5月11日発売の「小説 野性時代」2018年6月号では、畠中恵『つくもがみ笑います』の新連載がスタート!
カドブンではこの試し読みを公開いたします。
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貸し出されたはずが、閉じ込められてしまった付喪神達。
誰が、何のために?
出雲屋に帰るために、戦うことを決意するが――。
人気シリーズ、待望の新シーズンスタート!
おや、初めまして。
我らの物語を読み始めた御身、会いに来てくれて嬉しいぞ。わたしは野鉄という者だ。これからよろしくな。
それにしても、こんなところで会うとは思わなんだ。わたしと仲間は今、薄暗く、誰も居ない妙な場所に放り込まれて、呆然としているところなのだ。
拾った棒を構え、辺りをうかがっておったとき、お主と会ったというわけだ。
考えてみれば、そんなとき、のんびりと挨拶をするのも妙だよなぁ。でも御身とは初めて会うのだもの。出会いは大事にしたいよな。
おや、御身は、我らがあまりにも小さく、しかも変わったなりをしているというのか? 人とは大きく違うと。
そりゃそうだ。この身は、いわゆる付喪神だもの。ほれ、周りに四人ばかりおる仲間も、皆、付喪神の仲間だ。掛け軸の月夜見、姫様人形のお姫、櫛のうさぎ、根付けの猫神という。そしてわたしも根付けだ。よろしくな。
ほお、お主は付喪神を知らぬのか。そもそも付喪神というのは……そう、平たく言えば妖だ。ただの品物でも、人から百年以上大事にされていると、人ならぬものになったりするのだよ。つまり我らは、それはそれは素晴らしい品揃いの、立派な妖達なのだ。
そして……。
おわっ、誰かが、この薄暗い場所に入ってきたぞ。済まぬ、御身、隠れてくれ。やってくる者が我らの味方かどうか、分からないからだ。先ほど言っただろう? 我らは今日、この場所に、来るはずではなかった。一体、何が起きたのか、まだ掴めていない。用心が必要なのだ。
我ら付喪神は今、品物を貸して、その代金を稼ぐ損料屋、出雲屋に住んでおる。そしてな、付喪神は偉いので、店主達を養うため、時々貸し出されてやっておるのだ。
よって今日もいつものように、馴染みの料理屋へ行くため、皆で、品物を運ぶ行李に入った。そして……着いて行李から出てみたら、何故だかこの薄暗い場所へ来ていたわけだ。
ここが鶴屋でないことは、一目で分かった。鶴屋は繁盛している、賑やかな料理屋で、主とも顔見知りだ。だが、ここには窓すらないし、誰もいない。
一体ここは、どこなんだ?
そうしたとき、御身と出会い……そして誰かが入ってくるのに、気が付いたわけだ。
おや。これは驚いた。今、入ってきた者達だが、やはりわたしの知り合いではない。そしてあいつらは……人ですらないぞ。
付喪神ではないか!
三人いる。小刀、茶碗、木彫りの馬だ。おや、真っ直ぐに、我らが入っていた行李へ近づいてきた。つまり、我らがここにいることを、承知しているに違いない。
おお、やはりだ。声を掛けてきた。
「出雲屋の付喪神方。よく来た。この声、聞いているな? 分かるだろう? 我らも付喪神だ」
まずは挨拶がきたか。ちょいとほっとするな。だが待て。現れた付喪神達ときたら、妙なことを言い出したぞ。奴らは、他の付喪神を集めているところだというのか。
は? 集める? 何故だ?
「我らは、直しの付喪神だからだ」
「直し? お主、どこか壊れておるのか?」
ここで月夜見が、思わずといった感じで、木箱の後ろから立ち上がった。そして、それは大事だと、話していた小刀へ言葉を向ける。付喪神は己の本体を損なうと、妖で居られなくなることが、多々あるのだ。
すると、鞘に美しい模様をまとった小刀は、怒ったような顔になった。
「馬鹿を言うな。わしはどこも壊れてはおらぬ。直す物が違う!」
小刀は、ここで阿真刀と名乗ると、とんでもない言葉を続けた。
「今は、良き世の中ではない。我ら付喪神など、人からいいように扱われておる」
ここで、そうだそうだと、阿真刀の連れ達が頷く。茶碗が、己は文字茶だと言い、馬の置物は青馬と称した。そして出雲屋の面々も同じ付喪神だというのに、損料屋で毎日、無理矢理働かされているのだろうと、話を継いでくる。
「我らはそんな世を直したい。いや、付喪神達の明日を安らかにする為、この阿真刀達がきっと直す。人の力さえ利用し、何とかする。そう決めたのだ」
だから、店で使われていると聞いた出雲屋の皆を、まずはここへ運んだ。阿真刀はそう言ってきたのだ。
「もう人のために、働くことなどないぞ」
わたしと月夜見、お姫、うさぎ、猫神は、木箱の陰で、顔を見合わせることになった。
「直すとは、世直しをするということだったのか。そりゃ、ご苦労なこった」
これは大きく出たなと、月夜見が息を吐く。眼前の付喪神達は、世の理を、己に都合良く、変えようというのだ。
「御身らには、大変な明日が待っているだろうな」
それは、人との戦さえ起こしかねない、大事だからだ。月夜見は両の腕を組む。
「大言壮語は構わん。だが阿真刀殿、我らはお主の志に興味はないのだ。だからさっさと、鶴屋へ返してくれ」
料理屋への到着が遅れては、賃料が半日分、貰えなくなってしまう。そうなったら、出雲屋の跡取り息子十夜は、付喪神達へのおやつの芋を、差し入れてくれないかもしれない。
「大いに迷惑だ!」
すると阿真刀は、月夜見を睨んできた。
「いや帰ること、まかりならん。お主達は、これから我らに力を貸すのだ。とりあえず、江戸にいる付喪神達は全て、我が志の下に集まるべきなのだ」
「はぁーっ? 正気か?」
この野鉄、思わず低い声を出してしまったわ。
おや御身も、頷いてくれるのか。そうだよな。馬鹿をやるなら、己達の責任で突っ走らねばならん。無理矢理、他の付喪神を巻き込んだとて、上手くいくはずもないわ。
ここでお姫が、困ったようにつぶやいた。
「どうしましょう。帰りたいけど、わたし達、道が分からないわ」
すると猫神が、尻尾を振りつつ言う。
「お姫、帰るためには、もっと大きな問題があるのだ。あの阿真刀という者、我らを本気で、ここから逃さない気だ」
猫神とうさぎは、この薄暗い場所と阿真刀の言葉に、うんざりしたのだろう。それで影の内に入り、さっさとこの部屋から出ようと試みたらしい。
ところが、だ。うさぎが言葉を続ける。
「影へ、入れないんですよ。あたしも猫神さんも、駄目でした」
多分、妖封じの護符か何かで、この建物を封じてあるのだ。それを聞いた月夜見が、眉根を寄せた。
「何と。では、世を変えるという阿真刀らには、人の味方もおるのではないか? 妖封じの護符など、妖が扱えるはずもない」
そういえば今、人の力を使うとか言っていた。わたしは、真っ直ぐに阿真刀を見た。
「あんた、本気で世直しをする気なんだね。無謀だろうがなんだろうが、このお江戸を、ひっくり返すつもりなんだ」
「やっと、我らの決意を理解しましたか」
青馬の返答を聞き、これは、えらいことになったと、我ら付喪神が目を合わせる。簡単には部屋から出られそうにない。
「今日、五位が付いてきてなかったのは、幸いだったな。あいつがその内、我らの居場所を、突き止めてくれるかもしれん」
そうなれば帰れると、わたしは言ってみた。だが、他の四人は顔をしかめる。
「五位は今日、我らを、怒ってましたよ。直ぐに捜してくれるでしょうか」
「あいつは仲間だ。もちろん捜してくれるさ」
出雲屋の主清次も、跡取りの十夜も、皆がいなくなったことには、早々に気付くだろう。だが問題は、その後なのだ。
「あいつら、人だからなぁ。ちゃんと我らを見つけることが出来るか、心配だ」
そうだ。あの、御身。今、こうして我らを見ている御身なら、この場所がどこなのか分かるのではないか? あの……ああ、駄目か。
ならば仕方ない。我らは己の力で、何とかこの危機から抜け出さねばならないようだ。
「店に帰りたければ、阿真刀達と戦でもして、それに勝つしかないな」
我ら出雲屋の面々と、敵方の付喪神達は、睨み合うことになった。
このつづきは「小説 野性時代」2018年6月号でお楽しみいただけます。
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