六人の噓つきな大学生
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次々と暴かれる六人の罪。犯人の目的は何か――浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』試し読み⑦
2019年に刊行された『教室が、ひとりになるまで』で、推理作家協会賞と本格ミステリ大賞にWノミネートされた浅倉秋成さんの最新作『六人の噓つきな大学生』が3月2日に発売となります。
発売に先駆けて、前半143Pまでの大ボリューム試し読みを公開!
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に持ち込まれた六通の封筒。
個人名が書かれたその封筒を開けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
最終選考に残った六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。是非お楽しみください!
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■インタビュー三人目:グループディスカッション参加者――九賀 蒼太(29歳)
二〇一九年五月十九日(日)14時35分~
水天宮前駅付近の某ホテル、ラウンジにて
しばらく見てたでしょ、僕のこと。
いつって、あのときだよ。僕の「写真」が明らかになってからしばらく。
もちろん気づいてたよ。侮蔑と失望と疑念とあとなんだろうね。いろいろなものが混ざり合った混沌とした視線を君は向けていた。意外にわかるもんだよ、そういうの。
何か好きなもの飲みなよ。お昼がもしまだなら軽食もあるから。確かサンドウィッチがあったと思うよ。あっ、そっちはドリンクメニューだから、そっちかな、そう、それ。クラブハウスサンドだ。結構おいしいよ。しっかりとトーストされてあってね。
あぁ、別に宿泊してたわけじゃないんだ。ただせっかく久しぶりに会って話すならこういうところがいいかなと思っただけ。一応、勤務地は六本木だね。本社にべったりって感じでもないから、そんなに足繁く通うことはないけど。半分ノマドみたいな生活をしてるね。
今はITだね。あぁ、違う違う、新卒で入社したのは携帯キャリアで、三年くらい勤めたかな。対法人のソリューション営業部門ってところにいたね。お得意さんのところに行って、IT周りの課題を探して根こそぎ自社サービスを勧めて、地盤を固めていくっていう種類の仕事をね。なんかこういう言い方をすると悪徳っぽいね、はは。別に悪いことはやってなかったよ。結構、感謝されたんじゃないかな。やり甲斐はあったよ。楽しかったね。
友達が起業したんだ。それが今の会社。大学時代の同級生に本当に頭の切れるやつがいてさ、ゼネラリストにしてスペシャリストとでも言うべきなのかな。何をやらせても一流。手八丁口八丁ってやつだね。喋りは面白いし、運動もできたし、アイデアも独創的で、リーダーシップもある。え、僕? 比べたら失礼だよ。謙遜じゃないさ、本当に本当。彼が面白いアプリを考えたから、これで一旗揚げたいって声かけてきたのが四年前。去年三千万ダウンロードを突破したんだけど、知らないかな、このアプリなんだけど、この青いアイコンの、あ、知ってる? 嬉しいな。天下のスピラリンクスにまで僕らの仕事が届いているなんて。
スピラもまた一段と大きくなったね。SNSのスピラ自体はあの後数年ですぐに下火になってしまったけど、リンクスの普及と、スピラPay のシェアで今や日本トップのIT企業だ。それも君の活躍が少なからず影響してるのかな、はは。謙遜は必要ないよ。君は間違いなく優秀な人間なんだから。 スピラ、やっぱり行きたかったよ。今は今で楽しいけど、でもやっぱり一度はあのオフィスで働いてみたかったな。当時、仲のよかった友達と一緒に受けたんだけど、そいつは二次ですぐに落ちちゃってね。無念を晴らそうと思って奮闘してみたものの、やっぱりスピラの壁は厚かったね。今はもう本社渋谷じゃないんだっけ? 新宿か、そっかそっか。人数も増えただろうしね。すっかり時代も変わったよ。
懐かしいね、就活。思えばついこの間のことのようなんだけど、でもやっぱり大昔の出来事のようでもある。あの一日で、いや、あの二時間三十分で、僕たちの運命はまったく違うレールに乗ったわけだ。あ、ごめん、別に内定を手に入れた君に対して嫌みを言っているわけじゃないんだ。ただ、今考えてみても、就活って改めて人生の一大事だったよな、って。
あ、サンドウィッチはこの辺に。どう、結構美味しそうでしょ。あ、いいの? じゃあ遠慮なく一つもらっちゃうよ。悪いね。実は結構お腹空いてたんだ。
就活期は思うに、最上の混乱期だったよ。自分のことを知らなきゃなんて言って本屋に駆け込んで、自己分析の本を買うんだからね。そこで、へえ、僕ってこんな人間だったんだなんて納得したりして。今になれば何やってたんだろうって思うけど当時は大真面目だったよ。
ノックは二回じゃなく三回で。履歴書を送付するのは必ず白い封筒で。コートは社屋に入る前に必ず脱ぐ。ただの説明会でも実は隠しカメラが仕掛けられていてあなたの素行を調査しています。いろんな話があったな、本当。なんだか内定って必殺技みたいに出るんじゃないかな、って当時は割と本気で思ってたんだよね。漫画でよくあるじゃないか。選考、面接のシーンが。それこそ宇宙飛行士になるための試験だったり、あるいは忍者になるための試験だったり。はは、読むよ。意外? 漫画大好きだよ。
ま、とにかくさ、漫画の中の試験って、実は質問それ自体はさほど重要じゃなくて、別の評価点が設けられてるって展開が往々にしてあるんだよ。僕はてっきり就職活動もそういうものなのかな、ってやっぱりどこかでは思ってたんだよね。それこそ面接官のシャツの襟が折れていることを臆さずに指摘できたら合格、みたいなね。でもどうなんだろう。実はそういうのって、どこかの企業では本当に行われてるのかもね。いずれにしてもこうやって三十近くになってからも、就活の全貌ってのはまったく見えてこないね。
たぶんだけど、この世で最も就活生が詐欺に遭いやすいと思うよ。本当の混乱期だから。あ、あれだ、詐欺っていうのも、懐かしいね。はは。やめようか、この話は。
いずれにしても、だからこそ「犯人」があそこまで周到に、あの「封筒事件」を起こしてしまった気持ちも、まったく理解できないわけじゃないんだ。平常時だったら思いついたって行動に移せないようなことを、いともたやすく実行してしまう。結果的に「犯人」は内定をとれなかったわけだけど、もう少しうまく立ち回れば、ひょっとすると内定までたどり着けたのかもしれないね。実に、就活らしい「事件」だったんじゃないかなって、僕は思うよ。
あのときは本気で仲間になれたと思っていたから、裏切られた気持ちが強かったけど、今となっては、うん。どこか同情してるよ。許されないことをしたけど、許されないことをせざるを得ない状況に追い込まれていたわけだ、「犯人」も。今度、お墓参りにでも行ってあげようかな。ほんの短い時間だったけど、やっぱり僕らは一種の「同僚」だったわけだからさ。もちろん可能なら「フェア」に闘いたかったっていうのが本心だけどね。
ん、あぁ、そうだね。その話だよね、聞きたいのは。
全部、本当だよ。何一つ言いわけの余地はないね。でもどうだろう。今さら、これといって説明する必要のあることなんてないんじゃないかな。どこにでもある、今日もどこかで発生してる、とんでもなくつまらない、とんでもなく最低な、馬鹿な若者のお話になるだけだから。
当時つき合っていた恋人がいました。テンションが上がってするべきことをせずに、したいことだけをしてしまったら、子供ができてしまいました。血の気が引きました。病院に行きました。安心して肩の荷が下りました。気まずくなったので恋人関係は終わりに。以上。
SNS経由で「犯人」が情報を集めてたらしいっていうのは、小耳に挟んだね。mixi とFacebook でお前の情報を聞きたがってるやつがいたけど大丈夫かってのは、何人かから言われたね、あのグループディスカッションの前後で。そういった地道な努力が実って「犯人」は見事に、僕の元カノ、原田美羽さんにたどり着いたわけだ。大したもんだよ。写真は彼女が提供したんだろうね。それ以外にないでしょ。中絶の同意書も、ツーショットの写真も、僕以外に持っているのは彼女しかいないわけだからさ。恨まれてたんだろうね。たぶん。
あ、もう一杯飲む? いい? え、仕事って、これから? あぁ、別に出勤するわけじゃないんだね。でも、スピラも大変だね。いや違うか、スピラだから大変なんだね。羨ましいけど、やっぱり君が内定に相応しかったと思うよ。これからも頑張ってよ。
せっかくだし送っていくよ。車で来てるんだ。中野のほうだって言ってたよね。どうせ通り道だから。僕も僕で、これから飲み会があるんだよ。まあ仕事絡みといえば仕事絡みだね。広い意味でのステークホルダーのご機嫌とりってところかな。あ、そうそう、そうなんだよ。お酒は飲めるふりだけしてたんだよ。本当はてんで飲めないし、興味もない。これ言うといつもびっくりされるんだけど、発泡酒っていうのがビールとは別物なんだってことを知ったのも実はここ数年の話なんだ。はは、やっぱりびっくりする? 飲むとすぐに頭が痛くなっちゃってさ、そういう家系なんだよ。だからお酒の席にも平気で車で行っちゃうんだよ。飲めないって言ってるのに無理矢理飲ませてくるような人間とは基本関わらないようにしてるんだけど、そういった人間も、車で来てるんで、の一言で結構黙らせることができるから。でもなんだろうね、そういうふうに言えるようになったのはたぶん最近になってからで、大学生の頃は飲めないと馬鹿にされるっていう被害妄想があってね。小さな見栄を張り続けていたわけだよ。本当、大学時代は噓ばっかりだったね。
あ、やめてやめて。ここは僕が。声をかけてくれただけで嬉しかったし、このくらいは格好つけさせてよ。カードでお願いします。はい、大丈夫です。
そこのエレベーターで降りよう。地下に停めてるんだ。
いい位置に停められたと思うんだけど、ほら、あった。エレベーターの目の前だ。その白いアウディ。遠慮しないで乗ってってよ。実は元々来たときからそのつもりだったんだ。え、何って、これはアウディのQ5だけど、そういうことじゃなくて? ドイツ車の中ではアウディが一番好きなんだ。BMもベンツもいいけど、なんだろうね、肩肘張ってない実力派のイメージがあって、って、そういうことじゃないの。
何、はっきり言ってよ。
位置? そんなの、もちろんわかってるよ。これだけ大きく車椅子マークが描いてあれば嫌でも気づくよ。あ、障害者用の駐車エリアなんだな、って。でもまあ、駐車場自体は比較的空いてたし、ここならエレベーターからも近くて便利だし、一番いいかなって思ったんだけど、何か、問題ある?