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中3デビュー作家が描く学園ミステリ。中学男子の屈託と新米教師の憂鬱が事件を呼び寄せた……!【第4回】

3月28日に発売された第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作『探偵はぼっちじゃない』。エラリー・クイーンのごとくミステリの共作を始めた中学生男子ふたりの創作活動はどんどん盛り上がっていきますが、一方、彼らの担任教師、原口先生はとんでもないものを発見してしまいます!第1回から読む

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自殺サークルのウォッチをしていた先輩教師。そして……


 石坂先生がノートパソコンを開いて、僕に見せた。
 真っ黒な画面だった。白抜きで、文字が書かれている。僕は背筋にぞわっとした寒気を感じた。
「これが、自殺サイト?」
「はい、数あるうちの一つです。それもティーンエイジャーが集まりやすいサイトです」
 ツイッターなどのSNSで、「自殺したい」とか「死にたい」と書き込むと、勧誘用のアカウントからここを紹介されるのだという。
「ここの掲示板で自殺仲間を募るんです」
 石坂先生がサイトの上部を指差した。「ここクリックしてみてください」
 さまざまなハンドルネームで書き込みがある。三時間前という直近のものもあった。石坂先生は画面をスクロールする。一カ月ほど前の書き込みで止めた。
「この書き込みです」
「学生限定で死にたい人を募集しています。冷やかしやふざけ半分の人は来ないでください」と書かれている。五つほど、参加したいという返信がきていた。ハンドルネームは「逝きたい女子大生」となっている。僕は思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「この人、さっきチャットで見ました」
「この女子大生がグループのまとめ役です」
 石坂先生はパソコンを操作して、別のウィンドウを出した。チャット画面だった。
「ここで参加したい旨を表明した自殺志願の自称学生たちは、互いにアカウントを教え合い、チャットのグループを作ります。このグループのメンバーで集団自殺を図ろうということになるわけです。『仲良しです』ってのは自殺グループだとバレないためかな。そこに、私は学生になりすまして、参加しています」
 石坂先生がトーク履歴を見せてくれる。スマホからでもパソコンからでもアクセスできるのだろう。
 絵文字やスタンプが多く、カラフルだった。口調もどこか軽くて現実味がない。見るかぎり、自殺サイトに日々アクセスする自殺志願者とはとうてい思えなかった。
 決行日や持ち物の分担などについて話し合っている。決行日は夏の間にということだけでまだ細部は決まっていないようだったが、持ち物に関してはスムーズに進んでいた。募集主の「逝きたい女子大生」さんは、大量の睡眠薬が家にあるらしく、持参を明言している。大学生だろうか、「マナブ」というハンドルネームの人は、車の運転を任されていた。
「なんだか、楽しそうに見えますね」
 率直な感想が口をついて出た。
 学校の林間学校で同じ部屋になったメンバーが、それぞれの持ち物を確認している感覚に近い気がした。僕が目覚まし時計を持っていくね、俺がトランプを持っていくよ、といった具合の。宿泊が楽しみで仕方ないという高揚感と似たようなものを、僕はチャットの文面から感じた。
 自殺サイトを見たときよりも冷たい恐怖が背中を駆け抜けた。自殺サイトでは現実味を感じなかったのだ、と気づいた。このチャットの画面を見たことで、この人たちが正真正銘、僕が教えているような学生たちだということが強く認識できたから怖いのだ。
 直近の会話、つまり僕が盗み見てしまった会話の内容は、「逝きたい女子大生」が、みんなの学生である証拠を示してほしい、と言っているものだった。どうやら、夏休み前にも証拠を見せ合っていたようだが、それからメンバーも何人か入れ替わったため、また提示を全員に求めているらしい。本人は、自分の学生証の写真を「どうせ死ぬんだし、いいよね」と住所や本名を隠したりせずに送っていた。関西の大学だった。
 写真を送り合っていたのはそういうことだったのか、と合点がいった。それと、今日に限って石坂先生が教員室でスマホを使っていた理由もわかった。今までのチャットは夜に交わされていたからだ。夏休みに突入したので、昼間からグループで会話が行われていたのだろう。
「ちなみに私はこれです。ネットから拾ってきた画像ですけれども」
 学生になりすましている石坂先生が送っていたのは、どこかの大学の学食の画像だった。学生である証拠としては甘いのではないかと思ったけれど、なりすましている関係上仕方がないことなのだろう。
「石坂先生みたいに、学生になりすませるんですから、学生限定だなんて無意味な条件じゃないですか」
「いえ、意外にそうでもないと思いますよ。なぜなら、結局彼らは会うんですから。私の場合、彼らに会うことはありませんが、もし学生になりすましている自殺志願者、それもおじさんとかがこの中にいるとしたら、その人はおそらく決行日に総スカンを食らいますよ」
 そんな状況で自殺したくないでしょ、と石坂先生は少し笑った。
 石坂先生は画面を睨んで、チャットを読み始めた。どうやら僕が覗いてしまった会話を、まだ石坂先生は読んでいない様子だった。僕は、その姿を固唾を呑んで見守る。石坂先生は、どんな反応をするのだろうか。
 僕はじっと待っていたが、石坂先生は無表情のまま、パソコンを閉じてしまった。肩すかしを食らった気分だった。気づかなかったのだろうか、と不安になって、僕はパソコンを指差す。
「あの、石坂先生、もう一度さっき来た写真を見てください」
「なぜですか?」
 石坂先生は、パソコンを開けようとしない。
「中学校の教科書の写真を送っている人がいるんです」
 石坂先生は特に驚いているような様子もない。
「ええ、前もその人は同じ写真を送っていました」
「つまり、この自殺グループに中学生も参加しているということなんですよ。全員助けることがベストなのはわかっているんですけど、もしそれが無理でも、その中学生くらいは」
「私はこのグループの誰かを助けようとか思ってませんよ。そんな聖人みたいな目的はないです」
 え、と僕はまた肩すかしを食らったような気分になる。普段はやる気ゼロの教員が、実は一人で自殺志願者たちを救おうとしている。そういう話だと思っていた。
 原口先生は勘違いしています、と心を見透かしたように言う。
「私には、画面の向こう側の死のうとしている彼らが、どこに住んでいて、どの学校に行っていてなんてことは全くわからない。もしわかったとしても、私には救えません」
「なんでですか? サイト上でもいいから彼らを諌めれば、救えることもあるんじゃないですか。彼らはまだ人生を悲観するほど歳をとっていないでしょう。将来の希望を語れば、自分の命の重さに気づくはず」
 いや、と石坂先生は首を振って、静かに続けた。
「命を救いたい気持ちはとてもよくわかりますが、うちの生徒が口癖のように言う、『死にたい』とはわけが違うんです。彼らなりに深い理由があって、本当に思い詰めているんですよ。私たちには理解できないほどの深い理由で。それらを払拭することは、そう簡単にできることではないんです」
「そんな」
 と、僕は歯ぎしりした。そんなの諦めているだけじゃないのか。諦めずに取り組めば、救えることもあるんじゃないのか、と思う反面、現実的じゃないこともわかっていた。石坂先生の言うとおり、自殺グループのメンバーのことは僕らは何も知らない。何も知らないということは、何もできないことを意味していた。
 考えているうちに、僕の中に疑問が湧き出てきた。では、と石坂先生に言う。
「では、なんで先生は、自殺サイトを見て、それで学生になりすましてチャットグループに入るなんてことをしたんですか」
 石坂先生は一瞬だけ、意表を突かれた顔をした。しかし、すぐに気だるそうな無表情に戻る。
「強いていうなら、気まぐれ、ですかね」
 僕には、なぜだかそれが、嘘に聞こえなかった。
 存在を忘れていた缶コーヒーを飲む。甘ったるい香りが鼻腔を通り抜けていった。いつの間にか部活帰りの生徒が消えて、カフェテリアはとても静かになっている。僕はやるせない気持ちを抱えながら、コーヒーをちびりちびりと飲んだ。
 その静寂の中に、しばらく黙っていた石坂先生のスマホのバイブ音が響いた。ちょうど机の真ん中あたりに置いてあったので、反射的に僕も画面を見てしまう。
 自殺グループのチャットだった。「Sが写真を送信しました」という文言と、その写真が小さく表示されている。よく見えないが、通学カバンだろうか。なるほどそうやって学生であることを証明することもできるのか、と感心しつつ、どこか引っかかるものを感じた。
 スマホを手にとって、画面を睨む石坂先生の険しい顔を見たとき、それが何かわかった。思わず腰を上げる。座っていた椅子が後ろに倒れて、音を立てた。
 小さい写真で、かつ一瞬しか確認できなかったが、見間違えることのないものだ。
「石坂先生」
 とかぼそい声で呼びかける。石坂先生はゆっくり頷いた。
「うちの学校の、通学カバンです」
 僕に向けられた画面には、藍色の通学カバンが写っている。右下には、校章も見えた。間違いなく、この学校のものだ。
「うちの生徒が、自殺グループにいます」
 石坂先生は絞り出すように呟いた。

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書誌情報はこちら≫坪田侑也『探偵はぼっちじゃない』


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