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試し読み

【キャラクター小説大賞受賞作試し読み】問乃みさき『次回作にご期待下さい』

第3回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉を選考委員満場一致で受賞した、問乃(といの)みさきさんのデビュー作『次回作にご期待下さい』。月刊漫画誌編集部を舞台に、マンガを愛する個性的な大人達が、全力でマンガにまつわる謎に取り組む、明日を頑張る元気をもらえる、笑いあり涙ありの物語です。
かつて漫画誌を愛読していたあなたに読んでほしい、お仕事青春物語。
その第一話、謎が明かになる部分までをどうぞ!

キャラクター小説大賞<読者賞>受賞作
路生よる『地獄くらやみ花もなき』試し読みはコチラ



 自分のベッドでちゃんと寝るのは何日ぶりだろう。答えがすぐには出てこないくらいだから、とにかく久しぶりには違いない。嬉しくて子供みたいにベッドにダイブした。
 人生の三分の一は睡眠だから。呪文のようにそう繰り返す、元同級生の寝具メーカー営業マンから逃げ切れず、仕方なく買った低反発マットレスに大の字になって身を預けると、疲れ果てた体から、重たい何かが溶け出していく感覚に包まれた。高かったけど買って良かったのかもしれない。うん、きっと良かった。自分に言い聞かせてすぐに、別の思いが頭に浮かんだ。でも僕の睡眠は一体、人生の何分の一だろう。そう思ったのを最後に、僕の意識はどこか知らない、深くて静かで心地いい場所へ、ゆっくりと落下し始めた。

 へくしゅ! でっかいくしゃみの音で僕の電源が入った。その瞬間に、ああ……と察した。見覚えあるコンクリートの灰色の天井。地下一階の一番奥の、太陽の光が届かないひんやりした廊下に置かれたベンチの上で、僕は目覚めた。久々の自分のベッドで深い眠りについていたのは、夢の中の僕だった。家に帰って自分のベッドで眠りたい。せっかく買った、と言うか買わされてしまったあの低反発マットレスで、買わされてしまった以上はたっぷりとその性能を心ゆくまで味わって、深く深く眠りたい。そう願う心が見せた、眠る夢。
「情けな……」
 (つぶや)いて目をしばたく。
 昨日よりわずかに軽く感じる体を起こし、今まで寝ていたソファベンチに腰掛けた。と、何かを踏んだ感触がして、慌てて足を上げると、そこにはタータンチェックのくたびれたブランケットが落ちていた。せっかく掛けてくれたのを、寝相の悪い僕が落としてしまったのだろう。
眞坂(まさか)さん、お目覚めですか」
 その声に、ブランケットを拾い上げようと伸ばした手を止めた。警備員の夏目(なつめ)さんが警備員室の窓口からこちらを見ていた。
「これ、夏目さん?」
 訊きつつブランケットを取って、畳み始める。まだ頭が働いていないせいか、合わせなくちゃならない角を間違えてしまった。
「ああ、そのまま置いといてください」
 夏目さんが警備員室を出て、こちらへ歩いてくる。やっぱり足音は聞こえない。
「四月といっても朝晩はまだ少し冷えますからね。風邪なんかひかないように気をつけないと……」
 へくしゅ! 夏目さんの話の途中で再びくしゃみが出た。
「すみません。なんか、僕の寝相が悪いせいで、せっかく掛けてくれてたのに落としちゃってたみたいで」
「では次から、眞坂さんの寝相もパトロールするといたしましょう」
 夏目さんはそう言うと、ゆっくりと敬礼をしてみせた。制帽から出ている髪はもう半分は白くなっていて、三十四歳の僕よりも二回りくらい上かなと思う。かと言って、還暦を過ぎた僕の親よりはきっと若いだろう。
 夏目さんはいつも足音もなく歩く。そして、淡く微笑む。夏目さんの気配はいつだってどこか(かす)かだ。僕は密かに、真夜中にこのビルを彷徨うと噂されている亡霊の正体は、夜間警備員であるこの夏目さんなんじゃないかと思っている。きっと徹夜仕事で疲れきった誰かが、深夜のパトロール中の夏目さんを幽霊と見間違ってしまったんだろう。
「そう言えば、さっき上の階で編集部の方が探してらっしゃいましたよ。なんだか今日は賑やかですね」
「ああ、ちょっとしたイベントがあるんです」
 時間を確認しようと、ジーンズの尻ポケットからスマホを出した。けれど、その画面はホームボタンを何回押しても暗いままだ。うそ、電池切れ?
「今、何時ですか」
 いつだって薄暗い地下フロアは昼か夜かも曖昧だ。だけど、まだ夜勤の夏目さんがいるのだから全然余裕のはずだった。
「午前十一時を少し回ってます」
 夏目さんが指した先、警備員室の窓口のガラスの向こうに掛け時計が見えた。十一時を十分ほど過ぎている。いやいや噓だろ。
「夏目さんいるのに!?」
「すみません、交代の人が体調を崩して病院へ行くとかで、昼まで残ることになりまして」
 両手で頭を抱えた。完全に遅刻だ。二時間だけ仮眠して仕事に戻るつもりだったのに。スマホのアラームをかけただけで安心して、電池が残り少ないことはすっかり頭から消えていた。迂闊だった。
 ヤバイヤバイと駆けだしたその後で、あッと立ち止まり、振り返る。ブランケットのお礼を言うの忘れてた。
「夏目さん、ありがとう」
 夏目さんは頷く代わりにわずかに目を伏せて、いつものようにふわりと敬礼をした。その顔を、僕は思わず見つめてしまう。ここで出会った以前にも、僕らはきっとどこかで会っているはずなのだ。ただ、それがいつ、どこで、どんな風にと訊かれると、何ひとつ思い出せない。
「眞坂さん?」
 夏目さんがかけてくれたその声で我に返った。何やってんだ、と慌てて再び走りだす。
「行ってらっしゃい」
 地上へ続く階段を上り始めた時、背後から夏目さんの声が聞こえた。エコーがかかったその声は、どこか深い谷の底から響いてくるように思えた。
「行ってきます」
 大きな声で返しながら、僕は太陽の光が届く世界へと階段を駆け上がった。

 僕が夏目さんと出会ったのは、半年くらい前。たしか去年の十月だったと思う。僕が会社のエントランスで見つけてしまった、落とし物がきっかけだった。
 その日、仕事を終えて会社を出ようとしていた僕は、何かを蹴った気がして出口の手前で足を止めた。見ると、少し先にそれはあった。あーあ、また見つけてしまった。僕は全身でため息をついた。
 僕はなぜか、昔からよく落とし物に遭遇する。登校中に財布なんかを拾い、交番に届けたせいで遅刻した、なんてことが子供の頃は何度もあった。動物の毛アレルギーなのに、捨てられた子犬や子猫を見つけてしまうことも。そのたびに、大きなくしゃみを連発しながら、自分じゃ飼えないそいつらの飼い主探しをする羽目になった。
 うん、見なかったことにしよう。僕は落とし物から目を逸らし、一度はそのまま通り過ぎようとした。すでに終電はなくなっている深夜。永遠に終わらないかと思われた地獄の校了作業をようやく終えて、一週間ぶりに家に帰ろうとしているところだったのだから、無理もないと許してほしい。
 なにしろ、校了中はデスクにそのまま突っ伏したり、会議室の椅子を並べて作った簡易ベッドで、数時間眠れればいい方なのだ。それを一週間も続けていたのだから、体中がギシギシ音を立てそうなくらい痛かったし、(まぶた)は勝手にピクついて、(まばた)きひとつで今にも眠りに落ちそうだった。とにかく一秒でも早くタクシーを捕まえて、自分の部屋に帰りたい。その思いで頭の中はいっぱいだったのだ。
 それでもせめて、ぜったい誰かに踏まれそうなこんな出入口じゃなく、どこかもっとマシな場所へ移してあげようと、僕はその落とし物を拾い上げた。最初、カバーのない文庫本のように見えたそれは、手に取ってみると小さめのノートだった。クリーム色の無地の表紙は少し反り返り、四隅の角がわずかに丸みを帯びていて、なかなかに使い込んでいるものだと分かる。
 手にしてすぐ、僕はそれを開いてしまった。好奇心というほどのものでもなく、僕の手が勝手にやった条件反射のようなものだ。
 そんな風に開いたページに目を落とし、僕はすぐに「ああ……」と後悔の声を漏らした。中を見なければ、ノートをそこら辺の安全地帯にそっと置いて、さっさとその場を去ることができていたかもしれない。なのに放っておけなくなったのは、それが誰かのアイデアノートだったせいだ。ミソ帳、ネタ帳なんて呼ぶ人もいる、僕が拾ってしまったのは何かを創造するための発想を書き記したメモだった。
 パラパラとめくってみた。筆圧の強い生真面目な文字で、あと数ページを残すところまで書き込まれている。主人公、導く者、敵対者……なんて言葉から見て、物語を創る人のアイデアノートに間違いない。
 名前など落とし主を特定するための何かを探した。だけど、どこにも見当たらなかった。こんな場所に落ちていたのだから、一番可能性が高いのはうちの会社に出入りした漫画家か漫画原作者、持ち込みに来た漫画家志望者だろう。あるいは、編集者が漫画家さんへの企画提案のために……と考えて、うちの編集部のメンツを思い浮かべた。だけど、どの顔もこんな地道な努力はしそうになく、ひとり苦笑いした。
 まあアイツなら、寝ている時でさえ夢の中でアイデアを練っていそうだけどな。一人の男の顔が頭の中を横切っていった。だけど、これは絶対にアイツのものじゃない。あの男にはこんなきれいな文字なんて書けないし、アイデアを何かに記しておくようなタイプでもない。思いついたことは全て、頭の中にめちゃくちゃに詰め込んで、脳内はまるでゴミ屋敷のようになっているはずだ。それでもアイツは、どこに何があるか全部分かってるから大丈夫、なんて言うんだろうけど。
「待てよ、うちの会社の関係者とは限らないよな」
 独り()ちて、メモ帳を手に考えた。このビルはフロアの多くをうちの会社が占めているものの、一階と地下一階には医療施設やコンビニ、飲食店などが入っているし、少ないけれど他の企業のオフィスもちらほら入居している。その中には映像系の制作会社だってあるから、落とし主はその会社の関係者であるシナリオライターやプロットライターかもしれないのだ。おまけにこのビルは、周辺のビルで働く人たちの抜け道にもなっている。こうなるともう、特定は容易じゃない。
 すでに僕の心の中では、このノートをこのまま残して帰るという選択肢は消えていた。アイデアとは、僕らにとってはプライスレスの宝物だ。結果的に一円にもならないかもしれないけれど、ここに記された一行から大傑作が育つ可能性だってある。落とした人にとっては大切なもののはずだ。それに、たとえ記したアイデア全てが頭の中にも残っていたとしても、落とし主は絶対に、このノートを探すに違いないのだ。だって、アイデアなんて先に世に出した者勝ちで、誰かにこれを拾われて、使われてしまえばもう終わりなのだから。
「一番近い交番てどこだっけ」
 自分で自分に問いかけて、猛烈に眠い頭で考える。昼間なら、迷わずすぐそこに見えている受付カウンターに届けてる。だけど、受付はとっくに閉まって誰もいない。なら交番に届けるべきだろう。歩いて三分もかからない場所に小さな交番があったはずだ。だけどやっぱり、落とし主は交番よりも、まずはこのビルの受付に訊きに来そうな気がした。ここは一度持ち帰って、改めて出社した時に受付に届けようか。迷っている時、ひらめいた。もしかしたら警備員室で引き受けてくれるかもしれない。僕はノートを手に、地下へと続く階段を下り始めた。
 打ち合わせで何度か利用したことがある喫茶店も、一度来たけど二度と来るかと誓ったヘタクソな歯医者も、真夜中だけにもちろん閉まっていて、暗く静まり返った地下フロアは知らない空間のように見えた。奥の方に、右手からほのかに青白い光がさしている。その灯りをめざすと、右側に廊下が現れた。右折して奥へと進む。足音が反響するせいで、自分しかいないはずなのに他にも誰かいるような気がして、自然と足早になった。その廊下の突き当たりに、警備員室はあった。
「すみません」
 窓口で中に向かって声をかけた。返事はない。身を乗り出して覗き込んだけれど、中には誰もいなかった。
「すみませーん」
 やけくそでもう一度呼んでみた。すると、背後で「はい」と声がした。男の声だ。振り返ると、目の前の廊下にぼんやりと人の影が見えた。薄墨の闇の中を近づいてくる、その人影に声をかけようとした時にハッと気づいた。口を開いたまま、声も出せずに凍りつく。真夜中のこのビルを彷徨うという黒い影、その名もエイジーナムの亡霊。入社してすぐに先輩から聞かされた幽霊話を思い出して全身に鳥肌が立つ。ゆっくりと迫ってくるその人影には──────足音がなかった。
「すみません、巡回に行ってまして」
 だけど目の前まで来てみると、その人は紺色の制服制帽に身を包んだ、ただの警備員さんだった。靴は濃紺のスニーカー。足音がしないのは単に靴のせいなのか。なーんだ、幽霊でも何でもないじゃないか。警備員室の窓口に立ったその人と向き合い、僕はようやく緊張から解放された。
「ああそうだ、これなんですけど」
 カウンターにノートを置いた。
「落とし物ですか」
 よどみなく警備員さんが言ったので、僕はホッとした。やっぱりここでも落とし物を引き受けてくれるみたいだ。
「ええ。拾ったのはついさっき、エントランスのドア付近です。落とし主の名前はありません。たぶんアイデアノートだと思います」
「アイデアノート」
 警備員さんが困惑した声でリピートした。業界が違えばピンとこない人がいても当たり前だ。僕は分かりやすく説明をつけ加えた。
「物語を創るためのいろんなアイデアを書き留めたネタ帳みたいなものです。持ち主は漫画か小説か映画やドラマの脚本か、どれか分かりませんけど、きっと何かのジャンルの作家か、その卵なんじゃないかと思います。あ、ノート自体は安いものかもしれませんけど、持ち主にとっては、その……かなり価値あるものなんです、間違いなく。あ、僕はこのビルの出版社で漫画を創ってる者なので、特別そう感じるのかもしれないですけど……」
 黙って聞いていた警備員さんは、僕が説明を終えると、済まなそうに目を伏せた。
「こちらではお預かりできません」
 がっくり肩を落としてしまった僕に、申し訳ありません、と警備員さんが頭を下げる。
「いえいえ、仕方ないですし、ダメ元で来ただけですから」
 なるだけ明るく言ったけれど、本当はどっと疲労感がぶり返していた。
「僕が預かって、明日……と言うか今日ですけど、受付に届けます」
 お願いします、と警備員さんが言って、ノートを両手で僕に差し出した。僕も両手を伸ばして受け取った。その瞬間、何か既視感みたいなものに襲われた。今見たこの景色を、僕は以前にも見たことがある。いや、僕はすでに一度、この場面を体験している。だけど、それは本当に一瞬で、アッと思った時にはすでに、その感覚は消えてしまっていた。なんだ……今のは。もしかしたら、僕はこの人を知っているんだろうか。
「あの……お名前を伺ってもいいですか。あ、僕は眞坂といいます」
「夏目です」
「失礼ですが夏目さん、以前にもどこかでお会いしたことありますか」
 夏目さんはしばし考え込んだ後、目尻に幾重か(しわ)を作った。
「何度もお会いしていると思いますよ。同じビルで働いているんですから」
「……そうか。ですよね。知らないうちに、このビルの中で何度もすれ違ったりしてたのかもしれない。そういう時に無意識に目に留まって、潜在意識に刷り込まれていたとか、そういうの、ありそうですよね。そう、何と言うか、科学的に?」
 そう納得して見せたものの、やっぱりどこかで会ってる気がして、気になって夏目さんの顔をまじまじと見た。すると僕の視線に気づいた夏目さんが、鼻孔に指を当て、もぞもぞ(こす)り始めた。僕があんまりじろじろ見すぎたせいで、鼻毛でも出てるのかと思ったのかもしれない。僕は手を大きく振って、慌てて言い訳をした。
「いえ、あの、じゃなくて……さっき、ノートをこうやって出して、受け取ってもらった時に、あれ?って思ったんです。この場面、前にもあった気がして」
 説明しながら卒業証書を貰う時のようなポーズをすると、夏目さんは一瞬、何か思いついたような表情を見せた。そして、静かに息を吐くように笑った。僕は不思議な気持ちでそれを見つめていた。目の前にある寂しげな笑顔の意味が、僕にはまるで分からなかった。そんな僕の視線に気づいた夏目さんが、ゆっくりと口を開く。
「もしかしたら、前世で出会っているのかもしれませんね」
 その声は少しだけ(かす)れていた。
「さて、真夜中のパトロールの時間です」
 制帽をキュッと被り直し、夏目さんが宣言した。僕に終了を告げている。
 まあ、いいや。もしも以前に出会っていたら、そのうち思い出すだろう。そう考えて、「では……失礼しました」と元来た方へ歩き始めた。だけどすぐに、あれッと声を上げて足を止めた。空間が暗いせいか、今の今まで気づかなかった。警備員室前の廊下沿いに並んでいる、そのベンチには見覚えがあった。
「うそ、なんで? お前ら、こんな所にいたの?」
 思いがけない再会に、黒い合皮の座面を撫で、腰を下ろした。町の小さな病院の待合室にあるような、昭和レトロな趣の、固すぎず、かと言ってふかふかでもない、絶妙なクッションが効いた座り心地のいいソファベンチ。くたびれ具合を見る限り、以前、編集部があるフロアの休憩室に置かれていたものに違いなかった。
 徹夜なんて珍しくもない僕の職場の休憩室には、ジュースや珈琲(コーヒー)はもちろん、パンやお菓子、カップ麵など、バラエティに富んだ自動販売機が並んでいて、ぐるりとそれらに囲まれた中央に、六台のベンチが置かれていた。それが突然、肘掛け付きのチェアに変わったのは、数カ月前のことだった。
 僕らにとって休憩室のベンチたちはずっと、クタクタなのに帰って休めない時の休息の場だった。会社側も「二、三時間の仮眠程度なら」と、黙って見逃してくれていた。だけど、このベンチでの寝泊まりを毎日のように繰り返す編集者が現れて、さすがに問題となり、総務部から「休憩室での宿泊禁止令」が出されたのだ。噓かホントか分からないけれど、規則を破れば減給されるという噂を聞けば皆、従うより仕方ない。にもかかわらず、誰とは言わないが約一名、どこ吹く風で休憩室に棲みついたままのヤツがいて、ついにベンチたちは強制撤去となってしまったのだ。
「そのベンチ、以前は上の休憩室にありましたよね。こんな薄暗い地下へ左遷されるなんて、一体何をやらかしたんでしょうね」
 夏目さんが警備員室から顔を出して笑っていた。
「やっぱり、お前らかあ。会いたかったぞー」
 条件反射とは恐ろしいもので、思い出深いベッド……もといベンチとの再会に、僕は自然と座面に横になっていた。そして言うまでもなく、その一瞬で眠りに落ちた。
 結局その日、帰宅することなく午前十時過ぎにベンチで目覚めた僕は、受付カウンターに落とし物のノートを届けてそのまま出社した。ベンチを去る時、警備員室を覗いてみたけれど、その時にはもう夏目さんはいなかった。
 それからちょくちょく、僕は真夜中の地下フロアへ足を運ぶようになった。仕事が山積みなのにもう体が限界で、束の間の眠りにありつきたい時。やっと仕事から解放されたのに、もうクタクタで、家までたどり着ける気がしない時。僕はふらふらとここへやって来た。するといつも、真夜中の警備員室には夏目さんがいた。訊くと、夜間勤務の契約だという。
「すみません……ちょっとだけ眠らせてもらっていいですか」
 拝むポーズで言う僕に、夏目さんは笑って「お好きなだけどうぞ」と答える。そして僕は、ベンチでひとときの眠りを得る。だけど本当は、仮眠するためだけに通っているわけじゃなかった。やっぱり気になっていたのだ。
 あの時感じた既視感の正体は、一体何なのだろう。

 大会議室のドアを開けると、ちょうど僕の前の登壇者が締めの言葉を言い終えたところだった。ギリギリセーフと胸を撫で下ろし、地下からダッシュしてきたせいで上がっている息を、深呼吸して整えながらステージへと向かう。すでに遅刻はバレバレらしく、僕の姿を見つけた司会役が明らかにホッとした顔をした。笑顔を取り繕ってはいるけれど、その目は全く笑ってなくて、僕は小さくなりながら壇上へ登った。
 僕が働くこのエイジーナム出版は、社名が漫画のローマ字表記の逆から読みで、その名の通り創業から今までずっと、漫画しか創っていない非総合出版社だ。まあ、漫画に限定すれば業界四位という、親戚の叔母(おば)さんに言わせれば「たいそう立派な」位置につけているけれど、老舗(しにせ)の総合出版社である上位三社との差はそれはもう歴然で、ちょっとやそっとじゃ追いつけそうにない。
「では次に、月刊ゼロ編集長・眞坂(たかし)より発表がございます」
 紹介を受けてマイクの前まで進み、客席に一礼した。会議机を取っ払ってこしらえた授賞式会場は、思ってたより多くの人で賑わい、ありったけを並べた椅子はほとんどが埋まっていた。その会場から「編集長だって」「うそ、いくつ?」と女の子たちの声が聞こえた。よく童顔と言われる僕は、三十四になったというのについ最近も大学生に間違われたばかりだ。苦笑いしながら、僕は会場を埋めている人々の顔を見渡した。
 今日ここで行われているのは、エイジーナム新人漫画大賞の授賞式だ。新人賞はこの会社が出している八つの漫画雑誌それぞれで開催されているけれど、こうして年に一度、各誌新人賞の全入賞作品から年間最優秀新人賞を選んで表彰するのだ。
 この式典の来場者は、授賞式終了後に行われる添削会に参加する漫画家志望者たちが大半を占めている。受賞者にとっては拍手は盛大な方がいいだろうし、漫画家をめざす人たちには、授賞式を間近に見ることで「いつかは自分も」と励みにしてほしい。授賞式と添削会の同時開催には、そんな思いが込められている。
 そして今日、僕は彼らを前に、新たな賞の設立を発表することになっていた。もちろん、八誌それぞれの誌面でも告知する予定ではあるけれど、それに先駆けて、この場で発表しようと部長の一声で決まったのだ。
「月刊ゼロの眞坂です」
 名乗ったところで、壇上から嫌でも目に入る対面奥でグルグルと手を回している進行係が見えた。時間がないから巻きで行けと訴えている。きっとまた、最初の社長の挨拶が大幅に押したんだろう。社長の挨拶はいつも脱線しまくりで、果たしていつかは終わる時がくるのだろうかと心配になるほどだ。だけど今日、僕がこうしてギリギリこの場に間に合ったのは、その長すぎるスピーチのおかげに違いない。社長に感謝だ。
 僕が気づいていないと焦ったのか、進行係がグルグル回す手を高く振り上げた。こういう場が苦手な僕は、もちろんできる限り簡潔に終わらせるつもりだったけれど、こくんと小さく頷いて進行係に了解の合図を送った。伝わったようで、進行係が合掌してみせている。
「エイジーナム出版は本年度より、八誌合同で新人賞に新たな部門を設けます」
 こちらを見つめるたくさんの漫画家志望者たちに向けて、その名称を告げる。
「長期連載部門です」
 一瞬の沈黙の後、フロアが(かす)かにざわめいた。ここにいる彼らなら分かっているはずだ。漫画界には連載前提の作品で審査される新人賞はないに等しい。新人賞のほとんどは、数十枚の読み切り形式で募集されている。たとえ作者の頭の中に、その先の先の先まで壮大な物語が出来上がっていようとも、数十枚というわずかな枚数の中に起承転結を盛り込み、完結した物語にして応募しなければならない。なぜなら、それがベストな審査方法だからだ。枚数が多いほど、応募作品を描く側も審査する側も大変になるし、数十枚もあれば作者の技量は大体分かる。
 なのに今回、長期連載部門を設けることになったのは、この授賞式のための選考会で一人の編集者が発した、こんな一言がきっかけだった。
「ここ数年、全体的にレベル上がったよね。でもなーんか、こぢんまりしてない? なんて言うかさ、ちょっといい話……みたいな」
 選考会の会場にいた全員が同感だった。そして、時代のせいだとか、ゆとり教育の結果では、などと原因追究が始まって、「そもそも読み切りだからこぢんまりしてても仕方ないんじゃないの」だの、「俺たちがこぢんまりを選びすぎてるんだ」「この読み切りの中にこれから爆発する可能性を見出すのが私たちの仕事なんじゃないの」「型破りな新人や天才タイプはみんな最大手三社に応募してるんだ」などと、会議というより言いたい放題が続いた末に、「じゃあ試しに長期連載部門を設けてみれば?」となったのだ。
 それで僕らの度肝を抜くような作品や新人が現れるかどうか、試しに一度やってみよう。そう決定して拍手が湧いた。その場にいた編集者全員、なんだか怖いくらい目がらんらんとしていた。この時すでに明け方で、みんな疲れて少々ハイになってたせいだ。だけどきっと、原因はそれだけじゃないだろう。編集者という生き物は、やっぱり出会ってみたいものなのだ。興奮するほどの才能というものに。
 こうして、やると決まった長期連載部門だけれど、その旗振り役を、なぜか僕がやることになってしまった。「じゃあ試しに長編部門とかやってみたら?」と最初に言ってしまったせいだ。
 おまけに部長が「うちみたいな後発の中小は、こういう風に大手と違う事をしないと永遠に勝てっこないですからね。どうせやるなら今度の授賞式で発表して、すぐにでも始めてしまいましょう」なんて言いだして、僕の仕事は一気に増えた。要項の草案作りに始まって、審査方法や賞金額の詳細まで。まずは各誌の編集長らと意見をまとめて、それを上に了承を取って決定まで持っていくとなると、予算が絡むのもあって、気づいた時にはけっこうな大仕事になっていた。このところ、校了期間でもないのに何日も家に帰れない日々が続いていたのはそのせいだ。だけど、そんな大変だった日々もこのステージを下りたら一旦終了だ。今夜こそは、家に帰って休めるはずだ。
「えー、長期連載部門は、物語の設定とコミックス数巻分程度のあらすじ、主要登場人物のキャラクターデザイン、そして第一話の完成原稿で募集します」
 応募規定を読み上げた後、賞金額の発表に移る。期待賞や佳作の後に、文句なしの優勝である大賞の賞金額を読み上げると、会場が大きくどよめいた。無理もない。その額は、漫画の新人賞にしては破格の数字だ。もちろん、こんな大金がかかっているということは、そう易々と大賞は渡せないということでもあり、「該当作なし」が続く可能性だってある。
 だけど、簡単にこの賞で大賞を出せない理由は、高い賞金額よりもむしろ、これから説明に入る正賞にあった。
「そして長期連載部門と銘打っている通り、大賞受賞作品は賞金の授与だけでなく、正賞として弊社のいずれかの雑誌での連載をお約束します」
 会場がざわめいた。さっき賞金額を発表した時の、はしゃぎ半分のどよめきとは違う、内なる興奮を秘めたような声の波に僕は嬉しさを覚えた。この正賞の価値を、ここにいるみんなはちゃんと分かってる。
 フロアの中央でスッと高く手が挙がった。「どうぞ」と促すと、学生服の少年が立ち上がった。皆の視線の集中線の真ん中で、少年が声を張る。
「長期連載ってどれくらい続けさせてもらえるんですか」
 ほら来た。やっぱり気になるのはそこだよな。その答えは、訊かれなくてもこの後、説明するつもりでいた。
「連載漫画が生き続けるための、たったひとつの条件。皆さん、それは何だと思いますか?」
 僕の問いかけに再びフロアがざわめいた。たくさんの声が、それぞれに答えを呟いている。その答えひとつひとつははっきりとは聞こえないけれど、彼らはきっと分かっているはずだ。
「そうです。物語の続きを、読者に求められるということです。連載漫画が他のエンターテインメントと大きく違うのは、連載漫画の多くが、尺や期間を決めないままにスタートするという点です。そして、読者に求められれば連載を続けることができるし、求められなくなったら……」
 打ち切り! と後ろの方から誰かの声が飛んで、会場から笑いが起きた。
「そうです。求められなくなった物語は死ぬしかない。それが連載漫画です」
 一瞬で会場が静まり返る。僕は、この正賞の価値は分かっていても、その怖さはまだ知らない、たくさんの若い瞳に向けて続ける。
「なので、さっきの質問の答えはこうです。連載期間は読者に求められる限り! 数カ月で終わるかもしれませんし、何十年も続くかもしれない。皆さん、永遠に求められ続ける作品をめざして描いてください! 僕は新人の漫画家さんや漫画原作者さんと連載漫画を立ち上げる時の打ち合わせで、最終回はこんな風に考えています、なんて口にする人にはこう言っています。始まる前から最終回のことなんて考えなくていいんです! 連載漫画なんだから、永遠に求められ続ける、終わらない物語をめざすべきなんです! そう、もうこの際、最終回なんてどうでもいい!」
 拳を高く突き上げてしまった後、アッと我に返った。やってしまった。しかもこれは、国民的名作漫画に出てくるカリスマ的人気の敵キャラが、辞世の名台詞を叫んだ時の、あのポーズじゃないか。慌てて右手の拳を引っ込めると、会場からドッと笑いが起きた。恥ずかしくて耳まで熱くなっている。きっと顔が真っ赤に違いない。僕はどうにも、漫画のことになると頭に血がのぼりやすいのだ。
 すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え、ひとつ咳払いして「でも」と話を再開する。
「もし、皆さんが思い描くラストシーンや最終回があるのなら、そこまで意地でもたどり着いてみせるという意志を持ってください。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、そのゴールまで完走してみせると誓ってください」
 易々と大賞をくれてやるわけにはいかない。その最大の理由は、読者に続きを求められなければ生きられない、連載漫画の宿命ゆえだ。一年で一体いくつの新連載が始まり、そのうち五年を超えて続く作品はどれくらいあるか。十年を超えて続いた作品は、最後まで描き切ったと作者が思えるところまでたどり着けた作品は、どれほどあるか。僕らはその答えを知っている。たくさんの、いや、ほとんどと言っていい作品が、道半ばで消えていくのだ。僕らはそれを、この目で見ている。一番近くで。だからこそ、これならば長く読者に愛されると信じられる作品にしか、大賞は渡せない。
「おそらく、皆さんが想像している以上に、簡単なことではありません。それでも、何がなんでもやってやるぜと、そんな闘志を燃やす方々のご応募をお待ちしています」
 なんとかかんとか話し終えて、そそくさと壇上から降りた。大きく湧いた拍手が余計に恥ずかしく、あたふたと出口へ急ぐ。だけど心には確かに、会場の彼らときっと同じだろう熱い何かが、脈打ちながら満ちていくのを感じていた。
 扉に手を掛けた時、「これより添削会に移ります」というアナウンスが聞こえた。この後の添削会はすでにローテーションが組んであり、僕がいなくてもうまく回るようになっている。と言うより、月刊ゼロのブースは若手中心で仕切っていて、僕が自分の受け持ち希望時間を出したら「今回から眞坂さんはやらなくていいです」と締め出されてしまったのだ。「眞坂さん、時間も忘れて添削しちゃうから、時間割が狂っちゃうんですよね」と文句まで言われる始末だ。
 もう慣れたはずなのに、ふと空しくなった。編集長という名の管理職にある僕にとって、漫画家の卵と向き合える添削会は、ただの漫画編集者に戻れる数少ない機会だった。そんな楽しみを部下に取り上げられて、しかも、彼らに何も言えずにすごすご引き下がるしかないなんて。僕は自分を憐れみながら、扉を押して会場を出た。喧騒が一気に遠ざかる。その直後、頭の真後ろでアイツの声がした。
「あーあ、ひどいよね、眞坂さんは」
 振り返るとすぐ目の前に、社内の女子から「無駄にイケメン」と言われている蒔田(まきた)の顔があった。しょうゆ顔でも塩顔でもなく、「なんか白飯って感じだよね」と言われてしまう味気ない僕の顔とは正反対の、三角刀で彫ったようなくっきりと大きな目が、推定十五センチの至近距離で恨めしげに僕を見ている。
「背後霊はやめろ」
 軽く突いて蒔田を離し、さっさとエレベータへと急ぐ。ちょうど扉が開いていた空のエレベータに乗り込み、行先階のボタンを押そうとした時、追ってくる蒔田が見えた。忘れてた、コイツも添削会から閉め出されてる一人だった。慌てて「閉」のボタンを連打する。しかし、子供の頃にゲームで鳴らした高速連打の腕も空しく、閉まりかけた扉の隙間からするりと蒔田に乗り込まれてしまった。
「ほんと、ひどいよ。最終回なんてどうでもいいなんてさ……こっちはこれから、田島工務店(たじまこうむてん)先生の所へ行って、『にんけん!だもの』の打ち切りの話しなくちゃなんないのに」
 蒔田がしょんぼりと、小石か何かを蹴るような振りをしてみせる。三十半ばにもなった男がやってもちっとも可愛くない。だけどまあ、そんな小芝居はしていても、蒔田の憂鬱は噓じゃない。打ち切りを告げるのは、漫画編集者の仕事の中で最も辛いものだ。できることなら避けたい仕事だ。作家はもちろんのこと、担当編集者にとっても、打ち切りは敗北なのだから。
 さらに、打ち切りを告げる相手があの田島工務店先生なのだから、蒔田だって憂鬱にもなるだろう。田島工務店先生は何と言うか、ちょっと困った漫画家さんなのだ。
 僕の漫画編集者人生なんてたかだか十数年でしかないけれど、それでも経験から言わせてもらえば、なぜかギャグ漫画家には暗い人が多い。描いているものと本人とのギャップに、驚いたことが何度あったか。
 例えば、電車の中で絶対に読んではいけない(公衆の面前で爆笑して恥ずかしいことになるからね)と言われている某ギャグ漫画を描いている先生は、ひどい対人恐怖症で、打ち合わせに訪ねて行ってもずっと障子越しで話さないといけなかった。だから僕は、その先生の顔を見たことがない。見たことがあるのは、先生が障子に開けた小さな穴から時々こちらを覗く、充血した目だけだ。あれは何度思い出しても、けっこうホラーな体験だった。
 ギャグ一筋のベテラン漫画家・田島工務店先生も、そんな暗ーいギャグ漫画家さんの一人だ。だけど暗いだけじゃない。被害者意識の塊なのだ。どう見てもコミュニケーション能力に長けているとは思えない五十代のオッサン(失礼しました)なのだが、女子高生並みにSNSなんてコミュニケーションツールが大好きで、担当編集者への不平不満は全てネット上に書き連ねるのだ。そんなんだから田島工務店先生は、何度となく担当編集者に逃げられてきた。それはもう、次々と。
 そんな田島工務店先生に唯一、対抗できるのはこの男、蒔田しかいないだろう。蒔田は僕と同期入社で、一緒に月刊ゼロを立ち上げた創刊時からのメンバーだ。それまで蒔田はエイジーナムの全編集部を渡り歩き、各誌で経験を積んできた。と言えば聞こえが良いが、たらい回しにされてきた、というのが残念ながら正解だ。漫画家さんからの「担当を替えてくれ」というクレーム数がぶっちぎりナンバーワンだからだ。
 蒔田は〝面白い〟を生み出すことしか頭にない。そのためには一切、躊躇というものがない。つい最近も、ある漫画家さんと喫茶店で打ち合わせをしていて、極悪非道な敵キャラのデザインに悩んでいた時、ちょうど通りかかったプロフェッショナルの怖い人をつかまえて「あ、いたいた、こんな感じ。ねえ、ちょっとモデルになってくんない?」と声をかけるというトラブルを起こしたばかりだ。
 運良くと言うべきか、運悪くと言うべきか、その怖い人は大の漫画好きで、ご親切にも職場へ連れていってくれて、「さあ漫画家先生、好きなだけ描いてやってくださいよ」とお弟子さんをズラリと並べてくれたらしい。漫画家さんは二時間も、プロのコワモテさんたちを前に震える手でキャラデザを続けたそうだ。
 さらに、蒔田はそんなプロ怖さんたちに、「あ、そうだ。せっかくだし、何かアイテム見せてよ、アイテム」と銃刀法にばっちり引っかかるであろうアレコレを構えてのポーズまで要求したというから最悪だ。様々なアイテムの登場に、生きた心地がしなかったと漫画家さんは電話口で泣きじゃくり、言うまでもなく、担当を替えてほしいと僕に訴えてきた。
 そんな蒔田が田島工務店先生の担当について四年になる。
「ねえ、見てよコレ。朝の三時半だよ。 ん? 三時半だから夜? ねえ、眞坂さん、三時半って朝? 夜? どっちだと思う?」
「どっちでもいいよ、好きにしろ」
 エレベータには僕ら二人しか乗ってないのに、操作パネルの前にいる僕のすぐ横に密着するように陣取った蒔田が、ズイッと目の前にスマホの画面を突き出してきた。
「近すぎ」
 僕が言うと、蒔田が「もう老眼? 早くない?」とスマートフォンの画面を離す。
「お前が近すぎなんだって」
 蒔田の手からスマホを取って、エレベータ奥へと避難した。壁に背中を預けて画面を見る。表示されていたのは、田島工務店先生のSNSだった。アイコンが、月刊ゼロで連載中の『にんけん!だもの』のヒロインだ。やっぱりいいな、先生の()は。何度見てもそう思う。
 田島工務店先生のデビューはとてもセンセーショナルだった。当時のギャグ漫画のイメージを一新したと言っても過言じゃないはずだ。少なくとも、中学生だった僕にとって、それは大きな衝撃だった。今流行りの原宿系ファッションを、先生は二十年以上も前のあの頃すでに描いていた。他の誰とも違うキャラクターデザインは、衣装のジッパーひとつに至るまでなんだかとても洒落ていて、先生の漫画のページを開くといつも、ゼリービーンズなんかの外国のカラフルなお菓子でできた不思議の国に迷い込んだような気持ちになった。田島工務店作品は、そんな鮮やかな魔法の世界に読者を(いざな)い、キラキラとした夢を見せてくれたかと思うと突然、予測不能な笑いを次々に炸裂させて、ゲラゲラと笑わせてくれるのだ。
「夜か朝かも分からない三時半に、そんなこと呟く?」
 蒔田が、さも傷ついたように大げさにため息をついてみせた。アイコンの下に綴られている本文に視線を落とす。全て目を通し終えた後で、僕はわざと声に出して読んでやった。
「エイジーナムの担当M氏から、明日来るとメールがあった。どうせロクな話じゃない。俺が描けなくなったのは、担当された漫画家がみんな逃げ出す極悪編集者に四年も耐えてきたせいかもな」
 最後の「な」で笑いそうになって、なんとか堪えた。
「よく言うよね。俺が担当する前にも長いこと休載したことあるくせに。極悪編集者って何? まるで俺が担当してる漫画家に次々逃げられてるみたいな言い方じゃん。歴代担当が次々逃げ出して、うちの会社だけでも俺で十人目の田島工務店先生こそ極悪漫画家じゃない? ねえ眞坂さん」
「まるで俺が……って、実際お前は次々と担当作家に逃げられてるだろ。こないだも、蒔田さんに担当に憑かれてから夜も眠れなくて、お願いですから担当を替えてくださいってクレームのメールがきたばかりだぞ。憑かれてが憑依の憑……って単なる変換ミスとは思えなかったよ。お前は確かに、お祓いでもしたくなるレベルだ」
 僕の愚痴を見事にスルーして、蒔田は「それにさあ」と不満げな声を出した。
「つまんないって言いたいんだろ」
「え、スゴイ。何で分かんの? さすが眞坂さん、俺の一番の理解者に認定しようかな」
「辞退するよ。お前を理解するより相対性理論を理解する方が百万倍簡単だ」
「そうなんだよね、そこなんだよね。呟きがさー、ウルトラつまんないの。ギャグ漫画家のくせに、何でもっと面白いこと言えないのかなあ。やっぱり、まだスランプなんだよねえ」
 蒔田の言葉の最後はため息に化けた。
 毒をもって毒を制す。なんて社内でも言われている田島工務店×蒔田のコンビは、三年半前に『にんけん!だもの』というタイトルのギャグ漫画を立ち上げ、連載を続けてきた。
 芸術大学を舞台に、忍術研究会の面々と夜間警備員ズが死闘を繰り広げる、馬鹿馬鹿しくも懸命な日々が綴られている『にんけん!』は、ファンの間では田島工務店最高傑作の呼び声も高い。田島先生の漫画はキャラデザ、特に衣装デザインが個性的なだけに、コスプレイヤーの人気の的だけれど、なかでも『にんけん!』のコスチュームは魅力的で、コスプレイベントに行けば、ヒロインである女頭(くのいちがしら)(ひじり)副頭(ふくかしら)黄桜(きざくら)をはじめ、忍び組の面々とあちらこちらで出会うことができる。
 だけど『にんけん!』はここ半年余り休載が続いている。
 分かってる。田島工務店先生はサボってるわけじゃない。一番描きたいのは先生だ。なのに描けない。作家や作品にもよるけれど、一般的にストーリー漫画に比べたら、ギャグ漫画や四コマ漫画は、作画の苦労よりネタを考える苦労の方が圧倒的に大きい。ギャグ漫画家や四コマ漫画家で、ネタ創りに苦しんだことがない人なんて、きっと一人もいないだろう。本のおまけについてくる栞ほどの小さなスペースを埋める、たったひとつのネタのために、何日も苦しんで、のたうち回ることだってある。
 面白いネタを生み出すためにはまず、面白い状況を生み出せる舞台設定やキャラクターが必要で、キャラ同士の関係性は特に大切だ。『にんけん!だもの』はその点、うまくできている。僕はそう思っていた。それでも凝縮した笑いが求められるこのジャンルでは、どんなに完璧な設定とキャラをもってしても、停滞してしまうことがある。珍しいことじゃない。だから僕も蒔田も最初は、「連載を始めてそろそろ三年、ネタ切れしやすい頃だよな」なんて、それほど重くは受け止めていなかった。すぐに、蒔田の提案で新たな展開や新キャラを投入し、一気に盛り返す手を打った。だけど、変わらなかった。田島工務店先生が、どうしても描けないのだ。
「俺のせいかな」
 沈黙の後、蒔田が訊いた。僕は正直に答える。
「かもな」
 蒔田はこれまで、たくさんの漫画家に逃げられてきた。だけど、ごくごく少数ながら、蒔田じゃないとと言う人もいて、だから何とか漫画編集者を続けてこれている。蒔田とうまくやっていける漫画家は、蒔田と同じく漫画への情熱の温度が沸点を超えているようなタイプ。つまり、イカレた漫画バカだ。だから僕は四年前、田島工務店先生の担当に蒔田をつけた。それは大成功だった、と最初は思えた。でもやがて失速し、完全に止まってしまった。何かが、ブレーキをかけてしまった。その何かとは、皮肉にも二人の漫画への熱ではないかと気づいたのは、打ち切りを決めた後だった。
「自分とよく似た漫画バカの蒔田が担当になってさ、きっと田島工務店先生は描くことが何倍も楽しくなったんじゃないかな。同時に、ハードルを上げてしまった。漫画バカのお前を、漫画に関して噓が吐けないお前を、うん!と言わせたくて、笑わせたくて、知らないうちに自分に厳しくなりすぎたのかもな」
「じゃあ、どうすりゃ良かったのさ!」
 怒ったように蒔田が訊いた。僕は答えられなかった。もっと気楽に、なんて緩い漫画創りができる二人じゃないことは分かってる。蒔田はどうすれば良かったんだろう。僕はどうすれば良かったんだろう。正解は、何だったんだろう。
「田島工務店先生、泣くかな」
 小さく蒔田が呟いた。僕は言うべき言葉を探したけれど、何も思い浮かばなかった。だけどひとつ、はっきり分かっていることは、打ち切りを告げられて、平気な漫画家なんていない。たとえ編集者の前で泣かなくたって、笑顔を見せたって、どこかホッとした顔をしたって、平気な漫画家はいない。もし、いたとしたら、僕はその人とは仕事をしたいと思わない。
 僕はいつもこう感じている。漫画家や漫画原作者は、描きながら、自分が描いているその世界の中に生きている。その世界の中に生きるからこそ、その世界を描いていける。彼らにとっての打ち切りとはつまり、自身が生きる世界の終わりだ。
 漫画界では日々、打ち切りという名の世界の終わりが起きている。この世で日々、誰かが死ぬのと同じくらい当たり前に。そして、新しい違う世界が生まれる。現実世界で新しい命が誕生するのと同じように。
 生と死なんて、俯瞰で見れば単なる新陳代謝でしかないだろう。人の生き死になんて、長い人類の歴史を思えば、ごくごく小さな出来事で、漫画作品の生き死になんてなおさらだ。打ち切りがあり、新しい作品が始まることで、漫画雑誌はその健康が保たれる。僕ら漫画編集者は、どこかでそう割り切っていかないと先には進めない。だけど───やっぱりそんなに、簡単じゃない。
「眞坂さんさあ」
 蒔田が呆れたようにため息をついた。
「いつになったら行先階のボタン押すの? エレベータずっと止まってるんだけど」
 言われてやっと気がついた。
「早く言え! て言うか、気づいてたんなら押せばいいだろ」
「俺と話したいのかなと思って」
「話したくない!」
 その直後にドアが開いた。最悪だ。よりによって、開いたドアの向こうには、藤丸紗月(とうまるさつき)が立っていた。藤丸の狸みたいな垂れ目と目が合う。キョトンとしたその表情に「やった、セーフか」と抱いた淡い期待は、直後に見事に砕かれた。藤丸の顔が、見る間に真っ赤に上気していく。やっぱり……この女が聞き逃すワケがなかった。
「ハナシタクナイ……そうですかそうですか、いやいやいやいや、それはそれは」
 満足そうに頷きながら藤丸が乗り込んで、編集部がある階のボタンを押した。
「違うから! 離したくない!じゃなくて、話したくない!だからッ。ドン・ワナ・スピークの方だから!」
 必死に説明したけれど、再び扉が開くと、藤丸は僕らに向かって「ごちそうさまでした」と手を合わせて降りていった。ふんわりウェーブがかかったセミロングの髪を弾ませて、スキップしながら編集部に入っていく。その浮かれた後ろ姿に、「うああああ」と頭を抱えた。本当に最悪だ。
 藤丸紗月は僕らの五つ下になる月刊ゼロの編集部員で、「この世の全ての少年漫画や青年漫画は、本質的にはBL漫画」と主張する、いわゆる腐女子だ。小学校低学年でBLに目覚め、五年生でカミングアウト。社内の男は新入社員から社長や役員に至るまで、そういう目でしか見ないというから筋金入りだ。今も彼女の頭の中では、僕と蒔田がものすごいコトになっているに違いない。
「あんな変人がいると眞坂さんも大変だよね」
 お前が言うなと蒔田に返す元気もなく、ぐったりしながら編集部に入ると、ほとんどが添削会に駆り出されているせいでフロアはガランと広く見えた。時間を確認しようとジーンズのポケットからスマホを出す。ああ、そうだった。思い出した。こっちもエネルギー切れだった。
 席に着いてスマホを充電器に繫いだ。それから、デスクのパソコンに貼られた色とりどりの付箋(ふせん)に目を通し、一枚一枚()がし始める。出社するといつも、僕のデスクトップパソコンは連絡事項が書き記されたカラフルな付箋で埋め尽くされて、オシャレな蓑虫(みのむし)と化している。この蓑虫の蓑を()いてやるのが、僕の出社一番の仕事だ。それが終わるとパソコンの電源を入れて、メールチェックを始める前に、机上の端に積まれたチェック物の山にため息をつく。今日もまた、その一連の儀式を終えたところで、重そうな(かばん)を斜め掛けした蒔田がデスクの前へやって来て、肩まで伸びたボサボサの髪を後ろでキュッと縛り上げた。
「んじゃ、田島工務店先生んとこ行ってきます。今日もまた夜か朝か分かんない時間に呪いの呪文を書き込まれると思うけど」
「それで気が済んで、またやる気出してくれるなら、好きにすればいいよ」
「俺もいくつか企画考えてるの提案したりしてくるし、まあ大丈夫だと思うけどね」
 打ち切りを告げる。漫画編集者にとって一番辛い一日だ。だけど蒔田ならきっと大丈夫。ちゃんと乗り切るだろう。んじゃねー、とふらふらと歩いていく蒔田の猫背が頼もしく見える。よろしくお願いします。僕は小さく言って、その背中に頭を下げた。
 蒔田が見えなくなると、入れ替わるように鳥飼(とりかい)部長がやって来るのが見えた。僕はこの人と出会ってから、常に笑顔であることは無表情と同じなのだと思い知った。いつだって見えているのか心配になるほどに、目を細めて笑ってるから感情がまるで読めない。慌てて、さっきの壇上での発表を頭の中で五倍速で再生した。マズイ発言とか、してないはずだけど……。心配しながら腰を上げると、部長は僕の前に到着するなり、いきなり人差し指と中指を立てた手を突き出してきた。
「長編部門、いい感触じゃない。みんな目をキラキラさせてたし、まずは勝利勝利」
 勝利のVサインだと分かり、ホッと胸を撫で下ろす。
「それに、月刊ゼロから初のアニメ化も出ましたし」
 部長が僕の後ろに視線を移した。これまでアニメ会社オリジナル作品の漫画化(コミカライズ)や、エイジーナムの他誌で連載されているアニメ化作品のスピンオフは掲載してきたけれど、創刊四年にして、ついに月刊ゼロのオリジナル作品がアニメ化されて、来期放送予定となっている。僕の背後の窓には、そのポスターがずらっと貼られているのだ。
 けど、喜んでばかりもいられない。長生きが難しいのは、何も漫画作品だけじゃない。漫画雑誌だってそれは同じだ。長い歴史を持つメジャー誌の陰で、たくさんの雑誌がひっそりと消えていく。そのひとつにならないために、越えなきゃいけない最初のハードルをやっとクリアしただけのことだ。その先には、越えるべきいくつものハードルが延々と続いている。
「ここからです」
「うん、そうですね。引き続き、頑張って」
 鳥飼部長はひょいと手を上げて(きびず)を返し、ちょっと行って振り返った。その顔はやっぱり笑顔で、だけどいつにも増して細い、繊月のような目をしていた。
「ね、間違ってなかったでしょう。君は絶対にいい編集長になるし、蒔田くんは君の下でなら、きっといい仕事をしてくれると私には分かってましたよ」
 部長が再び、僕の背後のポスターを見た。月刊ゼロ初のアニメ化作品は、蒔田が立ち上げたものだった。
 ふっふっふ、と部長が満足げな笑いを漏らして去ってから、脱力するように椅子に座った。何が分かってましたよ、だ。創刊編集長なんて大役、こっちは引き受ける気なんか微塵もなかったんですよ、だ。そう言ってやりたい背中はもう見えない。
 六年前、まだ二十八歳だった僕に、重すぎる荷物を背負わせたのは鳥飼部長だった。少年誌や青年誌、少女漫画誌といった昔ながらの性別や年齢による(くく)りではない、幅広い層に向けた新しい漫画雑誌を創りたいから、その雑誌の創刊編集長をこの僕にやれと言ってきたのだ。しかも、蒔田を相棒に。僕は即座に断った。理由は簡単。その時の僕にはまだ、自分がこの手でヒットさせたと言えるものが何もなかった。
 このエイジーナム出版では暗黙の了解として、編集長は直接の担当を持つことができないことになっている。それが許されるとしたら、誰にも何も言わせないくらいの結果を出してから。あるいは、必ず結果を出すと宣言した上で、になる。
 だから、僕は辞退した。編集長より、ただの漫画編集者でいたかった。自分で担当した作品をヒットさせたい。その気持ちがとにかく強かった。それに、全編集部をたらい回しにされている蒔田となんて最悪だ。
 なのに結局やる羽目になった。辞退した僕に「正式な返事は一カ月後に聞きます。よく考えてみてください」と部長が押し付けてきた猶予期間。その最後の日に、そういうことになってしまった。それも全て、蒔田のせいだ。もうどこにも居場所がなくなる蒔田のことを、僕は放っておけなかった。落とし物を見つけたせいで遅刻したり、動物の毛アレルギーなのに、捨てられた犬や猫をほっとけなくて飼い主探しをしてしまう。子供の頃からの損な性分は、大人になっても変わらないみたいだ。
 そんなこんなで二年間の地獄のような創刊準備期間を経て、四年前に月刊ゼロを創刊。以来、僕は一度も直接の担当作品を持たず、編集長としての仕事に集中してきた。やりがいは、有り余るほどにある。初のアニメ化が決まった夜のビールは、たまらなく美味かった。なのに、今もまだ僕の心の真ん中には、あの思いが出て行くことなく居座っている。
 少し早いけれど、僕はパソコンに昼寝を命じて席を立った。ボードにメシとだけ書いて、外に出る。でも、本当は昼飯じゃなく、行きたい場所があった。
 会社の前のせわしなく車が行きかう道路を渡り、路地に入る。すると、途端にカキン、カキンッという小気味いい音が聞こえ始めた。僕が向かっているのは、会社から歩いて数分のバッティングセンターだった。風俗店やキャバクラ、ホストクラブが軒を連ねる新宿歌舞伎町の外れにあり、昭和の面影どころかタイムスリップしたかと思うくらい古臭い建物内は、入った途端に煙草の匂いと緩々とした時の流れに包まれる。
 僕はよくここへ来ては、一人黙々とバットを振り続ける。
 小学生の頃、僕は少年野球に入っていた。監督になりたくて野球を始める少年なんていないように、編集長になりたくて漫画編集者になるヤツなんていない。ホームランを夢見て僕は野球を始め、大ヒット漫画を世に送り出すことを夢見て漫画編集者になった。なのに、ヒット一本打つことなく監督という役割を背負うこととなり、今の僕は打席に立つことすらできないでいる。
 十以上あるブースは大方埋まっていた。男子大学生の二人連れ、旅行者なのか在住の外国人なのか分からないが白人の男女四人組、ホスト風の男、サラリーマンらが、平日の真っ昼間のバッティングセンターで快音を響かせている。ちょうど、いつも使っている球速の打席が空いて、出てきた大学生と入れ替わり中へ入った。コインを入れて、バットを構える。LEDが映し出すピッチャーが大きく振りかぶった。
 ヒットを打ちたい。漫画の世界の試合に出て、大ヒット……いや、でっかいホームランを打ってみたい。その思いをかき消したくて、僕は思いきりバットを振った。

 翌日、校了期間に突入した月刊ゼロ編集部の一番奥にある僕のデスクでは、また、あの世にも恐ろしい祭りが開催されていた。編集部のみんなが、僕が出社してきたのにも気づかずに、校了紙に加えてネームや企画書、会社が漫画家さんと交わす出版契約書など、編集長チェックが必要なものを僕のデスクに次々と積み上げながら、氷川きよしのズンドコ節を歌い踊っているのだ。ただし、歌詞がオリジナルとは全く違ってる。
「つん! つんつん! 積んどけタカシ! つん! つんつん! 積んどけタカシ!」
 五年目の編集者で、委員長と呼ばれている眼鏡女子・宮瀬優佳(みやせゆうか)がノリノリで歌い踊って表紙の色校を積み上げる。
「積んどけタカシ!」
 僕の三年下になる副編集長で、いつも担当作品のイベント用に作ったピンクの法被を着ているお祭り男・矢代(やしろ)くんがそれに続く。
「積んどけタカシ!」
 半年ほど前に入ったばかりの契約社員、姫系男子のパンダくんこと半田(はんだ)くんまで、その輪に加わり積み上げる。
「積んどけタカシ!」
 編集部のヤツらが陰で僕をタカシと呼び捨てにしていることは、うすうす気づいていた。それでも、初めてこの祭りを目の当たりにした時は呆然とした。みんな疲れているのだ、徹夜続きの毎日が、みんなの心を狂わせているのだと、僕は自分に言い聞かせ、知らん顔して我慢してきた。だけど、今日はさすがに頭にきた。これ以上、ヤツらの憂さ晴らしの種にされてたまるか。咳払いしようとしたその時、横でアイツの声がした。
「みんなひどいな」
 いつの間にか蒔田が隣に立っていた。
「眞坂さんの気も知らないでさ」
「蒔田……」
 心が弱っているせいか、なんかジンときた。けれど次の瞬間、蒔田が抱えていた分厚いネームの束を見せて、「さーて、これもぜーんぶ積んでこよーっと」とスキップで祭りの輪に入っていくのを見て、地獄のズンドコ…いやどん底に突き落とされた。僕のデスクに高い高い山が出来上がっていく。しばらく家には帰れそうにない。昨夜、久々に我が家でたっぷり眠ったはずなのに、今日からの一週間を思った瞬間、急激な眠気に襲われた。心と体がタッグを組んで、この恐ろしい現実から逃避しようと頑張っている。
「やめろーお前ら」
 僕の一声で、積んどけ隊はサアーッと蜘蛛(くも)の子を散らすみたいにみんなどこかへ行ってしまった。誰もが何事もなかったみたいに、宮瀬は電話を受けているし、矢代くんは何時間も前からここでこうしていましたという顔でパソコンのキーボードを叩き、パンダくんは一心不乱にコピーを取っている。なんてヤツらだ。
「眞坂さん、おかえりー。お疲れ様でーす」
 白々しい。何がおかえりーだ。一番ひどいのは、お前だ蒔田。(にら)みながら自分の席へ着いて、尻に馴染んだ椅子に腰を下ろした途端、積まれた山の高さにため息が出た。仕方がない、やるか。いつものように、用件を確認しながらパソコンを覆いつくした付箋を剝がし、メールの返信を終わらせると、チェック物の山の中から大至急と書かれた付箋が覗いている書類を取り出した。これから先は無心になることが何より大事だ。よし、と赤ペンを握る。
 数ページ分、チェックを終えた辺りでふわりと、甘い匂いが鼻をくすぐった。見るとデスクの端に紙コップの珈琲が置かれている。
「そう言えば蒔田、昨日どうだった?」
 赤ペンを握る手を動かしつつ、去っていく犯人らしき背中に訊いた。だけど、返ってきた答えは驚くほどにそっけない「何が?」のひと言だけだった。
「何がって、決まってるだろ」
「ああ、田島工務店先生? 話したよ、話したけど……」
「話したけど何?」
「あっそう、だって」
「あっそう?」
 話しながらもせっせと動かしていた赤ペンを置いて、蒔田を手招く。すると、何か解せないと言いたげな、滅多に見せない思案顔で、蒔田がデスクの前に来た。
「何それ、どういうことだよ」
「田島工務店先生んちで話したんだけどさ、打ち切りの件、切り出したら黙って聞いてて、話し終わったら、あっそう……って。悪いけどこの後、ちょっと出掛けるからまた今度、これからのこととか連絡事項はメールしといてくれる? だって」
「あのオッサンが? そんなあっさり?」
「うん、あのオッサンが、超あっさり」
 どうも変だ。何かがおかしい。あの人が、そんな簡単に了承するわけがない。
「なあ蒔田、それちょっと……」
 言いかけた途端、蒔田が「やっぱ変だよね! ありえないよね!」と思いきり被せてきた。本当はたまらなく気になっていたくせに、今まで(ふた)をしてきた不安が一気に噴き出したようだ。デスク前から回り込み、僕のすぐ横までやって来ながら、蒔田がマシンガンみたいに喋りだす。
「そう! ありえないんだよ。俺もそう思ってさ、あれから何度も先生の呟きチェックしてんだよね。でも、更新すらなし。沈黙してんの。いつもはどーでもいい思いっきりつまんないこと一日平均三十回は呟くあのオッサンがだよ? まさか死んでないよね? 死んでないよね、眞坂さん!」
「顔、近い」
 僕は目の前まで迫った蒔田の顔を()けながら、「死ぬわけないじゃん」と呆れて言った。だけど、言ったそばから真逆の思いも頭を横切る。田島工務店先生ならあるかもしれない。打ち切りを苦に……そういう選択。何せ、暗いのだ。被害者意識の塊、いや、被害者意識を弱火でとろとろ煮詰めていって、最後の最後に底に残った、被害者意識の結晶みたいなオッサンなのだ。
「行くぞ、蒔田! 田島工務店先生んとこ」
 席を立ち、ジーンズのポケットを叩いて財布とスマホが入ってるのを確認した。そのタイミングで、ニャーと近くで声がした。え? 猫? 動物の毛アレルギーの動物好きだけに、条件反射で辺りを見回す。
「あ、田島工務店先生が呟きを更新した!」
 蒔田がスマホの画面を(つつ)き始めた。さっきのニャーは、田島工務店先生がSNSを更新した時の通知音だったようだ。
「田島工務店先生、ちゃんと生きてるじゃん。全く、毎度毎度お騒がせすぎなんだよ、先生もお前も。じゃ、こっちは仕事に戻るんで、後はよろしく」
 席に座ってさっきの続きに取りかかろうとしたその時だった。蒔田の妙に甲高い叫びがフロアに響き渡った。
「田島工務店先生が殺害予告キターーーーーーーッ」
 聞いた途端、脱力した。次に、勘弁してよ、という思いがふつふつと湧いてきた。
「いつかこんな日がくると思ってたんだよ。田島工務店先生さ、SNSに向いてないもん。ちょっとくどい絡み方してきた読者にもいちいち嚙みついて、大人げなく何時間もやり合ったりして。あの人には誰かが一度、SNSとの付き合い方をレクチャーしてあげた方がいいんじゃないかな。蒔田、取り急ぎ法務に知らせてさ、殺害予告してきた相手にすぐ取り下げるよう働きかけてもらって」
 以前にも一度、連載作家がSNSで殺害予告を受けたことがあって、その時、こういう場合の対処法は一通り学んでいた。あの時は、若い読者が好きな漫画家に構ってほしくてつい書き込んだだけだったから、すぐに事態は収拾した。今回も大事にならなければいいのだけど。
「それと、あくまで念のためだけど、田島工務店先生をホテルにでも保護しとく?」
 訊くと、蒔田が首を傾げた。
「田島工務店先生を保護すんの? 眞坂さんじゃなくて?」
 何言ってんだコイツ。と思った次の瞬間、何かがおかしいと気がついた。さっきの蒔田の「キターーーーーーーッ」を頭の中で大急ぎで巻き戻す。それを再生しないうちに蒔田が言った。しかも、さらっと、「何言ってんの?」とでも言うように。
「田島工務店先生に殺害予告じゃないよ。田島工務店先生が! 殺害予告だってば」
「その殺害予告された相手って……」
「うん、眞坂さんだよ」
 は?の形に大きく口を開けたまんま動けないでいる僕に、蒔田は「じゃあ、読むね」と殺害予告の全文を読み上げ始めた。
「昨日、月刊ゼロの担当Mがやって来て、『にんけん!』を打ち切ることになったと言った。編集長の眞坂が決めたそうだ。眞坂が聖を殺すってよ。黄桜も殺すってよ。忍び組のみんなに死ねってよ。なら、俺はその前に眞坂を殺す! みんなが殺される前にやってやる。眞坂崇に殺害予告だ!」
 何を言ってるんだ、あのオッサンは。半年も休載してるのはアンタじゃないか。そこまで言うなら、描けばいいじゃん……描けばいいんじゃん! 大体なんで蒔田が匿名イニシャルで、僕は実名フルネームなんだよ。大人げない怒りがマグマの如く湧きあがる。その僕の目の前で、蒔田が軽快にスマートフォンの画面を突っついて耳に当てた。
「もしもし先生……あ、留守電だ、居留守かな」
 田島工務店先生に電話したらしい。当然だ。こんなふざけたマネは今すぐやめさせろ。そんな僕の思いも空しく、蒔田は留守電にこう吹き込んだ。
「えー、お世話になってます、月刊ゼロの蒔田です。先生、さっきの呟きですけど……今までで一番、面白かったです。それでは今後ともよろしくお願いします」
 人はあまりに信じがたい状況に陥ると笑ってしまうと聞いたことがある。わりと疑っていたその説は、どうやら本当らしい。僕は棒立ち棒読みで、なぜか「あはは」と笑っていた。
「ともかく良かったよね、これで安心。じゃあ眞坂さん、俺は昼飯行ってきまーす」
「ちょっと待て蒔田!」
 行こうとしていた蒔田の首根っこを摑んで引き戻した。
「これで安心て何? こっちは殺害予告されてんのに!」
 僕が言ってることは、極めてまっとうなはずだ。何もおかしい点はない。なのに、蒔田は不満げに口を尖らせてみせた。
「眞坂さん昨日言ってたじゃん、田島工務店先生の気が済んで、それでまたやる気出してくれるんなら好きにすればいいって」
「好きにするにも程があるだろ! 殺害予告だよ? それに何? 昼飯? その前に行くとこがあるとなぜ分からない」
「え、どこ?」
「田島工務店先生のところだよ!」
 他にどこがあると言うんだ。よし決めた。放出だ、放出だ、放出だ! 蒔田を他誌の、誰でもいいから誰かとトレードに出してやる。…………まあ、応じてくれる編集部なんて、ひとつもないと分かってるけど。
 ぐったりしながら、僕は会社を出た。どこか楽しげな顔の蒔田を連れて。

 久しぶりに降り立った吉祥寺は、知らない駅で降り間違えたかと思うくらい、僕の記憶とは違っていた。JRの南口改札を出て辺りを見回すと、駅ビルも、隣接する井の頭線の吉祥寺駅も新しく生まれ変わり、今時の洒落たセレクトショップやコーヒーチェーンが構内の特等席を占めていた。それでも前方の公園口と表示がある方に目をやると、その向こうには僕の記憶と変わらない古い雑居ビルの通りが見えて、どこかホッとした気持ちになった。
「あ、こっちこっち」
 井の頭公園方面となる公園口へ歩きだした僕を、蒔田の声が呼び止めた。JRの切符販売機の向こうに見える北口出口の表示を指し、はしゃいだ様子で僕を手招いている。全く、遠足の子供か。ボヤキながらも蒔田のナビに従い、ぐるりと回って北口に出た。すると目の前に、記憶の中と変わらない景色が現れた。大きなアーケード街に、戦後の闇市が始まりだというハモニカ横丁もまだ残っている。よく遊びに来ていた学生時代を思い出し、ぶらぶら散歩でもしたい気分になった。
 吉祥寺は昔から、漫画家が多く暮らす街として知られている。なんでも昔、美大生向けの美術道具の専門店があり、漫画の作画に必要なものが揃っていて便利だからと、自然と漫画家が移り住むようになったのだと聞いたことがある。もうずいぶん前にその店もなくなり、今や作画に使う道具はネット注文ですぐに届く時代になった。漫画を描きあげる大変さも、パソコンの作画ソフトの登場でずいぶん変わった。でも、やっぱり手描きはいい。線一本にドラマがあり、点ひとつにも美しさが宿っている。
 時代が変わるとともに、吉祥寺に暮らす漫画家も少なくなった。月刊ゼロに最近描いてもらっている漫画家さんたちも、ここに住んでいたり仕事場を持っているのは、思いつく限り二人しかいない。その一人が、田島工務店先生だ。デビュー時からずっとこの街に、と言うか同じアパートに暮らし続けているらしい。
「あ、そうだ、思い出した。眞坂さん、あそこ見てよ、あそこ!」
 駅を出て、右手へ数十メートルほど歩いた交番の前で、急に蒔田が大きな声を出した。道路を挟んだ通りの向こうを指している。
「あそこって?」
「去年、田島工務店先生が入院したじゃない?」
「ああ、足を骨折した?」
「あん時のケガ、あのチェーン越えようとしてコケたんだって。あれ越えられないってどうなの? 地上二十センチだよ」
 蒔田が腹を抱えて笑っている。指さした先には、ぽつんぽつんと大人の尻くらいの高さの石柱が立ち、その間に渡されたチェーンで歩道と車道が区切られている。垂れたチェーンの一番低いところは、蒔田の言うように地上二十センチほどの高さしかない。
「担当作家の不幸を笑うな。ほんと、お前はそういうとこ編集者失格だからな」
 言ってる途中で信号が青に変わり、蒔田は僕のお説教を置き去りにして横断歩道を渡り始めた。もう言うのもアホらしくなり、黙って蒔田について歩きだす。蒔田のナビに従って、横断歩道を渡ってすぐに右に進む。大学生の頃に半年だけ付き合ってた子と来たことがある映画館が、当時と変わらない姿で現れて、気恥ずかしさに(うつむ)いて足早に通り過ぎた。
 と、ふと気がついた。右手に見える横断歩道を渡るとそこは、吉祥寺駅の公園口だ。僕らはうんと遠回りしたことになる。何が「あ、そうだ。思い出した」だ。あの田島工務店先生がコケたチェーンを見せるために、わざわざ出口を変えたくせに。なんてヤツだ。思った途端に、前を歩く蒔田が振り返った。
「この商店街を抜けたとこだよ」
 その顔を見て、思い出した。こんな風に先生を馬鹿にして笑ったりしていても、あの時「骨折したのが足で良かったよね。手じゃなくて本当、良かったよね。漫画描けなくなったら大変だもん」と、一番心配したり世話を焼いたりしていたのも、他ならぬ蒔田だった。

 ああ、先生ぽい。末広(すえひろ)通りというこぢんまりした商店街を数分歩いてひょいと左折した路地にある、田島工務店先生のアパートにたどり着いた瞬間、しみじみ思った。何と言うか、妙に納得したのだ。古い木造二階建てのアパートは、ボロいけど(すさ)んではいない。人間に例えれば、優しいお婆ちゃん、といった風情だった。
 全く売れてない訳じゃないから、豪邸とはいかなくても、もう少し今時なマンションにも暮らせるはずだけど、あの人にはここが快適なんだろう。使い込んで薄くなったクタクタのタオルケットが一番気持ち良く眠れるような、ああいう感じ。
 それに、描けなくなったのは今回が初めてじゃないし、原稿を落とす───締め切りまでに入稿できずに掲載されない───ことも少なくないから、これくらい質素な暮らしでないとちょっと心配かもしれない。
 それでも、1Kか広くても1DKしかないだろうこの小さなアパートが、仕事場も兼ねているというのには少し驚く。まあ、先生はギャグ漫画というジャンルだけに、一回ごとのページ数は多くないから、アシスタントなしでやっていくのは不可能じゃない。いや、むしろあんな性格じゃ、一人で全部やるよりも、アシスタントとうまくやっていく方が百倍大変かもしれない。どうせ一人なら、住まいと仕事場が同じ方がきっと楽なんだろう。
 そんなことを考えながら、手すりが錆びついた階段をきしませながら二階へと上った。二階の共用廊下を奥へ歩きながら周囲を見回すと、隣近所にも同じような古い木造アパートが並んでいるのが見えた。
「田島工務店先生、極悪編集者の担当Mですけどー。今日は眞坂も一緒ですー」
 蒔田がノックもそこそこに、ドアの新聞受けの隙間から呼びかけると、ドアの向こうから明らかに動揺したようなガタガタという物音が聞こえた。その後、しん……と静まり返る。僕と蒔田は目を合わせ、同時に頷いた。居留守、確定。すぐに素直に出てくるとは思ってなかったけど、これは長期間の籠城(ろうじょう)もあり得るな。そうなるとお手上げだ。兵糧攻めする時間の余裕はこっちにはない。
「先生、眞坂です。さっきのツイートの件で来ました。お話をさせていただけませんか」
 ドアの向こうに耳を澄まして、しばらく待った。物音ひとつ聞こえてこない。居留守を続行するらしい。
「先生、お願いします。少し話をさせてください」
 もう一度、待った。やはり、反応はなかった。
「あ、忘れてた。あれがあったんだ」
 足元にしゃがんで新聞受けの隙間から中を覗き込んでいた蒔田が、素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。斜め掛けにした鞄の中に手を入れて、ガサゴソ何かを探している。
「あった! じゃじゃーん」
 蒔田が高く掲げたのは、一本の鍵だった。それって……と言って、続きを心で打ち消した。だけど返ってきたのは、僕が打ち消したその通りの答えだった。
「うん、合鍵」
「合鍵? なんで? なんでお前がそんなもん持ってんの?」
「貰ったんだよ、あのオッサンに」
「あのオッサンて……」
「中で居留守こいてるオッサンだよ」
「バカ、オッサン言うな、聞こえるってば。で、なんでそんなもん」
「こんなの要らないって断ったのに、無理やり渡してきたの。居酒屋で飲んでた時に、孤独死が怖いって、オッサンが、泣きながら」
 はあ……なんだか力が抜けた。でも、田島工務店先生ならやりそうだ。泣きながら。
「でも、さすがにそれはやめとけ」
 合鍵を鍵穴に差し込もうとしていた蒔田の手を(つか)んだ。
「じゃあ何のためにこんなもの貰ったのさ。まさにこの時のためでしょ」
 僕の手を振り払って、蒔田がガチャガチャと鍵を差し込んだ。
「やめろって」
 蒔田の手を摑んだその時、ドアの奥からバタバタと足音が響いた。その音に気を取られ、思わず手を離した。その隙に、蒔田がすかさず鍵を回す。ドアが開いた! と思ったら、十センチほど開いたところでピタリと止まった。隙間から、開けられまいとドアノブを引っ張る必死の形相の田島工務店先生が見えている。
「絶対、開けてやる!」
 蒔田が思いきりドアを引く。
「帰れー、この極悪編集者どもめ」
 向こうで負けじと田島工務店先生もドアを引いている。まるで綱引き状態で、ドアが少し開いて、また閉じてを、バタン、バタンと繰り返す。一体なんだ、何なんだこれは。どうにも情けない気持ちになって、僕は全身ででっかいため息をついた。
 その時、ん?と異変に気づいた。くん、と鼻を鳴らす。何かにおう。風に混じって、微かに何かが焼け焦げたような……。ハッとして振り返った。隣接したアパート二階の一番奥、田島工務店先生のアパートの真向かいの部屋の向こう側から、細く煙のようなものが立ち上っていた。隣のアパートはこちらにベランダが向いている。玄関はその反対側で、キッチンもおそらく玄関側になるだろう。煙はキッチンの窓か、換気扇から出ているんじゃないだろうか。
「蒔田、火事だ」
「ふん?」
 バタン! 蒔田がドアノブから手を離して振り返った途端、ドアが閉まった。ガチャリ、中から鍵がかかる。遠くで小さくサイレンが鳴っている。ああ、やっぱり火事だ。間違いない。サイレンは、だんだんボリュームを上げている。こちらに向かっているのだ。
 周囲の家々を見回すと、ドアや窓から何事かと顔を出す人々が見えた。どこからか、火事だと慌てふためく声も聞こえている。立ち上る煙は、あっという間にさっきより太く濃くなっていた。
「先生、火事だ。早く逃げなきゃ!」
 蒔田が激しくドアを叩く。どんな時もふざけてるとしか思えない男の、こんな顔は初めて見た。
「早く、ここ開けて! 逃げないとマジでヤバイんだってば!」
「そんな噓には騙されないぞ。開けられるもんなら開けてみろ!」
 悲鳴のようなサイレンが、すごいスピードでこっちへ近づいてくる。一台じゃない。何台も、火事だ火事だと叫びながらこっちへ向かっている。やっとその音に気がついたのか、ドアの向こうから田島工務店先生のおどおどした声が聞こえた。
「火事? 本当に本物の火事?」
「うん、本当の本物。消防車の音、聞こえてる? すぐ隣のアパートが燃えてんの。早く避難した方がいい。ここ開けて」
 中でバタバタと慌てふためく足音がした。消防車のサイレンがどんどん近づいて、すぐ近くで止まった。たぶん、このアパートに面した狭い路地には消防車が入ることができず、路地を出た商店街の通りに停車したのだろう。何を言っているかはっきりとは聞き取れないけれど、外では消防士だろう大きな声が飛び交い始めている。
「蒔田、先生はまだ!?」
「中でバタバタしてんだけど、出てこないんだよ!」
「鍵を開けろ! 何のための合鍵だよ! まさに今この時のためだろ!」
 蒔田が鍵を開け、二人してなだれ込むように中へ入った。靴も脱がず、冷蔵庫とコピー機が並ぶ小さなキッチンを靴も脱がずに奥へと進む。
「オッサン、何してんの! 早く逃げなきゃ!」
 奥の和室に見えた田島工務店先生の背中に、蒔田が叫んだ。でも、先生が何をしていたか分かった瞬間、ああ、そうかと胸が詰まって、僕らは何も言えなくなった。
 足元に落ちているそれを一枚、拾い上げる。田島工務店先生は、描きかけの原稿を持ち出そうとしていた。僕らが来るまで『にんけん!だもの』の──────打ち切りが決まった作品の、原稿を描いていたのだ。打ち切りを撤回させるくらい、意地でも面白いものを描こうと思っていたのか。最高に面白くして幕を下ろそうと思って描いていたのか。僕には分からない。だけど先生はここで、打ち切りになる漫画の原稿を描いていた。一人で。たぶん、泣きながら。
 蒔田も僕も知っている。先生が描けなくなるのは、〝面白い〟を真剣に追い求めすぎるからだ。「描けた」と「ダメだ」のボーダーラインを絶対に下げないからだ。〝面白い〟を生み出すことしか頭にないから、〝面白い〟とは何なのか、考え過ぎて、時々何も分からなくなる。
 僕や蒔田が拾い上げた分も受け取り、描きかけの原稿を全てまとめた先生は、(いと)おしそうに胸に抱えた。蒔田がそんな先生を、抱きしめたい目で見つめていた。僕は、そんな蒔田もまとめて、全部を両手で抱きしめたい気持ちになった。
「もう、何してんのさ。先生、早く逃げるよ」
 僕の視線に気づいた蒔田が、ごまかすように急かしてみせた。なのに田島工務店先生は動かない。いや、動けなかった。
「何? 先生、立てないの? うそ! 腰抜かしてんの?」
 思わず笑ってしまった僕と蒔田を、先生がイジケたような目で見上げている。僕はしゃがんで、先生に手を差し出した。
「その原稿を貸してください。蒔田が預かります。大丈夫、たとえ火の海を潜り抜ける途中でちょんまげに火が点いても、コイツが絶対に守りますから。な、蒔田」
「うん。ちょんまげが燃えてなくなっても、原稿は燃やさない」
 子供みたいな目をして蒔田の顔をしばらく見た後、田島工務店先生が原稿を蒔田に渡した。受け取った蒔田がウンと頷く。
「じゃあ先生、行きますよ。しっかり摑まっててください」
 僕は田島工務店先生を背中におぶり、立ち上がった。

 アパートから脱出した僕らは、消防士の誘導で路地を抜けて、商店街の通りまで避難した。同じように避難してきた人たちと、野次馬らしき人々が入り交じった群れに入り、きつく僕の首に腕をまわしてしがみついている田島工務店先生に、「先生、もう大丈夫です」と声をかける。早く放してくれないと、首が絞まって窒息死しそうだ。「原稿も無事、ほら」と蒔田が原稿の束を見せると、先生が安堵のため息をついたのが背中越しに伝わった。
 ひと安心した僕らはそのまま、三人並んで消防士の活躍を眺めていた。緊張状態から解き放たれた安心感で、少しばかり放心状態に陥っていたのだと思う。そんなぼんやりとした視界の端で、それは起きた。白い綿シャツにベージュのチノパン、レジ袋を提げた一人の男が、野次馬たちの群れをかき分け、規制エリアに躍り出たのだ。規制線の外の人々の視線がその瞬間に男に集中した。男は路地の入口へと向かっていく。すぐに一人の消防士が、入らないでくださいと鋭い声で制止した。けれど男は必死の形相で、止めようと駆け寄る消防士の手をすり抜けて、路地の奥へと消えてしまった。
 夏目さんだった。警備員の制服姿しか見たことがなかったから、一瞬分からなかった。だけど、男は間違いなく、あの夏目さんだった。
 避難民も野次馬も、誰もが男の、夏目さんの消えた先を見つめていた。ありゃ馬鹿だねぇ、焼け死んだりしなきゃいいが。火よりも煙が怖いのよ、煙が。あんな必死になって、あれは家族を助けに行ったんじゃない? そんな声があちこちから聞こえてくる。
「いや、あの人は一人暮らしだよ。火事の部屋のひとつかふたつ、手前の部屋じゃなかったかな。単身じゃないと入れないから、うちのアパート」
 その声に振り返った。火事になっているあのアパートの住民らしい若い男が話している。その若者に、板前の恰好をした男が応える。
「一体、何しに行ったんだろうね。無事に戻ってこれりゃいいけど。命より大事なもんなんてないんだからさ」
 夏目さん。一体、なんでそんな危険な真似を……。僕は祈るように路地の入口を見つめ続けた。どれくらい待っただろうか。一人の消防士さんが、後ろを振り返りながら路地から出てきた。その誘導で、夏目さんが姿を現す。わっと声があがり、拍手が起こった。申し訳なさそうに丸めた背中が、消防士さんの後に続いて人々の間をかき分けて行く。
「夏目さん!」
 僕の前を通った時、思わず声をかけた。夏目さんは一瞬、僕の方を見て目を見開いたように見えた。だけど、すぐにさっと目を逸らし、背中を縮めるようにして、そのまま向こうに待機していた救急車に乗り込んで見えなくなった。
 火事の中へ飛び込んでいった男の生還に、誰もが安堵の声を漏らした。ほっとして、男がなぜ、あんな無謀な真似をしたのかという疑問はすっかり忘れてしまっていた。だけど僕は違った。夏目さんが一瞬こちらを向いた時に、見てしまったのだ。
 夏目さんは路地に入っていく時に持っていたレジ袋ではなく、鳩尾(みぞおち)の辺りに別のものを抱いていた。大事そうに。背中を丸めているように見えたのは、それを守っていたせいだろう。一瞬しか見えなかったけれど、間違いない。夏目さんが抱いていたのは、一冊の古い漫画雑誌だった。

 結局、火事はボヤで済み、大事には至らなかった。その後もちょくちょく田島工務店邸に顔を出している蒔田の報告によれば、火元となったアパートには翌日まで消防署員が入れ代わり立ち代わり出入りし、出火原因の検証など後始末に追われていたけれど、田島工務店邸にはすぐに日常が戻ったようだ。
 僕の方はと言えば、あの直後、至急戻れのメールが山のように届いてるのに気づいて、大慌てで社に戻らなければならなかった。それから今日まで一週間、やってもやっても終わらないチェック物の山に気を失いそうになりながらも、無心で赤ペンを握り、校了作業に追われてきた。だけど、それも今日でひと息つく。ゴールはもう、すぐそこだ。僕が完走した五日後には月刊ゼロの最新号が刷り上がり、一週間後には全国の書店にどーんと並ぶのだ。いや、どーんと並べてほしい。なにとぞよろしくお願いします。
 ふと、古い漫画雑誌を鳩尾に抱いた夏目さんの姿を思い出した。夏目さんとはあれから会っていない。火事の二日後、一度仮眠のために地下フロアに行ったけれど、夏目さんはいなかった。警備員室を覗いて、「夏目さんは?」と訊いたら、学生バイトっぽい警備員さんが眠そうな目を瞬かせながら、しばらく休む予定だと教えてくれた。復帰予定は明日のようだ。
 夏目さんはなぜ、あんな危険をおかしてまで、あの古い漫画雑誌を取りに行ったのか。考えているうちに、初めて出会った時に覚えた既視感を思い出した。つくづく、ミステリアスな人だ。夏目さんは一体、何者なんだろう。
 ぼんやりしていると、やっと山から丘になってきたチェック物の上に、新たな書類がひとつ載っけられた。いけない、今は集中しなくては。僕は再び赤ペンを握りしめた。
 次に一段落ついて赤ペンを置いた時には、もう夕方になっていた。校了作業はまだ少しだけ待ち状態のものが残っているものの、それも今夜遅くにはあがる予定だ。終わりが見えてきたし、ようやく行けるな。僕は予定表にメシと書き込むと、誰にも見つからないよう、そっと会社を抜け出した。
「怪しい。怪しすぎる」
 都営新宿線の車内に乗り込んで、空いている席に腰を下ろし、三駅ほど過ぎた辺りだった。頭上から聞こえた声に、ギクッとして顔を上げると蒔田が立っていた。
「なんでお前がいるんだよ」
 僕が言うより早く、密着するように隣に陣取った蒔田が、僕の脇腹を肘でクイクイ押し始める。
「メシってどこまで行くつもり? まさか眞坂さん、校了の合間にいそいそ会いに行くような女でもいるの? どこの誰よ、教えてってば」
「お前には教えない」
「いないくせに、見栄張っちゃって。眞坂さん、モテないもんね。いつだって、いい人止まりの行き止まりだもんね」
「お前が何知ってんだ」
 他の乗客がこっちを見て笑ってる。コイツの土俵に乗ったら負けだ。ここは我慢して、他人のフリをしなくては。僕は蒔田を無視することに決めた。
「ねえねえ、どこに行くのさ」
 無視。
「俺もついて行っちゃおうかな」
 また無視。
「先生、眞坂くんが僕を無視しますう」
 あくまで無視。
「無視は陰険なイジメですう」
 それでも無視。だけど、蒔田の次のひと言は無視できなかった。
「ほら、着いたよ。神保町」
 

 僕らが訪ねたのは、古本屋街として知られる神保町にもそれほど多くない、漫画専門の古書店だった。入ってすぐに出迎えてくれたショーケースには、日本の漫画史にしっかりと刻まれた名作たちが飾られていて、僕はついガラスに張り付くように見入ってしまった。なかには、けっこうな値段が書き込まれたものもある。
「眞坂さん、ほら見てよ」
 蒔田が覗き込んでいた別のショーケースには、僕らが子供の頃に大人気だった漫画が表紙の雑誌が二冊、仲良く並んで飾られていた。一冊はその表紙の作品の連載開始号。もう一冊は最終回掲載号だ。だけど表紙の画は、同じ作者の同じ作品でありながら、タッチも、線の印象も、完成度も、並べて見ると全然違う。
「連載開始から最終回までの十二年で、こんなに進化してるんだよね、スゴイよね」
「ああ。その物語の中のキャラクターと一緒に、それ描いてる漫画家も成長していくもんなんだよな」
 その漫画の作者は現在、別の作品を連載中で、大ベテランとなった今も、まだまだ進化し続けている。
「俺たちも置いてけぼり食わないように、ちゃーんと成長しないとね」
 本当にそうだ。漫画家が成長するなら、編集者だって成長していかないと。だって、漫画編集者は漫画家の伴走者なのだから。なんてことを思ったけれど、感動や感慨などというものを蒔田と共有するのが気恥ずかしく、僕は何も言わずに目的のコーナーへと足を向けた。
 だけど、そのお目当ての雑誌コーナーはちょっと期待外れだった。ごく小さなスペースしかなく、これじゃ探してるものは見つかりそうにない。がっくりきていると、棚の向こうから蒔田がひょいと顔を出した。
「ここにはないみたいだね。行こう、眞坂さん」
 棚に並ぶ雑誌を見もせず、すたすたと蒔田が店を出る。え? そんな簡単に? 後を追い、狭い階段を足早に下りる。通りに出て蒔田に並び「諦めるのは店員さんに訊いてからでも」と言おうとした時、あくびでもするみたいに蒔田が口を開いた。
「あっちの店なら、たぶん絶対あると思う」
 たぶん絶対って、自信があるのか、それともないのか。分からないまま、神保町のメインストリートから細い横丁に入った。途端に人気(ひとけ)がなくなった道を、ふらふら歩いていく蒔田について奥へ奥へと進む。そうしてたどり着いた小さな雑居ビルは、今にも音を立てて崩れ落ちそうに古かった。
 エレベータなんて洒落たものは見当たらず、この四階だと言う蒔田を追って、狭くて急な階段を上った。しかも階段の半分は、(ひも)で括られた漫画雑誌が無造作に積み上げられていて、大人一人がやっと通れる幅しかない。ないと言えば、看板もなかった。ビルの外にも、ドアの前にも、どこにも看板らしきものが見当たらないのだ。なのに蒔田は四階に着くと、何の表示もないドアを、ノックもしないで躊躇なく開けた。
「ごめんはいらないので漫画雑誌くーださーい」
 蒔田に続いて中に入った、瞬間に驚いた。そこはまるで、漫画雑誌でできた迷路だった。ぎっしりと漫画雑誌が詰まった棚で仕切られた、細い通路が何本も並んでいる。
「よく知ってたな、こんなとこ」
「うん、前にも来たことあるんだ。どうしても読みたいヤツが見つかんなくて。ねえ、店長」
 僕らを迎えてくれたドレッドヘアの年齢不詳の店主は、ここは本当は店舗じゃなくてネットやカタログ販売専門の古書店の倉庫で、一般客は入れていないのだと、困ったように笑った。蒔田とは、漫画好きが集うイベント会場で行われた漫画トリビア試験で出会って以来の知り合いらしい。蒔田と同点一位を分け合ったというから、この店主も相当な漫画好きだ。
「こっからここまでが週刊少年トップだから、適当に探してみてよ。オイラは隣の部屋で梱包やってっからさ」
 店主が指した位置を目で確認し、「ありがとうございます、探してみます」と頭を下げる。
 僕は夏目さんが抱えていた古い漫画雑誌のことが気になって、この神保町に同じ雑誌を探しに来たのだ。だけど、まさか蒔田も同じことを考えていたとは気づかなかった。
「実はあの火事の現場で、俺も気づいちゃってたんだよね。アレ見ちゃったら、やっぱり気になるよ。死ぬ覚悟で取りに行ったのが、古い漫画雑誌なんて」
 神保町で電車を降りると、蒔田はあっさり白状して、「謎はこの蒔田(りょう)が解き明かす」と、名探偵を気取ってみせた。単なる好奇心からの探偵ごっこで、僕を()けてきたわけだ。
 だけど実際、蒔田はかなり優秀な探偵だった。なんせ僕ときたら、雑誌名の一部がチラッと見えて、それが十年前にリニューアルされる前の少年トップのロゴだったから、夏目さんが抱いていたのが古い少年トップだということには気づいたけれど、同じトップはトップでも、あれが週刊なのか月刊なのか増刊なのかは分からなかった。だけど蒔田ははっきりと、あれは間違いなく週刊少年トップだったと言い切ったのだ。
「ロゴがさ、週刊と月刊と増刊じゃ、ちょっとだけ違うんだよね。ほら、俺ってトップ派だったから」
 そう語る蒔田は、なんだか誇らしげだった。僕らが子供の頃、いや、それは今だって変わらないけれど、少年たちは愛読している漫画雑誌でトップ派とジャック派に分かれていた。僕も、蒔田と同じトップ派。ジャック作品で好きな漫画もいっぱいあったけれど、小遣いは限られていたし、どちらかひとつ選べと言われたら迷わずトップで、週刊も月刊も読んでいた。だから、ロゴが微妙に違うなんてことは、もちろん僕だって知っている。ただ、蒔田の動体視力が野生動物並みにスゴイというだけだ。
 そのアニマル蒔田は驚いたことに、表紙のイラストが『みるくクラウン』だったとまで主張した。夏目さんはあの雑誌を抱え込むように持っていたから、表紙はほとんど見えなかったはずだ。だけど蒔田は、ううん、絶対にあれは『みるクラ』だったと譲らなかった。キャラの頭が少しだけ見えて、栗色ベースにピンクのハイライトが入っていたから絶対だと言うのだ。確かに、『みるくクラウン』のヒロインの髪は、カラーページだとそんな着色だったけど……。僕は、蒔田に乗ってみることにした。だって、蒔田は大迷惑な変人だけど、漫画に関してだけは知識も情熱もずば抜けた、何しろ漫画バカなのだから。
「さーて、じゃあ始めるか」
「『みるクラ』が連載されてたのは俺たちが小三から高二のだいたい八年なんだよね」
『みるくクラウン』はラブコメの王道作品で、女の子キャラがとにかく可愛かった。連載当時にアニメにもなって、さすがに今じゃ映像に粗さを感じるけれど、それでも何度も再放送を繰り返している人気作だ。
 僕と蒔田は古い方と新しい方に分かれ、両端から『みるくクラウン』が連載されていた八年分の週刊少年トップをチェックしていくことにした。表紙をチェックするだけだからすぐ終わる。そう高を括っていたのに、僕らはついつい懐かしさに手を止めて、結局その作業に一時間もかかってしまった。
「これ! これだよ、これだった」
 表紙が『みるくクラウン』のものは、全部で十七冊あった。そのうちの一冊を、蒔田は迷いなく手に取った。確かに。一瞬見ただけだし、はっきりとは言えないけれど、色はこんな感じだったかもしれない。だけど、絶対これかと訊かれたら、言い切れる自信はない。確信が持てない僕をよそに、すでに蒔田は他の号を棚に戻し始めている。そして最後に残った一冊を僕の前に差し出すと、力強く頷いた。
「絶対これに間違いないから」
 蒔田がそう断言した一冊は、二十年前の春に発行されていた。

 二十年前の漫画雑誌の値段は、当時の価格のちょうど倍で、意外に安くて拍子抜けした。店長さんにお詫びとお礼を言って、駅へ急ぐ。きっと漫画の迷路から帰りたがらないだろうと踏んでいた蒔田は、なぜか素直について来た。その理由は帰りの電車の中で分かった。
「で、眞坂さんとあの男はどういう関係なワケ?」
 電車の中で唐突に、蒔田が訊いてきた。あの時、僕が夏目さんに声をかけたのを蒔田は見ている。知り合いであることを隠せば、コイツのことだ、ますます怪しんで今日みたいな尾行を繰り返すに違いない。僕は正直に話すことに決めた。なぜなら、帰宅ラッシュの時間帯に突入し、電車は来た時とは比べ物にならないくらい混んでいて、人波に押し流されるように乗り込んだその結果、蒔田の顔がすぐ目の前にあったのだ。こんな状況で噓が吐けるほど、僕は器用な人間じゃない。
「警備員さんだよ。一度、真夜中に落とし物を拾って届けたことがある。でも、警備員室じゃ落とし物は引き受けてないって言われた」
「ふうん。それで?」
 蒔田が僕の目を覗き込む。それだけだよ、と言いたかったけれど、それで解放してもらえるとは思えず、観念して打ち明ける。
「どこかで会ったような気がするんだけど、思い出せない。夏目さんにも、同じビルで働いてるから知らないうちに顔を覚えていたんじゃないかと言われた。だけど、僕はとても気になっている。以上、おしまい」
 できるだけ簡潔に告白を終えた。詳細を話して、例のベンチのことがバレてしまうのは何としても避けたかった。だって、ベンチが撤去されたのは、蒔田が休憩室に棲みついたせいなのだ。あのベンチたちが地下一階に引っ越してるとコイツが知ったら、今度は絶対あそこに棲みつく。僕の聖域を侵されてなるものか。
「なるほどね」
 蒔田はそう言ったきり、それ以上は何も追及してこなかった。
 その後、僕は会社に戻った途端に残りの校了作業に追われ、二十年前の週刊少年トップを開くことができたのは、校了作業を全て終えた翌日になってからだった。
 いつもなら、校了明けは一目散に逃げるように家に帰る。なのに僕は、ほとんどの人が帰った後のしんと静かな明け方の編集部で、二十年前の週刊少年トップを開いた。
 経てきた年月を感じさせる()せた表紙を、ドキドキしながらそっとめくる。懐かしい。いちページ、いちページ、めくるたびに記憶が(よみがえ)る。僕が十四歳、中学二年生の頃に読んだ漫画たちだ。あの頃、自分が将来、漫画編集者になるなんて思ってもみなかった。漫画ばっかり読んでないで勉強しろ。親父によくそんな風に怒られたけれど、結果、漫画ばっかり読んでいたからこんな仕事ができてるわけで、人生は何が起きるか本当に分からない。そんなことを考えたりしながら、僕はその週刊少年トップをゆっくりと読み進めていった。
 そして、ふと気がついてしまった。この漫画も、この漫画も、大好きだったのに、これを描いてた漫画家さんの名は、今どの雑誌でも見ることがない。漫画の世界で生き続けることの過酷さを思い、先日の授賞式の壇上で自分が言った言葉を振り返った。求められなくなったら死ぬしかない。連載漫画の、それが宿命。日頃から身に染みて分かっていたつもりでいたのに、二十年前の雑誌をめくってタイムスリップしたせいで、僕が思っていた以上に現実は残酷なのだと思い知らされた。
 だから、今でも活躍している漫画家の名前を発見すると、なんだかホッとしたし、今やベテランとなった人気漫画家の名前を新人賞発表のページに発見した時は、ドクドクと速度を上げて全身に血が巡るのを感じるほどに興奮した。いつの間にか僕は、夏目さんのことを忘れ、夢中でページをめくっていた。
 そして、それは唐突に僕の目の前に現れた。雑誌の一番最後に掲載されていた、その作品を見つけた僕は、思わず呼吸を止めた。
無限大少女(むげんだいしょうじょ)アスカ」
 タイトルを声に出した。それは、小学生の僕が初めて夢中になった漫画だった。人生で初めて買ったコミックスもこの作品だ。それから──────
 僕の頭の中に、ある情景が浮かんだ。そうか、そうだったんだ。僕はぎゅっと両目を閉じた。その記憶を、繰り返し心に映し出す。
「何か分かった?」
 目を開けると、デスクの正面に蒔田が立っていた。
「帰ってなかったんだ?」
 日付が変わる頃に姿が見えなくなったから、てっきり帰ったものだと思ってた。そう言う僕に、蒔田はへらへら笑いながら、こう答えやがった。
「ん? 寝てたの。地下にある警備員室の前のベンチで」
 ああああ……終わった。僕の安眠の地が、聖域が、この世から消えてしまった。絶望に目を閉じ、天井を仰ぐ。
「何か謎を探るヒントはないかなーって、警備員室へ行ってみたら、偶然、見つけちゃったんだよね。懐かしくってさ、ついついスリスリしてたら、いつの間にか寝ちゃってた」
 そう言って蒔田は大きく伸びをした。僕はガックリ肩を落とす。
「ねえ、何か分かったの?」
 開いたままの雑誌を蒔田へ差し出した。受け取った途端に蒔田が目を見開く。
「あーッ、『無限大少女アスカ』! しかも、この号が最終回じゃん! へええ」
 蒔田が懐かしそうにページをめくる。
「で、何か答えは出た?」
 雑誌を閉じて蒔田が訊いた。僕は答える。
「うん、たぶんね。今からそれを確かめに行く」

「あんた会社はどうしたの。クビになったんじゃないわよね」
 突然、平日の午前中に実家へ帰ってきた僕に、母さんは目を丸くした。校了作業中は何日も徹夜仕事なんだとか、休める時に休まないと一生休めないんだとか、フレックスタイムがどうのとか、前にも説明したことがあるけれど、何度言っても覚えてくれないから、「有給だよ、有給休暇」と僕は答えた。
「ああそう、有給休暇」
 すぐに納得して、母さんが冷蔵庫を確認し始める。
「朝は食べたの? お昼はどうする?」
「うん、適当でいいよ、あるもんで適当で」
「本当に適当なものしかないわよ、こんな急に帰ってきたら困っちゃうわよ」
 母さんは文句を言いつつ、僕のための朝食を作り始めた。嬉しそうに鼻歌なんて歌っている。僕はなんだかくすぐったい気持ちになって、そそくさと二階の自分の部屋へと階段を駆け上がった。
 正月以来になる自分の部屋に入り、カーテンを開けると、古い家々が立ち並ぶ昔ながらの住宅街が見えた。僕の実家は東京の西、およそ東京らしからぬ、のんびりとした時間が流れる町にある。僕はこの町で生まれ育ち、大学までこの家に暮らしていた。
 漫画編集者という仕事に就いてからは、さすがに会社まで片道一時間半以上はキツイとあって、通勤に便利な街に部屋を借りた。今は正月くらいしか、実家に泊まることもない。それでも母さんは、この部屋を掃除し続けてくれている。こんな風に急に帰ってきてもほら、(ほこり)だらけじゃないのがその証拠だ。
 押入れの(ふすま)を、グイッと奥に押しながらスライドさせた。建て付けが悪く、こうしないとなかなか開かないのだ。押入れは上下段とも、大小いくつもの段ボールがパズルみたいにうまく組み合わされて隙間なく並んでいる。小さい頃からベッドで寝ていた僕にとっての押入れは、寝具を収める空間ではなく、入っているのは本ばかり。中に詰まっているのは漫画の単行本、いわゆるコミックスがほとんどだ。嵩張(かさば)る漫画雑誌は、たまるといつも「処分しろ」と親父に怒られていたから、今は一冊も残っていない。
 上段の手前に置かれている段ボールを畳の床に運び、記憶を頼りに奥の方に現れた段ボールから蜜柑(みかん)のマークが描かれたものを引き出した。
「たぶん、この中にあったはず……」
 段ボールの上までぎっしり入れられているコミックスを、一冊一冊、取り出す。と、半分くらい外に出して現れた中程に、やっぱりあった。『無限大少女アスカ』第十五巻。手に取って、表紙をめくろうとした、その時にドアが開いた。
「ごはん、できたよ。あら、昔の漫画なんて出して。ほんとにあんたは漫画が好きねえ」
 母さんが畳の上を占領している段ボールを見て呆れている。
「ちゃんと仕舞っておいて。あ、でもその前にごはん、食べちゃいなさい」
「分かった、すぐ行くよ」
 僕は大急ぎで段ボールを元通り押入れに収めると、『無限大少女アスカ』の十五巻を鞄に入れた。
 その日、僕が出社したのは夜の九時を過ぎてからだった。母親が作ってくれた朝飯を平らげた後、気がついたらリビングのソファで寝落ちして、最悪なことに帰宅した親父の声で目が覚めた。親父は数年前に定年退職した後、元の会社の関係企業に再就職して今もまだ現役だ。
「こんな平日に突然帰ってきたって、お前、会社をクビになったんじゃないだろうな」
 母さんと同じセリフに苦笑した。この二人にとって、漫画なんてよく分からないものを創っている僕の仕事は、真っ当とは少し外れた心配のタネでしかない。
「クビになんかなってないよ。ここんとこ徹夜仕事で自分の部屋にも帰れなかったから、有給取ったんだよ、有給」
 親父に分かる言葉で説明した。なのに、「家にも帰れないなんてどんな会社なんだ」と、もうブツブツ言い始めている。また始まった。こんなことなら、親父が帰ってくる前にとっとと去っとくんだった。会社からの電話がかかってきたのは、そんなタイミングだった。ちょっとしたトラブルが発生したらしい。対応は明日でも良かったのだけど、これを言い訳に僕は退散することにした。
「ごめん、会社に戻らなきゃ。お説教はまた今度聞くよ」
 玄関の外まで見送りに来てブツクサ言っている親父と、「そんな風に怒るから崇は家に寄り付かないのよ」と繰り返す母さんに、また近々帰るからさと守れそうにもない約束をして、僕は実家を後にした。
 駅に着くと、ちょうど新宿方面行きの電車がホームに入ってくるところだった。夜だけに、都心に向かう電車はガラガラだ。その電車の中で、僕はさっそく『無限大少女アスカ』第十五巻を開いた。押入れいっぱいに詰まったコミックスのなかで、一番思い出深い、僕にとって特別な一冊。この半年間、抱え続けてきた疑問の答えは、この表紙の裏にあった。

 トラブル処理は一時間もかからずに終わった。その後もそのまま、デスクでパソコンをカタカタ言わせていると、帰り支度を終えた藤丸紗月が声をかけてきた。
「眞坂さん、まだ帰んないんですか。あんなの明日で大丈夫だし、校了明けなんだから今日くらい休めば良かったのに」
 いろいろとあるんだよ、とだけ答えてキーボードを叩き続ける。それは全くの噓じゃなく、書類の作成など校了作業中にはできなかった細々とした仕事が山積みになっていた。領収書も溜まりに溜まっている。このままじゃ、経理に時間切れを言い渡されそうだ。あー、めんどくさい。思わず言って気がついた。デスクの前にまだ、何か言いたげな顔で藤丸が立っていた。
「最近、なんか二人でコソコソやってますよね。眞坂さんと蒔田さん」
 言った途端に、もう顔を赤らめている。また始まった、藤丸の妄想劇場。
「昨日も、二人で揃っていなくなったし」
「飯食いに行っただけだけど」
「でも二人とも、帰ってきてから腹減ったーって呟いたりしてましたよね」
 デビルイヤーか。全く、油断も隙もない。
「ということは、二人は食事に行ってない。二人で何を隠してるんですか」
「教えてもいいけど、そうすると藤丸がつまんないだろ」
「よくお分かりで」
 お疲れ様ですの代わりに、ごちそうさまでしたと言って帰っていく藤丸の弾んだ後ろ姿を見送りながら、本当に不思議なもんだなと笑ってしまった。アイツはあれで、漫画家さんにはけっこう頼りにされている。妄想癖にさえ目を(つぶ)れば、意外といい編集者なのだ。
「あ、そうだ藤丸! 蒔田のヤツ、どこ行ったか分かる?」
 編集部のドアを出ていく寸前の藤丸を呼び止めて訊いた。さっきタイムカードを見たら退出時間が印字されてなかったから、まだ帰ってはいないはずだ。僕らのことを、と言うか社内の男たちの行動を何かと観察している藤丸なら、知っているかもしれない。案の定、その読みは当たっていた。
「また蒔田さん、スケジュールボードに行先書くの忘れてる。田島工務店先生のところですよ。次のネームがもうあがったらしいって、嬉しそうに出掛けて行きましたから。たぶん直帰じゃないですか」
 藤丸が言いながら、蒔田の行先を書き込む。これまで蒔田は、一度も行動予定表に書いて出掛けたことがない。蒔田の予定をボードに記入するのは、すっかり藤丸の仕事になっている。
「蒔田さんと田島工務店先生かあ。あの二人ってなんか……あ、ごめんなさい。眞坂さんの気持ちも考えず」
「お気遣いなく。お疲れ」
 藤丸の姿が見えなくなると、僕はホッと胸を撫で下ろした。良かった。今夜、蒔田は会社にいない。ここから先は、アイツに見つかるとちょっとばかり面倒だ。
 一人、また一人、お先です、お疲れ様ですと帰っていく人を見送る度、目の前のパソコン画面の右下に目をやって時刻を確認した。そして、すっかり誰もいなくなった頃、僕は静かにパソコンの電源を落とした。振り返ると、窓の向こうに広がる街はすでに青白い朝の色に変わっている。僕は、この夜が明けるのを待っていた。
 帰り支度をして、部屋を出た。タイムカードを押しながら、自分に問いかける。何も言わずに僕の胸にしまっておくべきなんじゃないだろうか。だけど、やっぱり確かめたかった。 僕は誰もいなくなった編集部を後にすると、エレベータを降り、エントランスのある一階奥の階段を、朝の光が届かない地下一階へと下り始めた。

 夜色の制服から、あの火事の日に見たのと同じベージュのチノパンと白い綿シャツに着替えた夏目さんが、警備員室に一礼して出てきた。廊下のベンチから立ち上がる僕を見つけると、夏目さんは淡く笑った。そして、まるで約束でもしていたみたいにこう言った。
「お待たせしてすみません」
 数分後、僕は夏目さんと無機質な机を挟んで向かい合って座っていた。月刊ゼロの編集部があるフロアの通路沿いに並ぶ、三人も入れば狭苦しい、小さな打ち合わせ室の一室だ。ここは主に、原稿の持ち込みに来た人の対応に使っている。他にもっと広い会議室もあるけれど、午前中は大体、営業部が使うことが多い。始業までまだ時間はあるけれど、もしも誰かが話の途中で入ってきたらと、使うのを躊躇した。ここなら、絶対に邪魔されることはないはずだ。
「体調はもう大丈夫なんですか。一週間もお休みだったから心配してました」
 僕が言うと夏目さんは、心配しすぎた上司が有給を取って休めと言うので甘えさせてもらったのだと、小さな声で説明してくれた。
「そうだったんですか」
「ええ」
 ふいに沈黙が訪れ、僕はそれを機に『無限大少女アスカ』第十五巻を鞄から出して、机上に置いた。
「『無限大少女アスカ』。僕が子供の頃、大好きだった漫画です。初めて買ったコミックスは、アスカの第一巻でした」
 ありがとうございます。夏目さんはそう言うと、どこか遠い目で微笑した。
「やっぱり、直木(なおき)ナツメ先生だったんですね。ナツメさんて、夏の目の方で苗字なのかと思ってました」
「間違いではありませんよ。夏目漱石の夏目に、日直の直、樹木の樹で夏目直樹(なおき)が本名です。ペンネームは、その逆さまで字を変えただけ」
 なるほど、と言って笑った。夏目さんはそんな僕を目を細めて見ていた。
「あの夜に言ったと思いますけど、僕は夏目さんと初めて会った時、何か既視感みたいなものに襲われました。それがずっと気になっていたんです。その正体が、やっと分かりました」
 僕は『無限大少女アスカ』第十五巻の表紙をめくった。表紙の裏には、マジックでサインが書かれていた。古い日付と、アスカの小さなイラストも。僕が初めて夢中になった漫画も、初めてコミックスを買ったのも、初めてサイン会というものに参加してサインを貰ったのも、全部この『無限大少女アスカ』だった。漫画を大好きになり、やがて漫画編集者となった、僕の言わば原点だ。
「落とし物のノートを届けるために警備員室を訪ねて、夏目さんから返されたノートを受け取った時、前にもこれと同じ光景を見たことがあると感じたんです。僕はこの場面を、すでに一度体験しているって。あれは、子供の頃に直木先生にサインしてもらったこの『アスカ』十五巻を、こうやって受け取った時の記憶だったんですね」
 卒業証書を受け取る恰好で言った。
「まだこうして持っていてくれる人がいたんですね」
 そう言った夏目さんの声には、嬉しさよりも寧ろ、困惑めいたものが(にじ)んでいた。
 夏目さんはあの時すでに、この答えに気づいていたんじゃないですか。心にある、その問いを吐き出すことを僕は躊躇(ためら)い、黙り込んだ。もちろん僕だって、サインをしてあげただけの少年の顔を覚えてくれてただなんて、夢みたいなことを考えてるわけじゃない。だけど、夏目さんはあの時すでに、ノートを受け取った時のポーズと、どこかで会ったことがあるはずという僕の言葉、その僕の職業が漫画編集者であることから、もしかしたら……と察していたんじゃないだろうか。そして、僕がいずれそのことに、気づいてしまうだろうことまで。
 だからあの時、僕にこう言ったのだ。もしかしたら、前世で出会っているのかもしれませんね──────あれは、ここにいる私はもう直木ナツメではない、直木ナツメは死んだのだという宣告だったんじゃないだろうか。
 一年間で新たに生まれる漫画家の数はどれくらいだろう。そのなかで、一生、漫画家でいられる人はどれくらいいるだろう。それが現実だ。その現実の小さな欠片(かけら)が、今、目の前にいる夏目さんだ。そんなの分かってる。夏目さんだって、そんなこと分かってる。だから、自分で言ったんじゃないか。直木ナツメは前世だと。なのに、分かっているのに、分かっていながら、ではそろそろ……と腰を上げた夏目さんに、僕は訊いてしまっていた。
「もう漫画は描かないのですか」



(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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