著者中学3年の夏休みに書かれたミステリ、第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作『探偵はぼっちじゃない』 は新人らしいフレッシュさもさることながら、その上手さでエージェントも、編集部も、さらには一読したプロ作家をも驚嘆させました。主人公はミステリを共作する中学生男子ふたりと悩める新米教師、男子たちの執筆は順調と思えていましたが……?(第1回から読む)
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傑作が生まれる予感……しかし、ふたりの間に亀裂が!
俺は何も言わなかった。ただ星野の眉間を、穴が開くほど見つめていた。
「なんだよ、怖いな。何か言ってよ」
俺は星野を遮るように言った。
「なあ」
声は少し上擦っていた。何を言うかなんて、いっさい考えていなかった。気をつけないと、自分が何を言い出すかわからなくて怖かった。
どうしたの、そんな改まって、と星野は腰を上げてソファに座り直した。俺に向かい側のソファを勧めるが、俺は動かなかった。
「あのさ、星野」
星野は黙って俺を見上げていた。
「お前さ、今まで嘘ついてきたんだな」
星野は一瞬固まったが、
「そんなことないよ」
と、すぐに笑い飛ばす。
「とぼけたって無駄だよ。そんな必要はない。前からちょっと引っかかってたんだ」
俺は部屋を見回す。「夏休み中だけの仮住まいにしては、ここには生活感がありすぎる。演劇部の脚本にする話なのに締め切りがない。公演に向けた準備をしている様子もない。星野の叔父さんの態度もどこか変だった。いくら学校でひっそりと過ごしていたって、同じクラスの一番目立っている奴の名前を知らないのもおかしい」
こんなに引っかかってたところがあったのか、と列挙してから俺自身も驚く。
星野は、長く息をついた。
「バレちゃったね」
そう自嘲するように笑った。「小説が書きあがったら種明かししようと思ったのに、その前にバレちゃうとはね。やっぱり僕には話を作るセンスがないみたい」
俺は意識的に感情を抑えて言った。
「やっぱり、嘘ついてたんだ」
「これには、なんていうか、ちゃんとした理由があるんだ、緑川くん」
あたふたと弁明する星野が、滑稽に見えて仕方なかった。その姿に、俺の怒りはさらにつのっていった。
「なんで嘘をついてたのかなんて、知ったことじゃないよ。どうせ自己満足かなんかだろ? 嘘をついて、一カ月間俺を騙して、それを楽しんでいたんだろ。お前の思いどおりに俺が動かなくなったら、ダメ出しして」
俺のことを、最強の小説家と言ったのも、才能があると言ったのも、全て俺に小説を書かせるためについた、嘘。俺をのせるために、騙したんだ。
「待ってよ、緑川くん。僕だってそうするしかなかったんだ。だって……」
「初めてだったんだ!」
俺は下を向いて、唇を噛んだ。鉄っぽい味が口に広がる。「初めて俺のことを必要としてくれて、認めてくれたのが星野だったんだ。自分を繕ったり、演技したりせずに、自然体で話せる友達だって、星野が初めてだった。小説を書くのと同時に、お前と一緒にいられることが楽しかったんだよ」
また視界がぼやけ、鼻の奥がつんとした。
「俺は、俺は、俺たちの間には、嘘も繕いも演技もないって、いらないって思ってた。少なくとも、俺にはいらなかった。まさか、騙されているなんて思ってもいなかったから」
語尾は消え入りそうになっていた。俺は星野に向けていた視線を、畳に落とした。星野の顔なんて、見たくもなかった。
しばらく扇風機の音だけが部屋に響いていた。開け放たれた窓から、小さくアブラゼミの声が聞こえる。いつもの、光景だった。
「なんか言えよ」
それが最初、俺の口から出たとは気づかなかった。そして、気づいたときにはもう遅かった。次の言葉が飛び出していた。
「なんか言えって、言ってんだろ!」
「わかんないよ!」
星野の大声に、俺は顔を上げた。星野はソファに座って下を向いていた。
「わかんないよ。僕は、緑川くんを傷つけないために、嘘をついた。でも、それがなんで君を傷つける結果になったのかが、僕にはわかんないんだよ」
星野は、頭を抱えた。
「緑川くんは、初めてできた友達だった。だから傷つけたくなかったし、嫌われたくなかった。今までろくに友達もいなかった僕にとっては、それだけ大事だったんだ。だから、小さな嘘くらいなら、仕方ないと思った」
「嘘の大きさの問題じゃないよ! 俺は、裏切られたんだ」
星野に背を向けた。
自分が何を喋っているのかわからなかった。ただ浮かんだ言葉を吐き出しているだけ。そこには繕いもなければ、本心も存在しなかった。
俺は星野のパソコンの前に立つと、バッグからUSBメモリを取り出して差し込んだ。小説のデータをコピーする。パソコンに残ったデータは、消した。星野は何も言わなかった。
そのまま星野の顔を見ずに、外に出る。
朝の空気はどこかへ消え去り、普段どおりの熱気が俺を包み込んだ。日向にいることが場違いな気がして、早く日陰に入りたい、と思った。
「あー、せいせいした」
俺はわざと大声で言った。
それが本心でないことも頭のどこかでわかっていた。星野は、追ってこなかった。
(このつづきは本編でお楽しみください)
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君となら、最高の謎が作れると思うんだ。
生徒と教師、それぞれの屈託多き日々に降りかかった「謎」がやがてひとつとなったとき、何が起こるのか。中学3年の夏休みに書かれた、瑞々しくも企みに満ちたミステリ! 第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作。
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