menu
menu

試し読み

【試し読み】大樹連司 著 虚淵玄 監修『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』

5月18日(金)アニメ映画版GODZILLAの第2章、『GODZILLA 決戦機動増殖都市』が公開されました。いや、これはすごい映画です! 前作『GODZILLA 怪獣惑星』も素晴らしかったのですが、さらにその上をゆく面白さとときめきと、そして胸を引き裂かれるようなせつなさ--角川文庫では今回もプレストーリー『GODZILLA プロジェクト・メカゴジラ』が公開に先立ち刊行されています。
怪獣に熱い思いを持ち、ゴジラ世界に特派員のようなリアリティで分け入るのは俊英作家、大樹連司さん(ニトロプラス)。映画シナリオ担当の虚淵玄さん(ニトロプラス)の監修のもと、さらにさらにパワーアップした怪獣小説を書き上げました。発売直後に緊急重版された本作のオープニングから「妖星(ようせい)」編をお楽しみください。

   断章(2048年)(2)


To : Daichi Tani
From : Akira Sakaki

 ダイチ。
 アキラだ。

 上層部は決定を翻した。
 怪獣……とくにG関連資料の閲覧には制限こそ付くものの、データベースからの削除は中断された。仲間たちが命と引き替えに収集した情報を未来に繫ぐことが、

 軍に動きがあった。
 混成38飛行隊のF‐3YSが慌ただしく発進していった。
 明らかに定期の警戒任務じゃない。

 まさかヤツが、

 時間がない。僕たちを待たず、ハルオを連れて先に上がってくれ。
 宇宙港で合流しよう。
 大丈夫だ。
 必ず追いつく。
 ハルオをひとりにするわけにはいかない。


 閲覧者へ。
 本章以降のテキストについては十分な編集の余地がなく、草稿にとどまっている。
 未完成の状態だが、私に万が一があった時のことを考え、いったん編集中の文書を含む全文をデータベースにアップロードすることとした。この状態のテキストが誰かの目に触れることがないことを切に祈っているが、もしも、そうした事態となった場合は、これ以降の文書が未完成の状態である点に十分留意して読み進めてほしい。

地球連合情報軍総合情報部調査官 アキラ・サカキ



   第五章:妖星(ようせい)



 2039年、人類・ビルサルド・エクシフの3種族は地球統一政府、地球連合を発足させ、同時にヨーロッパ奪還作戦オペレーション・エターナルライトを発動させる。
 エクシフ、ビルサルドから提供された優れた科学技術によって、その軍事力を飛躍的に高めた人類は、ヨーロッパへと欧州奪還軍Gフォースを派遣、数年のうちにヨーロッパからほぼすべての怪獣を掃討し、欧州を解放することに成功する。その後、人類は地球連合の設立とヨーロッパ奪還の喜びに沸く勢いのままに、欧州への帰還作戦、そして中東及び北アフリカへの派遣作戦を立案する。
 だが、人類にとって最大の脅威であり、それと同時に最大の目標でもあった怪獣ゴジラの行方は(よう)として知れなかった。ゴジラ発見に向けての懸命な努力が続けられる中で、地球には怪獣とも、ゴジラとも異なるもうひとつの脅威が、ひそかに近付きつつあった。
 ……そして2042年。
 我々は、ゴジラの底知れぬ力を目の当たりにすることになった。



ホリー・G・ロールズ 地球連合軍宇宙開発局・職員(当時)


 それは2038年に発見された。
 エクシフとビルサルド、ふたつの異星人種族とのコンタクトをきっかけに、人類が地球連合の名の下にひとつにまとまろうとする、その前年。遥か宇宙の彼方から迫り来るそれは発見された。そして人類がオペレーション・エターナルライトの発動と、欧州の奪還という勝利の熱狂に沸く中で、それがゴジラを上回る脅威であることが徐々に判明していった。ホリー・G・ロールズは、その最初期の段階から、宇宙から迫る脅威と関わってきた天文学者だ。



 その小惑星が発見されたのは、2038年。エクシフとビルサルドという宇宙人とのコンタクトの後、アメリカ壊滅の混乱もようやくおさまって、NASAもようやく組織として再び、機能し始めた頃だった。
 発見したのは日本のアマチュア天文家で、発見者は命名権を行使して、それはゴラスという名前で呼ばれることになったわ。でも、その時は、それで終わり。地球に接近する地球近傍天体(NEO)潜在的に危険な天体(PHO)なんていくらでもあるから、その程度じゃ話題にもなりはしない。小惑星なんて、普通は、太陽系には木星や太陽のようにもっと大きな重力をもった存在があるんだから、そっちに引き寄せられてしまうのよ。巨大隕石の地球衝突なんて、映画とちがってよほどの偶然が重ならない限りは起こりえない現象なの。ゴラスも、毎週、人類の滅亡を予言しているような、オカルトメディアに少しだけ取り上げられたぐらい。「新発見の小惑星ゴラスは、地球をねらう宇宙怪獣か!?」なんて見出しでね。
 宇宙怪獣って見出し自体は私たちもアマチュアの天文家たちも笑えないけど。
 ロンドンのドゴラとか、それから、そう、オルガ。あれも体組織から地球外由来の成分が検出されて、古代に地球に飛来したまま眠っていた宇宙生命体ではないかって論文を読んだことがあるわ。実際に地球上で怪獣なんてものが毎日大暴れをしていたんだから、宇宙からも怪獣がやってきたっておかしくないって考えるのは自然でしょう。だからあの頃は大勢のアマチュア天文家が毎日、夜空を見上げては地球に迫る宇宙からの脅威を探そうとしていた。実際に宇宙からやってきたのは凶悪なエイリアンや、タコ型の侵略者じゃなくて、エクシフとビルサルドという、ちょっと変わったところはあっても、素敵な紳士たちだったのだけど。
 今でも思い出すわ。
 地球連合設立からのお祭り騒ぎみたいな日々。エクシフがやってきてビルサルドがやってきて、マティアス・ジャクスンがニューヨークで演説をして……私たち研究者には、エクシフとビルサルドの優れた科学知識と彼らの恒星間航行時代の観測データが惜しみなく公開され、私たちは情報の洪水で溺れ死にそうになった。文字通り不眠不休の日々よ。だってあなた太陽系外の惑星の超近接映像なんてもの、生きている間に見られて眠れると思う? 宝くじを100回連続で当てたところで、私たち研究者の喜びには到底、届かないでしょうね……。
 2039年、地球連合政府がつくられ、ようやく人類は一丸となって、怪獣と戦うことを決めた。私たちのNASAも、地球連合宇宙軍の指揮下に置かれることとなった。そうね、軍服はちょっと窮屈だったし、正直、趣味じゃなかった。でも、仕方がないわ。地球を守るためだったから。
 39年には人類によるヨーロッパ奪還作戦……オペレーション・エターナルライトが始まって、それからは連日勝利の連続。ヨーロッパ生まれの同僚が、死んだはずの家族が見つかったと、何人も抱き合って涙を流すところを見たわ。そういう勝利と喜びの連続の中で、もちろんゴラスなんて名前の石ころのことを思い出す人間はひとりもいなかった。
 その名前が再びささやかれるようになったのは、オペレーション・エターナルライトが一定の成功を収めて、その次の大規模作戦が噂されるようになった40年代に入ってから。人類はヨーロッパから怪獣をあらかた駆逐して、旧大陸をいかに再建するかで、きな臭い政治の季節が再び訪れようとしていた。北米の連合主流派は「ゴジラの駆逐が完了していない以上、慎重になるべき」っていうのに対して、少しでも発言力を取り戻したいヨーロッパ派は500万人のヨーロッパ帰還計画なんてバカバカしい計画をぶち上げていた。そう。オペレーション・ルネッサンス。そのまま「何言ってんだバカ」でおわらせとけばいいのに、極東派が漁夫の利を得ようと動き回ったせいで事態はさらにややこしく……ごめんなさい、あなたは日本人だったわね。やめましょう、この話は。
 ──小惑星ゴラスは、地球との衝突コースにある。このままでは42年に、ゴラスは地球に衝突する。
 40年に、最初にそう報告したのは旧JAXA所属の日本人天文学者・タジリ博士。その軌道計算の正しさは多くの科学者、そしてビルサルドの観測、エクシフのゲマトリア演算によって確かめられた。それでも、最初は、そう大きな脅威とは認識されていなかった。エクシフ、ビルサルドとのコンタクト以来、人類の宇宙開発技術は飛躍的な向上を見せていたから、飛来する小惑星の軌道をそらすくらい朝飯前のことだって、みんな考えていたのよ。実際、ビルサルドたちは地上での怪獣掃討とゴジラ捜索に専念したいとして、ゴラス対策をエクシフに一任したいと提案、エクシフもこれを了承したわ。私たち宇宙開発局もエクシフの監督──事実上の指揮下で、ゴラス対策にあたり──だけど、観測が進むにつれ、小惑星ゴラスの、そのあまりに異常な性質が分かってきた。
 小惑星の直径は30キロメートルほど。かつて恐竜大絶滅の引き金となったとされるチクシュルーブ・クレーターを形成した隕石の約2倍……だけど質量は文字通り(けた)外れだった。「月の質量を持った直径30キロの小惑星」というのはけっして大げさな比喩(ひゆ)じゃなかったの。構成物質は今に至るも不明。天文学的ジョークとしか呼びようがない代物よ。こんなものが光速の数パーセントという速度で衝突したら、地球そのものが砕け散ってもおかしくはなかった。
 地球に接近する天体は、それ自体が地球の重力の影響を受けて軌道を変化させる。それが軌道計算が難しくなる理由でもあるんだけど、ゴラスは異常だった。まったく地球重力の影響を受けず、狙い澄ましたように地球への衝突軌道に乗っていた。最初はヤルコフスキー効果──熱放射の不均一で軌道が変化する現象──で偶然そう見えているだけと説明する学者もいたけど、あの質量を持った小天体が熱放射程度の影響を受けるとは思えない。
 ゴラスはそれ自身が意思をもって地球を目指している。
 馬鹿馬鹿しいとしか思えないけど、それ以外に説明のしようがないというのが事実だった。
 エクシフの計算では、地球上の全核兵器を使用しても軌道変更は困難。「ゴラスの軌道を変えるより、地球を動かしてゴラスから逃げた方が早い」とさえ言われたし、真面目に地球移動作戦を立案していた日本人もいたとか……。
 そのあまりに不可解な性質から、いつしかゴラスは妖星(ようせい)……妖星ゴラスとよばれるようになっていた。
 ええ。そうね。もしかしたら、ゴラスは、地球を目指してやってきた宇宙怪獣だったのかも。今となっては誰にもわからないけれど……。
 2041年。地球連合政府は、ゴラスについては情報統制を敷く一方、これをゴジラを含む全怪獣を超えた、目下のところ、人類に対する最大の脅威と認定。すでに発動された欧州帰還作戦は継続する一方で、中東、および北アフリカ奪還作戦の発動は延期。ゴラス対策を優先することを決定。……それには万一、ゴラスの地球衝突が避けられなかった場合の対策も含まれていた。
 そう。ゴラスの衝突によって地球が致命的な被害を受けた場合でも、限られた人類を宇宙に避難させて生き延びさせるための宇宙基地の建造計画。エクシフとビルサルドがそれぞれひとつずつ主導して建造することとなり……そう、それが後のアラトラム号とオラティオ号の原型になった……。
 ……万が一……。
 でも私には……私たちには、それが唯一の方法としか考えられなかった。ゴラスに対する有効な対策は何ひとつ見つからず、宇宙基地の建造だけは急ピッチで進んでいった。恒星間航行法を確立した宇宙人2種族をもってしてもどうにもできない小惑星なんて、他の誰にもどうすることもできるはずがないって、私は、思っていた。その42年が近付くにつれ、ゴラスの衝突で、地球は終わるんだって、疑いさえしなくなっていた。
 サンフランシスコでゴジラに家族を奪われた同僚がいたの。彼が言っていた言葉を思い出すわ。
「これで地球も終わりだが、そうなればゴジラも道連れだ。家族の(かたき)をゴラスがとってくれることだけが救いだな」って。
 でも……。


オイラー・U・プロウライト 地球連合情報軍主席分析官(当時)


 ゴラスに対する情報統制……?
 調査官も情報軍の人間だからわかるだろうが、情報のコントロールなんて、そう簡単にできるもんじゃない。隠そうと思えば思うほど広がってしまう。普通はそういうもんだ。小惑星衝突による地球滅亡の危機だなんて、隠しようがない。ゴラスについてそれが成功したように思えたとしたら、政府が何かを成功させたんじゃなくて、皆が耳をふさいでいただけの話だ。
 当時のあの浮かれ具合はおぼえているだろう。
 ゴジラを倒したわけじゃないし、世界中どこもかしこも暴力と飢えと病でいっぱいのなか、欧州のほんの一角を取り戻したに過ぎない。だというのに、〝地球連合市民〟とやらはまるで戦争に勝ったみたいにお祭り騒ぎをはじめ、あげくせっせと子作りまではじめやがった。
 そういう市民たちが聞きたいと思うか? 欧州は奪還しましたが、42年に地球は隕石で滅亡します、だなんて。彼らは自分で自分の耳をふさいでいた。これはただ、それだけの話だよ。
 ……あのベビーブームで生まれた子供たちのうち、いま生きているのは何人だろうな。
 ……無責任な熱狂の中で生まれてきて、ゴジラの炎に焼かれて死んでいくしかなかったあの子たちは、何の為に生まれてきたんだろうな。生まれなかった方がよかったのかもな。
 俺の息子だって。
 本当はわかってた。まだ何も解決してないってことは。
 勝ってもいない、終わってもいないって、わかってた。
 でもだからこそ……。
 でも、俺だっていつ死ぬか分からなかった……だからもうチャンスはあの時しか……。
 ……なあ、あんた、子供はいるのか。
 何歳だ。まだ生きてるのか。
 そうか。
 そうか……。
 そりゃあ、よかった。
 本当によかった。大事に、してやれよ。
 必ず、守るんだぞ。


ジャック・ペルラン フランス陸軍臨時第6ヘリコプター連隊小隊長(当時)


 2034年にユーラシア大陸へと上陸したゴジラは、37年までの間に西ヨーロッパを蹂躙(じゅうりん)した後、突如として海へと消えた。その理由は現在に至るも謎に包まれている。しかし、一説には、ゴジラが地球へと迫る脅威に気づいたためというものがある。それが正しければ、ゴジラは地球人よりも早く、その接近を感じ取っていたこととなる。ゴジラはいかにして宇宙から飛来するそれを感知したのか。ゴジラに関する多くの事項とともに、それは深い謎に包まれている。
 いずれにせよ、37年まで、ヨーロッパでゴジラと戦っていたジャック・ペルランの証言は、この説を裏付けるものだ。

 2035年、エクシフ、ニューヨークに飛来。
 2036年、ビルサルド、ロンドンに飛来。
 2039年、地球連合成立。ヨーロッパ奪還作戦、オペレーション・エターナルライト発動。
 歴史の教科書はみんなこう書く。宇宙人がやってきてから、英雄マティアスがニューヨークで演説かまして、エクシフとビルサルドにもらったオモチャで大戦争を始めるまでの3年間のことなんて、まるで存在しなかったみたいに。俺たち軍人は全員、あの素敵なメーサー戦車やG‐HED、それに空飛ぶ炊飯機(注:スーパーXのあだ名)ができあがるまで日本やアメリカでのんびりバカンスでも(たの)しんでたみたいに思われてる。
 でもそんなわけはない。その間も戦いは続いていた。俺たちは戦い続けていたんだ。
 ニューヨークやロンドンでお偉いさんたちが宇宙人との交渉を続け、英雄マティアスがアメリカ統一のためのリアリティショーをやっている間にも、ヨーロッパじゃ依然としてゴジラは暴れ回ってて、俺たちは軍人で、そして背中には守るべき大勢の市民たちがいた。歴史の教科書じゃ「人類はヨーロッパを喪失した」だなんてあっさり書くけれど、あそこにはまだ何人もの市民が大勢生き残っていた。俺たち兵隊は残された戦力を何とかかき集めて、ゴジラと戦わなきゃならなかった。メーサーもレールガンもなし。それどころか、戦闘車輛(しゃりょう)も航空機もろくに残っちゃいなかった──兵器ってのは、ある部分ではものすごく繊細な代物で、補給や整備が滞れば、すぐに動かなくなっちまう……。それでも俺たちは市民をゴジラから守らなきゃいけなかった。できることといえば、俺たち兵隊が(おとり)になってゴジラの進路を誘導することだけ。仕方ない。まるで動きもしない戦車、ろくに弾の出ない大砲、なかには布とビニールでこさえた張りぼてでもってゴジラと戦うんだ。死にに行くのと同じだよ。若いのもベテランもみんな怖くて怖くてたまらなかった。でも仕方ない。アルプス山脈の向こう側には、何百万人って市民が、避難していた。ただでさえ、ローマにはラドンが居座って、イタリア半島を「餌場」にしてたってのに、そこにゴジラがアルプスを越えたらどうなる。今度こそ、終わりだ。女も子供も老人も、ゴジラに焼き尽くされちまう。そのためには誰かが命をかけてでも、ゴジラの進路を変えなきゃいけなかったし、それができるのは俺たち兵隊だけだった。
 なあ、あんた。
 なんでゴジラは人間を襲うんだろうな。
 食うためだけでもないだろうし、なんなら──たとえば──南半球と北半球で地球を分け合ったってよさそうなもんじゃないか。
 そんなにゴジラってのは人間が憎いのかね。
 俺はもともと戦闘ヘリの副操縦士兼射撃手でね。パリ防衛戦の時には、500メートルと離れていない位置から、アイツの頭にガトリング砲を撃ち込んだことだってある。あの深い目。相棒の操縦士は「森の老哲人のような顔」と言っていたか。実に詩的な表現だ。戦闘ヘリなんかに乗ってないで学者にでもなってれば、パリで死なずにすんだかもしれない。でも相棒の言ってたとおりだ。ゴジラが何を考えているかはわからない。だが……確かに、何かを考えている。あいつは獣じゃなく、間違いなく知性があり、何らかの哲学をもっている。
 きっとその哲学がゴジラに命じているんだな。
 とにかくこの地球上から人類という種と文明とを綺麗さっぱり掃除しろって。理由はわからない。俺たちは人間で、ゴジラはゴジラだ。人間には人間の哲学があり、ゴジラにはゴジラの哲学が、掃除機には掃除機の哲学がある。そうして俺たち人間はゴジラによって綺麗に掃除されかかっていた。何らかの「そうすべき理由」によって実に淡々と。フランスを焼き、ドイツを焼き、そして今度はアルプスを越えてイタリアへ……そう思われた。
 37年のザルツブルグ陽動作戦は一定の成功を収めたと言われている。
 そのままヨーロッパを虱潰(しらみつぶ)しに破壊するつもりじゃないかと思われたゴジラは、何故か突然に方向を転換し、みずからが焼き尽くしたはずのパリの方へと一直線に向かっていって、そのまま海に消えた。それから42年の間までの短い時間であれ、少なくとも俺たちはゴジラの恐怖から解放されたし、その間に人類はオペレーション・エターナルライトなんてお祭り騒ぎをやらかすことができた。多少、詳しいやつに言わせると、俺たちはヨーロッパの残存勢力を結集して、旧世代の兵器でゴジラの陽動に成功した、(たた)えられざる英雄たちってことになるらしい。
 残念だけど、俺たちはたぶん関係ない。アレはゴジラ自身の〝意思〟さ。俺たちがゴジラを誘導しようとしていたのはモスクワのほうだった……あそこはもう、核攻撃を受けて、誰も生き残っちゃいなかったから。
 へえ。37年にビルサルドが先遣隊を送っていた? 彼らの兵器でゴジラと交戦を? 初耳だ。そういうこともあったかもしれないな。でも、まあ、それとゴジラが進路を変えたのは関係ないだろう。
 俺はちょうどヤツが歩みを止めた瞬間を見たんだ。
 もうあの頃は俺の乗る戦闘ヘリなんてどこにも残ってなかったから、俺は対怪獣砲兵大隊の隊長なんてとこに収まっていた。名前はご立派だが運用していたのは、噓じゃないぜ、いったいどこから探してきたのか、第2次世界大戦でドイツが使ってた88ミリ対空砲なんてやつだった。その骨董品(こっとうひん)でゴジラを狙って、あとは撃てと命令するだけ。そうすれば、反撃の熱線が飛んできて、それでおしまい。俺たちは吹き飛んで市民を守るために命を落とした偉大な英雄になる。そのはずだった。だけど不意にヤツは足を止め、そのせいで、俺は命令を出すのが少しだけ遅れた。そして、ヤツは、首を西のほうに巡らせて……そのまま、歩み始めた。あの時、ヤツは何かに気づいた。いや、何かを思い出したのかもしれない。何か、心を変えたのかもしれない。
 でも、ヤツは、確かに何らかの意思をもって進路を変えたんだ。
 そうだな。俺は人生で、もう一回だけ、あの時のヤツと同じ目をみた気がする。
 2046年の日本。
 俺たちはメカゴジラ完成までの時間を少しでも稼ぐためにゴジラの足止めを命じられた。
 あの時のヤツは、確かに、富士を──ビルサルドのメカゴジラ開発工場を目指していた。
 ゴジラにとって俺たち人類はただの掃除すべき敵だったが……唯一、メカゴジラだけは倒すべき脅威と認識していたんだと思う。あの時のヤツは確かにメカゴジラを目指していた。
 37年のザルツブルグでも、ゴジラは、そう、何かを見つけたんだ。自分にとっての脅威を。
 でもそれって何だと思う?
 ああ。
 それは俺も考えた。でもそれだったらヤツは直接北を目指してもよかったんじゃないか? 確かに42年にゴジラが再び発見されたのは北極でのことだ。でもあの時のヤツは……これはあくまで俺の勝手な思い込みかもしれないが……むしろ、南を目指していたように思うんだ。


トクミツ・ユハラ 欧州分子生物学研究所特異生物研究グループ長(当時)


(メモ)
(37年にゴジラが姿を消してから、42年にゴジラが北極で姿を現すまでに関する証言)
(特筆すべき事項だが、根拠に乏しい。ゴラス対策の証言に重点を置くべきか)
(南米の怪獣……アルベルト博士の証言に私は引きずられている?)


 エクシフとビルサルドとのコンタクトまで、人類のゴジラ研究はほとんど停滞していたと言っていい。原水爆をのぞくほとんどあらゆる攻撃に耐え……それはもはや、物理的干渉を拒絶する、という言い方さえしたくなる……そして熱核攻撃で受けた損傷すらも瞬時に再生してしまう、あの想像を超えた頑強さ、生命力の源はいったいどこから来るのか? 人類がゴジラを打倒するためにはそれをどうしても解明する必要があった。
 無論、謎はそれだけではない、……あの膨大な出力を誇る荷電粒子砲の原理、そしてその出力を支えるエネルギー源、おそらくはそれに起因する放射能汚染の原因……解明すべき謎はいくつもあった。いいや、ゴジラについて僕たちは何ひとつわかっていなかったと言った方が早いか……。
 だけど、僕たちはゴジラ研究のためのもっとも初歩の初歩、ヤツの細胞サンプルすら、ろくに入手できていなかった。その困難さは理解してもらえるだろう? そもそもゴジラから体細胞が剝離(はくり)する、つまりゴジラが何らかの傷を負うといったこと自体が滅多になく、その地上進行ルートはほぼ例外なく高濃度の放射能汚染に見舞われている。場合によっては熱核攻撃の爆心地でさえあるんだ。エクシフ、ビルサルドとの接触以前には、抗核エネルギーバクテリアなんてものはもちろんなく、人類は放射能というものに対してあまりに無力だった……。ゴジラの細胞サンプルを入手しようというのは、ほとんど決死隊と同義だったんだよ。苦労して入手したサンプルにしたって、僕たち研究者にはろくな権限も与えられていなかった。
 ゴジラの細胞は、エボラ出血熱や天然痘を上回る危険物とされた。それを扱う専門のカテゴリとして、バイオセーフティレベルGが制定され、この要件を満たした施設──ゴジラ細胞の研究が可能な施設は世界でたったひとつ、南極半島エルスワールランド、かつてアメリカのサイプル観測基地があった場所に建設された「国連対ゴジラ生物防護施設」だけ。国連の厳重な管理下に置かれ、単に細胞を閲覧するのでさえ、安全保障理事会理事国の承認が必要だった。
 僕が施設に入ったのは20代の時だ。ゴジラの秘密を解き明かす。あの生命力の謎を解明すれば、人類を救えるのみならず、人々に不死と不老さえ提供できるかも。そう真剣に考えていた。
 でも、実態はこの通り。ゴジラ細胞を保存しておく以上のことはなにひとつできていなかった。
 僕たちの内実を知ったビルサルドの技術者は(あき)れていたよ。地球の兵士たちが死を恐れずにゴジラと戦っていたというのに、おまえたち科学者はここでゴジラの断片を恐れていただけか……、これでは研究所どころかゴジラを祭る神殿ではないか、とね。
 それは……確かに、そうかもしれない。
 だが……理由があったのだ……理由が。
 僕たち生物学者がもっとも恐れていたことがなんだかわかるかい?
 そう、それはゴジラが繁殖することだ。生物である以上、当然、ヤツもその機能を有している可能性はある。幸いなことにこれまで確認された個体は1体のみだが、雌雄同体で単性生殖をする可能性もある。あるいはジラやビオランテ、そしてオルガといった個体。研究者ごとに意見の相違が大きいが、これらがゴジラの近似種……あるいは、ゴジラから直接派生した怪獣ではないかとする説もある。いずれにせよ、ただ1体の個体によって人類は滅亡の危機にまで(ひん)したんだ。もしもゴジラが繁殖を始めれば……それで地球は、人類は最後だ。
 あれだけの驚異的な生命力を誇る生物だ。その細胞の一断片からでも増殖する力がある可能性さえ捨てきれない……いや、実際に……あの人はそれをやろうとしたんだ。
 ヴィルヘルム・キルヒナー博士。
 そうだ。
 ゴジラ研究の第一人者だった人物だ。僕の師でもある。彼は入手したゴジラ細胞を培養し、そこからゴジラのクローンを作ろうとしていた。それが最も早くゴジラの秘密に迫る手段だと。その試みがどこまで進んでいたかは分からない。彼の真意を見抜いた上層部によって、培養中の細胞はプラズマ焼却されたから。キルヒナー博士はその後、軟禁状態を抜けだし、新たなゴジラ細胞を求めて欧州に渡り、そこで行方不明になった。あるいはもしかしたら、彼を危険視した上層部が……。
 もし……。
 もし仮に、そうだったとしても……彼は僕にとっての恩師だったけれど……、僕は博士をとめようという判断が間違っていたとは言い切れない。
 ゴジラ細胞に触れることすら恐れ、まるでそれを秘仏か何かのようにひたすら守り、隠し続けようとした地球人の判断を、僕はビルサルドのように笑うことはできない。
 もしキルヒナー博士の研究が成功していたら?
 もしゴジラの複製をどこかの国が生み出してしまったら? それをコントロールできる保証もないというのに。いやもしも、どこかの国が、どこかの誰かが、ゴジラのコントロールを可能にしてしまったら……? それこそ人類同士が、ゴジラをつかって戦争を始めたら? 考えすぎか? ビルサルドにゴジラのサンプルを提供した時にも同じことを言ったんだ。ゴジラの研究を基に作られたメカゴジラに人類が救われた後は、今度は人類がメカゴジラ同士で争いを始めるんじゃないかって。彼らは感心していたようだったよ。明日の滅亡を前にして、よくもそんな未来のことが考えられるなって。その想像力は大切にしたほうがいい、と。皮肉だったのかな。
 いや、僕の話が長くなって済まない。
 ……誰かに聞いてほしかったんだ。あなたはキルヒナー博士を探してヨーロッパで大変な目にあったっていうから。

 質問は、No.GZ‐37S3だったね。僕たちの研究所が保有していた最大の生体試料だ。それまでは最大で、20センチ角、1・5キロというのが僕たちのすべてだったからまさに桁違い。37年9月、リオデジャネイロ近郊の海岸に、突如としてゴジラの背びれがまるごと1枚流れ着いた。翌日にはさらにもう1枚。最終的に僕たちは2トン近い質量のゴジラの生体試料を手にすることができた。
 喜ぶよりも先に当惑の方が大きかった。ゴジラに何かが起きた、と。当初考えられたのは、自然に脱落したのではないかということ。(さめ)の歯のように、定期的に生え替わる器官を持つ生物は少なくない。もしくは、ゴジラはヘイフリック限界が存在しない、不死の細胞を増殖制御できる機構を有している可能性も。ゴジラの背びれもそうした機構の産物なのではないかと僕らは考えた。
 核攻撃にも耐えるような生物だよ、他にどんな理由があるっていうんだい? ところが分析を開始して状況は一変した。回収されたサンプルには、ゴジラのそれとは明らかに別種の生物の細胞が含まれていた。
 つまり、ゴジラは何か別の生物──別の怪獣と争い、その結果、背びれが損壊するほどの被害を受けた。そういうことになる。その生物──怪獣が何者かはわからない。摂取された細胞は、蛾に似た遺伝子をもっていたから僕たちは便宜上M細胞と呼んでいる。その、考えられる限りで──、ゴジラに最も大きな損害を与えた存在ということになるだろうね。
 怪獣Mはゴジラ打倒の切り札たりえる存在として、大規模な調査が行われたが、今に至るもその行方は不明だ。どこかで眠っているのか、ゴジラに敗れたか……。背びれが海岸に打ち上がるひと月ほど前に、アマゾン川流域の現地民が、海を目指す巨大な蛇のようなもの……あるいは毒虫のような影を見たと証言しているが……果たしてこれがMの正体だったのかも不明だ。
 なるほど。確かに、Mらしきものが目撃された時期と、ザルツブルグに向けて進行中だったゴジラがその進路を急に変えた時期は一致しているように思う。
 ともすれば、ゴジラはMと戦うために、ヨーロッパを後にしたのだろうか。

 これはもはや科学者の領域ではなく、映画監督の領域だよ。
 仮説とすら呼べるものではない。ただの妄想だ。
 僕は妄想は得意なんだよ。ビルサルドのお墨付きだ。
 いいかい。
 ゴジラは、妖星ゴラスの接近を予知していたことは現在、明らかになっている。しかしだとしたらなぜ南を目指す必要があった? 結局、ヤツはその後、北極点に向かったじゃないか。
 これは突飛な発想だけど、ゴラスの存在を感知した怪獣がゴジラだけではなかったとしたら? 南米に怪獣Mが出現した理由もまた、妖星ゴラスの接近にあったとしたら? ゴジラに傷を負わせられるほどの──つまりゴジラと同格の存在だ、その内に秘めたるエネルギーもまた同様に膨大なものだったろう。ゴジラはそれを……そしてあるいはMの方も、ゴジラを求めたのだとしたら? 両者はお互いの力を欲し、南洋で人知れずに()らい合い、そして勝者となったゴジラは北へと向かった。北極の氷を溶かし尽くすほどのエネルギーを手にして……。
 そして。
 そして、42年、地球は、ゴジラに救われた。



(このつづきは本編にてお楽しみください)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。
 
 
>>アニメーション映画『GODZILLA 決戦機動増殖都市』OFFICIAL SITE


関連書籍

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年12月号

11月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.005

8月31日 発売

小説 野性時代

最新号
2020年12月号

11月11日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

生きる力 引き算の縁と足し算の縁

著者 笠井信輔

2

火曜ドラマ おカネの切れ目が恋のはじまり シナリオブック

脚本 大島里美

3

Another 2001

著者 綾辻行人

4

四畳半タイムマシンブルース

著者 森見登美彦 原案 上田誠

5

『魔女の宅急便』が生まれた魔法のくらし 角野栄子の毎日 いろいろ

著者 角野栄子

6

この本を盗む者は

著者 深緑野分

11/23~11/29 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP