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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.3

夢と現実の才能の狭間でもがく、〝こんなはずじゃなかった〟私たちの人生。こざわたまこ「夢のいる場所」#1-3

こざわたまこ「夢のいる場所」

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「全員に飲み物渡った? もういいかな」
 ぐるりと部屋を見渡した翔太に、参加者全員が注目する。
「劇団アキレスと兎、第三回公演『十二人のやさしいサラリーマン』、お疲れ様でした。えー、自分で言うのもなんだけど、本当にいい公演だったと思う。無事千秋楽を終えることができたのも、ここにいるみんなのお陰です」
 いつになくかしこまった口調の翔太に、もういいよ、早く飲ませろ、とテーブルから野次が飛ぶ。話の腰を折られた翔太は口をとがらせ、渋々ビールジョッキを掲げた。翔太の乾杯を待たずして、そこかしこでグラスのぶつかる音がした。参加者は互いに公演の苦労をたたえ合い、翔太は一人一人、俳優陣にねぎらいの言葉を掛けている。
 私の席では、劇団員の他に今回公演に参加した客演の男性、スタッフ、当日の受付メンバーがテーブルを囲んでいた。
「今日子はこの後、仕事で遅れて来ます。他にも合流組が何人かいるんで、全員そろったらもっかい乾杯な」
 今日は特別ゲストもいるし、と翔太から目配せされて、集まった視線に会釈で返す。あれ誰、という声がどこからか聞こえ、誰かが、ほら次の公演の、と答えているのが聞こえた。
『せっかくだから、今日の打ち上げも出ちゃえば? 顔合わせだと思えばいいじゃん。みんなにも紹介したいしさ』
 翔太はそう言ってくれたものの、役者でもスタッフでもないのに参加している身としては、少しばかり肩身が狭い。テーブルの隅でちびちびハイボールを啜っていると、なかさんという女の子から話しかけられた。アキレスと兎の劇団員で、今回の公演では音響スタッフを務めていた子だ。はじめまして、と頭を下げると、二回目ですよ、と笑われた。
「一回、練習見に来てくれましたよね? その時会ってます」
 意外と抜けてるんですね、と言われて、平謝りするしかなかった。そういえば一度だけ、翔太に誘われて稽古場に足を運んだことがある。緊張していたせいか、その時のことはほとんど覚えていない。
「夢さんって、渡さんの同期なんですよね」
 田中さんは私や翔太と同じ演劇サークルの出身者だという。つまり、大学の同窓生だ。と言っても在学時期はギリギリかぶっていない。
「正直、在学中はアキ兎のことも知らなくて。卒業してから、OBOGのワークショップで繫がった感じです」
 あ、でも、と田中さんが奥のテーブルを指差した。
「あそこの席の子達は現役生ですよ。次の公演、手伝ってくれるみたいで」
 田中さんの言う通り、部屋の隅で大学生らしきグループが固まって飲んでいる。そういえば、「アキレスと兎」の劇団員は翔太よりも若い子ばかりだ。田中さんの口ぶりから察するに、翔太は小道具の貸し借りやなんやらで、今も大学のサークルに出入りしているらしい。
 ふと気づくと、田中さんが興味津々という顔で私を見つめていた。
「私、ずっと聞きたかったんですけど。才能あるって、どんな感じですか?」
 才能、才能、才能。この世界にいる人間は、みんな気軽にその単語を口にする。いつかその言葉に、胸がざわつかなくなる日はくるんだろうか。
「……いや、その。私は別に、そんなんじゃなくて」
 これしかないからやってるだけで、と続けて、ああなんかいかにも「才能のある人」が言いそうな台詞だな、と思う。
「えー、そんなことないですよ。だって夢さん、結構大きい舞台に出たことあるんですよね。ほら、アモックとか」
「ああ。それは、うん。でもまあ、昔の話だし」
 すると、それを聞いた田中さんの目の色が変わった。
「え、その話ってマジなんですか。私ずっと、渡さんの噓だと思ってた。だって、あのアモックですよ? うわ、すご」
 アモックは個性派俳優を多数輩出していることで有名な劇団だ。小劇場界では名の知れた存在で、最近では主宰の男性が脚本を務めた「遅刻検事」というシリーズもののドラマがヒットして、話題になった。
「渡さん、酔うとその話ばっかりするんですよ、俺の同期にはすごい出世頭がいるって」
「……翔太、いっつも大げさだから」
 苦笑いで応じながらも、翔太の姿が目に浮かぶようだった。自分をそんな風に語ってくれる友人がいることは、嬉しい反面、とても苦しい。
「あ、俺もそれ詳しく聞きたいっす」
 すると、向かいの席の男の子が話の途中で割り込んできた。俺、りゆうせいって言います、とその子が小さく頭を下げる。劉生君は翔太の地元の後輩で、元々音楽をやっていたらしい。なんでも自身のバンドが空中分解してしまい、フラフラしているところを翔太に拾われたんだそうだ。
「アモックってあれですよね、遅刻シリーズの。俺、あのドラマすげえ好きなんすよ。深夜時代からずっと追ってますもん」
「あ、でも私は全然。出たって言っても一回だけだし、そもそもそんな大した役じゃないし……」
「でも、一回出られただけでもすごいですよ。ふつうの人はそれすらできないわけだし」
 劉生君が感心したように呟く。すると、隣でそれを聞いていた田中さんが、あの、と声を潜めた。
「実際、稽古とかどんな感じなんですか? 演出家の人、結構厳しいって聞きますけど」
「いやあ、どうだろ。うん、まあ厳しいは厳しいよ。ハスミさん、細かいから。手の動きとか、ミリ単位で演出付けてくる感じ。でも後はその辺の演出家と変わんないんじゃないかな。すぐ客演に手ぇ出すし」
 何それ、最低じゃないですか、なんて言いつつも、本音ではこういうゴシップを期待していたのだろう。いつのまにか、みんなが私の話に耳を傾けている。続々と、他のテーブルからも人が集まってきた。
 狭い世界だからだろうか、この世界の人間は揃いも揃ってうわさ好きだ。順調にステップアップしていたにもかかわらず、創設メンバーが一斉に退団した若手劇団の裏事情とか、どことどこの主宰が付き合っていて、なんとか駅でデートをしていたとか、そういう話題はどの現場でも盛り上がる。
「何、面白そうな話してんじゃん」
 話を聞きつけたらしい翔太が、こちらのテーブルにやって来た。やけにおなかが、お腹が、と連呼しているので話を聞いてみると、メイン料理の揚げ物が相当胃にもたれたらしい。
「やっぱ駄目だな。二十五過ぎると油物とか胃が受け付けなくなるわ」
 翔太の周りに集まった同年代の役者達が「わかります」と頷いている。テーブルをのぞいてみると、鳥の唐揚げやフライドポテト、オニオンリングののった大皿が、ほぼ出された時の形のままで残っていた。じゃあ俺もらお、と言って劉生君が衣のしなびた唐揚げに手を伸ばした。若いだけあって、ぺろりと完食してしまう。
「で、なんの話だっけ」
「だから、夢さんですよ。渡さんよく言ってるじゃないですか、夢さん伝説。初舞台だったのに、アンケートの感想ほとんど夢さんの名前ばっかりだったって」
「あ、それ俺も聞いたことある」
「そうなんだよ。これ噓でもなんでもないからね。俺びっくりしたもん。あんなの初めて見た。たまたま通りかかっただけの客とかにも褒められてたし。ああ、才能ってこういうこと言うんだなって」
 そうだ、生まれて初めての舞台は驚くほど評判がよかった。自覚がない分、周囲の反応は過剰に思えて、だまされているんじゃないかと思ったくらいだ。
「でも、今回は劉生もよかったよ」
「なんすか、いきなり」
「俺、見る目はあるから。やっぱステージ慣れしてるからだろうな。ミュージシャンって、役者向いてる奴多いし」
「えー、マジっすか。俺、バンドよりこっちの方が向いてるのかな」
 劉生君はまんざらでもない様子だ。翔太から褒められて、その気になっているらしい。大手劇団のオーディションを受けてみる、とまで言っていた。翔太は昔から、人をその気にさせるのがうまい。
 見る目がある。
 才能がある。
 今まで何人の人間が、翔太のこういう言葉に踊らされてきただろうか。
「俺役者です、みたいな顔して劉生より下手な奴、その辺にゴロゴロいるし」
「いや、でも俺、今回はマジで脚本がよかったと思うんすよ」
 すると翔太は待ってましたという顔で、お前わかってんなあ、と劉生君の背中を叩いた。
「よく仕事しながらこんなの書けるなって。それこそ、その辺のわけわかんない劇団とかより断然面白くないっすか?」
「そうなんだよ、最近チケ代高いくせにつまんねー劇多いよな。独りよがりで、前衛的なことやってるのが格好いい、みたいなさあ。俺、ああいうの大っ嫌い」
 とその時、私達の背後でガラガラと入り口の戸が開く音がした。

#1-4へつづく
◎第 1 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号でお楽しみいただけます!


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