたんですけど、なんとなく気分が上がっちゃって」
「包装は?」
「それはあれですよ。茶目っ気ですよ」
 僕がまたいっそう笑うと、袴田さんはからりと笑ってから少し真面目なトーンを作って、
「俺は正直、対策するジャンルを絞るっていう点においては森久保さんに――いや、森久保に賛成だよ。でも矢代が言うように他のジャンルの対策も怠るべきではないと思う。だから思い切ってどんなジャンルが来ても対応できるような汎用型の対策をマニュアル化しておくってのはどうだろうか――ってのが俺の意見なんだけど、どう?」
 絶妙なタイミングで放たれた彼のアイデアに、皆が素直な気持ちで頷くことができた。
「『フェア』な折衷案だと思う」
 九賀さんが――いや、九賀くんが太鼓判を押したこのときを境に、僕らは一斉に敬語を使うことをやめた。ひょっとすると僕らの中で最も全体の空気が摑めているのは袴田くんなのかもしれない。僕は久しぶりに食べるうまい棒の味に舌鼓を打ちながら、そんなことを考えた。
 休憩中にトイレへと向かい小便器の前に立つと、ほとんど同じタイミングでやってきた森久保くんが僕の隣に並んだ。彼は壁に向かってぼそりと、
「さっきは、袴田に助けられたな」
 僕は思わず横を向いてしまう。森久保くんはどちらかと言えば口数も少なく、表情の変化も乏しい。無愛想というよりはただ真面目なのだろうと合点していたのだが、あまり人を褒めるタイプだとは思っていなかったので、僕は小さく微笑んでしまう。
「持ちつ持たれつでしょ」
「グループディスカッション」と森久保くんは壁を見つめたまま、どこか遠い目をして言った。
「過去に何度かやったけど、結構クラッシャーみたいなのがいるんだよ」
「クラッシャー?」
「実力もないくせにマニュアル本だけ読んで、変に仕切りだしたり、何の意味もないのに『一旦まとめますね』なんて言って、他の候補者の意見を馬鹿丁寧に復唱したりして時間だけ消費するダメなやつ。いるだけで場の空気をぶち壊して、全員を落選に導くんでクラッシャー」
「へえ……知らなかった。でも確かにいるね、たまに」
「こんな洗練されたグループ、本当に初めてだ。初めて他人が煩わしくない」
 おそらくそれは、森久保くんにとって最大級の褒め言葉だった。彼はそれ以上わかりやすい言葉は使わず、の滴を振り払う動作をスマートに完了させると、
「あんまりわちゃわちゃ騒ぐのが好きじゃなかったから、今までちょっと感じ悪かったかもしれないな。悪かった。俺は死んでもスピラに入りたい。内定――みんなでもらうぞ」
 笑ってしまうほど格好よくトイレを出て行った森久保くんの背中を見つめながら、僕も彼とまったく同じ気持ちであることを改めて実感する。みんなでスピラに入りたい。いや、僕はこの時点でほとんど確信さえしていた。
 どんな課題が来ようとも、多少イレギュラーな事態に遭遇しようとも、何も問題はない。僕らは今や最高のチームを形成しつつある。きっと、いや、間違いなく、僕ら全員に内定が出る。


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