辻村深月さんが『かがみの孤城』で2018年本屋大賞を受賞されました。
それを記念しまして、カドブンでは辻村深月さんのKADOKAWA作品の試し読みを3日連続で公開いたします。
本日4月13日(金)は『きのうの影踏み』を公開いたします。
この機会に「大切な人との絆を感じる傑作短篇集」をぜひお楽しみください。
>>【「かつくら」presents】辻村深月『かがみの孤城』インタビュー
十円参り
友人に聞いた話である。
無類の怪談好きである私が、「何か怖い話知らない?」と聞いたら、少し迷ってから「怖いっていうか……。小学生の頃の話なんだけど」と話してくれた。
当時、彼女は団地に住んでいた。大きな団地で、同じ小学校の子もたくさん住んでいた。四つの棟からなる団地の建物の中央には、砂場や遊具がある小さな公園と、「集会所」と呼ばれるプレハブ小屋があった。
「集会所は、月に一度団地の自治会の集まりがあったり、団地の子どもたちが集まってクリスマス会や七夕みたいなイベントをする、団地の公民館みたいな場所だったんだよね。春にはお祭りがあって、お母さんたちが甘酒やおでん作って配ってくれたり。私、好きだったな」
集会所は特に鍵がかかっているわけでもなく、誰が置いていったともしれない漫画本がたくさん並ぶ本棚があったり、普段からよく人が出入りしていたという。共働きの両親を持つ子どもが、そこで漫画を読みながら親の帰りを待つようなことも多かったそうだ。中には学校の会議室などでよく見られるような折りたたみ式の机やパイプ椅子があって、みんな好き勝手に使っていた。
「もっとも、その中でもよく来る人は決まってるし、団地に住んでいる人以外が出入りすると目立つから、不審者が来るようなこともなかった。平和な時代だったんだなあと思う」
ある日、その集会所で二人の少女が待ち合わせをした。
ミサキとマヤという小学五年生の少女で、学校でも同じクラスだった。ともに生まれた時から団地に住み、似たような環境で育ったせいか、学校でも仲が良く、親同士も親しかった。
二人は集会所の薄いスリッパを履いて、すみに置かれた椅子に座った。
不思議とその日は、彼女たちの他には誰も人の姿はなかったと言う。ミサキもマヤも、それを好都合だと判断した。その日、二人は大事なことを話し合わなければならなかった。
「『どうしてなっちゃんが消えたのか話し合わなくちゃ』って、二人で相談してたの」
「『消えた』ってどういうこと?」
私が尋ねると、友人は肩を竦めた。
「その頃、団地の子どもたちの間で都市伝説っていうか、妙なおまじないがはやってたんだ。丑の刻参りやお百度参りの簡易版みたいなものなんだけど」
団地の裏山にある神社の賽銭箱に、嫌いな人、〝消したい〟人の名前を書いた紙を、十円玉と一緒に十日間続けて投げ込む。十日の間一度も欠かしてはならないし、紙と十円玉を入れているところを人に見られてしまってもいけない。
十日間続けて成し遂げた者は、願いを成就させることができる。紙に書かれた名前の人間を、消してもらえるのだという。
「願いが叶った場合には、賽銭箱の中に入れた十日分の紙が血みたいな真っ赤な色になるんだって」
「見たことあるの?」
「ないけど、そういう話だから。そんなもんでしょ? 都市伝説なんて」
この賽銭箱の十円参りは、「十日」という期間が肝なのだと言う。
「子どものことだから、すぐにかーっと頭に血がのぼることなんてちょくちょくあると思うのね。私にも覚えがあるけど、先生やお母さんに注意されてムカついたり、友達同士のちょっとしたケンカでも、その子と次の日顔合わせること考えただけで、学校行きたくないって思いつめたり。だけど、そんなことでいちいち賽銭箱に『消しちゃえ』って名前を入れてたらキリがない」
団地の子どもたちは、注意された大人やケンカした友達の名前を誰でも一度くらいは入れたことがあるのではないか、と言う。
しかし、その時の怒りがどれだけ大きくても、感情が長続きしない。
「最初にかっとなって名前を入れちゃったとしても、激しい怒りはせいぜい二日もすれば収まるから。十日のうちには冷静になって、子どものことだし、めんどくさくなる。人に見られちゃいけないっていうのもなかなか難しいし、お小遣いの中から毎日十円出すのも、大金ってほどじゃないにしろ、惜しい気がするしね」
だから、十日間も気持ちを持ち続け、名前の紙と十円を投じ続ける子どもなど、滅多にいなかったのだと言う。
しかし、その日集会所に集まったミサキとマヤの悩みは深刻だった。
団地に住む小学五年生の女子は、ミサキとマヤと、本当だったらもう一人「なっちゃん」という子どもがいたはずだった。
同じ年の三人は普段から仲が良く、皆両親が共働きだったこともあって、団地内の集会所や公園、例の賽銭箱のある神社などでよく一緒に遊んでいた。
ある時、なっちゃんと遊ぶ約束をしていたミサキが彼女の家を訪ねると、そこで待っているはずの彼女が出てこなかった。不思議に思って「なっちゃん?」と呼びかけ、ドアを開けると、無用心にも家の鍵がかかっていなかった。中を覗き込んだのだが、なっちゃんの姿はどこにもない。テーブルの上に、半分ほどカルピスが入ったコップが、まるで子どもの飲みかけのように残されていた。
不思議に思いながら家に帰ってふと壁を見ると、電話機の横に貼っておいたクラスの非常用連絡網から、なっちゃんの名前と番号が消えていた。
びっくりしながら見ていると、電話が鳴った。団地の隣の棟に住むマヤからだった。取り乱した声で「なっちゃんが消えちゃった」と言う。彼女は部屋に、なっちゃんと二人で撮った写真を貼っていたそうなのだが、その中から削り取られるようにして、なっちゃんの姿だけが消えてしまったのだと言う。肩を組み合っていた写真だったのに、マヤの手は何もない宙にかかしの腕のようにぶらんと伸びているだけ。
相手の話を聞いて、ともに、ぞっと鳥肌が立った。
「とにかく、二人して必死になって調べた。だけど、その家にはもともとなっちゃんなんていう子どもはいなかったみたいに、なっちゃんがいたことを示すものが、何にもなくなってた」
どの名簿を見ても写真を見ても、なっちゃんの記憶は二人の頭の中にしかない。
なっちゃんは確かにいたのに、消えてしまっていた。
二人はすぐに、賽銭箱の都市伝説のことを思い出した。集会所に集まり、なっちゃんは何故消えてしまったのか、もし賽銭箱の十円参りが関係しているなら、誰がそれをやったのかについてを話し合うことになった。
誰かが消してしまったなら、その相手を許さないと泣いたと言う。
(このつづきは、本編でお楽しみ下さい)
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