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試し読み

【新刊試し読み】事故物件に棲む引きこもり×真実を語るオッドアイ怪談師の新感覚・怪異ミステリ!『27時の怪談師』①

第3回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉を受賞しデビューした問乃みさきによる新作『27時の怪談師』。発売を記念して試し読みを公開します。幽霊あり、血しぶきあり、怪夢あり……なのに読後、涙&超ハッピーになれます! ぜひお楽しみください。
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すべての生と死にささぐ。

#1 そして誰もいなくなったら棲師と怪談師がやって来た

 ひつぎふたを持ち上げると、ちようつがいがギイと鳴いた。その音が、段ボールの箱ばかりになった殺風景な部屋に消えていくのを待ってから、いつものようにそっと、右足を底に置いた。棺に入る時はいつも、右足からと決めている。
 だけどその時、僕の背中がふいに、ごくごくかすかな誰かの視線をキャッチした。
 そうだ、忘れていた。燕尾服テイルコートの尾をひるがえし、十三個の段ボール箱とつややかなあめいろに光るかんに背を向け、部屋の隅の壁に向き合う。
 目の前にあるのはただの壁だ。そう、真っ白いだけのただの壁。のはずなのに、じっと目を凝らしていると、ぼんやりとした影のような染みが浮かび上がるように見えてきた。この部屋にみついた、暗い歴史の存在証明。
 でも大丈夫。次の住人はきっと、この影に気付くことはないだろう。それくらい、原状回復屋なおしやはしっかり仕事をしているし、これからはもう、この部屋で起きた出来事について、誰にも告知されることはないのだから。
「短い間だったけど……」
 一礼した後、差し出した右手を広げ、てのひらに何もないことを示して見せた。ほら、この通り。タネも仕掛けもありません。そして次の瞬間、飛んできたてんとうむしでもつかむみたいに手首をかえしてこぶしを握り、ワン・ツー・スリーと魔法をかけて、弾むようにパッと開く。掌に現れたのは、百円硬貨三枚だ。
さんの川の渡し賃は六文銭だったって。現代の貨幣価値だと三百円」
 床の上に三枚のコインを重ねた。
めいせんだよ。使いたければ使えばいいし、そこに居たいなら、好きにすればいいんじゃないかな」
 半年間、一度も口をきくことがなかったシャイな同居人は、やっぱり何も言わなかった。でも、それでいい。別に何か期待していたわけじゃないし、今このタイミングでいきなり話しかけられたりしたら、それはそれで困ってしまう。
 改めて、右足から棺に入り、裏に取り付けた取っ手を引いて蓋を閉めた。決して外から開かないよう、中からしっかりかぎを掛ける。間もなく十六時。ヤツらがやって来る頃だ。
 目を閉じた。夜の森に似た匂いがゆっくりと沈んでいく木棺の闇の中で、僕は深い眠りに落ちる。

 ……なんて、やっぱり無理だった。棺の中で、僕は外の物音に聴覚を研ぎ澄ましていた。人の声がする度に、胸のドラムがテンポを上げていく。そのドキドキが、今にも口から飛び出しそうだ。
 今回で何度目だっけ。十余年の年月の中で繰り返し経験してきたこの奇妙なイベントを、真っ暗闇で指折り数える。きっと何度経験しても、慣れることはないんだろうな。そう思うと自然とため息が漏れて、僕は慌てて口を押さえた。
 その直後、ドンという音と衝撃で僕の身体は棺の中で跳ね上がり、勢い棺の天井に思い切り頭を打ち付けた。いでッ! 出そうになったその声を、すんでのところでこらえ切る。危ないところだった。今のゼッタイ、床から二十センチくらいの高さから落とすみたいに置いただろ!
 前回のヤツらも相当にひどかったけど、今日のヤツらときたら最悪だ。荷物の扱いが乱暴な上に、やたら声のデカいリーダー格の男が気弱そうな新人に怒鳴り散らして、聞いているだけでじわり、目頭に涙がにじんだ。これだから外の世界は……!
 でも、これを乗り越えれば、半年は安全に暮らすことができる。僕がつくり上げたかんぺきなシステムの中で、安全かつ快適に。
 さっさとしろよ、こんな気味悪いとこ、早いとこずらかろうぜ。リーダー野郎のその声を最後に、外がしんと静かになった。そこからゆっくり、心の中で百まで数え、棺の蓋の鍵を外した。取っ手に手を掛け、蓋を持ち上げて外に出る。今日からここが僕のすみだ。
 ん? 蓋を持ち上げ……られなかった。もう一度、ぐいと力を込めて押し上げる。やっぱり同じ。開かないどころか、びくとも蓋が持ち上がらない。
 心拍数が急上昇した。棺の中にどっくどっくと僕の鼓動が響き渡る。落ち着け、落ち着け。言いながら、あの時のことを思い出した。だいの脱出王と呼ばれた天才奇術師、ハリー・フーディーニの脱出トリックを再現した時のことだ。両手両足にめた鎖が外れないトラブルでコンテナに閉じ込められても、僕は冷静に、そうだ極めて冷静に、あの非常事態を自分一人で切り抜けてみせたじゃないか。
 奇術師の力量はそう、何かしらのトラブルが起きた時にこそ問われるものだ。偉大なる奇術師アレキサンダー・ハーマンは、タネと仕掛けをたんまり仕込んだ上着と間違え、マネージャーの上着を着てきたことに気付いた時、ステージを降りることなくその場にあった道具を使って、そのピンチを乗り切っている。手元にあったのはカードだけ。それを手から手へと飛ばすフラリッシュを演じて見せると、ハーマンは続いて二階のバルコニー席まで届くほどの華麗なカード投げを披露して、観客から拍手喝さいを浴びたと伝えられている。
 大丈夫だ、慌てるな。大きく深呼吸しながら自分に言い聞かせた。それにこの状況は、前にも一度経験してる。今回もきっとそうだ。ヤツらがこの棺の上に、何か重たいものを積み重ねてったに違いない。あれほど「荷物は全て重ねずに平置きで」と、依頼時のメールに書いておいたのに!
 ひじを張り、腕全体でえいッと蓋を押し上げた。と、さっきまでは意地でもいてなるものかと徹底抗戦していた蓋は、あっけないほど簡単に開いて、僕はビックリ箱の人形ピエロよろしく中から勢いよく上半身を飛び出させるかつこうになった。
「ゴメーン、上に座ってた。だって、まさかこの中に人がいるって思わないじゃん」
 目の前に足らしきものがあった。二度三度、目をしばたいて、下から上へと目でたどる。スタッズがちりばめられたラバーソウルに、細身のブラックジーンズ。24色の絵の具ぜんぶで描いたようなケバケバしいTシャツを着て、透け透けのひよう柄ブラウスなんか羽織ってる。ゆるくウェーブしたミルクティ色の髪を肩まで伸ばしたその人は、さっき声を聞かなかったらボーイッシュな美女か中性的な美男子か、迷っていたに違いない。
 そして、そのひとみと目が合った僕は、もう視線を動かさなかった。いや、動かすことができなかった。だって、僕を見下ろすふたつのは、片方が金色、もう片方が銀色という異なる色に輝いていたから。
「オッドアイ……初めて見た」
 思わず声に出していた。吸い寄せられるように見とれてしまった。よく見ると、金色の方の瞳はその奥が太陽みたいに赤く燃え、銀色の瞳の奥には青い夜空が広がっている。
「偽モンに決まってんじゃん。カラコンだよ、色付きコンタクトレンズ。仕事柄、こういうのが大事だったりもするわけ。ほら、キャラ設定ってやつ?」
 へらへらと言う声に、僕はようやく我に返った。何年ぶりになるだろう、人間が目の前に立っている。まだ死んでない、生きている人間が!
 ギャーッ! 悲鳴を上げ、慌てて棺の蓋をバタンと閉めた。すかさず鍵をガチャガチャ鳴らす。けど、手が震えてうまく掛けることができなかった。仕方なく、開けられないよう取っ手をギュッと引いたまま、棺の中から大声で叫ぶ。
「だ、誰だ! なんでここにいる! どうやって入ってきた! 今すぐ出てけッ!」
 だけど、返ってきたのは僕の必死さとは真逆の、生あくび混じりの返事だった。
「とむらうという漢字に片仮名でとむらナイト。怪談師。このマンションで起きている怪異について調べに来た。どうやって? んー、普通に玄関から? ドアはロックされてなかったし。で、あとは何だっけ?」
「いーッ、今すぐ出てけ! 出て行かないと警察を呼ぶぞ! そ、それを止める権利は、そっちにはないからな!」
 言いながら、頭の中に「弔ナイト」の文字をつづった。カイダンシ? その謎の言葉に漢字を当てるのに手間取っていると、見透かしたように声がした。
「あ、怪談師ってのは、怖い話を語って聞かせるアレのこと。警察かあ。あんま有難くはないけど、呼びたきゃどうぞ。俺に止める権利はないんでしょ」
 ぐっ……と何も言えなくなった。警察を呼ぼうにも、すべもないひつぎの中。それにもしも今、僕の手にスマートフォンが握られていたとしても、この僕に一一〇ひやくとう番などできるわけがなかった。そんなことしたら警官がやって来てしまう。ここに生きた人間が、さらに増えてしまうじゃないか!
「自殺とか殺人事件で、心理的物件、いわゆる事故物件になって借り手や買い手がつかなくなった家から家へと移り住み、次々と告知義務のない物件に塗り替えてくれるプロの住人、通称・すみ。霊と自在に交信できて、どんな悪霊をもたちどころにあの世へと送ってしまう。そんなすごうでの霊能者でもある棲師だが、その姿を見た者はまだ誰もいない…………」
 怪談師の声がよどみなく語り終えた。ドキュメンタリー番組のナレーションみたいで不覚にも引き込まれた。でも、その声は次の瞬間、ひようへんした。
「ってさ、もしかしてオッサン、あんたのこと? 誰もその姿を見たことないって、この棺みたいなウッドベンチっての? この中に潜んで引っ越してんじゃ、そりゃそうだ」
 言いながら噴き出して、怪談師はひゃらひゃらと可笑おかしそうに笑い声を立てた。カアッと顔が熱くなる。さっき数秒間しか見ていないけど、見た感じ僕より五歳から十歳くらいは若そうだった。けど、オッサン? 三十三になったばかりなのに! それにあんた呼ばわりまで……くそう。
「だったら何だよ! ここは今日から僕の家だ! 今すぐ出てけ!」
 情けなくも僕の叫びは途中から、見事に声がひっくり返った。うわああ、カッコ悪い! これ以上笑われるのが怖くて、両耳をふさぎたかった。けど、できなかった。ふたを開けられないように、僕の両手は取っ手をしっかりつかんでいたから。
「分かったよ」
 僕の予想を裏切って、笑い声は急に止んだ。聞こえてきたのはやけに神妙な声だった。いやいやだまされないぞ、と心のかぎをチェーンロックまでしっかり掛ける。
「でも、その前にひとつだけ頼みがある。このマンションにいている女の霊と話をしてみてくんないかな。女の主張は何なのか。教えてくれたらすぐに出てくし、二度と来ない」
 約束する、と言ったきり、怪談師は僕の答えを待って黙り込んだ。僕は即決した。この不法侵入者の願いを聞いてやろう。それで出てってくれるなら、簡単な話じゃないか。
「分かった。じゃあ教えてあげるよ。このマンションに憑いている女の霊が言うことには……」
「あ、ちょっと待った」
 怪談師のチャラついた声が僕の話を遮った。
「うん、やっぱ先に話しとく。俺がここに来た理由」
 そんなのいいから、とっとと帰ってくれ! の言葉を僕が繰り出すより早く、棺の板一枚を隔てた向こうで怪談師が口を開いた。

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