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試し読み

【新刊試し読み】〈棲師〉が暮らす、住むと不幸になるマンション。部屋には不自然に取り外されたクローゼットの跡があって――。『27時の怪談師』③

第3回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉を受賞しデビューした問乃みさきによる新作『27時の怪談師』。発売を記念して試し読みを公開します。幽霊あり、血しぶきあり、怪夢あり……なのに読後、涙&超ハッピーになれます! ぜひお楽しみください。
>>前話を読む
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「何これ、手品の道具? マジ? 完全引きこもりじゃ誰にも見せらんないのに、よりによって趣味が手品? えんふくまで着たりして……誰にも披露できないのに趣味が手品って! あんた、ごきげんだな」
 途中で噴き出し、ゲラゲラ笑いだした怪談師にカッときて、気付けば僕は言っていた。
「見せれるさ! ついさっき、引っ越し前のあの部屋でコインマジックを披露して、同居人にさんの川の渡し賃をあげてきたところだし!」
 爆笑がピタリと止んだ。
「同居人? 自在に霊と交信できるわけじゃないって、さっき言ったの、あれ噓なんだ?」
 口をへの字にして、怪談師がこっちへ歩いてきた。僕は距離を詰められないよう、後ずさりながら言い訳する。
「噓じゃない! 落ち武者の霊とかトイレの花子さんとか、僕はそんなの一度だって見たことないし! けど……少しだけ、感じるのは感じるんだ。あ、そこら辺に居るなって。ほら、都会のアパートやマンションに住んでると、隣近所が帰ってきたらなんとなく分かるだろ。で、玄関を出入りする時には、鉢合わせしないようにしたりして。だから顔を合わせることもないし、その姿を見たこともない。あれ! あんな感じ!」
 後ずさる足が壁に当たった。デッドエンドだ。僕にできるのはただ、足元に転がるボールや造花を拾っては、それと一緒に文句を投げつけることだけだった。
「それ以上こっちへ来るなッ! 勝手に人んに入ってきて、言いたい放題やりたい放題! 幽霊なんてみんな、こっちを気にしてビクビクしながらそこに居る。僕と何にも変わらない! なのに、お前ら生きてる人間ときたらッ!」
 怪談師は立ち止まって、もうこちらへ近寄ってはこなかった。そして「また来る」と、りガラスのスライドドアを開けて出て行った。へなへなとその場にへたり込む。
「聞いてなかった? 僕は人間と関わらないようにしてるんだ。二度と来るな!」
 腰を抜かしているくせに、精一杯の虚勢を張った。すると、ドアが開いてまた怪談師が現れた。ひえっ。首をすくめて身構える。
「あんた、名前は?」
「……お、教えない」
「じゃあ…………アラン」
 ア、アラン? 何を言ってるんだと、口を開けたままほうけてしまった。
「分かんないかなあ。ほら、すみだからアラン。アラン・スミシー、知らないんだ?」
「知ってるよ!」
 ムッとして返した。
「アラン・スミシー。映画会社とかプロデューサーのひどい注文やトラブルによって自分の映画がめちゃくちゃにされた時に、映画監督が使う架空の名前だ。ハリウッドでは確か、二十年くらい前に使用禁止になってる」
 言い終えて、フンッと鼻息を飛ばした。
「引きこもりなのに詳しいね」
「引きこもり詳しいんだ」
 僕には時間だけはある。続けかけたが口をつぐんだ。言ったって、そんなの情けないだけだ。そんな僕をよそに、怪談師はしばらく天井を見上げていたかと思うと、うんと大きくうなずいた。
「亜熱帯の亜に、嵐でらん。うん、カッコイイじゃん。これから俺は、あんたを亜嵐と呼ぶことにする」
 僕は拒否しなかった。いいね! カッコイイじゃん! なんて、もちろん思ったわけじゃない。映画会社やプロデューサーに映画をめちゃくちゃにされた映画監督の匿名は、先生や同級生に人生をめちゃくちゃにされてこうなってしまった僕に、どこかふさわしい呼び名だって気がしただけだ。
 それに…………
「じゃあ亜嵐、また来る」
「だからッ、僕はまた人が住んでくれるように半年間ここで暮らして、そして出て行くだけなんだってば! 君に協力なんかできないし、する気もないしッ!」
 そんな僕の必死の抗議を意にも介さず、怪談師は右目を軽くつむり、ウィンクするみたいに笑って言った。
「俺のことはナイト君でいいよ」
 なんだよ、なんだよ! 似合いすぎてる、そのしやくな笑い方!
 しかも「ナイト君でいい」だって!? 僕のことは亜嵐て呼び捨てにしておいて……やっぱりコイツ、大嫌いだ!
「すぐにまた来る。時間がないんだ」
 怪談師は急にマジな顔になると、ポケットから出したスマホをちらりと見て、言い継いだ。
「三十四時間後、今度は俺がることになってる。シャックと百舌原ミドリ子が演ったのと同じ話」
「え?」
 ぜんとする僕を残して怪談師はいなくなった。
 しんと静かになった部屋で考える。怪異が起きたのは真実まことが語られていないから。三十四時間後のライブで、その真実を語ることができなければ、弔ナイトはどうなってしまうのだろう。針千本や二枚舌、そんな幻に震え、真っ赤な血を吐いてステージに倒れる彼の姿が、深紅の薔薇のように鮮やかに脳裏に咲いた。すぐに、首を振って頭の中からその画を追い払う。アイツがどうなろうと、僕の知ったことじゃない。

 新しいすみでの最初の夜は、いつも少しだけ緊張する。前触れもなくミシッと響くなりはそうだ、ポルターガイストなんかじゃない。温度や湿度の変化によって、構造材がきしんで音を立てただけ。分かっていても何か物音が響く度、ついビクッとしてしまう。
 それでも、いつしか眠りに落ちてる。約半年ごとの引っ越しは、僕にとって最も疲れる業務だし、それを乗り越えた後は、心も体もヘトヘトに疲れ切ってしまっているから。だけど、この夜だけは違っていた。
 怪談師が出て行ってからようやく僕は、越して来たばかりの部屋を見回した。築年数は二十数年……三十年は経ってないってところか。部屋の広さは見たところ十畳くらい。
 うん? ふと天井に目を留めた。壁から四、五十センチほどのところに、端から端までレールが走っている。その真下を見ると、床にもレール。謎はすぐに解けた。レールから壁までの床の木材が急に安っぽくなってるところを見ると、ここは元々クローゼットだったんだろう。それが何らかの理由で取り外された。その何らかの理由については考えないよう、思考を止めた。僕の仕事柄、それは愉快なものでない可能性の方がうんと高い。
 磨りガラスのスライドドアを開けると、そこは四畳半ほどの小ぶりなキッチンだった。脇には二人同時に靴を脱ぎ履きするのは難しそうな玄関スペース。玄関の向かいにふたつ並んだドアは、浴室に続く脱衣場とトイレだ。
「1DKか」
 別にガッカリしたわけじゃなかった。どんなに広くても、たくさんの部屋があっても、結局はトイレとシャワーとキッチンと、起きて半畳、寝て一畳しか生きるのには必要ない。それに、どうせ半年間の仮住まいだ。そう思えば、何もかもがどうでも良かった。人と関わらずに心静かに生きていけるなら、あとのことは無問題モウマンタイだ。
 それでも、浴室とトイレはどっちも狭いけど清潔な印象だし、システムキッチンは古臭い仕様だけど二口あるガスコンロ。これならパスタを作る時も、めんでるのと具をいためるのが同時進行できるな。新居に大方満足し、ふふふんと鼻歌まじりで部屋に戻ろうとした、その時だった。
「あ、怪談師のヤツ……!」
 雇い主に「玄関に置いておいてください」とメールで頼んでおいたかぎがなかった。あの男が勝手に取ってったに違いない。ここから一歩も出るつもりがない僕には全く必要ないものだけど、ここに自由に出入りできる鍵を誰かが持ってるなんてゾッとした。
 ガチャン! チェーンロックを掛けてやった。これで大丈夫。ここには入って来れないはずだ。またアイツがやって来ても、このチェーンは絶対に、そうだ絶ッ対に、外してなんかやるもんか!
「……あ、これ片さなきゃ」
 さっき投げたモノが床の上に散乱していた。仕方なく、ひとつひとつ拾っては段ボール箱に戻し始める。ついでに、ほどきもやってしまおう。よく使う最低限のものだけ出して、段ボール箱はそのまんま。どうせ半年後には引っ越しだ。荷解きと言っても、いつも五分とかからない。
 グウウ。片付け始めてすぐに、腹の虫が鳴きだした。さっきパスタのことなんか考えてしまったせいだ。何時だろうと部屋の中を見回した。この部屋の唯一の開口部である掃き出し窓は、分厚い遮光カーテンに覆われて外の明暗も分からない。片付けを中断し、パソコンとスマートフォンを箱から出した。スマホの電源を入れて時間を確認する。
 僕は仕事を受ける時、雇い主クライアントにいくつかの要望を出している。ひとつは、さっき怪談師にも言ったように、玄関ドアを開けてすぐのところに僕専用の宅配ボックスを置かせてほしいということ。ふたつめは、ネットの接続環境の整備。これらはひつ。僕にとってインターネットと宅配ボックスはライフラインに等しいものだ。
 それから、決して訪ねて来ないこと、僕と会おうとしないこと。そして、あらかじめ部屋の窓は全て遮光カーテンで覆い、外から中が見えないようにしておくこと。この条件を付け加えるようになったのは、ひつぎから出た途端に隣接するアパートの住人といきなり目が合うという最悪な経験をしてからだ。
 スマホに表示されたのは、夕飯には少し早い時刻だった。荷解きまで終わらせてから、何か作るか。僕は片付けを再開し、マジックに使う箱や造花のを、手際よく段ボールの箱の中に放り込んだ。あとはビー玉大のニットボールだけ。と、伸ばした手の先からボールが逃げるように転がった。
 え? 今のナニ? 手を触れてもいないのに……。
 いぶかしみながら、近くにあるボールにそうっと手を近づけた。すばしこいハムスターでも捕まえるみたいにそれをつかむ。ボールは難なく僕の手中に収まった。なんだ、何ともないじゃないか。
「そうかなるほど、マグネットだ」
 気付いてしまえば何てことはなかった。このニットに包まれた小さなボールは、古代エジプトの壁画にも描かれているほど歴史の古いマジック「カップ&ボール」に使うもので、実はひとつだけ、中に磁石が仕込んである。勝手に転がってったのは、きっとそのマグネットボールで、中の磁石が何かに引き寄せられて転がって、また何かに引き寄せられて戻ってきた。たぶん、それだけのことなんだろう。
 あるいは、この部屋は床が微妙に傾いてるとか。もしかすると、欠陥住宅なのかもしれない。どっちにしても、心霊現象なんかじゃない。そう結論づけた時だった。さっき逃げ出すように転がっていったボールが、またこちらへ戻ってきた。
「わッ」
 ボールが足の間を通り抜けて、ゆっくりと転がって行く。
「な、な、なんで……」
 足が震えて動けなかった。恐る恐る、その場でまえかがみになり、転がっていくボールをまたの間から目で追った。ボールは棺にぶつかって静止した。棺には、取っ手やちようつがいに金属が使われている。やっぱり磁石が金属に反応しただけで……と自分に言い聞かせているその途中で、息が止まった。
 開いた棺の縁に、青白いものが引っかかっていた。それが指先なのだと分かった時にはもう、中からずるりと気味の悪い何かがい出してくるのが見えていた。シーツをまとったような白い服を着て、漆黒の長い髪をうなれるように前に垂らした折れそうに細い女が、コマ送りみたいな変な動きで棺の中から姿を現す。
 絶叫することも、この場から逃げ出すこともできなかった。全身が固まってしまったように動けない。出てきた女は、四つん這いからカクカクと、奇妙な動きで立ち上がった。
 嫌だ、嫌だ……見たくない、見たくない! けど、全身が金縛りにでも遭ったみたいに、目を閉じることもできなかった。

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