第3回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉を受賞しデビューした問乃みさきによる新作『27時の怪談師』。発売を記念して試し読みを公開します。幽霊あり、血しぶきあり、怪夢あり……なのに読後、涙&超ハッピーになれます! ぜひお楽しみください。
>>第1回へ
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「八月最後の週末だった」
さっきとは別人みたいな真剣な声だった。その声で、怪談師は慎重に、ぽつりぽつりと語り始めた。
「毎月、最終週のウィークエンドに都内で開かれているライブがある。でも、皆がイメージするライブと少し違うのは、ロックバンドなんかの音楽は前座で、メインは怪談。それも、実話怪談を楽しむライブイベントだってとこ」
実話怪談。いわゆる「本当にあった怖い話」ってやつか。怪談と聞いて僕がパッと浮かぶのは、教科書に載っていた『雨月物語』や、『
ほとんどの人たちは子供の頃や青春時代に、「本当にあった怖い話」で友達同士や部活の仲間と盛り上がったんだろうけど、僕はその輪に加わることなく大人になった。それでも、学校の怪談の王道であるトイレのなんとかさんや、なんちゃらトンネルの怪、タクシー運転手が語る、乗せたはずのない全身ずぶ
この男はきっと、そんなたわいもない怪談話を披露しあう輪の中心にいたんだろうな。苦労知らずの、何もかもに恵まれた人気者。いかにもそんな感じだ。
怪談師の話を聞きながら、僕の生活圏に生きた人間が侵入してきただけでも耐えられないのに、よりによって一番苦手なタイプが……と忌々しい気持ちになった。
「その八月のライブで、シャック
ところが、その話を語り終えた瞬間、彼は胃の辺りを押さえて苦しみ始めた。そして、
想像して身震いした。でも半面、どこか芝居じみてる気もした。実話怪談のライブで新作を初披露した後、語り
「客席はやんやの大盛り上がり。そりゃそうだよね。怪談ライブであんな派手に血を吐いてステージで倒れたら、誰だってちょっとやり過ぎた演出だってそう思う」
でも、と声が言い継いだ。幕を下ろしたその後も、シャック赤口は起き上がることはなかったのだと。
「救急車で運ばれて、今もまだ入院してる。体は何も問題ないらしい。やられたのはここ……ハートの方。シャックによれば、体に異変が起きた時、目の前に髪の長い女の霊が現れたって。恐ろしい顔で女が
ずっと芝居を……? にしては長すぎるなと、その考えは頭の隅に追いやった。もう十月下旬だ。大噴火吐血ライブから二カ月近く経っている。
「その夜から、シャックは
一瞬、棺の蓋を開けかけた自分の手を慌てて止めた。怪談師は僕の意向をすぐに了解したようで、そのメモを読み上げ始めた。
「あの話には手を出すな。あの話は呪われてる。見ただろう? 血を吐いた時、一緒に出てきた針の山を。……俺は黙って首を振ったよ。血の海と化したステージを、俺は直接この目で見てる。針なんて何もなかった。一本も、ね」
針の山……針千本のーます。指切りげんまんの、あの歌が脳裏をよぎる。その残響が頭の中から消えないうちに、話は第二章に突入した。まだ続きがあるらしい。
「一カ月後、九月最終週の怪談ライブで、別の語り部が同じ話を
シャックの鼻を明かしてやりたかったんだろうね。
「また血まみれの針千本を吐いたってわけだ」
棺の中でアッと口を
「断末魔のような叫び声をあげながら血を吐いて倒れ、それから声が出なくなった。ここまではシャックと同じ。あ、異変が起きた時に長い髪の女の霊が現れたのもね。でも、百舌原ミドリ子はこう訴えてる。自分の舌が何かに引きずり出されて、真ん中から真っ二つに裂かれたって。彼女の目には、今もまだ舌は裂かれたままらしい。俺にはそうは見えなかったけど」
スプリットタン──舌に切り込みを入れ、
「針千本と、二つに裂かれた二枚舌。共通するのはさて何だ」
噓吐き。声に出さずに答えた。
「実話怪談ライブの夜に連続して起きた、このふたつの怪奇現象。こんな怪異が起きたのは、それはきっと……」
次の言葉を待つ。と、強い声が言い切った。
「
まこと……真実。じゃあ、その真実は一体……と考えてハッとした。シャック赤口と百舌原ミドリ子が語った実話怪談の舞台ってまさか────
「で、俺はその
「言えるわけないだろッ」
「自在に霊と交信できて、どんな悪霊をもたちどころにあの世へ送る
息が上がっていた。床に
「マジ?」
「マジですけど何か?」
全開になった蓋に手を掛け、再び棺に引きこもるために取っ手を引いた。でも、その蓋をしっかと怪談師の手が止めた。
「霊と交信できるって噓なんだ?」
怪談師は言いながら、ぐいと顔を寄せてきた。目の前に、オッドアイのふたつの
「霊と交信できるなんて、僕はそんなこと言ってない!」
本当だった。霊と交信できるだなんて、僕はひと言も言ってない。棲師だなんて、もちろん名乗ったこともない。
「完全に引きこもりながらどう生計を立てていけばいいのか。答えを探してネットの海を漂っていた時、なんだかヤバそうな求人サイトで見つけたのが、住人募集の文字だった。半年間、ただ住むだけの簡単なお仕事です。家賃・光熱費タダ。報酬・月収二十万円。※過去に事件が起きた部屋です。事件の詳細はお問い合わせください」
段ボール箱でできた小さな積み木の街の路地裏で、告白しながら
「飛びついた。そりゃ最初は怖かったけど、別に何も起こらなかったし。外の世界に比べたら天国だった。僕はようやく安住の地を手に入れたんだと思ったよ。でも、契約期間の終わりが近づいてきて、僕はまた行き場を失うことに……ならなかったんだな、これが」
その時のことを思い出すと泣きそうな気持ちになった。あの時、僕は生まれて初めて、もしかしたら神様はいるのかもしれないって信じかけたくらいだ。
「契約期間の半年が過ぎるのを待たずに、同じ職種の仕事が舞い込んできた。うちが抱えてる事故物件もぜひ!とメールが届いたんだ。その後は口コミで、途切れることなく仕事が舞い込んだ」
なんで? 怪談師のクエスチョンが飛んできた。
「なんで引きこもりになんか」
あっけらかんとした口調だった。引きこもりになんか? お前になんか分かるわけがないだろうな、の代わりにぼそりと「答えたくない」と答える。
「でもさ、いくら何でも全く人と会わないなんて無理じゃない?」
「不可能じゃない。そりゃあ最初は無理だったけど、それを可能にするシステムをだんだんと構築していったから」
「システム?」
予想していたオウム返しだ。
「今やネット社会だからね。仕事を引き受ける時に雇い主への条件として、部屋のドアのすぐ横に僕専用の宅配ボックスを置かせてもらってる」
ああ、なんか邪魔なのあったな、なんて怪談師が言うのを無視して先を急ぐ。
「買い物は全てネット注文、受け取りは宅配ボックス。昔は映画館やレンタルビデオ屋に行けないのが悲しかったけど、今じゃ映画もドラマもネット配信で家に居ながらいくらでも観れる。本だってネットでポチればすぐに届くし、電子書籍もあるしね。
ゴミ出しだけは長い間ストレスだったけど、ゴミが出ないように野菜は皮まで食べるとか生活全てを見直してくうち、ゴミなんてほぼゼロにまで減量できた。日に当たらない生活はそりゃあ体に悪いけど、その分きちんとビタミンDをサプリメントで補給してるし」
だから何も困らない。僕は何にも困ってない。と、話を締めくくった。けど、本当は噓だった。ひとつだけ、夜も眠れないほど困っていることがある。カードの更新だ。クレジットカード。あれナシじゃ、僕のこの完全引きこもりシステムは成り立たない。そのカードの更新が迫っていた。クレジットカードや健康保険証の
その悩みを振り払うように、「さあ、分かったら出てってよ」と話を切り上げようとした時、すぐ上で声がした。
「それであんたは
顔を上げると目の前に、あのオッドアイのド派手な顔があった。うわあッと叫んで逃げようとして、段ボールのビルの角にぶつかった。積み木の街は崩壊し、中から幾組ものカードや真っ赤な
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