第3回角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉を受賞しデビューした問乃みさきによる新作『27時の怪談師』。発売を記念して試し読みを公開します。幽霊あり、血しぶきあり、怪夢あり……なのに読後、涙&超ハッピーになれます! ぜひお楽しみください。
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「何これ、手品の道具? マジ? 完全引きこもりじゃ誰にも見せらんないのに、よりによって趣味が手品?
途中で噴き出し、ゲラゲラ笑いだした怪談師にカッときて、気付けば僕は言っていた。
「見せれるさ! ついさっき、引っ越し前のあの部屋でコインマジックを披露して、同居人に
爆笑がピタリと止んだ。
「同居人? 自在に霊と交信できるわけじゃないって、さっき言ったの、あれ噓なんだ?」
口をへの字にして、怪談師がこっちへ歩いてきた。僕は距離を詰められないよう、後ずさりながら言い訳する。
「噓じゃない! 落ち武者の霊とかトイレの花子さんとか、僕はそんなの一度だって見たことないし! けど……少しだけ、感じるのは感じるんだ。あ、そこら辺に居るなって。ほら、都会のアパートやマンションに住んでると、隣近所が帰ってきたらなんとなく分かるだろ。で、玄関を出入りする時には、鉢合わせしないようにしたりして。だから顔を合わせることもないし、その姿を見たこともない。あれ! あんな感じ!」
後ずさる足が壁に当たった。デッドエンドだ。僕にできるのはただ、足元に転がるボールや造花を拾っては、それと一緒に文句を投げつけることだけだった。
「それ以上こっちへ来るなッ! 勝手に人ん
怪談師は立ち止まって、もうこちらへ近寄ってはこなかった。そして「また来る」と、
「聞いてなかった? 僕は人間と関わらないようにしてるんだ。二度と来るな!」
腰を抜かしているくせに、精一杯の虚勢を張った。すると、ドアが開いてまた怪談師が現れた。ひえっ。首をすくめて身構える。
「あんた、名前は?」
「……お、教えない」
「じゃあ…………アラン」
ア、アラン? 何を言ってるんだと、口を開けたまま
「分かんないかなあ。ほら、
「知ってるよ!」
ムッとして返した。
「アラン・スミシー。映画会社とかプロデューサーの
言い終えて、フンッと鼻息を飛ばした。
「引きこもりなのに詳しいね」
「引きこもりだから詳しいんだ」
僕には時間だけはある。続けかけたが口を
「亜熱帯の亜に、嵐で
僕は拒否しなかった。いいね! カッコイイじゃん! なんて、もちろん思ったわけじゃない。映画会社やプロデューサーに映画をめちゃくちゃにされた映画監督の匿名は、先生や同級生に人生をめちゃくちゃにされてこうなってしまった僕に、どこかふさわしい呼び名だって気がしただけだ。
それに…………
「じゃあ亜嵐、また来る」
「だからッ、僕はまた人が住んでくれるように半年間ここで暮らして、そして出て行くだけなんだってば! 君に協力なんかできないし、する気もないしッ!」
そんな僕の必死の抗議を意にも介さず、怪談師は右目を軽く
「俺のことはナイト君でいいよ」
なんだよ、なんだよ! 似合いすぎてる、その
しかも「ナイト君でいい」だって!? 僕のことは亜嵐て呼び捨てにしておいて……やっぱりコイツ、大嫌いだ!
「すぐにまた来る。時間がないんだ」
怪談師は急にマジな顔になると、ポケットから出したスマホをちらりと見て、言い継いだ。
「三十四時間後、今度は俺が
「え?」
しんと静かになった部屋で考える。怪異が起きたのは
新しい
それでも、いつしか眠りに落ちてる。約半年ごとの引っ越しは、僕にとって最も疲れる業務だし、それを乗り越えた後は、心も体もヘトヘトに疲れ切ってしまっているから。だけど、この夜だけは違っていた。
怪談師が出て行ってからようやく僕は、越して来たばかりの部屋を見回した。築年数は二十数年……三十年は経ってないってところか。部屋の広さは見たところ十畳くらい。
うん? ふと天井に目を留めた。壁から四、五十センチほどのところに、端から端までレールが走っている。その真下を見ると、床にもレール。謎はすぐに解けた。レールから壁までの床の木材が急に安っぽくなってるところを見ると、ここは元々クローゼットだったんだろう。それが何らかの理由で取り外された。その何らかの理由については考えないよう、思考を止めた。僕の仕事柄、それは愉快なものでない可能性の方がうんと高い。
磨りガラスのスライドドアを開けると、そこは四畳半ほどの小ぶりなキッチンだった。脇には二人同時に靴を脱ぎ履きするのは難しそうな玄関スペース。玄関の向かいにふたつ並んだドアは、浴室に続く脱衣場とトイレだ。
「1DKか」
別にガッカリしたわけじゃなかった。どんなに広くても、たくさんの部屋があっても、結局はトイレとシャワーとキッチンと、起きて半畳、寝て一畳しか生きるのには必要ない。それに、どうせ半年間の仮住まいだ。そう思えば、何もかもがどうでも良かった。人と関わらずに心静かに生きていけるなら、あとのことは
それでも、浴室とトイレはどっちも狭いけど清潔な印象だし、システムキッチンは古臭い仕様だけど二口あるガスコンロ。これならパスタを作る時も、
「あ、怪談師のヤツ……!」
雇い主に「玄関に置いておいてください」とメールで頼んでおいた
ガチャン! チェーンロックを掛けてやった。これで大丈夫。ここには入って来れないはずだ。またアイツがやって来ても、このチェーンは絶対に、そうだ絶ッ対に、外してなんかやるもんか!
「……あ、これ片さなきゃ」
さっき投げたモノが床の上に散乱していた。仕方なく、ひとつひとつ拾っては段ボール箱に戻し始める。ついでに、
グウウ。片付け始めてすぐに、腹の虫が鳴きだした。さっきパスタのことなんか考えてしまったせいだ。何時だろうと部屋の中を見回した。この部屋の唯一の開口部である掃き出し窓は、分厚い遮光カーテンに覆われて外の明暗も分からない。片付けを中断し、パソコンとスマートフォンを箱から出した。スマホの電源を入れて時間を確認する。
僕は仕事を受ける時、
それから、決して訪ねて来ないこと、僕と会おうとしないこと。そして、あらかじめ部屋の窓は全て遮光カーテンで覆い、外から中が見えないようにしておくこと。この条件を付け加えるようになったのは、
スマホに表示されたのは、夕飯には少し早い時刻だった。荷解きまで終わらせてから、何か作るか。僕は片付けを再開し、マジックに使う箱や造花の
え? 今のナニ? 手を触れてもいないのに……。
「そうかなるほど、マグネットだ」
気付いてしまえば何てことはなかった。このニットに包まれた小さなボールは、古代エジプトの壁画にも描かれているほど歴史の古いマジック「カップ&ボール」に使うもので、実はひとつだけ、中に磁石が仕込んである。勝手に転がってったのは、きっとそのマグネットボールで、中の磁石が何かに引き寄せられて転がって、また何かに引き寄せられて戻ってきた。たぶん、それだけのことなんだろう。
あるいは、この部屋は床が微妙に傾いてるとか。もしかすると、欠陥住宅なのかもしれない。どっちにしても、心霊現象なんかじゃない。そう結論づけた時だった。さっき逃げ出すように転がっていったボールが、またこちらへ戻ってきた。
「わッ」
ボールが足の間を通り抜けて、ゆっくりと転がって行く。
「な、な、なんで……」
足が震えて動けなかった。恐る恐る、その場で
開いた棺の縁に、青白いものが引っかかっていた。それが指先なのだと分かった時にはもう、中からずるりと気味の悪い何かが
絶叫することも、この場から逃げ出すこともできなかった。全身が固まってしまったように動けない。出てきた女は、四つん這いからカクカクと、奇妙な動きで立ち上がった。
嫌だ、嫌だ……見たくない、見たくない! けど、全身が金縛りにでも遭ったみたいに、目を閉じることもできなかった。
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