探偵はぼっちじゃない
発売即Amazon品切れ! 話題の中3デビューミステリを試し読み【第3回】

生徒と教師、それぞれの悩み多き日々に訪れた「謎」がやがてひとつとなったとき、何が起こるのか。第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作『探偵はぼっちじゃない』は著者中学3年の夏休みに書かれた、瑞々しくも企みに満ちたミステリです。“明るく楽しい学園生活“の陰で人知れず屈託を抱える中学3年生の緑川光毅。一方、彼の通う学校では先生も悩みを抱えており……!?(第1回から読む)
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“学園経営者の息子”だから何だっていうんだ!
「もともと教師なんて大嫌いだったんです」
トラウマなんですよ、と続ける。
高校の二年の時だった。
僕の父が経営する学園の高等部に通っていた。
僕はその頃から学園の経営者の息子という立場だったから、一部の教師からは特別な目で見られていた。ただ、そんな僕を気にするような同級生はいなかったので、普通の高校生活を送れた。
古賀という友達がいた。
引っ込み思案なところはあったが相手を気遣う優しい性格で、趣味も合う居心地のいい奴だった。古賀は友達が少なかったが、僕とは楽しそうに話してくれた。古賀の穏やかな笑顔が僕は好きだった。
ある日、古賀はいじめられ始めた。
いじめていたのは、同じクラスの三人の生徒だった。普段からおちゃらけた奴らで、古賀に対する扱いも楽しんでいるようだった。馬面の奴が中心人物だった。
古賀は、いじめられているとは思っていなかったかもしれない。確かに、ぱしりにしたり、ジュースを奢らせたり、といじめだと言うには小さすぎるおふざけだった。
「大丈夫だよ。原口くん」
そう言って困ったように笑う顔が、あまりにも痛々しくて、辛かった。
馬面を中心とする三人の小さないじめは終わることがなかった。はたから見れば、楽しそうにふざけ合う関係のままだっただろう。でも、僕には耐えられなかった。
担任教師に相談した。
腹の出た中年の教師だったと思う。口が臭かったことが印象に残っていた。
「古賀くんがいじめられている? ばか言っちゃいけない。うちのクラスにいじめはないぞ。かまってもらいたいからって、妄想はやめような」
そう気だるそうに言うと、僕を追い払った。
「でも、本人だって嫌がってるし……」
「君こそ、古賀くんのことよくわかってないんじゃないの。彼は辛そうには見えないよ」
「でも」
「そんなに気になるならお父さんに相談してみれば? 三人くらい退学させるなんて造作もないだろうよ」
いやらしく笑った。最低な教師だった。
古賀の笑顔は日に日に減っていった。馬面たちの小さないじめがエスカレートすることはなかったが、古賀が憔忰していっているのは明らかだった。僕と話していても以前のように楽しそうにすることはなくなっていた。
「気にしなくていいよ」
古賀は相変わらず困ったように笑った。
秋口の頃だった。いつものように、古賀は三人分のパンを持って教室に駆け込んでくる。馬面たちはそれを見て楽しそうに笑っていた。
いつも見ている光景だった。しかし僕の中で、何かが弾けた。
僕は拳で馬面を殴った。
馬面は吹っ飛びもよろけもしなかった。ただ頬を驚いたように押さえていた。拳はひりひりと痛む。馬面の殴られた顔よりも、僕の殴った拳の方が痛い気がした。
そのあとのことはよく覚えていない。馬面たちが僕を殴り返してきて、誰かが止めに入るまで僕は痛みに耐えてただ体を丸めていた。古賀がどうしていたのかは知らない。
喧嘩はもちろん問題になった。僕と古賀と馬面たち三人は担任の前に呼ばれた。
「こいつらが先に殴ってきました」
明らかに僕が一番怪我をしていたが、僕が最初に殴りかかったのは事実だった。
「僕だけです。古賀は関係ありません」
「いや、古賀もお前の味方だった」
僕は殴られているときに何があったのかは見ていなかったから、何も言い返せなかった。もしかしたら古賀も馬面たちを殴ったのかもしれない。
「でも」
と言って、口をつぐむ。馬面たちがいじめをしていたと言っても聞いてくれないことはわかっていた。
結論から言うと、馬面たちは反省文。そして、僕は無罪放免となった。
理由は単純。僕が学園の経営者の息子だからだ。
「お前、得したな」
担任が僕の肩を叩いた。「加害者側からお前だけ除かれた」
悪いのは僕なのに。古賀が気にしないでと言ったことに首を突っ込み、後先を考えずに行動した。
古賀がいつも微笑んでいたのは、僕に迷惑をかけないようにするための優しさだったのか。結果的に正義の拳を振りかざして迷惑をかけたのは僕だった。
でも、気づいてからでは遅かった。
古賀は二週間の停学となった。
この日以来、古賀と話すことはなくなった。
僕の未熟さが悪い。だから正当に罰してほしかった。
生徒に向き合わず、嫌な思いをしている生徒がいることに気づけない無能。ことが起これば自分の保身ばかりで贔屓をするクズ。
高校生の僕は教師が信じられなくなった。教師が憎かった。
僕は過去を忘れるように、一気にビールを呷った。げほげほ、とむせる。
落ち着いてから言った。
「高校生の僕は自分の運命を恨みました。将来、学校にかかわらなければならない日が来ることが心底嫌でした」
僕は祖父と父の顔を思い出した。
父は僕が教師になることには反対だった。「そんなことをしても意味がない」と祖父に声を荒らげた。将来は決まっているんだから、なったところで適当に仕事をこなしてしまうだけだ、と。教師になっても得られることなど一つもない、と言い張った。
「父親からそう言われたことは癪でした。それなら見てろよ、生徒思いの熱心な教師になってやる、と意気込んでました。でも、現実は残酷でした」
石坂先生は黙っている。聞き流されていても構わない、と思った。ただ吐き出したかった。僕は顔をしかめて続けた。
「教員室には、僕が高校生のころ想像していたような奴らしかいませんでした。経営者のどら息子だから仕事もろくにできないんだろ、といった目で僕を見る。そんな僕をバカにする人たちみたいな仕事はしたくなかった。僕は違うんだ、ってとこを見せつけてやりたかった」
なるほど、と石坂先生は口を開いた。
「じゃあ、生徒と向き合っていくっていうのは、先生方やお父さんを見返すために?」
僕は少し言葉に詰まってから、「子供っぽいですよね」と言った。
でも、と僕は呟いた。「でも、ずっと空回りしちゃっていたんです。それが担任になれば生徒たちときちんと向きあえる気がしていた。だけど……」
「だけど、また空回りするかもしれない、と不安なんですね」
>>第4回へつづく
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